第12話

 研究者たちも生きた人間のテキスト解析は初めてということではりきっていた。だが申し訳ないことに、彼らの学究心はすぐに萎えることになる。

 テキストの解析は一週間以上かかると言われたが、二、三日で研究者たちに飽きられてしまった。解析のために僕の著作を読んだ人たちは口々に言った。よくこれで作家をやれるものだと。商業主義の最底辺だと。こんなものを出版すること自体が文壇の敗北だと。

 僕が好きなのは、まるでエド・ウッド作品のようだと評した研究者の一言だ。これは言い得て妙だと思う。つまりゴミのような小説は数あれど、小説のようなゴミは僕の作品だけということだ。

 以前から分かっていたことだが、僕のテキストはそれによって書かれたものをつまらなくしてしまうらしい。壮大な世界観も緻密な伏線も例外なく陳腐化してしまう。だから売れないし、本にもならない。

 学術的な研究においてさえ、僕の小説はつまらないと証明されてしまった。僕の言葉選び、文章のリズム、細かな設定の穴、視点のブレ。それら有形無形のテキストに込められたものが混ざり合い、響き合い、互いを高め合って小説を陳腐化する。

 どれほど良い作家、良い小説というものにも前後で沿わぬ設定や伏線や視点のブレ、おかしなリズムの文章というのは多少なりとも存在する。しかしその欠点を補い、払拭して余りある特徴があるのだ。それは読者を爽快に騙すトリックであったり、包み込むように広範で雄弁な知性であったり、軽やかで耳障りのいい語り口であったりと色々だ。それらが調和し、高め合うことで人は面白さを感じる。そうなれば面白さは連鎖し、膨れ上がってつまらなさを駆逐する。

 僕の小説は全く逆だ。種々のつまらなさが結びついて増殖し、その奥にあるであろう面白さを蝕んでいる。いや、ここの研究者は残酷なようでいてとても優しい。僕の小説の中に、きっと面白いものがあるのだと期待し探してくれている。だからコノテイトは惹かれているのだという結論だ。

 無論、僕も期待している。でなければ自分の中にある文章など吐き出せはしない。だがここの研究者ほど純粋なものではない。僕は散々つまらないと拒まれ、虐げられてきた自分の作品たちの第一のファンであるし、またそうありたいと思っている。誰が何と言おうと、僕だけは僕の作品を好きだ。つまりは期待というより作家としての義務であり信念の類だ。

 ずっと探している。僕は半ば無いと知りながら探している。研究者たちも探してくれている。人生をかけて探してきた僕に代わって。コノテイトは僕のテキストの中に、それを見出したからこそ魅かれているのだから。

 むしろ僕のほうがコノテイトに聞いてみたい。僕の小説のどこが面白いのか。どうして僕なのか。何でこんなにつまらない作家の文章を、批評できるほどに読み込んでいるのか。その情熱は、人に作られた知性である君の、一体どこからやってきたのか。

 聞いてみたい。教えてほしい。たった一つでもいい。面白いと言える何かが文章のどこかに宿れば、僕はようやく真っ当な作家になれる気がする。



 社会貢献センターに来て一週間、何気に人生初の北海道旅行だというのに、僕はどこも観光することはなかった。テキスト解析への協力という仕事はあったものの、自由な時間は幾らでも作れた。なのにどこにも行かなかった。せっかくの刺激を受ける気概を持てなかったのだ。僕は基本的に内向的な人間だ。一人で狭い場所にこもってあれこれ一人で考えているのが性に合っている。取材に出かけるのはよほど興味があるときだけだ。そのスタイルを崩せないから新しいこともできない。人間が新しくならないから、そこから生み出されるものも新しくはならない。変化がないこともつまらなさを構成する要素の一つだ。

 学術的につまらなさを証明されながら、僕はまだ小説を書くことに固執していた。思いついた新しいプロットを整えることが今の僕の楽しみだ。

 テーマは『この世で一人の作家』。あらすじはこうだ――言論統制や文字禍を防ぐという名目で過剰に文論が破壊され、作家という職業が絶滅したディストピア世界。人々は過去の歴史に想いを馳せたり、未来を空想することをやめてしまった。過去も未来も所詮は有象無象の架空に過ぎず、確かに観測できる現在こそを重んじる価値観だけが全てとなる。今ここにあるものだけで満足する人々が殆どのなか、主人公だけはその雰囲気に馴染めない。妄想し、夢想し、空想することに楽しみを見出していく主人公は、ついに自分が考えたことを物語にして人々に伝えようとする。最初は拒絶されたその物語は、徐々に人々を魅了していく……というような話だ。

 get seriousのイメージを誇張したものを登場させたいという思いは前からあった。それをSFのギミックとして使い、世界観に厚みを持たせたかった。あとは主人公に絶望的な世界観をひっくり返してもらうようがんばらせれば、いくらでも話は転がっていく。

 我ながら自己投影が過ぎる恥ずかしいアイデアだ。この主人公は僕の願いだ。世界でたった一人の作家ということは、どうあってもその作品は人々に受け入れられるということだ。読み物がそれだけしかないのだから。

 それでも拒絶されたなら、本当にそれはどうしようもないほどつまらないということだ。あるいはこれをオチに持ってきてもいいかもしれない。人々に物語を伝える主人公だが、一向に受け入れてもらえない。それは価値観にそぐわないとか以前に、ただただつまらないからだったというのはどうだろうか。

