7-22
終夜には、水流とのお出かけの一件がバレている……可能性が極めて高い。
彼女がこんなカマかけをするとは思えないしな。
何処からか情報が漏れているのは間違いなさそうだ。
問題は、誰がそれを漏洩したか。
水流本人か、それとも我が家の誰か。
◎ 来未(故意)
○ 来未(うっかり)
▲ 母さん
△ 水流
× 親父
……こんなところか。
来未か親父だったら躊躇なくとっちめる事が出来るから良いけど、他の二人だとそうもいかない。
まあ普通に考えて、来未が面白がって話したんだろうけど――――
『あの、終夜さん』『その話どこでお聞きになられたんでしょうか』
『妹さんからタレコミが』『ありました』『よ』
真実には何の捻りもなかったけど一文字送信は怖いって!
あんのボケ妹……あとで折檻だ。
『約束の時間は9時でしたよね』『そうです、夜の9時でした』『その時間に家にいないデートをしてたんですか』『私に嘘をついて夜の9時まで外出するようなデートをしてたんですね』『そうなんですね』
……でもその前に誤解を解かないと、俺の未来が危ないなこれ。
なんでこいつは偶にヤンデレっぽくなるんだ?
『デートじゃなくて借りた物を返しただけだ』『遅くなったのは中古ゲーム屋を見て回った上にうっかり電車に乗り遅れたから』『嘘をついたのはごめん』『理由がカッコ悪かったから体調不良って事にしたんだ』
一応嘘じゃない。
正確には『水流とのやり取りで頭がボーってなって電車に乗り遅れた』だけど、これも広い意味ではうっかりだしな。
実際、カッコ悪い理由だし……女子に免疫ないのが露呈しまくった結果だし。
あとは終夜が許してくれれば――――
『どうしてエルテと会ってたのを黙ってたんですか』
来未、そこまで話しやがったのか!
あいつマジで俺を二股キモクズ野郎にするつもりか!?
『いや、さすがにそこまで言う必要なくない?』『恋人じゃないんだから俺達』『友達以上恋人未満って言ったのはお前だろ?』
『そうですけど』『約束破った理由が他の女子と遊んでたからっていうのは』『やっぱり良い気はしないです』
それを言われると反論出来ないな……
俺もそう思うからこそカドが立たないよう体調不良って事にしたんだし。
来未の所為っていうより、俺の脇が甘かったのかも。
『ちなみに』『水流と遊んでて電車に乗り遅れたから約束守れないって正直に言ってたら?』
『それはもうブチ切れですよ』
おい。
『冗談です』『浮気する恋人を詰め寄るシチュエーションに憧れてて』『ちょっと言ってみたくなりました』
……どうやら本気で怒ってる訳じゃないらしい。
見事にからかわれたな。
してやられた感はあるけど、ちょっとホッとした。
『私が恐れてるのは、春秋君がアカデミを投げ出すことだけです』『だから、やっぱりログインしないって言われるとドキッとします』
そっか、そういう事か。
体調不良を偽ってログインをしなかった俺の一連の行動は、モチベーションが低下してそのゲームから離れようとしているユーザーのよくある行動と一致していたのかもしれない。
だから終夜は俺を突っついて、本当はどうなのかを確認しようとしてるのか。
……対人スキルはショボい癖に、こういう駆け引きは出来るのか。
よくわからない奴。
『アカデミはやめないよ』『良い事もあったし』『表時代にパーティ組んでた仲間と久し振りに会えたんだ』
『そうなんですか?』
『アポロンって奴でさ』『いい加減な奴だけど憎めなくて――――
6月21日(金)07:31
……ん?
妙に明るいな……ああ、朝なのか。
昨日は――――終夜と深夜までSIGNやって、あいつが途中で寝落ちしたっぽかったから俺もそのまま眠ったんだっけ。
ちゃんと電気消して布団に潜って寝るのと違って、寝落ちに近い状態で寝るとあんま睡眠とった感がないんだよな。
眠りが浅いというか、サッパリしないというか……
まあそれは仕方ない。
切り替えていこう。
さて、今日は大事な会議の日だ。
複数のプレイヤーが同時に参加する会議って、要するにチャットみたいなものだよな。
ただし、時間限定の緊急イベントみたいなものじゃないらしく通常イベント扱いで、オーダー受付で『作戦会議』を選択することでシナリオが進み、会議に突入するみたいだ。
昨日、ログアウト前にオーダーの欄を確認してみたら、新しく『作戦会議』ってオーダーが追加されていたから、恐らく間違いない。
会議に突入するには、参加する許可を貰っているユーザー全員がログインしている事が条件――――と、オーダーの説明欄に表記されていた。
しかも全員が会議オーダーを受注している状態でないと進行出来ないらしい。
もしこのままMMORPGとしてサービスを開始したら、間違いなく叩かれる要素になるだろうな……
現状、終夜や水流以外のユーザーと意思の疎通が取れていないから、会議参加者といつ会議を受注するか示し合わせる事は出来ない。
まあそこはテストなんだから、無理に足並みを揃える必要はないだろうし、責任を感じる事もない。
普通に夕食とった後にログインしてオーダー受注の流れで良いだろう。
家庭用ゲームをやっている時でも、今日は重要イベントやボス戦に挑むって日には、自然と気合いが入ったもんだ。
夜にプレイするまでの学校での過ごし方も、普段とは違って妙な高揚感とか緊張感があった。
今日もそんなピリピリした空気が自分の中に広がっている。
特別な一日になる。
そんな気がする。
しっかりと気持ちを作って挑まないと。
ただし、その前に――――
「痛ったぁーーーーーーーい! ちょっ、やめっ、痛たたたたた!」
「うるせー! お前の面白半分な密告のせいでプチ修羅場だったんだぞ!」
「ごめんって! 兄ーにごめんって! 頭グリグリやめてーっ!」
取り敢えず妹はシメておいた。
「朝から仲良いねアンタ達」
「それな。昔からコイツら、恋愛ゲームの兄妹みたいに仲良いんだよ。大丈夫か? 近親相姦とかその手の問題、父さん真剣に関わりたくないからな?」
「朝から気持ち悪いワード使うな!」
母も父も通常営業。
今日も我が家は平和だ。
「あ、そうだ深海。昨日会沢社長から連絡があってな。企画が本決まりするのはまだ先らしいが、取り敢えず進めておく事になったらしい。それで、今日中にレトロゲーの資料が大量に欲しいそうだ。頼むな」
……即落ち二コマ並のテンポで平和が逃げていった。
「ちょっと待ってよ。なんで今日中? 本決まりの企画でもないのにそんな期限の切り方ある?」
「フハハ! 自慢じゃないが言い出しっぺは俺だ! この俺が『そんなのウチの倅なら今日中に出来ますわ』言うたったわ!」
こ、このボケ親父……良いカッコしいな上に息子に丸投げかよ!
