真夏の終わりに…… 2
鹿児島市中部に位置する
九月一日。県庁前にある八階建ての“リッチ海岸ビル”。その三階と四階、そして五階に藤代アームズ本社はある。本日、これから会議が行われる。
異能者向け武器製造メーカーとして世界的なシェアを誇る企業にしては規模が小さいが、藤代アームズは元々自社ビルを持たなかった。武器製作工程の大半をしめる企画設計、研究開発は
ある程度の人数を収容できる会議室に長机を連結し、普段からここに通う営業マンたちと、いつもは吉野の施設にいる開発スタッフたちが同席した。あまり顔を合わせない面子同士だが、今日の議題となる“ある意見”は双方一致していた。それを今から話し合う。
一番うしろの端の席にパンツスーツを着たひとりの女が座っている。名前は
(かったるい……)
と、思いながら睦美は黒縁眼鏡を外して拭いた。素顔はそんなに悪いものではないが長い前髪に隠れ、目元は見えない。後ろ髪は無造作に束ねており、色気には欠けている。仕事熱心で一度研究施設に泊まりこむと何日も自宅に帰らない彼女を変人呼ばわりする者もいるが、本人は全く気にしない性格だ。ただし、こういう会議の場は苦手である。
誰かが前方の壁に取り付けられた大型モニターのスイッチを入れた。全員が起立し、睦美もならう。画面に映しだされたのは藤代アームズ社長、藤代真知子だった。
男性社員たちの目にどことなく崇拝の色が浮かんだ……睦美はそう思った。気のせいではないだろう。若くして代表をつとめる真知子の美貌は群を抜くものだ。同性の目から見ても認めることができる。
────みなさん、お疲れ様です。今日は、よろしくお願いします
澄んだ、優しい声でモニターの向こうにいるスーツ姿の真知子は言った。社長という立場であるが、高圧的な態度はとらない。美人であってもきつい印象がない理由は、やや垂れ気味で大きな目にあると言ってよい。それなりに少女的な可愛らしさを残しているのだ。黒いロングヘアはシニヨンスタイルで、彼女によく似合っている。
本日の議題……それは“低価格帯商品”の製作に関することだった。高性能高品質かつ見た目にこだわる藤代アームズ製の武器だが、全体的に値段が高い。景気の良かった時代には飛ぶように売れたものだが、現在はそうもいかない。日本国内のシェア上位は東京の
低価格帯市場への参入……今回のこの提案は営業サイドと製作サイドの考えが一致したことから社長の真知子に対する強気の提案となりえた。主要な取引先である国内外の異能者組織へのルートセールスが年々難しくなっており、新規の顧客を開拓しようにも高価格なため、ひとことで言えば“売りづらい”状況だという営業マンと、原価を落としても水準レベルの商品を作ることが出来るという製作スタッフ。双方の意見とも現実味あるラインから逸脱していない建設的なものと言ってよい。
────それは、できません……
しかし、真知子のそのひとことで皆が落胆の色を見せた。実は、この提案が持ちあがったのは初めてのことではなかった。過去にも数度あったのだ。だが今回は今までと違い、営業サイドと製作サイドが連携しての具申だった。前もって資料を真知子に送っており、彼女も目を通したはずである。
────我が社の製品は創業者たる祖父、隆信の職人時代の作品イメージを受け継いでいかなければなりません。性能と外見の両方を追求し、お客様がご満足いく商品を作り出すことが異能業界に影響力を持つ我々の使命なのです
モニターの向こうにいる真知子は言った。美しい彼女は男性社員から人気がある存在だ。性格も穏和で、決して声を荒らげることはない。だが、現場の人間からは影で批判されているのも事実である。
“右も左もわからぬお嬢様社長”
“理想を語り、現実は見ていない”
“会長の威光”
“体が弱いという理由で出社できない社長など必要か?”
といった陰口は社内でよく聞かれるものだ。その一方で、担ぐ神輿であればそれでよいと言う者も少なからずいる。真知子は現場に口を挟むことがないため、大幅な裁量をのぞむ責任担当者からは好かれている。
全体がよく見えるうしろの席で、睦美は皆の様子を眺めながら欠伸をこらえた。彼女は明晰な頭脳を持つが、経営や販売戦略というものに全く興味がなかった。好きな武器製作にのみ集中していられれば、それでよいと考えていた。給料が出ているうちは、会社が潰れることはないだろうと思っている。
そんな睦美が疑問に思っていることがひとつある。先日、真知子から直接連絡があったのだ。
“────至急、新型のオーバーテイクを作ってほしいのです”
電話で真知子はそう言っていた。なぜか? 使い手である剣聖スピーディア・リズナーは死亡したと報じられている。ニューモデルの設計図自体は出来上がっていたため数日で完成したが、それにしてもなぜ……?
モニターに映る真知子の顔を見ながら、睦美は漠然とした疑問を心の中から消し去った。あまり仕事以外のことに神経を使いたくなかったからだ。
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