真夏の終わりに…… 4
藤代グループ会長である隆信が寿命を意識しはじめたころ……薩摩の怪物と呼ばれた彼は、死後も自分の会社や鹿児島の異能業界に影響力を残す方法を考えた。権力欲のあらわれだったのか、それとも地位に対する執着だったのか。自分自身でもわからなかったが、その時期の隆信はオカルト関連書籍を読みあさり、古代の呪法の調査もしていた。クローン技術や脳移植の研究に金を出そうと考えたこともある。
結果的に彼が選択した手段は人工知能だった。自分の頭脳や性格を反映した物を作り出し、後釜にすえようと思ったのだ。そして、それに企業舵を切らせることで、肉体は滅んでも支配者としての自分を残す。隆信は高額の私費で、その道に詳しい者たちを雇い、開発に踏み切った。
そんな折、真知子が不慮の事故で死んだ。愛する孫娘を失い、隆信は悲嘆に暮れた。家にこもりきりになり、食事も喉を通らぬ中で悩みに悩んだ末、彼は“ある決断”をした。開発中の人工知能の“投影者”を真知子にするのだと。そうすれば、この世によみがえるではないか……そのように考えたのだった。
人工知能の性格を真知子のものと同等にするため、隆信は自身も開発に加わった。擬似的な人格を決定づける上でもっとも困難な“言語に対する反応”を設定するためである。これは共に過ごしてきた彼にしか出来ないことだった。いち人間が持つ言語パターンは日常会話だけでも膨大な量におよぶが、そのインプットに力を注いだ。つまり“真知子ならば、こう答える”と開発スタッフに指示を出すことが隆信の役割だった。
“所詮、機械だ。真知子じゃない”
完成した人工知能を見た悟は言った。
“家族を持ったことがないおまえには、わからんのだ”
隆信は、そう答えた。ふたりと共にいた神宮寺平太郎は“狂気の沙汰”と、ひとこと述べただけだった。
そして、この人工知能こそが、現在の藤代アームズ社長としての藤代真知子である。“体が弱いという理由で出社しない社長”と社員たちから陰口を叩かれるが、そもそも今の彼女は出歩くこともできない。ただ、ここにいて、ネットワークで世界中とつながっている……
『お祖父様、悟さん。私の誕生日に来てくださってありがとう』
どこからか響く真知子の声。それは生前の彼女のものと、ほぼ同質にできていた。
「久しぶりだな」
悟は言った。彼が鹿児島に帰ってきてから、ひと月がたっている。その間、電話でしかやりとりはしていなかった。隆信は杖を置くと、客席のひとつに腰かけた。
『そうね……今、“そっちに行く”わ……』
人工知能……いや、真知子が言うと、正面の巨大なスクリーンに光がともった。そこに映し出された“彼女”の美しい顔は藤代アームズ本社会議室のモニターで社員たちが見るものと同じだった。残された写真やビデオ映像などをもとに、CGで加工されたそれこそが大人になった真知子の顔である。会議のときと違い、長い黒髪はまとめておらず、服装はワンピースなのだが……
『どうかしら? 今日の“背景”……』
アングルが“被写体”の真知子から、やや離れ右を向く。スクリーンに映るのは青い空と砂浜。そして輝く海が見えた。本当に映画のワンシーンみたいだが、彼女の“演出”である。
『
そう言って真知子は、その場でくるりとまわった。スクリーンを彩る美しい彼女の姿もまた、恋愛映画の登場人物のようだ。カメラが遠ざかり全身を映す。ワンピースの下は裸足だった。
「いいセンスだ」
答えたのは悟。座っている隆信は、一言も発しない。
『ありがとう……ところで悟さん。“フリーランス”の件、どうかしら?』
真知子はふたたびアップになった。先日、彼女は悟に対し、フリーランスの自営異能者になってみないかと提案した。彼女はなぜ、潜伏の身であるこの男に、そんなことを持ちかけるのだろうか?
