9.5 小話集ー異世界初日ー

・獣の世界とは [レン、ディルク]


狼怪異の脅威を凌ぎ、草原から移動を始めるとき、レンはディルクに疑問を投げかけた。

「この世界の獣って皆ディルクみたいに喋れるの?」

「獣は喋れない。俺みたいなヒトは喋れる」

言葉を使える獣はヒト、使えない獣は動物ということであろうか、レンはそう考察した。

「へー。自分みたいな二足歩行のヒトっている?」

もしかしたらこの世界には喋れる獣がいるだけで、人間はいないのかもしれない。

そうすると、住居、食事、服装などの文化が獣の姿に適したものになる。

今後過ごす上でその覚悟をする必要があるかを懸念しての、レンの質問だった。

「うん?――ほとんどがヒトでいる。そっちの方が生活しやすいからな。」

ディルクの回答にレンは案著する。

「良かった。生肉ぐらいなら焼けばいいけど、衣類を使わない文化だったら面倒すぎる」

(そういえば、ディルクは全裸ってことになるのかな?意思疎通できるけど、羞恥心とかはないのか。)




・猫を被る竜 [レン、ディルク、デリア]


ダリウス達の馬車に拾ってもらったレンは、ダリウスやデリアとの会話に興じていた。

「その子はレンの愛玩用の蜥蜴なのですか?」

デリアの興味はレンの足で寛いでいるディルクに移ったようだ。

やっぱり、パッと見は蜥蜴に見えるらしい。

レンはそう思いつつ、事前にディルクに要求されたように対応した。少し慌ててしまったが。

「えっ!?えぇ、そうです。ディルクって名前なんですよ。こんな見てくれですけど、頭が良くて人懐っこいんです」

ディルクがレンの回答に合わせて、その緑の瞳をデリアに向けた。

しかし、デリアの視界に入らないところで、レンの足を抓ってきた。

どうやらレンの物言いが気に喰わなかったようだ。

「その――抱いてもよろしいですか?」

デリアがディルクを物欲しそうに見つめる。

「どうぞどうぞ、結構重いので気を付けてください。」

特に断る理由もなかったのでレンはディルクを両手で持ち上げ、意外と重い、デリアに渡した。

「キュゥ、キューゥ」

ディルクは甘えるような声を出しながら、デリアの腕に顔を擦り付ける。

「っぶ!」

しかしながら先ほどまで、重低音かつ偉そうに喋っていたディルクが、無理して高い声をで鳴いているのを見たレンは笑いを耐えきれなかった。

テレビで見た芸人を思い起こさせる。腹筋が痙攣し、攣りそうだ。

「可愛らしいですわ!――あら、ご主人の所に戻りたいんですの?」

デリアの腕で大人しくしていたディルクが急にレンの方へ戻ろうと身動ぎをする。腕から抜け出すとレンの頭に上った。そして、

「いった!!ッ痛い!!」

街道の時と同じようにレンの頭をグリグリとしてきた。

「まぁ!仲がよろしいのですね!!」




・料理の決め手は [レン、ディルク、デリア、ダリウス、ディ-ゴ]


宿へのチェックインが済み、レンはダリウス達と共に食堂で夕食を取り始める。円形の木のテーブルを4人で囲んだ。

人数分のスープとサラダ、焼き立てのパンとメインディッシュと見られる鶏肉の香草焼きが食欲をそそる香りを発しながら並んでおり、各々手を付け始めた。

「うむ!素朴な料理だが美味い!でかしたぞ、ディ-ゴ」

香草焼きを一口食べたダリウスがその精悍な顔を緩め、隣のディ-ゴを褒める。

ディ-ゴが馬車屋の主人や露店主、旅人たちにおすすめの宿や食堂の情報を集め、ここに決めたらしい。

「お褒めに預かり、光栄でございます!!閣下!」

レンは乳白色のスープを飲む。

トロリとした口当たり共に広がる仄かな甘みは、空腹を感じていたレンの胃をこれでもかというほど刺激した。

「本当に美味しい。素材そのものの味が違いますわね。このジャガイモのスープにしても、普段食べている物とは味の深みが段違いですわ!」

(あ、日本と同じ食材なんだ)

デリアも優雅にスプーンを口に運ぶと感嘆の意を発した。

「この地域は土や水に含まれている源粒子が多いようですからな!!」

(え、源粒子って旨み効果もあるの!?)

