第3話

「でもな、最近はお前みたいな小説が望まれてるのかもしれない」

突然のお褒めの言葉に、僕は何も返せなかった。笹野は僕の小説をけなしこそすれ誉めたことなどまずなかったので、どういう風の吹き回しかとつい訝しんでしまう。

「ほら、最近流行ってるじゃないか。よくニュースでやってる、若いのが真面目になれって言ってるやつ」

「get serious運動な。確かによく取り上げられるよな」

 Get serious。それは外国で騒がれ、日本の若者を中心に流行している運動だ。get serious――つまり真面目になれをスローガンにマンガやアニメなどの娯楽に人生を費やすのではなく、真面目に人間らしい生活を心がけるべきだという思想を掲げている。

 由来はよく知らないが、どうせアメリカ辺りから輸入されたリベラル派がまた衣を変えてきただけのことだろう。アメリカで起きたことは十年後に日本で起こると言うが、こうも律儀に欧米化することもないだろうにと、正直言って冷めた心地で僕なんかは眺めていた。

「前に取材したことがあるけど、確かに彼らは真面目なんだよ。本もよく読んでるし。でも主張としてはテレビとかマンガとか、とにかく既存の娯楽は駄目なんだって」

 そんな連中を取材するとは、随分と鋭い目の付け所だと素直に感心してしまう。僕も少しは調べたが、直接取材に行くほどの熱意はなかった。この辺りも売れっ子ならではの行動力なのだろう。

「でもあいつら、俺の本なんかは読んじゃいない。殆どコノテイトのものしか読まないんだ。気味悪いぜ」

「コノテイト? それ人工知能のやつだろ」

「そう。これがまた流行ってんだよ。彼らの間で」

 笹野から他の作家の話が出てくるなんて珍しいことだ。とはいえ、コノテイトを作家と呼んでいいのかは議論の余地があるだろう。

 コノテイトとは、人工知能による作家活動を行っているプロジェクトのことだ。元は公立はこだて未来大学が進めた『作家ですのよ』というプロジェクトが母体となっており、当初は星新一の著作のみを分析対象としていたが、現在では著作権切れの作家を多く分析して取り込み、その作家活動に反映させている。

「何でだろうな。既存の娯楽を否定しているから、既存の作品も受け入れないってのか」

「そんなところだろう。毛嫌いされてあんまり取材させてもらえなかった」

「アンチが多いのも才能だよ」

「いや、get seriousに参加してる奴らはアンチって感じじゃないんだよ。そもそも眼中にないというか、お呼びじゃないというか。真面目になれってのも既存の娯楽を否定しているというよりは、そもそもそこへ歩み寄ろうとしないんだ」

 これだけ感想が出てくるのだから、何だかんだしっかり取材してきたようだ。笹野は感覚派の天才肌だが、意外にこういうところはしっかりしている。

 それにしてもget serious運動の若者たちはとにかく既存の娯楽を否定し忌避しているのだとばかり思っていたが、一応そのように本を読んでいたりするということは、必ずしも否定してばかりではないらしい。彼らには彼らの娯楽があり、それは既に彼らの周りにあるのだろう。彼らはそれで満足しようとしている。ある意味で小さくまとまってしまっているとも言えるが、そんなものは人の好き好きだ。自由に選択すればいい。

 あるいはget serious運動は、そうして小さくまとまろうとしているように見える若者が、やれゆとりだ草食だと揶揄して励ましているつもりになっていた大人たちに意志を示しているだけなのかもしれない。私たちはこれでいい。これがいい。邪魔をしないでくれと。

「ああいう感性の奴らには、お前の小説が合うかもしれない」

 何をもってそんなことを言っているのか全く分からない。笹野の考えはたびたび僕の思案をすっ飛ばして置いてきぼりにする。

 彼らが選んだ娯楽がコノテイトの小説だというのだから、それを読んでいればいい。僕の三下小説などお呼びではないだろう。

 人工知能の作家が書いた本を読み漁るget seriousの運動家たち。中々面白そうな取り合わせである。でっち上げられた革命評論を聖典にしていた個別主義者のようだ。その中に僕の小説が紛れる。ぞっとするような、わくわくするような、どちらとも言えない心地だ。

「人工知能の作家なんて物珍しさだけで売れてると思ったけど、そうじゃないのかもな。俺も読んでみっかな」

「お前が読むわけないだろ。今までだって全然小説を読んだことないんだから」

 笹野の本当に恐ろしいところは、小説を全く読んでいないのに問答無用で面白い小説が書けるということだ。確かに小説家を目指すアドバイスとして小説以外のことが大事だと言われるが、本当にそれ以外の要素で書き上げ続けるなんてのは化け物染みている。彼はこれまでも、そしてこれからも小説を読むことはないだろう。だからこその鋭利な感性でベストセラーを次々に生み出していくはずだ。

