真夏の終わりに…… 6


 全身に電気を受け、うすれゆく意識の中で悟が思い出したのは、遠い過去ではなく、鹿児島に帰ってきてからのここ一ヶ月のことだった。人間、死ぬ直前にそれまでの人生を走馬灯のように振り返るというが迷信らしい。最近会った人々の声が思い出される。


“再戦の機会があったら負けん”


 薩国警備の鵜飼丈雄だ。思えば、彼との果たし合いが、鹿児島での最初のビッグイベントだった。


“えー? お茶も出ないんですかァ”


 同じく、薩国警備の畑野茜の声。松田との戦いを前に、新型のオーバーテイクを届けてくれたのは彼女だった。


“最高よ………あなた!”


 ストラビア共和国大統領令嬢、アニタ・ナバーロはそう言って、キスをしてきた。あちらで平穏に暮らしているだろうか?


“い、一条さんって、素敵ですね”


 静林館高校の教師、村永多香子。彼女をストーカーから救うため、入来峠で死闘を繰り広げた。


“もし、よかったら雫って呼んでください……”


 津田雫の声だ。彼女は夏休み期間中だけのメイドだった。そういえば今日から新学期。元気に登校しただろうか?


“坊主、体をいとえよ……”


 神宮寺平太郎は、昔から自分のことをそう呼ぶ。思えば、ある犯罪組織に追われ潜伏中の身でありながら、この一ヶ月間も戦ってばかりであった。


(災難が、俺をほうっておかないらしい……)


 それもまた、生き様か? ならば、それに立ち向かうことが自身に課せられた宿命なのか? 戦いの中でしか己に存在意義を見いだせない呪われた体質に生まれついたのなら、結局勝たなければその先はない。そこに地獄が待っていようとも……


 飛びそうになった意識を呼び戻した悟は、いったん前に突き出した両脚に気を集中させると、反動で背後にいる長髪の膝を蹴った。多方向性気脈者ブランチたる彼の異能力は体の任意の箇所を部分的に強化する。バランスを失い、崩れ落ちる長髪。逃れざまに全身を回転させ、今度は気がのったハイキックを繰り出した。


 側頭部を蹴られ、長髪は吹っ飛んだ。感電から解放された悟は、素早く地面に落ちていたオーバーテイクを拾う。


「俺の一番の取り柄は、しぶとさでね……」


 悟は言った。その台詞が耳に届いているのか? 立ち上がった長髪の首は不自然な方向に折れ、膝はありえない角度に曲がっている。斬られた腹からは臓物がはみ出し、出血は多量。だが……立っている。薬物の影響で痛みは感じていまい。


「敵対する者には、報復を……」


 目も虚ろに、長髪は左手を上げた。こちらに向けられた人差し指が光る。L型の超常能力は、その身に帯びた電気を放出することができる。そこから発生した稲妻が一直線に襲いくる。


 悟はそれをかわした。そのまま美しい残像となった彼は瞬時に間合いを詰めた。光刃を発動したオーバーテイクの剣跡は運命の輪にも似た真円を描く。それが意味するものは逃れられぬさだめか?


 長髪の首が飛び、胴体が倒れた。勝利した悟は剣を収める。感電の影響で少しよろけるも、血だらけの大地に根をはるかのようにふんばった。


 三体の首無し死体を見ても胸に去来するものはない。勝者は生き、敗者は死ぬ。ただ、それだけのことだった。


「おまえの誕生日を血で染めちまったな……」


 悟はつぶやいた。真知子に言った台詞だが、いくら電脳の彼女であっても、今の声は聴こえまい……


「俺の命日には、なりそこなっちまったけどな……」


 自嘲気味に笑い、そしてダメージが残る身を引きずるようにしながら彼は歩きはじめた。とりあえず、剣聖スピーディア・リズナーには、まだ明日がある……






『真夏の終わりに……』完。



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る