バターを塗ったパンを頬張っていたレンは、ディ-ゴの言葉に動きを止める。

ダリウスはナイフで鶏肉を切りながらそれに続いた。

「それだけではないな。おそらくここの料理人はそれなりの源技能の使い手だ」

「源技能が関係あるんですか?」

レンは疑問を抑えきれず料理を食べる手を止めた。

「ああ、感知に優れていれば源粒子の豊富な食材を選べる。また、料理に源技を発現させて味付けしたりも、だな。だから一流の料理人は優れた源技能者であることが多い。実際に今の王宮の筆頭料理人はこの世で10本の指に入る源技能者だからな」

源技の意外な活用法に感心しつつ、レンはメインディッシュが刺さったナイフを、ディルクの口元へと差し出した。




・ダリウスの腕前 [レン、ディルク、デリア、ダリウス、ディ-ゴ]


先ほどまでの食事はテーブルの上から無くなり、飲み物が入ったグラスが4つ置かれている。

「鉱山都市からここまで4日掛かったが、怪異に出くわさなくて良かった」

ダリウスは酒を飲みながら、旅を思い出すかのようにしみじみと呟いた。

「街の外で怪異に襲われることって多いんですか?」

街道を歩いていた自分が言うと違和感がある、と思いつつレンはダリウスに尋ねる。ディルクから怪異の危険性は聞いてはいたが、一般の人の怪異に対する認識をレンは聞きたかった

「昔はそうでも無かったんだがな、ここ数年で急激に増えた。街道を使う旅人の数も相当減って、鳥行便が主要な移動手段になっちまったな」

怪異の存在はレンの想像以上に一般の人の生活に影響が出ていそうだ。

鳥行便とは街道を使わない移動手段だろうか。

レンはそう考えつつ、ダリウスに疑問を投げかけた。

「たしか怪異って1匹でも小隊が討伐にあたるんですよね、ダリウスさん達よく馬車での移動を選びましたね」

「まぁ倒すのと、あしらうのと、逃げるのは全く違うからな」

確かに。レンはダリウスのその言葉に納得した。

「お父様なら怪異の1匹や2匹ぐらい大丈夫ですわ!」

「閣下なら怪異の10や20などものともしない!!」

すかさずデリアとディ-ゴが声高らかに主張する。

二人の態度から察するに、ダリウスは相当な実力者なのかもしれない。

レンはそう推測しつつゲムゼワルドの名物の茶葉のお茶を飲む。

「おまえら、そう俺を持ち上げるな」

そう言いつつ、ダリウスの顔は満更でもなさそうだった。




・雷源技の技名はなに? [レン、ディルク、ヴぃー]


ベッドに座りながらレンは、デリアとの打合いで発現した雷源技を、今後どう洗練させていくかを話しているときだった。

「さっきの雷源技の技名は何にするんだ?」

その言葉にレンは一瞬思考が停止した。

名付けをする可能性に関して、レンは全く想定しておらず思わず言葉を失ってしまう。

「戦闘源技は発現するときに技名を言うのが一般的だが」

「え、うそ!?」

【否定はしまセン】

それは恥ずかしい。

レンが真っ先に思ったことはそれだった。

ディルクの言わんとしてることはわかる。

源技の訓練時に技名を叫びながら発現することでルーティン化し、戦闘中でも瞬時にその源技に集中できるようになるのだろう。

だが、恥ずかしい。

そんな行動は十年前に捨てた。

「別に技名を言わなくても発現できればいいんでしょ?」

非効率かつ非論理的だとは理解しつつ、一縷の望みを託してディルクに同意を求めた。

【源技の発現に関しては基本には従った方が効率的デス】

ヴぃーが諭してくる。

「名前、考えておきます」




・差し棒は武器になるの? [レン、ヴぃー、ディルク]


