第10話

 夏休みのシーズンだからやはり人が多い。それ以外は実に快適だ。新千歳空港からバスに揺られ、雑木林と山に囲まれた丘の上にある、ガラス張りの建物の前まで来る。

 誘われるままに来てしまった。初めて訪れた北海道の景色には目もくれず、手紙に示された公立はこだて大学にやってきた。ここはシステム系の情報科学を主に扱っており、コノテイトのプロジェクトはここに併設された社会連携センター内で行われている。

 考えれば考えるほど、僕がこんなところに呼ばれた理由が分からなかった。だから額面通り、僕の取材が気に入られたのだと思い込むしかなった。まだ文章にしてもいないし、これからする予定もないのだけれど、何だか褒められたような気がしてむずがゆく、居ても立ってもいられないので一目散にここへ来たのだ。

 まさか自分に記者のような真似が出来るとも、それを求められるとも思っていなかった。小説家ではなく記者の道を目指していた方がよかったのではないか。恥知らずにもそんな妄想まで飛び出す始末だから、自分がどれだけこの北海道旅行を楽しみにしていたか分かってしまう。

 文才のなさに絶対の自信があっても、少し優しくされたらころりと勘違いする。普段は自分の文章のつまらなさに自覚的だからこそ、マスキングしてくれる何かを欲しているということだ。惨めさのあまり泣きそうになる。こんなことを僕は作家になる以前から続けていて、湧き上がった物語は誰の心も魅了しない。

 見ようによっては工場みたいに四角い校舎に入り、案内に従って社会連携センターまで行くと、その入り口に知っている顔があった。

「あれ? 四宅さん」

「お待ちしてました。江田さん」

 四宅課長に応接室まで案内され、促されるまま窓際のテラス席につく。まずは前回の取材を受けてもらったことと、今回取材を依頼してくれた件で礼を述べようとしたが、彼は僕を抑えるように手を前に出した。

「申し訳ありません。今回お呼びしたのは取材の件ではないんです」

 僕は四宅課長の言うことを、自分でも意外なほど冷静に聞いていた。心のどこかで、やっぱりそうなのかという思いがあったからだ。僕の取材が他人に求められるほど魅力的であるはずがない。分かっていたのに縋り付いた自分がひどく惨めで、同時に慣れ親しむほどの安心を感じる。だから情けないことに不平を言うタイミングを逸してしまった。

「つかぬことを窺いますが……江田さん、もしかしてコノテイトに会ったことがあるんじゃないですか?」

 お茶を取った手が固まる。ごまかそうにも今さら間に合わないので、諦めて頷いた。思わぬところを突かれたが、よく考えてみれば僕が何か悪いことをしたわけでもないのだからへりくだる必要はない。

「どういうカマのかけ方ですか? 全く意味が分からない」

「カマと言えばカマなんですが、とにかく、コノテイトに会ったんですね」

「そう名乗るサイボーグの女性に。サインしてくれって言われましたよ」

 息を呑んで驚く四宅課長。目の泳ぎ具合が尋常ではない。何を思案しているのか、部屋の角々を特に気にしている。そうして一体何を確認したのか、テーブルにじっと視線を落として切り出した。

「実はコノテイトの義体化は、五年ほど前に実施されたんです。人体工学的アプローチからのテキスト解析を目的として。しかし、その義体が社会連携センターから逃亡しまして。江田さんがお会いしたのは、恐らくその義体です」

 サイボーグだと思っていたのが、人工知能を積んだアンドロイドだったとは。しかもコノテイトと名乗ったのが本当のことだったとは。まだ色々と聞かねばならないこともあるが、とりあえず話を最後まで聞いてみることにした。

「江田さんには今回、コノテイトの確保に協力してほしいんです」

「はいぃ?」

 とんでもない話の方向に思わず妙な声を上げてしまう。逃げた人工知能を捕まえるのにどうして僕を呼ぶ必要があるのか。

「義体とはいえメンテナンスフリーというわけではないでしょう。それに掛かる金や施設から割れるんじゃないんですか」

「……それが、コノテイトは電子情報へのハッキングを行なっているようでして」

「AIがハッキング。どんな義体使ってんだか」

 僕の皮肉に苦い顔の四宅課長がカバンから冊子を取り出した。受け取ってみると、それはどうやら義体のスペック表のようだった。

「コノテイトのテキスト解析に使われた義体は、全身に液体型コンピュータを注入しているんです。およそ五リットル分のコンピュータで人体の動きをリアルタイムでフィードバックしていくように設計されていたんです。人体の流動的な動きを正確に演算させる上では柔軟性と即応性が不可欠でして、それらを満たす液体型コンピュータ搭載義体が必要だったんです」

 流体素子の血を巡らせたアンドロイド。スプーン一杯一テラバイトとも言われている液体型コンピュータがたっぷり五リットル。スペック表に書いてあるストレージは最高で五百テラバイトは下らないと言う。鵜呑みにはできないが、確かにスパコン並だ。他のスループットやフロップスがどうなってるのか分からないが、既存のパソコンのセキュリティを無力化しているのだとしたら、それらも高い水準にあるのだろう。

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