「当分はのんびりするさ。隠居の身も悪くない」
『あまり長いと、だらしない生活がクセになるわよ』
「反論できねぇな」
『私が、あなたの“エージェント”になってもいいのよ?』
「誰かと組むようなガラじゃないよ」
そんなふたりのやりとりを隆信は黙って聞いていた。表情にも変わりはない。
『お祖父様、次第に夜の気温は下がっていくわ。風邪なんかひかないでね』
真知子は言った。それでも隆信は無言だった。
「んじゃ、俺は先に帰るよ」
悟はスクリーンに背を向けると、エレベーターのほうに向かった。
『あら、悟さん。これからみんなで映画でも観ようかと思ったのに……』
「当分はこっちにいるから、いつでも会えるさ。俺がいると、藤代さんも話しづらいだろ?」
隆信のほうを向いた悟が悪戯っぽく言った。
『悟さん、また電話くださいね』
「ああ……」
エレベーターのドアが閉まる直前、悟は真知子のほうを向き、こめかみに二本指を当てた。
外に出ると、さわ子が立っていた。
「さわ子さん、先に帰るよ」
「では送っていきます」
「いいよ、歩いて帰るさ」
「ですが……」
と、さわ子は言った。ここから城山にある借り物の洋館までは二キロほどの道のりだ。
「あんたは藤代さんを頼むよ」
悟は言った。さわ子は超常能力者である。もとは薩国警備のEXPERだったらしいが、現在はフリーランスとして隆信につかえる家政婦兼ボディーガードといった立場だ。それ以前のことは悟もよく知らない。
「じゃあな」
彼は手を振ると、夜道を歩く人となった。
隆信が作り出した人工知能としての真知子は、どこか生前の真知子とは違う。悟は今でも、そう思っている。機械は機械……人にはなれない。
だが悟は、あれを“真知子”と呼ぶ。声が同じだから、というのもある。人工知能としての出来が破格のもので、本当に真知子と会話しているような気になるのも事実だ。そして隆信の努力を否定したくなかった……それもまた理由だった。
最愛の孫娘をよみがえらせるために“禁忌”とされる呪法にでも手を出していたら、悟は隆信を斬っていたかもしれない。だが、あの老人がとった手段は機械だった。隆信もわかってはいるのだ。あれが本物の真知子ではないことを。真知子はもう、二度と帰っては来ないことを。ならば否定する必要など、どこにあるのか……
徒歩で帰宅する途中、
「一条悟だな?」
声とともに正面の暗がりから、ポロシャツを着たひとりの男があらわれた。
「違います。僕の名前は金玉袋之助です」
悟は答えた。
「ふざけんな、てめぇ……!」
男は気色ばんだ。スキンヘッドの下にある目がイッている。
後ろのほうからも、ふたりの男があらわれた。ひとりは長髪で背が高く、ジャケットをはおっている。もうひとりは子供のように小柄だが、顔は老けており、タンクトップを着ている。つけてきたのは彼らだろう。
「俺らはなぁ、おまえにこないだ殺された松田航一郎の仲間なんだよ」
スキンヘッドが言った。先日、ストラビア共和国の大統領令嬢アニタ・ナバーロを狙った連中のうち、数名がまだ捕まっていないことは聞かされていた。こいつらは、その残党ということになる。
「敵対する者には報復を……」
長髪が言った。
「簡単には殺さねぇぜぇ……徐々に切り刻んでやる……それが俺たちの報復のやり方だ……」
小男が言った。三人とも目つきがヤバい。松田同様、薬物をやっているのだろう。
悟は自分の右手のひらを見た。そのまま微動だにしない。
「なにやってやがる、てめぇ……?」
スキンヘッドが訊いてきた。
「どうせ汚れた手だ。いまさらおまえらの返り血で濡れても、俺の人生になんの支障もないと思ったのさ」
悟は答えた。数秒の間を置いてその台詞の意味を理解したのか、加熱した三人の殺気が夏夜の湿った空気を総毛立たせた。
「殺してやる……!」
スキンヘッドが言った。
「敵対する者には報復を……!」
長髪が言った。
「バラバラにしてやんよ……!」
小男が言った。狭く暗い道で三人は、ゆっくりと悟を取り囲んだ。
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