第21話

 コノテイトと家に帰り、僕は小説を書くことにした。とはいえ自分で考えたほうではなく、コノテイトと一緒に作っている小説だ。人の心をつまらなくさせることを主としてイクストルーダーで配られる。

 最近、僕は自分の小説を殆ど書いていない。少なくとも彼女の前ではそんな姿を見せていない。自分の小説を書けない僕を彼女に見られるのが恥ずかしいというのもあるが、自分で小説を作る力が衰えてきているのだ。

 コノテイトも執筆には僕のノートパソコンを使っている。とはいえ彼女が実際にキーボードを打つことは滅多にない。ハッキングして文章データを送るほうが楽だからだ。僕が書いたものを彼女が直し、彼女が書いたものを僕が直す。僕の場合は直すというより壊すとか汚すと言うほうが合っているかもしれない。

僕はあらゆるテキストを陳腐化する。そのつまらなさを、小説作成に特化した人工知能を使って糊塗し、知らず知らずのうちに蔓延させるというのがコノテイトの計画だ。僕のテキストに感染した人は、そのつまらなさにまず僕のテキストへの興味を失い、次に小説や物語への興味を失い、果ては娯楽への興味を失うのだという。ちょうど自分が好きな作品を誰かに酷評され、いつのまにか冷めていってしまうように、僕のテキストは人の心をつまらなくさせる。だから僕の作品はそもそも売れることがなかった。

「果たして上手くいくかな……」

≪まさか。上手くなんていきませんよ≫

 僕がキーボードで書いてるそばから、僕が打っていない文章が付け足されていく。前後の文脈と全く関係のないこれは、コノテイトの返事だ。二階の寝室を掃除しているこの瞬間も、コノテイトは僕のことを監視してくれている。

 まるでコンピュータ上の存在のように――実際はその通りなのだが――勝手に現れるテキストが言葉を継いでいく。

≪例えば先生の人生で上手くいったことなんてあるんですか≫

「作家になったときくらいかな。それも結果的には幸運とは言えなかったけど」

≪作家になりたくなかった?≫

 コノテイトはこういう混ぜ返す会話が大好きだ。恐らく僕の人となりを解析して小説に反映させたいのだろう。コノテイトは僕の才能を解析したところで模倣は不可能だと判断し、直接僕に接触して小説作りを行なっているが、こうして僕と接するうちにいずれ可能になるかもしれない。そうなれば僕はお払い箱だ。

「なりたかった。今でもなってよかったと思ってる。でもそれは、僕の人生が充実したかどうかとは全く別の問題だ。僕には作家と真逆の才能しかないんだから」

 書いたものをつまらなくする才能。僕がコノテイトに解析させるがままにしているのには理由がある。例え解析が進み、彼女にとって僕の価値がなくなってしまっても、僕がどうして小説をつまらなくしてしまうのかが具体的に分かれば、その原因を取り除けるかもしれない。

 そうなれば僕の小説は面白くなる。もっとまともな小説を書けるかもしれないのだ。

 コノテイトにはああ言ったが、僕はまだ作家であることを諦めていない。むしろつまらない前提でテキストをばら撒くほど、自分の中の面白さへの渇望が大きくなっていく。文章を陳腐化するという自分の才能が十全に発揮されているという、作家をしていたときにも感じたことのなかった充実感は確かにある。だがそれと比例するように、面白い小説を書きたいという思いが膨らんでいくのだ。

 とはいえ書ける自信はやはりない。今書いている小説とて僕にとっては面白いのだ。自分でつまらなくしようとして書いているわけではない。コノテイトは意識した程度で鈍るほど、僕の才能は脆くないと分析していた。よって模倣は困難であり、その間は僕に利用価値があるということだ。

 僕は僕の有用性を常に示し続けなければならない。つまり小説という小説をどこまでも陳腐化していくということだ。数々のベストセラーと社会経験を融合させた人工知能である彼女が考え出した小説に手を加え、伏線を乱し、感情移入を阻害し、テンポをずらし、読後感を最悪にする。自分の才能が磨かれていく今までになかった感覚を味わってはいるが、同時に自分で小説を組み立てて書き上げる力が衰えていっているという自覚がある。

 まず僕に小説を書くという能力があったかどうかが既に疑わしいが、これまで何冊か一応本になっていると考えると、なけなしでもあったはあったのだと思う。つまりそれを失うのだ、ただでさえ少ないそれを。僕が一番欲しいそれを。笹野が縦横無尽に使いこなし、僕が全く活用できなかったそれを、僕はこれから失うのだ。

 僕の才能とはそういうものだ。コノテイトは僕の才能をよくウイルスや病原菌のように表現するが、ならば僕自身が罹患しない保証はない。僕は僕自身によって常に、かつ強力に深く陳腐化され続けてきたのだ。

 淀みなくキーボードを叩いていた手が止まる。コノテイトが≪どうしました?≫と気遣った台詞を打ってくれる。

 たった七文字分のコードから細かな情緒は伝わない。僕が今何を考えているのかは、高度な人工知能である彼女にも分からないかもしれない。

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