「コノテイトは今だと著作権切れの作家を取り込んで、お前みたいに色んなジャンル書いてるよ。ウチの本屋でも結構売れてるな」

「あれって人工知能が勝手に小説書いてくれるんだろ。出版社としては都合がいいよな。人件費皆無じゃん」

 機械が勝手に小説を吐き出してくれるとしたら、人間の生産能力など問題にならないだろう。出版社としても大助かりなのは笹野の言う通りだ。小説作成を機械に任せる手法は以前から存在している。ハーレクインなどはターゲットである女性が好む舞台背景や男性像などをコンピュータではじき出し、作家はそれを繋ぎ合わせるだけでいい仕組みを作っている。

 しかしコノテイトの目的は小説の大量生産ではない。人間が感動する小説を人工知能が作り、人間が何に、どうして心を動かされるのかを検証する実験の一機能にすぎない。コノテイトにとって経済を回すのは評価基準の一つだ。とはいえ大概の出版社も本来の目的は、文化と秩序の礎とか学芸と教養の殿堂として大成するとか謳っているので同じはずなのだが。

「コノテイトはあくまで人工知能の社会実験だ。収益はそのプロジェクトの運営に使われてる。どこの出版社も絡んでないんだよ」

「へえ。そうなのか」

「取材したんじゃないのかよ」

「そっちはしてない。get serious運動だけだ。コノテイトは知らん。それに敵と分かった以上は取材してやらねえ」

 よく分からない主張を持ち出して笹野が踏んぞりかえる。別に向こうも取材してほしいとは思っていないだろう。単に小説作成に特化した人工知能でしかないのだから。でも、あるいは人間との受け答えもこなせるかもしれない。星新一作品みたいなユーモアをいちいち会話にねじ込んでくるとしたら辟易してしまうけれど。

「ああいう考えが若い人に広まっていくのなら、俺たち作家もシフトしていかないといけない」

「より真面目な方向に?」

 僕が訊ねると、笹野のほうが首を傾げる。

「いや、その真面目ってのがよく分からないんだよな。俺らだって別にふざけて生きてるわけじゃないし、作家業もやりたくてやってるわけだから、これ以上どう真面目になればいいんだ?」

 確かにget seriousの発するメッセージは具体性に欠ける。何をどうすればいいのかも、誰に言っているのかも正直分からない。真面目になれというのも自分に言い聞かせているのか、それとも他人に忠告しているのかで意味合いが大きく違ってくる。

 ならば受け手の解釈で如何様にでも変わるのだろうか。故に若者には受け入れられて、年配の人は理解できないとも言えるのではないか。

 真面目になれ。ただそれだけの、無味乾燥とした主張。それが通ってしまったらどんな世界になるのだろう。

 その着想は僕の中で響くものがあった。小説のネタになりそうな予感がする。こういう自分が素直に面白いと思える感覚は大事にしたい。散々失敗してきたとはいえ、自分の『面白い』が信じられなくなったらもう作家ではない――と言うと、まるで今までまともに作家として働けていたように聞こえるが、ただでさえ情けない作家活動のモチベーションが一つなくなることは事実だ。

「何か思いついたか?」

 煙草に火をつけながら笹野が聞いてくる。僕が頷くと首を振って呆れていた。煙が彼の周りに広がっていく。

「いい加減タバコやめろよ。肺まで人工臓器になっちまうぞ」

 僕がそう忠告すると、そんときゃ全財産擲って全身義体にしてやるよと、げえげえ咳き込みながら返した。笹野の最近の口癖だ。彼はあまり体が丈夫なほうではないのに、酒も煙草も不摂生も全くやめようとしない。子供のころから心臓に持病を抱えていたらしく、去年とうとう心臓の病気が深刻化して人工臓器に取り替える手術を行なった。著作の売り上げで大枚を叩き、最高級の人工臓器を移植したと手術直後から周りに自慢していた。

 この生活習慣こそが、笹野の数少ない作家としての矜持でもある。人生の喜びも苦しみも思う存分嗜むためには、嗜好品がもたらす結果を恐れていてはいけないという。また健康のためにわざわざ食いたくもないものを摂取するなどという小狡い思考を自分の中に入れたくないとも。

 ここまで頑固に拘っている者に忠告などしても無意味だ。僕の作品がどれだけ忠告を受けてもつまらないままなのと同じである。

「俺のことなんぞ気にしてないで、今のやつ仕上げちゃえよ。そうやって半端なのが溜まってるだろ。結局小説は仕上げないと自分の経験値にならないぞ。移り気だから完成しないんだよ」

 耳鳴りがするほど痛い話だ。結局は完成させなければ自分の身にならない。身にならないということは文章がうまくならないということだ。十年近く作家していてもそこらの趣味人に劣る文章力しかないのには、才能や相性なんかよりも確固たる理由がある。他の作家に比べて圧倒的に経験値が足りていないから、自分のアイデアを表現しきれなくてクオリティを下げざるを得なくなる。

 仕事ができないことを自覚しながら仕事をする。不出来でも給料がもらえていると喜ぶべきか。自己顕示欲が枯渇した人生を嘆くべきか。この程度の次元であくせくしているのだから、まったく程度が低い。

 自分でも分かっているのだ。こんなもの、誰が読みたがると言うのか。

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