74. JKTの価値観が場を支配して

“源技回路”に拘束された怪異達を、レンは差し棒の一突きで速やかに処理し、怪異との戦闘は終えた。


これまで幾度も怪異と戦ってきたレンだが、回数を重ねるごとに経験が蓄積されていくのを感じる。


精神面は特に顕著にそれが反映されているようにレンは感じた。


当初は自らが命の遣り取りを行なうという非日常に対して、身体の動作に影響が生じる程に多大な緊張を覚えていた。

だが、今では心の中に打ちつける小波に乗るかの如く、緊張感に寄り添うことが出来ている。


今後この世界で目的を達成し、生きて帰るためには必要不可欠な経験値なのだろう。



(でも、“普通”の人からどんどん離れていくってことなんだろうな。きっと)



レンはぼんやりとそんなことを考えながら、地面に落ちている透き通った球状の石を拾い上げた。


直径5センチほどの薄青色と山草色のが2つと、樫色の手のひらサイズのものが1つ。

先ほどの怪異達が遺したものだ。

怪異が粒子状に散ったのちにこの核が出現する。


「全部で1週間分の宿代にはなりそうだな。特に熊怪異の奴、この大きさと純度は喜ばれるだろう」

隣にいるディルクがそう評した。レンはそれらの核をディルクへと渡す。

そして治療中のレイがいる馬車の方へと歩き始めた。


「じゃあ。いつも通り換金よろしく」

「あぁ、アップコップに戻ったら直ぐにやっておく」


怪異専門の傭兵団の収入源は主に2つ。

怪異関係の依頼を受け依頼人から達成報酬を受け取る、というものと怪異が遺す核を集め、換金するというものだ。


基本的には依頼報酬により安定した収入を得つつ、時折核を売ることで臨時収入を得る、という風に生計を立てている。


「そろそろ携帯食料も切れそうだから補給しておかないとな」

ディルクが核を小袋に仕舞いつつ、そう言った。


レン達‘異邦の銀翼’の会計担当はディルクであり、お財布のすべてをディルクが握っていた。


3人全員がエルデ・クエーレの世間に対して疎くはあったが、レンとレイに比べればディルクがまだマシということと、手持ちを元々有していたという理由で、ディルクがそれに選ばれている。


ちなみに食事は、ニホンで日常的に家事をしていたことから、レイの担当になっている。



「応急処置用の綿紗と紐もなくなったわ」

「―――レイ。治療は終わったのか?」


レンとディルクの所に向かってレイが歩いてきた。


「えぇ。見かけよりは傷が浅かったから、治癒源技能でとりあえずは大丈夫よ。ただそれなりに出血していたから、少し安静にしていないといけないけど」


「そっか。よかったね」

見ず知らずの人とはいえ、そのレイの報告にレンはそう呟く。




「おいっ!!」


そんなレン達の会話を邪魔するように、甲高い声が場に響き渡った。


レン達が声を発した人物、エドヴァルトの方へと顔を向けると、馬車の中央に位置する豪華な椅子に腰かけたエドヴァルトが、顔を歪ませながらレン達を見下ろしていた。


「よくもっ僕の邪魔をしてくれたなっ!!」

「…………邪魔?」

レイが律儀にも返事をしたが、意味を理解してはいないようだった。


「しかも強奪までっ!!本来!怪異は僕の獲物で、その核も僕のものだったのにっ!!これは審理に値する事案だぞっ!!」

エドヴァルトがそう主張してくる。


「(審理って裁判のことだっけ。)――――って自分達、法に触れちゃったの?ディルク」


「―――神獣法典第7節第9章13項、緊急対応処置。他者への急迫な危険・危難を避けるための行為では、やむを得ず他者の権利を侵害した際の責任を免れることが可能―――さっきのお前たちの状況は十分それに値すると思うが?―――それ以前に、お前たちが権利を有していたようにも見えない」

ディルクがエドヴァルトの言い分に対し、鼻で笑いながらそう返す。


(ディルクは世間は知らなくても、法律は知ってるのか―――これも次期筆頭騎士ってやつの英才教育なのかな)


「傭兵風情がっ法を語るなっ!!主席書記官エルヴィン・ビエナートの一人息子である、この僕に対してっ!!」


「――――まぁ、いい。確かにそちらの了承を得ずに怪異を倒したのは俺達だ――――この核はお前たちにやる」

面倒臭くなったらしいディルクが投げやりに吐き捨てると、近くにいた護衛の一人に、先ほど拾った核を手渡した。


「~~~~っ!!僕を舐めているのかっ!!これだけの屈辱に対してそんな核で足りるとでもっ?!」



(なんだ?この子めんどくさい)

レンは心の中で、そう呟きつつ溜息を吐く。


「そうだ!その女をこちらへよこせ―――おい、お前ら!!その女を捕獲しろ!!」


エドヴァルトが周りの護衛に対してそう命じたものの護衛達は顔を見合わせ困惑した様子を浮かべた。


「命令が聞けないのならっ!!父上にいって首にするぞっ!!」


その脅しを受け、ようやく護衛達は鈍重な動きで槍をこちらに向けてきた。


だが、その顔には緊張感は無く、口をパクパクと動かしながら、こちらに向かって何かを伝えてきている。


(に・げ・て・く・だ・さ・い――――って、、、)


