13. 地に弁当を、隣に女心を
露店巡りを初めて、3時間程たった頃。
レンとデリアは休憩も兼ねて、大通りから少し外れたところにある、臨時休憩場所のベンチに座っていた。
近くの露店で買った軽食をレンとデリアは食べていた。
先ほどのお礼だと言ってデリアが奢ってくれたものである。
しかもディルクの分も、だ。
香ばしく焼いたポークを厚めのクレープに似た生地で巻いたそれは、噛むたびに肉汁が溢れ出す。スパイシーな生地と相まってそれは絶妙な味わいだった。
「このような大規模な露店を巡るのは初めてですが品物は玉石混在!しかも通常の店では考えられない価格設定!とても面白いですわ!!」
「確かに見たこともない物ばっかりで、お店を見てるだけでも十分楽しいですね」
お互いに談笑しながら食を進める。
レン達が今いる場所は、開けた広場である。
祭りの為に拵えられた簡易の休憩スペースらしく、多数のベンチやテーブルセットが置かれていた。
時刻は昼を過ぎた位であるため、露店の軽食を食べているヒトビトが多数いた。
彼らの足元やテーブルの上には大小の様々な紙袋が置かれている。
家族連れも多く、子供たちや女性が元気に喋っている一方で、男性たちの疲れた様子が印象的だった。
(家族サービスに関しては日本もエルデ・クエーレも同じだな)
レンはそんなことを思いつつ、あたりを見回した。
既に豚の香辛巻は食べ終わった。手には包み紙だけが残っている。
それを持て余しているとレンの視界に大きな木箱が見つかった。
通行人がゴミらしきものをその箱に捨てている。おそらくはゴミ箱だろう。
レンはそう判断すると、レンと同様に既に食べ終わっているデリアに声を掛けた。
「ゴミを捨てにいきますけど、デリアさんのもついでに捨てますよ」
レンがそう言うと、デリアは感謝の言葉を述べ手の中の包み紙を渡してきた。
レンはそれを受け取るとゴミ箱へと向かった。
とうに食べ終わったディルクは食後の休憩を取るためか、ベンチの上に寝ころんでいた。
【レン。露店で本を買うことは忘れていませんね】
デリアから離れたところでヴぃーが話かけてきた。
「もちろん、ただ本を売っている露店を見かけないんだよね」
レンの一番の目当ては古本だった。
特に源技能書と地図やガイドブックを買いたいと思っている。
源技能に関しては今後の自身の源技能を鍛えるためである(ディルクも強く同意してくれた)。
地図やガイドブックに関しては、エルデ・クエーレの州や街の位置関係を把握するためであり、外や街の中でも何処が危険で何故危険なのかを把握するのに役に立つだろう、とヴぃーが勧めてくれたからだ。
(この後はデリアさんにも言って、古本の露店を探してみよう)
レンが本に関して考えながら、歩いているときだった。
ドンッ!