 僕はこういう身も蓋もなくひねくれた、主人公にどこまでも厳しいバッドエンドが大好きだ。どうせ主人公など最後には欲しいものを手に入れる恵まれた人種だ。僕の作品の中くらいでは存分に苦しんで打ちひしがれてほしい。ついでにそのような主人公を書いて稼いでいる作家も同じくらい悶え苦しんでほしい。

 こういう考えを作品にも反映してしまうからつまらないのだ。世の中、僕のようなひねくれ者ばかりではない。そして主人公に絶望的なバッドエンドばかりでは気が滅入って何も面白くはない。

 宛がわれた寮の一室を出て、人工作家プロジェクトの階へ向かう。せっかく生きた解析対象があるのだからと、テキストの提出に加えて僕への取材も行われている。主に心理クイズのような質疑応答で僕の人となりを浮き彫りにし、それがどう小説に反映されているのか因果関係を探るのだという。要するにつまらない作家である僕が、どれほど人間としてつまらないかということを詳らかにしてくれるのだ。正直言って気にしだしたら十秒でノイローゼになりそうなので、粛々と従うだけで後の労力は全て自分の小説に向けることにしている。

 いつも研究者が詰めている部屋を覗いてみると、コンソールの並んだ辺りが慌ただしい。四宅課長を見つけて話しかけると、彼は自信ありげに笑って答えた。

「外部からハッキングを受けています。コノテイトで間違いない」

 とうとうコノテイトが僕のテキストに釣られてやってきたのだ。ここからは作戦通り彼女をハッキングし返して、居所を逆探知することになる。この時点で僕は役目を終えたわけだ。 

 協力してはいたものの半信半疑だったので、まさか本当に来るとは思わなかった。確かにコノテイトは僕のファンと名乗ったが、あの出会いはどこか浮世離れというか、現実感を大きく欠いていた。それほどの労力を費やしてまで求められるほど、自分の小説に価値があるとは思えなかった。

 幾つも並ぶプロンプト画面が激しくスクロールしていく。オペレーターたちのキータッチが虫の声のように輪唱している。コノテイトの攻勢を防ぎ、逆にハッキングするのに十人がかりで取り掛かっている。

「やはりコノテイトはあなたを狙っているようだ」

 この結果を見ればそういうことなのだろう。ここまできたら僕にできることはない。あとは研究所の皆さんにお任せするだけだ。

 五分かそこら眺めて、僕は研究所の一室を出た。帰り支度をするためだ。店も作家活動も一週間ほど空けたくらいではどうともならないが、用がないのならそろそろ北海道にも飽きたので家に帰るべきだろう。こちらから言い出せばもう解放されるかもしれない。あとは出版と印税の件を確約してもらえば何の憂いもなくなる。

 役目が終わって寂しいようなありがたいような、複雑な心地で寮へと帰っていく。

「ん?」

 しかしすぐに僕は来た道を戻っていく。今しがたガラス戸を通り過ぎたとき、知り合いを見たような気がした。覗いてみるとそこはコノテイトのサーバールームだった。興味本位に微かな人の気配を追っていくと、無造作に床に座り込む知り合いの姿があった。

「……千恵子くん?」

 呼びかけると、彼女は睨みつけるように振り向いた。

 そういえば同じget seriousの女の子から、北海道の大学に通っていると教えてもらった。まさか公立はこだて大学だとは思わなかったが――

「あ、本屋さん。こんにちわ」

「えっと、何してるの?」

 見ればわざわざサーバーマシンにPDAを繋いでいる。もしかしてこれもコノテイトへのハッキング対策なのか。

「データを直接抜いてるの。どうしても本屋さんの解析結果が欲しいんだって。コノテイトが」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。だから重ねて訊ねざるを得なかった。

「君はコノテイトの仲間なのか」

「そうですよ」にべもない返答だった。僕に構わず彼女は作業を続ける。さらにハードディスクやタブレット、それに小型の簡易製本機を繋ぎ、データを転写していく。チックめいた不協和音とLEDの群れた瞬きに千恵子は囲まれている。

 僕はただ眺めていることしかできない。別に彼女を止めてもいいのだが、何だかやる気が起きない。小説や書きかけのメモやアイデアだけのものまで、僕の渡せるものは全て研究所に渡している。これ以上義理立てする動機が捻出できない。僕はたまたま知り合いに遭遇しただけであり、他のことには関わりない。

「今あの人たちはネット上の防衛に夢中。まさか物理的に侵入されているとは思っていない」

「それでも警報くらい備えてあるだろ」

「そこはコノテイトに欺瞞してもらってるから。彼女、ハッカーとしては超デミゴット級だから」

 魔法使い(ウィザード)を超えて亜神(デミゴッド)とは恐れ入った。正直そこまでいくと、どんなことが出来るのか想像もつかない。

 それにメディアから直接有線でデータを移送する方が、明らかに早いし信頼性も高い。人間の仲間まで用意してデータを取りに来るなどハッカーと言うより怪盗さながらだ。

「せっかく雇ったプログラマも形無しだな」

「止めないんですね」

「僕には関係ないから」

「自分のデータが持っていかれてるのに?」

 どうでもいいというふうに手を払う。つまらない僕のつまらない小説を解析したところで、それは僕の小説がどれだけつまらないかを科学的に定義付けただけに過ぎない。そんなものを手に入れたところで小説がつまらなくなるだけだ。人工作家プロジェクトはともかく、僕のほうは彼女を止める理由が薄い。

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