大統領令嬢は剣聖がお好き? 5


 見習いEXPERである雫には普通の学校に通っていた時期もあれば、薩摩川内市にある超常能力者の育成施設に住んでいた時期もある。そのどちらでも男子から告白されたことがあったが断ってきた。美人ではなくとも儚げで影がある雰囲気が好まれたのであろうが、肝心の雫のほうが異性を愛せないのである。


 子供の頃から自覚していた。自分と違うタイプの女に興味をそそられる傾向があった。それは同級生であり上級生であり、ときに教師でもあった。彼女らは皆、陽性の気質で、大人であれば豊満な肉体を持っていた。陰性でどこか暗く、小柄な雫は、そこにひかれてきた。


 不幸だったのは彼女に“恋人”ができなかったことである。雫自身が同性を求め、好んでも、周囲の女たちは違った。もちろん自分の想いをうちあけるような度胸もないのが雫である。いや、一度だけ勇気を出したことがあった。だが、それは苦い結末を生んだ……






 眠っているアニタの豊かな胸に顔を埋めた雫は息を止めた。ふたりともTシャツにパンティだけで、ブラジャーはつけていない。互いの下腹と太股がこすれ合い、少し音をたてた。


「どうしたのです? 雫さん……」


 浅い眠りだったらしい。目を覚ましたアニタが訊いた。異常に思われただろうか?


「こうやっていっしょに寝てくれた昔の母を思い出したんです。最近は忙しくて、あまりかまってくれません……」


 雫は言った。嘘である。本当は欲望にかられたのだ。薄い印象しか持たぬ自分と違い、華やかで美しいアニタに。薄い身体の自分と違い、豊満なアニタに……


「ご、ごめんなさい……わたし、変なことを」


「いいえ、いいのです」


 アニタは優しく抱きしめてくれた。ブラジャーをつけていない大きな胸に押し付けられ、息苦しさを感じるほどに……


 自分が招いた事態であるが、興奮するシチュエーションでもある。こんなときに母を持ち出してまで嘘をつくことができる自分の機転を今、知った。


「でも、ちょっとショックよ。私、まだ母親なんて年じゃないもの……」


 アニタは雫の頭をなでた。


「ごめんなさい……」 


 雫は胸の中で謝罪した。


 ふたりの声は、ささやき合うほどのちいさなものだ。アニタの唇は雫の髪に優しく口づけ、雫の吐息はアニタの胸に吸い込まれる。


(あぁ、もう……)


 熱い欲望に耐えきれず、雫は右手をアニタの首の後ろにまわした。超常能力者である彼女ならば簡単に気絶させることができる。“はじめての人”が外国人なのも悪くないと本気で思った。


「かわいそうな雫……あなたは世間しらずの私と違って、苦労をしてきたのね……」


 だが、抱かれた髪にかかるその言葉をきいたとき、アニタを犯そうとした雫の手が止まった。そう……自分が女性に欲情しても、彼女は違う。


「おやすみなさい、雫。今夜だけ、あなたのお母さんになってあげるわ……」


 “恋人”ではなく“疑似母”……そう宣言されたとき、雫は体内を駆けめぐっていた衝動が冷えきってゆくのを感じた。幸運なことだったのかもしれない。同時に、アニタもまた“運命の人”ではなかったと知った。


「はい……」


 雫は手をアニタの背中にまわした。身長差のせいか、抱き合い、闇に溶け込むふたりの姿は母娘に見えなくもない。まもなくアニタは、再び寝息をたてはじめた。


(これが一条さんなら、わたしはどうなるのか……?)


 男を愛せない体質の雫……だが最近、悟のことがなぜか気にかかる。彼の姿が女性的で美しいからだろうか?年齢差があっても、家事ができないあの男に母性本能でもくすぐられているのか?


(わたしは、あの人に恋ができるのか……?)


 もし、それがかなえば“ノーマル”になれるのかもしれない。考えているうちに睡魔がやってきて、アニタの胸の中、雫も眠りについた。






「不治の病ではなかったのですか?!」


 雫が作った朝食がのったテーブルで、アニタは大変に驚いた。


「ああ、余命幾ばくもないのは同姓同名の別人だった。君が探しているほうの神宮寺平太郎は元気ピンピンの健康体だ」


 飯がてんこ盛りにつがれた茶碗を前にして悟は言った。おかずは味噌汁、焼き鮭、納豆、ぬか漬け、卵焼き……すべて雫が用意したものである。


「ご、ごめんなさい……私、なんて慌て者なのかしら……」


 赤くなった顔に手を当てるアニタ。勘違いだった、ということになるが、広い海を隔てれば情報が混乱するのもいたしかたない。特に異能業界に関する事柄はネットでも解りにくいものだ。


「と、ところで、会いたいの……?」


 おそるおそる訊く悟。会わせたらアニタの夢を打ち砕くことになるかもしれない。


「お祖母さんの手紙を渡すだけなら俺でもできるよ」


「もし、ご迷惑でなければお会いして、私から直接渡したいのです。それに、祖母が好きになった人を見てみたいの……きっと素敵なジェントルマンに違いないわ!」


(こりゃ、先に爺さんと打ち合わせしたほうがいいな。身なりをきちんとさせて、下ネタ封印するよう言っとかないと……)


 そう画策した悟。だが……






「おう、ここじゃな。まったく、あの坊主はわかりにくいところに住んどるわい」


 悟の洋館の庭にたどり着いた小柄な老人は派手なアロハシャツにカーゴ短パン、そしてサンダル履きだった。午前の陽光をはじき返すほどに禿げ上がった頭と時代遅れなデカいサングラスは、アニタが想像しているであろう紳士像からほど遠い外見を作り出している。好爺老師こと神宮寺平太郎のほうから、ここへやって来たのだった……

 

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