「大きなプロジェクトに乗っからして貰う立場の俺らはな、最初が肝心なんだよ。最初に有能だと思って貰えないと、すぐに別のところに話が行く。逆に最初の感触が良ければ、その後も簡単には切られない。向こうだって中途半端な時期に人を入れ替えたくはないだろうからな……あたたたたたたたたた! こめかみを締め付けるな!」
「言ってる事は正論だけど、無茶振りしておいて偉そうにするなムカつく」
来未にさっきまでやっていたグリグリの倍の強さで親父を締め付けた。
「深海、大丈夫? 急な話で悪いけど……」
「やるよ。そもそもこの企画を持ち込んだのは俺なんだし。今日中にプレノートをpdfにして社長に送ればいいのか?」
「兄ーに、今のなんかデキるサラリーマンっぽくてカッコ良かった!」
何処にそんな要素があったんだよ。
「ああ。向こうが昼頃に資料が欲しいゲームのリスト送ってくるから、そのリストの中からプレノートに記載してるタイトルをピックアップして、全部pdfにしてくれ。当然、資料館は開けたままな。パソコンを持ち込んでそこで作業してくれ」
「了解」
この企画はあくまで店都合。
資料館を閉めて行う訳にはいかない。
にしても……厄介な事になったな。
pdf化自体はツールを使った流れ作業で問題なく出来るんだけど、その前にプレノートをパソコンに取り込む作業がどうしても時間かかる。
俺、今日はアカデミにログイン出来るのか……?
何もない日なら別にログイン出来なくても問題ないけど、今日みたいな重要なイベントがある日はどうしても外せない。
オンゲーの厄介なところだよな……
とはいえ、ゲームはあくまで娯楽、遊び。
優先しなきゃいけないのは店の存続を懸けた企画の方だ。
プレノートの管理は俺の役目だし、この仕事は俺がしなきゃいけない。
こうなったら、夕飯抜きでやってやらぁ!
6月21日(金)22:51
……や、やっと終わった。
まさか100タイトル以上のレトロゲーをリストアップしているとは……プレノート400ページ以上取り込んだぞ……
間違いがないか見直すだけで一時間くらいかかった……
マズいな、目が霞むレベルで疲労困憊だ。
コンディションをしっかり整えて挑むつもりが、最悪の精神状態で挑む事になってしまった。
今日はやめておくか?
昨日の今日だし、他の会議参加予定のユーザーも見送っているかもしれないし。
知り合いでもないからログイン情報を知られる心配もないし、『あいつが参加してなかったから会議に進めなかった!』と槍玉にあげられる事もないだろう。
なんてな。
やりますよ、やるに決まってるでしょ。
今日一日、この為に死ぬほど無理して時間を作ったんだからな。
このメンタルの状態じゃ没入は無理だけど、会議みたいな客観性が求められるイベントは、キャラと一体化しない方が寧ろ有利かもしれない。
でも、これで他の参加者がログインしてなかったりオーダー受けてなかったりしたら大笑いだな。
その時はまあ、その時だ。
覚悟を決めて、ログイン。
そして、オーダー受注……と。
お、画面が暗転した。
どうやら俺以外既にログイン済み、受注済みだったらしい。
一気に時間が進んで、シーラが会議室に向かうイベントシーンが流れ始めた。
「どうやら全員集まったようだな。では早速、イーター討伐作戦会議を始めるとしよう」
ウォーランドサンチュリア人側の代表、ガーディアルの宣言で、会議がスタート――――
「その前に、一つ良いですか?」
……ん?
まだ本題に入る前なのに何だ?
「この場に一人、低レベルの実証実験士が混じっているって話を小耳に挟んだんだけどよォ。士気が下がるっつーか、ぶっちゃけあり得なくね?」
なっ……まさかのご指名!?
まだ誰が参加しているのかすら完全に把握していない序盤も序盤なのに、いきなり窮地に立たされた……だと!?
指摘してきたのはウォーランドサンチュリア人か。
まあ間違いなくNPCなんだろうけど……
面白い。
今ので一気に疲労なんか吹っ飛んでいった。
いいだろう、その売られたケンカ、シーラとして買ってやる――――
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
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――――
……
「それは、俺の事ですね」
突然の指摘に動揺しなかったと言えば嘘になるが……俺の心の中に去来したのは、確かな闘争心だった。
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