7-4

 カフェって飲食店はどうにも汎用性が高いのか、単に食事を出すだけじゃなく、いろんなサービスを併設している所が多い。

 メイドカフェを筆頭に、ペットカフェやコラボカフェなんかは今や地方にだって幾らでもあるし、ペットはペットでも犬や猫どころかフクロウやペンギンがいるカフェもあるという。


 ゲームカフェだって一種類じゃない。

 ウチみたいなコンシューマゲームに特化したカフェもあれば、ボードゲームなどのアナログゲームを専門にしたカフェもあるし、ダーツカフェやエアガンカフェなんてのもある。


 変わり種も多い。

 プラネタリウムカフェ、文房具カフェ、寺カフェ、探偵カフェ……そんな奇妙なコンセプトカフェが実在し、しかも商売になっているらしい。

 カフェ恐るべし。


 だから、謎のカフェに行くとはいっても、余程の事がない限り驚く筈がないと思っていた。

 夜限定でもないし、終夜を連れて行けないような不健全な店じゃないのもわかっていたから、安心感もあった。


 油断していた。

 俺はまだ、カフェの可能性を知り尽くしてはいないというのに。


 俺達が訪れた『カフェ エチュード』は――――



「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいでしょうか?」


「どうぞこちらへ。お足元にご注意下さい」


「本日はお越し頂き、ありがとうございます」


「ご注文、お決まりになりましたらお呼びつけ下さい」


 ……不自然過ぎるほどのイケメンボイスの嵐で迎えてくれた。


 かといって、執事カフェの格好でもない。

 というか、接客業なのにやたらラフな服装で、しかも一人一人違う物を着ている。


「……」


 店員がラフな格好で笑顔を向けてくる所為で、人見知りの水流は目がグルグル回り始めた。

 マズいな……このままだとまたあの震えが来るかも。


「あの、すいません」


 取り敢えず、コンセプトだけでも先に聞いておこう。

 普通は店の外観とか看板でわかるんだけど、ここ外側は普通のカフェなんだよな。

 だからネットでもわからなかったし


「はい」


 やって来たのは、爽やかで清潔感のある男性店員。

 でも露骨に作り笑顔だ。

 声もモロに作った感じのイケボだし、正直ここまで人工感あると居心地悪い。いや人だけど。


「このカフェのコンセプトを教えて頂けますか?」


 普通の客は余りしないであろう質問。

 とはいえ、そこまで変な事を聞いたつもりもない。

 単に、それがわかれば水流の緊張も緩和するだろうってだけの、何気ない問いかけだった。


「……」


 でも、その瞬間に店員の顔が露骨に青ざめる。

 遠巻きにこっちを笑顔で眺めていた他の三人も、急に真顔になった。

 

 ……どうした?


「お客様。当店は味覚だけではなく、聴覚でも楽しんで頂ける事を目指しております」


「聴覚ですか。でもBGMは流れていませんね」


「はい。わたくし共の店舗では、音楽は一切流していません。店員の声をよりクリアにお届けするようにと考えております」


「では、声を売りにしているんですね?」


「その通りでございます」


「皆さんのカッコ良い声が、このカフェの目玉ということなんですね?」


 ……あ、ダメだ。

 思わず根掘り葉掘り聞こうとしてしまった。

 カフェ経営者の息子として、つい参考にしようという邪な心が出ちゃったか。

 

「す、すいません。不躾な事を聞いてしまって……」


「いえ。仰る通りです。我々はこの声で、お客様に安らぎとぬくもりを……ご提供出来れば……と……」


 店員がみるみる赤面していくのが、ハッキリとわかった。

 耳まで赤い。

『安らぎとぬくもりが与えられる声』を自称するのは相当恥ずかしいらしい。


 悪い事を聞いちゃったな……


 にしても、イケボを売りにするカフェって斬新だな。

 声を作る店員がいるカフェ自体は珍しくないだろうけど、それをコンセプトにするのは流石に聞いた事がない。


 いや……待てよ?

 昔、どんな種類のカフェがあるのか好奇心で調べた時、そういうカフェがあったような気がする。

 確か――――


「……声優カフェ」


「!」


 何か空間が割れるような大きな音が鳴ったような気がしたのも束の間。

 次の瞬間、傍の店員が高速で俺に顔を寄せてきた!


 えっ、何事!?

 しかも他の店員までいつの間にか近付いて来てる!?


「~~~~~~~~~~~~~~~~」


 マズい、店員の豹変によっぽどビックリしたのか、水流が真冬のプールに飛び込んだみたいになってる!

 なんか良くわからないけど、彼女だけは守らないと……!


「あ、あの……!」


「もしかして審査員の方ですか!?」


 ……はい?


「……」


 いや、そんな迫真の顔で黙られても……


 審査員って何?

 カフェにそんなミシュランの星みたいなの、ないよな?


 いや、もしかしたらあるのかもしれない。

 単にウチのカフェに全く縁がないってだけで、実は日本中のカフェを審査して回ってる機関があって、人知れず星を提供しているのかも……


 まあどっちにしても、俺は審査員じゃないけど。


「いえ、違いますけど。見ての通り学生なんで」


「で、ですよね。学生服で来られたお客様は初めてだったので、逆に変装かと思いまして……」


『逆に』の概念がわからない……


「あの、申し訳ありませんけど少し離れて頂けると。女子もいますので」


「あっ、失礼しました! あっ、うわあっ、あぁぁ……」


「いやだから減点とかしてないんで」


 高校生に注意されてガチで落ち込むカフェの店員とか見たくない……


 にしても、どういう誤解だ?

