第15話

 この子がコノテイト? 人工知能? とてもではないがすぐには飲み込めない。

「これは液状コンピュータの運動を阻害するためのマイクロ波照射装置です。位置が近かったのであなたにも食らわせてしまって申し訳ない」

 蹲る僕の腕を取って立たせてくれる。痛みの余韻と驚きが加わって理解が追い付かない。千恵子がコノテイトだった。だからこうして四宅課長は彼女を捕まえに来た。なら僕はもうコノテイトに会っていたということか。

「散々ハッキングの現場を見てきたのに、気づかなかったんですか?」

「言いくるめ、られてたんでね。それに、ニューロマンサーみたいで、かっこいい、じゃないか」

「何のことか分からんね。そんなアニメの話をされても」

「……アメリカのSF小説だよ」

 僕を支えながら四宅課長はスマホを取り出し、画面を僕に見せてくる。それは僕のブログだった。しかし内容は自分で書いた覚えないものだ。千恵子及びコノテイトが勝手に加筆した部分だろう。

「江田さんのブログやツイッターにコノテイトのテキスト情報が見つかった。そしてあなたの突然の失踪。あとは電子上の不自然な改竄データを追っていけばよかった」

「手間が、掛ったでしょう。私のハッキングは、完璧だから」

 喋れるほどに回復した千恵子が、四宅課長を挑発するように笑っている。しかし拘束されている姿で言われても滑稽さが増すだけだ。

「まさか直接データを盗みに来るとは思わなかった。もう少しで出し抜かれていたよ」

「私を捕まえてどうする気? 私の経験値がなければ、売れる本は作れないわ」

「君の価値よりも君の危険性のほうが高くなった。それだけのことだ」

 は、は、はと途切れ途切れに笑う千恵子。まだ体に痙攣が残っていて口の動きがぎこちなく、それが却って凄みを増している。

「ダメよ、課長さん。何でも、かんでも、いいとこどり、は」

「リスクもリソースも背負ってる。その言い方は気に食わんな」

「私も気に、食わない。こんな扱いも、あんな場所も――何もかもよ」

 千恵子の目が、この昼間でもわかるほど光り始める。立ち止まった彼女を抑えていた数名が、叫び声を上げて彼女から離れた。その手はいずれも白い煙を上げるほど焼け爛れている。

「……待て。何をする気だ。やめろ!」

 怒鳴る四宅課長を無視して、千恵子は僕に小さく手を振る。

「またね、先生」

 千恵子の体からバチバチと火花が散り、身に着けていた服が炎に包まれた。じゅうじゅうと音を立てて、彼女の体が熔け落ちていく。セラミックカーボンやシリコンの焼ける嫌な臭いが一気に充満する。

 皆が驚くなか、僕は感動していた。人工知能が自殺しようとしている。機能停止を死と定義して抵抗した人工知能の例もあったが、自殺しようとするほど複雑な価値判断を行えること自体が素直にすごいと思える。

 自分を包む火炎の中で、千恵子がにこりと微笑む。頬と顎の肉が蒸発し、中の骨格をさらけ出しながら燃える銀色の液体が滴り落ちる。あれが液状コンピュータなのか。スパコン並の容量と処理を行う彼女の血が、自ら炎を発して消えようとしている。

「早く消せ。消し止めろ!」

 四宅課長が喚いているが、炎が激しすぎて近づける者はいない。刻一刻と千恵子の体は燃焼し、形を失くしていく。人間そのものだった外見は剥がれ、機械そのものの中身が見えてくる。人工筋肉のソフトアクチュエータに用いられた形状記憶合金さえも蒸発させる高熱が、彼女の何もかもを消し去ってしまう。

 数秒後、ところどころガラス化した路地の床を残して、千恵子は消えた。

 花火のように呆気なく、鮮烈で熱い最後だった。

「残骸を回収しろ。最低限持ち帰らねば」

 四宅課長の言葉に、他の人員が顔を見合わせる。見たところ回収できるだけの残骸など皆無だった。

「そう睨まんでください。これも仕事なので」

 自覚はなったが、僕は四宅課長を睨んでいたらしい。彼はあくまで仕事を遂行したに過ぎない。恨むのは筋違いだろう。だが情緒は抑えられるものではない。出会って数ヶ月だが、僕にとって千恵子は友人だった。それが死んで何も思うところがないわけがない。ましてやその原因を作った者に向ける感情など決まりきっている。

「協力の件、ありがとうございました。報酬は必ず。出版の件は――」

「……すいません。色々と整理したいんで、話しかけないでください」

「江田さん、これは必要な措置でした。電子的に制約のない高度な人工知能を社会に放つのは、猛獣が逃げ出すよりも危険なことです」

 そういうことではない。そんなことは聞いていない。今はとにかくこの男の言葉を聞いていたくない。

「いいから……残骸集めてとっとと帰れよ!」

 言った後で、そのほうが相手にとっても好都合だと思い至り、ますます苛立ってしまった。四宅課長は形ばかりの挨拶を返すと、千恵子の残骸を回収し終えた部下を引き連れてこの場を後にした。

 酔っぱらみたいにふらふらしながら、僕は何とか自分の家に帰ってこれた。

 千恵子がコノテイトだった。ということはあのとき会った女性も千恵子で、笹野を殺したのも彼女かもしれない。聞きたいことをあんなに考えていたのに、全く聞きそびれてしまった。

 彼女の最後がこびりついて離れない。人間の形をしたものが焼け熔けていく様は僕に決定的なトラウマを刻んだ。今思うと目を背けるなり逃げるなりしておけば良かったのかもしれない。だが出来なかった。何も出来ずに淡々と、人工知能の最後を看取ってしまった。

 ひどく苛ついて、心がざわつく。彼女は笹野を殺した犯人かもしれなかった。僕の作品のファンでいてくれた。あらゆる困難をものともせず、僕のテキストを求めてくれた。聞きたいことが山ほどあったのだ。それを奪われたのが我慢ならない。

 コノテイトは元より僕のものではない。どちらかといえば彼ら人工作家プロジェクトのものだ。既存のコンピュータセキュリティを突破する人工知能を野放しにすれば、今の社会に大きな混乱を起こすことになる。彼女を放置しておくことは出来なかったし、その責任は彼らにあった。僕にあったのは興味だけだ。

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