第13話


「自分の小説に関係ないことは本当にどうでもいいのね。なるほど。面白いのが書けないわけだわ」

 含むような言い方が引っかかる。PDAに落としていた視線が、横目にいやらしく僕をみつめる。

「節穴だから仕方ない。せっかくの才能が台無し」

「才能なんてないよ。少なくとも文章を作る才能は」

「そうやって下に下に置いておけば傷つかないで済む。骨身に沁みてる感じ」

 挑発的なことを言いながら、指だけはキーボードとタッチパネルを宛転たる動きで操作している。手慣れた無機質さが彼女の感情の嵩を浮き彫りにしているように思える。

「何だか妙に噛みつくけど、もしかして喧嘩を売ってるのか。悪いけど――」

「あなたがそんなもの買いたがるとは思ってない。小説、小説、自分の小説。面白くて感動して楽しい自分の小説にしか興味がない」

 PDAを操る手に興が乗り、僕を詰る口も滑らかになっていく。

「でも小説って。文章って。テキストって。それだけじゃないですよね」

 いくつも並ぶステータスバーがどんどん満たされていく。僕のテキストを解析したデータが移されていく。こんな泥棒紛いのことをしてまで手に入れたいものなのだろうか。

「本屋さんもここの研究者たちも、要領が悪いわ。つまらないものはつまらない。それが好きなのだとしたら、つまらなさこそ私が求めていると何故分からないんですか」

 最後のステータスバーが満タンになり、画面上に転写を完了するメッセージが現れる。簡易製本機も印刷を終え、薄いハードカバー程度の本を一冊吐き出した。

「それ持っててくださいね。コノテイトと会うための合言葉みたいなものなんで」

 彼女は本を俺に投げ渡すようにし、画面上のウィンドウを閉じて広げたデバイスを手早く片付け始めた。

「コノテイトも喜びます。あなたのつまらなさが大好きだから」千恵子がわざとらしく親指を立てる。「つまらないことがあなたの小説のオリジナリティであり、価値であり、面白さなんです」

 何を言われているのか、よく分からなかった。つまらないことに価値を見出す。それに何の意味があるのか。

「そんなもの小説には必要ない。そもそもコノテイトに、僕のつまらなさなんていらないじゃないか」

 多くの作家のテキストを読み込んだから、ゲテモノ食いにも手を出しただけのことだろう。

「あれだけ読んだのなら、もう気づいているでしょう。コノテイトはあなたのテキストを、つまらなさを真似て作品に浸透させている」

 千恵子との会話には驚かされるばかりだ。何となく、その疑念はコノテイトの作品を読んでいるときに感じていた。僕の気のせいだと思っていたが、ここにもそう思っている人間がいるとなると話が違ってくる。ここの研究者は僕のテキストがコノテイトを引き寄せるという前提でプログラムを作っていたが、では何故コノテイトが僕のテキストを求めるのかは分からなかった。

「気になるんだったら聞いてみたら? あなたの作品を、コノテイトがどうして気に入ったのか」

「会わせてくれるのか」

「データを渡すついでにね。会ってみたい?」

 またコノテイトに会える。僕がサインした唯一のファン。彼女にはたくさん聞きたいことがある。僕のファンでいてくれるのなら、ぜひ答えてもらいたい。

 千恵子は僕の沈黙を勝手に肯定と受け取り、ぐいぐいと手を引っ張る。

「じゃあ逃げちゃおう。こんなとこから」

 片付けを終えた千恵子がかばんを背負い、僕の手を握ってくる。さっきから距離感が近い気がする。最初に会った時から妙に慕ってくれている自覚はあったが、今日は特に人懐っこい。

「コノテイトも喜ぶよ。行こ行こ」

 嬉しそうに手を引く千恵子。また僕は人に流される。自分の一貫性の無さに嫌気が差す。四宅課長に言われるまま協力し、今度はコノテイトに会うために千恵子と研究所を出ようとしている。真逆だとしても自分の中にあるものを見失っていなければいい。

 僕の行動と思念は、全て僕の小説に向いている。僕の目指す面白さのために。僕が生み出すつまらなさのために。どれだけ無駄で下らなくて、意味も甲斐も価値もないとしてもだ。

 これが小説になる。だから僕はそうする。それ以上の理由などいらない。

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