「うわっ!」 「っきゃ!」
急に体の横に人とぶつかった衝撃を感じた。
一瞬踏みとどまろうと試みたが耐えきれず地面に倒れてしまう。
自分の体と地面との衝突音が耳に入る。さらに何か固いものがばら撒かれる音も聞こえた。
どうやら考え込みすぎで横から来る通行人まで、気を張っていなかったらしい。
結果ぶつかってしまったようだ。
相手の声からするに若い女性、もしかしたら少女かもしれない。
レンは慌てて起きると、
「すいません!大丈夫ですか?」
と、すぐ近くに倒れている少女に声を掛けた。
華奢な少女は薄ピンク色のエプロンを身に着けていた。
茶髪のショートヘアーであり、頭の上にはモフモフとした薄茶色の熊耳がついている。
少女の周りには濃緑色の布で包まれたお弁当箱らしきものが、ばら撒かれている。
レンは少女に駆け寄り、片膝を地面について目線を下げ手を差し出した。
「―――いたたた。あ、ありがとうございます」
熊耳の少女はレンの手を取ると起き上がった。
「あー!お弁当が………」
少女は自身の周りに散らばった箱に気付くと悲痛な声を上げる。
パッと見ただけでもばら撒かれたその数は10を超えている。
レンはすかさず地面に散らばったお弁当箱を拾い集めた。
一人でこの数を持ち運ぶには相当なバランス感覚が必要だろう。
「あ、すいません!!」
少女は慌てたように叫ぶと、レンと同じように弁当箱を拾い集めた。
近くのベンチやテーブルに座っていたヒト達は初めはレン達を注視していたが、大したことがないと判断したのか今は視線が外されている。
「レン、大丈夫ですの?!」
ベンチからこちらの様子を見ていたらしいデリアがこちらに駆け寄ってきた。
腕にはディルクを抱いている。ディルクは呆れたようにレンを見ていた。
「デリアさん。見ての通りです」
レンは全体の半分程の弁当箱を両手で持つ。
それでもようやく腕を使って安定して抱え込めるかの瀬戸際のサイズだった。
「すごい量ですわね」
デリアがレンと抱えた弁当箱を見ながら言う。
「――――あの、私。むこうの通りの端の食堂で働いているイリスって言います。あの、ぶつかっておいて恐縮なんですけど――――これを運ぶの手伝っていただけないでしょうか?ここから歩いて四半子刻ぐらいの場所なんですけど」
イリスの急な申し出にレンとデリアは顔を合わせた。
「初めは一人でいけると思ったんですけど、やっぱりキツイみたいなんで」
イリスはそういうと恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
心なしか熊耳もピコピコ揺れているように見える。
「わたくしは構いませんわ。ここからそんなに遠くもなさそうですし」
(まぁ、デリアさんならそう言うだろうな)
デリアがその返事をすることはレンには容易に想像できた。
デリアは感情表現豊かで男らしく好奇心が強い。
それに加え、デリアやダリウスは明らかに普通のヒト達よりも社会的地位が高いように見える。
着ている服は派手ではないが上質なものに見えるし、なにより振る舞い一つ一つが洗練されている。
それにもかかわらず、いろいろな意味で浮いているレンに対しても普通に対応する。
社会的地位がある人特有の余裕や懐の広さを、レンはデリアに関して強く感じるのだ。
「デリアさんがいいなら自分もいいですけど。でも―――そもそもお弁当の中身は大丈夫なんですか?」
「…………いいんです、いいんです!多少崩れても問題ない料理ですしそれに食べるのは父や父の職場のヒトですから!」
イリスの初めの沈黙が気になったものの、本人がそういうのであれば、レンには何も言えない。
「――――あの、受けてもらってから言うのもなんですけど、その場所っていうのが通行門の詰所なんです。その―――そこの兵士さんたちは悪い人たちではないんですが、ちょっとばかし上品ではないというか、特にデリアさんみたいな方は気分を害されるかもしれません」
イリスが気まずそうに言う。
だが、その心配は無意味だとレンは即座に判断した。
「詰所ですの!ええ、ええ!全然問題ないですわ!」
デリアが興奮したように叫ぶ。
デリアの虎耳が激しく動いているのが見えた。
(絶対に詰所とか、兵士とかに食指が動いたんだな)
昨日の剣術指南や今までの露店巡りから、レンはデリアの趣向をだいたい把握している。
「さあ!早速行きましょう!わたくしはデリアでこちらはレンですわ!」
デリアはイリスに対して自己紹介をすると、イリスが持っている幾つかの弁当箱を手に持った。
「そういえば、レン。あなたは淑女の扱い方に慣れていますのね。先ほどのイリスを起こす際の振る舞いはさながら騎士のようでしたわ!」