彼らの慣れた対応から察するに、このような事態は良くあることなのかもしれない。

レンは彼らの苦労に対して若干の切なさを感じつつも、とりあえず差し棒を構えた。

彼らの顔が途端に強張り青ざめた。


(あ、まずったかも)


この状況をどう穏便に済ませるか、レンが思案している時だった。




「―――――そんなことは、どうでもいいわ」




透明感のあるレイのその一言が場を切り裂く。


そして、レイは形ばかりの戦闘態勢にあるレンや護衛達の横を平然と通り過ぎ、馬車へと、エドヴァルトの方へと近づいた。



「あなたさっきから訳の判らないことを喚いて、文句を言っていたけど、そもそもなぜあなたは見ているだけだったの?」


「ふん。なぜ僕が動かなければならない。戦闘はこいつら愚民共の仕事だ」


「もしかしてあなた、自殺志願者だったの?だったら、謝るわ」


(うわぁ、、皮肉なのか、本気なのか、レイさんだったら後者も十分あり得るな)

レンは心の中でレイの発言を吟味する。


「な?!どういう意味だそれは?!」

レイの唐突な発言に、エドヴァルトは顔を真っ赤にし、声を荒げた。


「あの時、撤退をしなかったということは、そういうことなんでしょう?―――状況判断能力が欠如でもしていない限り」


「貴様っ!小娘如きが!僕を愚弄しているのか!?」

「あなたも、小坊主じゃない」


「~~~~っ!!」

言葉にできない程の憤りを感じているのか、エドヴァルトは歯を強く噛み締め、皮膚が軽く変色するほどに両こぶしを強く握りしめ震えている。



「そうだ。これを渡しておくわ。あなたの護衛隊長が握りしめていたもの」



レイはそう言うと、馬車に備え付けられている乗車用の段差に足を踏み入れ、手に持っていた血で真っ赤に染まった紋章をエドヴァルトに向け放り投げた。


紋章には遠吠えしている犬が描かれている。


「ひっ!!!」

エドヴァルトの膝にそれが落ちると、喉を引きつらせ悲鳴を上げ、慌てて叩き落とした。

カランカランと音を立てながら、それは馬車内へと転がる。



「その血は、本来あなたが流していたもの。もしこれを見て、何か思うことがあるのなら、今後の対応に気を付けなさい――――じゃないと、いずれ貴方の周りに誰もいなくなるわ」



そうレイが言い放つと用は終わったと言わんばかりにエドヴァルトの返事は待たず、こちらへと戻るべく体を向けようとした。


「――――って、あなたも怪我をしてるじゃない」


レイがエドヴァルトの掌の擦り傷に気が付くと、青ざめながら茫然としていたエドヴァルトの手を取り、治癒源技を発現させた。



「これで、いいわね―――それじゃあ、私たちは行くわ。アップコップまでそんなに遠くは無いけど、お互い気を付けましょう」


治療が終わるや否や、そうレイはそう締めると、こちらへと歩いてくる。


そのレイの姿を、その場にいる全員、護衛達や従者そしてレン達が、茫然と見ていた。



「おい。レイの奴、あの坊主の言葉ぶった切って、自分が言いたいこと、やりたいことだけ、やってきやがったぞ」


「うん、なんていうか――――逞しいよね」


耳元で囁いてきたディルクに対して、レンはそう評した。



「~~~~っ!!なんなんだっ!!お前はっ!?」


「?傭兵団‘異邦の銀翼’の団員、レイよ」



「違うっ!お前は僕に対して怒っていたんじゃないのか!?それなのに何故!僕を治療するんだ!?」


「怒りと、治療するか否かは関係ないわ、怪我は無い方が良いじゃない」


「何故だっ!!何故っ!!意味がわからないっ!!」


そうエドヴァルトが叫びつつも、先ほどまでの憤慨した様子とは異なり、今は困惑した声を上げている。



「もう、いいかしら?」



そして、レイが再度歩き始めようとしたところに、思わぬところから声が掛かった。



「レイくん、、その‘異邦の騎士団’に、アップコップまでの、護衛依頼を、、出したいんだが、、、」

「隊長っ!!」


荒い息を吐きながらレイを制止したのは、先ほどまで倒れていた中年の護衛隊長だ。馬車の車輪を掴みながら、立つのも億劫と言った様子でレイに話しかける。


「護衛依頼?――――っと、まだ安静にしていた方が良いわ。少なくとも座るか、できれば横になっていた方がいい」


レイのその言葉に、隊長は馬車に凭れかかった。


「あぁ。すまない、そして、治療の件。誠に、感謝する。――――アップコップまでで、良い。どうか、お願い、できない、だろうか」



「私は構わないけど――――」


レイはそう答え、ディルクやレンの反応を窺うように顔を向けてきた。



「自分も別にいいよ」

「俺もだ。依頼料がもらえるなら文句はねぇ」


レンとディルクが、軽くそう答える。



「おいっ!お前!何を勝手に決めてっ!!」


エドヴァルトが隊長に向かって文句を言っていた。だが、



「これから私達‘異邦の銀翼’があなた達を、アップコップまで護衛するわ」



エドヴァルトの主張は、レイの宣言に打ち消された。




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