 俺が『声優カフェ』って言った途端に雰囲気変わったよな。


 だとしたら――――


「大変失礼致しました。この『カフェ エチュード』は、声優の卵であるわたくし共が店員を務めさせて貰っているカフェなんです。ただし秘密裏に」


 流石に見かねたらしく、傍まで来ていた他の店員が説明してくれた。


 やっぱり声優カフェだったのか。

 でも卵っていう事は、プロの声優じゃないんだな。


「あの、参考までに聞かせて頂きたいのですが、何処でこのカフェの事を……?」


「え? いや、普通のカフェだと思って来ただけなんですけど……ネットにも声優カフェなんて情報はないですし」


「……」


 店員だから表情は柔らかいけど、露骨に納得していない様子。

 そうか、先にこっちが『コンセプトを教えて』とか言っちゃったもんだから……


「誤解させてしまったみたいですいません。実家が山梨でカフェをやってるもので、その参考になればと思って、ついコンセプトとか聞いちゃいまして。声優カフェも、以前そういうお店があるって聞いた事があっただけで」


「あー! そういう事!」


「マジか……ガチでビビッた……」


「なー、抜き打ちで審査されに来たと思ったわー……」


 緊張感が解けた途端、普通の兄ちゃん連中になった。

 止めて、水流のライフがまた削られるから!

 事務的にして貰わないと人見知りが発動……


「……」


 あれ、いつの間にか震えが止まってる。

 しかも若干顔が赤いな……まさかこの声優の卵の中に好みのタイプがいたとか?

 でも、視線はずっと下向いてるし、一度でも顔を見たかどうかすら怪しい。


 まあ……取り敢えず誤解は解けて良かった。

 水流の様子は謎だけど。


「騒いじゃってゴメンね? 俺達、まだ駆け出しっつーか事務所預かりの立場なんだよ」


「そーそー。ンでさ、演技の勉強するのは接客が一番って事務所の社長から言われててさー」


「このカフェでアルバイトがてら実戦訓練中なんだ」


「声優って職業を隠して、声だけでお客様をウットリさせろって無茶振りされてんだよ。あ、このカフェは社長が昔、道楽で買い付けたとこでさ」


 ……聞いてもいないのに、店員の四人がやたら説明してきた。

 でもお陰で事情は良くわかった。

 それで店名がエチュード(練習曲)なのか。


「そっちの女の子も、大きな声出してゴメンね。お詫びに一品無料サービスするから」


 イケボで水流に話しかけてくる店員が一人。

 まさか中学生を口説いてる訳じゃないよな……学生服じゃないとはいえ、水流は見た目で中学生ってわかるタイプだし。


「……」


 その水流は話しかけられても視線を動かさず、ずっと口を噤んでいる。

 やっぱ怖いのかな。

 俺的には、プロの声優に知り合いがいるし、話題に困らないからここでこの兄ちゃん達と話し込んでもいいんだけど……


「すいません。今日は出直します」


 水流の精神状態を考えたら、長居はすべきじゃない。

 とはいえ、あんまり嫌な雰囲気にもしたくない。


「ちょっと大事な用事があって、ドリンクだけ頼もうとしてたんですけど」


「あ、ああ……大変申し訳ありません」


 俺の言葉で察したらしく、全員が店員モードに戻った。

 要は『大事な話をしようとしてたけど、そういう空気じゃなくなったんで』と暗に訴えた訳だけど、ちゃんと伝わってよかった。

 これなら何も頼まずに出ても不自然じゃないし、間が悪かったで済む問題だ。


「いえ、こちらこそ紛らわしい質問をしてすいませんでした」


「とんでもございません。差し出がましいようですが、こちら無料ドリンク券となっております。是非後日お越し下さい」


 向こう的にも、結構やらかした感があったんだろう。

 無料券を二枚ずつくれた。

 まあ店側の立場からすれば、ドリンクは原価安いからこれでも大した痛手にはならないんだけど。


「ありがとうございます。お店の事は秘密にしておきますね」


「助かります」


 取り敢えず口止め料を貰い、狂想的な時間は幕を閉じた。

 店を出ても、入った時と空の明るさは変わっていない。

 時間にして10分もいなかったと思うけど……下手したら一生記憶に残る奇妙な出来事だった。


「水流、大丈夫?」


「……うん」


 まだ緊張が解けていないのか、足取りが重い。

 どっと疲れが出た感じだ。


「ふふっ」


 思わず笑みが零れてしまった。

 なんというか……


「え、何?」


「いや……なんだったんだ今の時間、って思って」


「あ、うん。本当そう。声優カフェって、何それ?」


「看板とかに全然書いてないから訳わからないよね。急に豹変したし、怖くなかった?」


「怖かった。本当怖かった」


 取り敢えず、水流は回復したみたいだ。

 良かった良かった。


「……先輩って本当に表情ないんだね。真顔で笑うし」


「まあな。気味悪いだろ?」


「カッコ良い」


 ……え?


「冗談。本気にした?」


「おい!」


「お腹空いたね。ハンバーガー食べたいな。食べたくない?」


 すっかり調子を取り戻した水流は、妙にテンションが高いというか、浮ついた感じになっていた。

 結局ハンバーガーか。

 もう少し高い物でも良かったんだけど……


「やっぱゴールデンハンバーガーセット?」


「うん。好き」


 気の所為かもしれないけど――――水流の目は真っ直ぐ俺を見ていた。


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