7-15

「……………………ウォーランドサンチュリアだけではありません。ジェズマイルも……………………アローニカサンドメンも……………………ザニルドも……………………リューネルも……………………今や壊滅状態だと聞いています」


 間延びする大盾の少年の言葉からさえ、はっきりと伝わってくる悲壮感。

 今彼が口にした国は、いずれも高い軍事力を備えた大国だった。

 少なくとも、俺達が以前いた世界では。


 人類の叡智とも言える発明の数々。

 人々の生活を支える基盤たる世界樹を守るという信念。

 きっとどの国も、自分達の勝利を信じて疑わなかった筈だ。


 けれど、イーターが凶悪化した事でその全てが打ち砕かれてしまった。

 ヒストピアは早々に抗うのを止め、世界の心臓だけに防衛を集中し、引きこもって研究に没頭した結果、唯一崩壊を免れている。


 この国の施策は正しい。

 ただ、ジリ貧なのは誰の目にも明らかだ。


「僕達が救うべき国はもうない…………だから最後の抵抗をしに…………この国へ来たんです」


「この時代のイーターと戦う気ですか?」 


「守ります……この地を」


 意外な言葉だった。

 故郷でも何の縁もないこの国を守るって言うのか?


「……僕達は……守る事ばかりして来ました……それが僕達の生きる事なのです」


 幼い顔立ちに強い決意。

 正論や同情なんて微塵も受付けない、強い矜恃を感じる。


「わかりました。俺達は搦め手ばかり追求している軟弱な集団ですが、共に戦いましょう」


「はい」


 最後は力強く頷き、握手の為に手を伸ばす。

 大盾を持っていた手で。


「っと!」


「……あ」


 危うく手放された大盾で足を潰されるところだった……

 強靱な肉体の実証実験士なら兎も角、俺じゃ重傷を負うところだ。


「すいません……すいません……」


「いえ、気にしないで下さい」


 流石にワザとじゃないのは瞬間的な表情の変化でわかる。

 自分でやった事に明らかに驚いてた。


「僕……故郷では周りからトロいっていつも言われてて……でもそんな僕でも誰かの盾にはなれるから……」


「ちなみにLvは?」


「……138です」


「俺はその1/10もないですよ。君は遥か格上です。そんなに下を向かないでください」

 

 自分の低レベルも、こういう時には役に立つ。

 これで態度を豹変されたら逆に笑っちゃいそうだけど……


「ありがとうございます」


 予想はしていた通り、そんな性格の少年じゃなかった。

 

「俺はシーラと言います。差し支えなければ……」


「メリクと言います……縁があったら是非一緒に戦いましょう……他は何もないですが守りだけは自信あります」


「こちらこそお願いします」


 今度はしっかり握手。

 これは良い出会いだった。


「では……」


 地面にめり込む勢いで倒れていた大盾を片手ですんなり持ち上げ、メリクは人混みに紛れていく。

 守りだけ……には到底見えないんだけど。


 取り敢えず、状況はある程度把握出来た。

 俺達と同じように、各国で俺達と同じように分枝世界樹からここへ来た実証実験士や戦士が大勢いたみたいだな。

 そして自分達の国が滅びた事を悟り、唯一まだ機能しているこのヒストピアへとやって来たんだろう。


 手土産は準備出来た。

 それじゃ、早速テイルのところへ――――


「シーラ!」


 おっと、この声はブロウか。


「よくこの人混みから見つけられたな」


「他ならぬ君だからね」


「……」


 駆け寄ってくる彼に若干引きつつ、仲間との久々の再会に思わず苦笑してしまう。

 そういえば、最近余り一緒に行動してなかったな。


「君が休養している間、見ての通り状況が大きく変わったんだ。説明はいるかい?」


「大体の事は通行人を捕まえて聞いた。予想以上に切迫した状況みたいだね」


「ああ……そしてこの国もね」


 国も?


「今、この城下町に押し寄せた大部隊を率いるウォーランドサンチュリアの代表が、国王との謁見に臨んでいるみたいでね。その内容によっては、大規模な作戦が立案されるかもしれない」


「大規模作戦? 今までこれだけ慎重にやって来ておいて?」


「その慎重さの最大の理由が戦力不足だったとしたら?」


 ……成程。

 俺らの世界にいたウォーランドサンチュリアの精鋭達が今この王都エンペルドに集っている状況を、国王がどう見るか……って事か。

 これが最後にして最大の好機だと判断すれば、ブロウの言ったように大きな賭けに打って出る可能性はある。


「ウォーランドサンチュリア人の何人かと会話したけど、彼等は理知的で頼りになる印象だった。言葉も通じるし、意思の疎通が出来るのは大きいよね」


「俺もさっきメリクって少年と話したけど、強い信念を感じたよ。彼等の代表となると、更に凄い人物なんだろうな」


 もしそんな人物がイーターとの対決を訴えれば、国王の心を動かすかもしれない。

 そうなれば、状況は一変する。

 低レベル帯の俺にお呼びがかかる事はなさそうだが、ブロウは……


「実は、今日までこの街で待機するように通達が来ていてね。もし君が街の外に出るオーダーを受注するつもりなら、残念だけど一緒には行けない」


 やっぱりか。

 Lv150のブロウは紛れもなく戦力だろうしな。


「そういえば、結局フィーナさんは見つかったのか? 探してたよな」


「いや……誰に聞いても目撃証言は得られない。これはもう王都にはいないかもしれないね」


「誰にも告げずに姿を消したのか」


「だろうね。僕より付き合いが長く人脈もあるエメラルヴィさんですら後を追えないくらいだ。意図的に見つからないようここを出たか、何者かに消されたとしか思えない」


 だとしたら……只事じゃない。

 でもこの王都にいないのなら探しようがない。

 後者じゃないのを祈るしかないけど、前者だとしても余り良い話じゃなさそうだな……


「君の方はどうだい? キリウスの情報を集めるって言ってたけど」


「生憎、そっちの進展はないよ。その代わり単独で一つオーダーを受けてる」


 言える範囲で現状報告。

 ルルドの聖水を大量生産するオーダーを受注した件、その受注の際に発注者からの警告文を渡された件、同行者として協力を仰いだステラが意識不明の状態に陥った件、そして彼女と同期したテイルとこれから会いに行く件……ってほぼ全部だな。