宿屋の一室で怪異のことについて話していたが、レンはふと不思議に思ったことをディルクに投げかける。

「そういえば、何も疑問に思わず差し棒を武器として使ってたけどこっちじゃ普通なの?」

ディルクは机の上に敷いたタオルの上に腰かけている。

【差し棒は物を指し示すのに使います。教師や会議の演者等が主な使用者デス】

「知ってるよ!?」

ヴぃーが述べた指差し棒の用途は全く日本と変わらない。

もしかしたら、草原で怪異に遭遇したときは、冗談で武器といったのだろうか、だとしたらあの状況では遊びが過ぎる、とレンは思う。

「だが、その差し棒は源鉱石と同じような力を感じる」

続けられたディルクの言葉に、レンはポケットに入れていた差し棒を急いで手に取り集中して視た。

スマフォを持った時と同様に軽い倦怠感を感じた。

「あ、ほんとだ。微かに源粒子を纏ってる。ってか向こうから持ってきたものは全部だ、服も鞄も」

目にした差し棒は手に持った方から先へと流れるように銀色の粒子を纏い、発していた。

【源子の流れも視認できるのですね】

スマフォ、ディルクの炎源技、デリアの水源技、風源技。それらに対してレンは源子と思われる粒子を見てきた。

「そう、粒子みたいなのがね。そういえば、武器にも源鉱石を使うってダリウスさんから聞いたけど」

【はい、源鉱石は源粒子の流入効率が良いです。源鉱石の剣に基盤源子を流し込んで使用することで、切れ味も耐久性もあがりマス。源鉱石に属性を持たせれば、剣を振りながらの源技が容易になりマス。】

「要するに源粒子を纏ってるだけで戦闘向きってわけだ」ディルクが続ける。

「だからこの差し棒を武器にすれば良いってこと?」

想像以上に、今レンの手の中にある差し棒は有用な武器なのかもしれない。

「そうだ。お前の源技能が成長するたびに、この差し棒も優れた武器になっていくはずだ」




・あの青二才は [ディ-ゴ、ダリウス]


夜空を廻った幾多の流星も落ち着き夜も更けたころ、宿の一室でディ-ゴとダリウスは鉱山都市で買った地酒を味わっていた。

「この旅もそろそろ終わりだな」

グラスを持ちながらダリウスはポツリと呟く。

「閣下の旅に同行できたこと、このディ-ゴ光栄です!!」

普段は中々得ることのできない主との時間に、ディ-ゴは高揚感を禁じ得なかった。

「面白い土産もできそうだしな」

ダリウスのその言葉にディ-ゴは今日出会った青年を頭に浮かべる。

「あの青二才のことですかな―――あやつは一体何者なんでしょう?」

「さあな。見慣れない恰好をしているが、服自体の質は平民がきるものではない。子供でも知っている常識すら知らず、剣を握ったこともない。かと思えば、頭が悪いわけではない。デリアが少し教えただけで、打ち合いの中で見る見るうちに動きを良くしていき、しまいにはあの見たこともない雷源技によってデリアの風源技の突きを避けた――あんなにちぐはぐなやつは初めて見るな。まあ、お家騒動で邪魔になった金持ちの妾の子っていうのが一番可能性としてありそうか」

ダリウスが子供のようにワクワクしている。

ディ-ゴは自分の主その姿を肴に、グラスの中の美酒を口に含んだ。

「レンを老師に会わせてみるか」

ダリウスのその言葉を耳に入れつつディ-ゴは口の中で液体を転ばす。僅かな苦味が鼻を抜けた。




・欺く者は [レン]


ゲムゼワルドの宿。暗闇の中ベッドで横になりながらレンは思う。

今日の七夕、こちらでは神獣綬日の日に、この獣人世界エルデ・クエーレに来て、色々なヒトと出会った。

ダリウスやデリアは友好的にレンに接してくれている。

もしかしたらエルデ・クエーレのヒト達は、日本人よりもヒトとの繋がりを大事に、言うなれば人情味があるのかもしれない。

いや、彼らが偶々そうであったのだろうか。

レンはボンヤリと思考する。

だが。

だが、これまで接してきたヒトの中に、明らかに“おかしい言動”をしたものが一人いる。

いや。

正確に表現するなら絶対すべき”ある行動をしなかった”。

そしてそこから考察されることと、レンが”今ここにいる”理由には深い関係があるのだろう。

レンはそう確信している。

勘違いなどでは決してない。

(さて、と。―――どうしたものやら)

レンはボンヤリと思考に耽りながら、睡眠への道を歩み始めた。


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