月桂樹の誓い 2
「鵜飼隊長、あの一条悟って男、何者なんスか?」
上司の鵜飼に対し、部下の
鹿児島市
戦後、敗戦国となった日本はアメリカ主導のもと、人外の存在や異能犯罪者たちに対抗できうる異能者組織を作り上げた。それが東京に本局を置く超常能力実行局である。東京を含めた各都道府県に支局があり、鹿児島支局は薩国警備という名の警備会社として活動している。れっきとした法人格を有する県内シェア一位の警備会社だ。
国や地方公共団体が運営に関わっているといわれる超常能力実行局だが、設立から数十年を経た現在でも、いまだにその存在が世間に公表されていない。理由は諸説ある。警察や自衛隊以外の武力行使機関に国が関与しているという事実を認められないのではないか、あるいは設立から年数を経るほどに公表のタイミングを失してきた、などと。戦後日本の異能業界は世間に知られている退魔連合会を表、超常能力実行局を裏とし成長してきた。鹿児島もそうである。
「何者、とは?」
自身が指揮をとる実動本部第七隊に割り当てられた部屋で、デスクに座る鵜飼は訊き返した。他の隊員たちは“外回り”に出ている。今、ここには潮崎しかいない。悟が剣聖スピーディア・リズナーだと知る者は自分と畑野茜だけのはずだ。
「すッとぼけないでくださいよ。強いんでしょ?」
薩国警備のEXPERである潮崎は右手でジャブのポーズをとりながら言った。なかなか端正なマスクをしており、飄々とした男だが剣の腕は立つ。鵜飼よりひとつ年下の23歳。均整のとれた長身に制服が似合っていた。
「入来峠や永吉での“活躍”から察するに、相当な腕と見ましたね、俺は」
と、潮崎。悟が帰鹿して一ヶ月と少したつが、その間、彼の警護を鵜飼の隊が担当している。悟が関係した二件の戦闘行為の“後処理”もこちらでおこなった。
「ま、隊長を負かすほどのヤツですから、強いでしょうねぇ」
潮崎の、その言葉に冗談を超える棘を感じた。だが、こういう男だということはわかっている。口が悪い。
「潮崎、何が言いたい?」
鵜飼は訊いた。先月、自分が悟に挑戦し敗北したことは隊内に知られている。立会人をつとめた畑野茜、津田雫の両名は上に報告書を提出しただけで口外しなかったのだが、鵜飼本人が部下たちに告げた。こういうことを隠しておけるような男ではない。完敗だったと語り、言い訳もしなかった。自分に厳しいのである。
隊長の鵜飼が負けた……そう聞かされた部下たちの間に動揺が走ったのは事実だ。だが、それで人望を失うことはなかった。薩国警備最年少の隊長である彼の部下たちは若手EXPERばかりだが、皆、鵜飼を尊敬しているようだ。しかし、この潮崎という男はどうか?
潮崎は隊内では、やや浮いた存在となっている。鵜飼より一歳下の彼はキャリアも一年ほどしか違わない。“自分が鵜飼の下についている理由はEXPERになったのが遅かったからだ”、“年齢が逆なら立場も逆になっていた”、“俺と鵜飼に実力差はない”と陰で言っているらしく、チームワークを重んずる隊員たちからは好かれていないらしい。
そういった発言は当然、鵜飼の耳にも入っているのだが、それで彼が潮崎を不当に扱うことはなかった。他の隊員たちの陰口ならば看過できないが、自分に対するものなら構わないと判断したのである。良い気はしないが、言葉で応酬するような性格でもない。潮崎の言うことには一理あり、また実力は確かだ。
「実は、その一条悟と戦ってみたいんスよ」
潮崎は、にこやかに言った。
「取り次いでもらえませんかね、隊長?」
と言う彼は余裕の表情と口調をしているが、目は真剣だった。少なくとも鵜飼には、そう見えた。
「構わんよ」
「おー、やりィ!」
潮崎は手を叩き、笑った。このとき鵜飼が理由を訊ねなかったのは、果し合いにそのようなものは不要だと思っているからである。戦士が強い者との対戦を求めるのは当然のことであり、悟に挑戦したときの自分もそうだったと自覚している。警護対象である剣聖スピーディア・リズナーへの憧れを絶ち切ろうとしていたのもあったのだが……
「だが、潮崎。今のおまえでは一条には勝てんぞ」
鵜飼は言った。反対する権利はない。が、正直な予測くらいはたててもよい。
「俺が勝ったら隊長のメンツが潰れるから、そういうこと言ってんじゃないんスか?」
余裕を崩さない潮崎。だが、その眉毛くらいは動いただろうか? こういう男だとわかっているので、鵜飼は、それ以上なにも言わなかった。
「で、いつだ?」
「なんなら今夜でもOKっスよ」
「急ぐ必要はあるまい」
「思い立ったが吉日、ってことで」
と、潮崎。その態度は飄々としており、内心は読めない。
「頼めるか? 一条さん」
ビルの外に出た鵜飼は悟に電話した。通話の内容は潮崎との勝負の件である。
────いいよ
軽いひとことで返事があった。受けるとは思っていた。一条悟という男は果し合いから逃げない。そんな気がしていた。自分が挑戦したときもそうだった。
「部下の頼みで断れん、すまん」
────別に、おまえが謝るこたァねぇよ
「あんたの胸を借りる形になる。つまらん勝負になるかもしれん」
────俺が勝つとは限らんよ
「いや、実力の差はあきらかだ」
このあたりは官公署が多く、人通りが多い。道行く人々の足もとを眺めながらスマートフォン片手に鵜飼は言った。潮崎の腕は良いが悟にはまだまだ遠く及ばない。
「立会人は、こちらは俺でいいか?」
────ああ。俺は神宮寺の爺さんにでも頼むわ
純粋な手合い目的であり、かつ私闘でないことを証明するために立ち会う異能者を双方、設定する必要がある。業界のしきたりのようなものだ。
「
と、鵜飼。フリーランスの神宮寺平太郎といえば、鹿児島の異能業界で知らぬ者はないほどの有名人だ。大変な尊敬を集めている。
「場所は、こないだと同じ場所でいいな?」
────ああ
「では、頼む」
悟の了承を得た鵜飼は電話を切った。
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