「警告文の内容は気になるね。オルトロスは決して一枚岩ではない……か」


「フィーナと関連している、って言いたげだな」


「彼女だけじゃないよ。リッピィア様の目論みも、僕は別の狙いがあると思っているからね」


 確かに、踊りと歌で国民を勇気付ける……ってだけで動いているとは思えない。

 オルトロスなんて大層な名前つけている集団だけど、中は意外とバラバラなのかもしれないな。


「俺はこれからテイルと会いに行く。そっちの予定は?」


「一度エルテプリム様たちの様子を覗いてみようかなって」


「……いい加減仲間を様付けで呼ぶの止めた方がいいと思う」


 半ば呆れ気味に警告してみたものの、ブロウは何の返事もせずに離れて行った。

 たまにそういうところあるんだよな、こいつ……


 さて、俺もリズ達の様子は気になるけど、まずはテイルの元へ向かおう。

 往復になるから、ルルドの聖水も持っていかないと。

 一旦荷物を整理しよう。


 ルルドの聖水は予備も含め四つ所持。

 もう余り在庫ないから大事に使わないと。


 DGバズーカは俺の貧弱な魔法ストックだと活かせないから、ミョルニルバハムート、パワードバズーカと一緒に置いておこう。

 そういえばビリビリウギャーネットはエキゾチックゴーレムに使ったまま放置したっけ。

 これは……もう回収は無理だろう。


 持っても無意味な武器は不携帯。

 防具も最軽量。

 以上だ。


 実証実験士としては随分と所持品も装備品も少ない。

 ウォーランドサンチュリア人の実証実験士からしたら、さぞ滑稽に映るだろう。

 でも、この世界における俺のレベル帯では、これが最適解だ。


 それじゃ、刹那移動を使用――――





「あ、来ました来ました来ましたよ★」


 移動した先には、ネクマロンだけが立っていた。

 テイルは……


「遅かったの。待ちくたびれたの」


 いつもの口調でそう言い放ちつつ、床にぶっ倒れている。


 ……え。


「だ、大丈夫なの?」


「催眠状態から覚めたばかりだから、身体が今一つしっかり動かないの」


「まして、ステラさんの意識と一部同期しているから尚更だね!」


 お。

 って事は成功したのか。


「それじゃ、ステラも目覚めて……」


「ダメなの。何度呼びかけても応じないの。もしかしたら意識的に寝たフリしてるかもしれないの」


 ……はい?


「いや、今って二人の意識が一部繋がってるんだよな? 寝たフリってどういう事だよ」


「同期してるから寝たフリってわかるの。つまり、自分の呼びかけに自分で応えない状態なの」


 どういう状態だ……?

 眠たくて眠たくて、起きなきゃいけないとわかっているけど二度寝してしまう感じか?


「ステラの身体は別室?」


「そうだよ! ここには彼女を寝かせるベッドもないから、仮眠室で寝て貰ってるんだ!」


「ならそこへ行こう。もうあんまり時間かけていられないからな」


 ステラを目覚めさせた後も、やるべき事は沢山ある。

 まずルルドの聖水のオーダーをクリアして、このオーダーを発注した人物を特定しないと。

 あの警告文を見る限り、核心に迫っている人物なのは明らかだ。


「あ。その前に一応」


 テイルとネクマロンに《リューゲ》を使用して……

 あ、ダメだ。

 今の俺は刹那移動でMP全消費してるんだった。


「? 今のは何かな?」


「もし邪な心があればピカッと光る魔法を使おうとしたけど止めた」


「どうしてこのタイミングで使おうとしたのかな!?」


 珍しくネクマロンが激高するのを無視して、部屋を出る。

 ステラがいるという仮眠室は……


「こっちだよ! センセも早く来なよ!」


「まだ身体が安定しないの……」


 ヨレヨレながらもテイルはどうにかネクマロンについて行く。

 幸い、仮眠室はテイル達のいた部屋からは扉二つ隔てただけ。

 すぐ近くだった。


 仮眠室に入ると、仰向けで目を瞑るステラの姿が目に入ってきた。

 仮眠室だけあって、ベッド以外は何もなく、テーブルすら置いていない。

 まるで……安置所だな。


 でもステラはちゃんと呼吸をしている。

 生きている。

 なのに起きようとしない。


「テイル。意思を同期しているんだから、ステラの意識に直接言葉をかける事は可能なんだよな」


「なの」


「なら、こう伝えて欲しい。『状況が変わった。君がここで寝ていても、近い将来世界は滅びる』って」


 俺の考えが正しければ、これで目覚める筈だ。


 きっと彼女は――――


「……大したものなの」


 ステラの目がゆっくりと開く。


 彼女は危惧していたんだ。

 自分が本当に目覚めて良いのかを。


 そして嘆いていた。

 この世界と世界樹を破壊するという、自分の存在と運命を。


「……」


 寝起きの目が、そう語っていた。


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