デリアがまたもや声高らかに言う。
もしかしたらデリアは、騎士と姫といった王道の偶像劇や小説なども好きなのかもしれない。
もっともこちらの世界にそれらがあるかどうかは、レンは知らないのだが。
デリアからお褒めの言葉を授かったものの、レンはいまいちピンとこなかった。
「いや、こちらに非がありましたし、別に淑女に限らず子供やご老人、おっさんにでもああしますよ」
レンはデリアにそう返す。
その様子を眺めていたイリスが、ふと何かに気が付いたように目を大きく開いた。
「あ!もしかして私お二人の逢引きを邪魔しちゃいました!?」
「………は?!」
レンは思わず素に言葉を発してしまった。
イリスが、どうやら斜め上の誤解をしているらしい。
もしかして先ほどのデリアの発言を、恋人に対する嫌味とでも解釈したのだろうか。
レンはそう判断すると、慌てて即座に誤解を解こうとした。
「いやいやいや、違います!そんなのあり得ないですから!!なにより、デリアさんまだ子供じゃないですか!ねぇ!」
レンはそうデリアに同意を求めた。だが、
「………………先ほどの言葉撤回させていただきますわ。レン、あなたは女性に対しての扱いを一から学ぶべきですわね」
デリアが自身のもつ金色の瞳を細め、鋭くレンを射抜く。
どうやら、デリアの地雷を踏んでしまったらしい。
女性心理だけは全く予想も理解もできない、レンは強くそう思った。
―――――――
詰所までの道中は、主にデリアとイリスが会話をしていた。
「――ということは、イリスのお父様はカヘンニンの兵士なのですね!」
「はい。母は家の近くの食堂で働いていて、私もお手伝いしてるんです。デリアさんは?」
イリスは元気よく、ハキハキと発言する。
デリアとの相性は悪くはなさそうだ、とレンは判断した。
「わたくしのお父様は騎士であり、わたくしもストールズ中央学院の騎士科に所属してますわ」
「ええぇ!あの中央学院ですか?!っていうことはデリアさんってもしかして統治者層のヒトなんですか?」
(統治者層?)
デリアの所属を聞いて、急にイリスがしおらしく、すこし怯えたように声を小さくした。
「まぁ、お父様が近衛騎士なので、一応そういうことになりますが」
デリアが、悪戯のばれた子供のようにばつの悪そうな姿を見せる。
「す、すみませんでした。そんな身分の方とは知らずに!」
イリスが慌てたように頭を下げている。
「気にしないでください。畏まられるとこちらも困りますわ。実際にわたくしは只の一学生ですから。それに折角のゲムゼワルドでのお祭りですのに」
「――で、でも本当にいいんですか。しかも――こんなお弁当運びなんてしてもらって」
デリアが言ってもまだ、イリスはオドオドと確認を取ってくる。
(統治者層?っていうのはそんなに畏怖される立場なのか?)
レンは心の中で疑問に思う。
仮にそうだとしたら、レンのダリウスへの態度はまずいものがあったのかもしれない。そう考えつつも、
(まぁ、もうやっちゃったもんは仕方ないし――ダリウスさんを見た感じそんなこと気にする器にもあんまり見えないから大丈夫かな)
ただどこの世界にも、地位に縋り付き権力に依存するヒトは存在するはずだ。今後は気を付けて行かないといけないのかもしれない。
(一応、後でヴぃーに確認しとくか)
「もう!くどいですわね!良いといったらいいのです。この話はもう終わりです!」
デリアがぷりぷり怒りながら再度主張していた。
レンも少しばかり援護することにする。
「そうですよ。デリアさん同世代の友達がいないみたいだから、イリスさんとは仲良くしたいみたいなんです」
「レン!!やっぱり、あなたは女性に対する配慮がなっていませんわ!!」
イリスがデリアの興奮した姿を見てオロオロし始める。
それを見たデリアは冷静になったのか、
「失礼しましたわ。――それよりも、イリスの母君のお店はどのようなものですの?」
「えっと、本当にただの一般食堂なんで特に言うことは無いんですけど。あ、でも今だとうちの木苺の生地包みが人気あります。ゲムゼワルドの木苺って酸味に加えて上質な甘みがあってそれが生地に良く合うんです。そこにゲムゼワルド産のお茶を足すと、最高なんですよ!」
「――それ、食べてみたいですわ!」
「じゃあ、お弁当を詰所に届けにいったら、家の食堂来ます?お礼に奢ります!」
「是非!」
服装等の文化的な違いや、獣人とニンゲンという種属の違いはあれど、日本の女の子とデリアやイリス達の間にあまり違いは無いように、レンは感じた。
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