6-39
オンラインゲームの体験が少ないから、自分がゲーム内で体験した事を他のプレイヤーに話す時の正解ってのはよくわからない。
もの凄く事務的に、そして俯瞰的に、攻略情報や各種データを報告するのが親切なのか、それともキャラになりきって、ゲーム内の世界観を一切壊さないように伝えるのがベストなのか。
ここまで俺は後者でやってきた。
それで文句を言われた事がないから、少なくとも完全に不正解って訳じゃないだろう。
でも単に初心者への優しさから注意されなかっただけかもしれない。
このあたりの常識の欠如は如何ともし難い。
ネット上で『MMORPGにおけるプレイヤー同士の会話の仕方』みたいなマニュアルは、探せば何処かにあるんだろうけど、正直ゲームのコミュニケーションにまで指南書を求めるのは……出来ればやりたくない。
でも非常識ユーザーにもなりたくないジレンマよ。
NPC相手に話す時は、そういう心配は不要。
当然後者が唯一の正解だろう。
とはいえ……NPC相手にさっき起こったゲーム内の出来事を話すって、異様に新鮮だな。
これまでもフィーナとか数人にやって来た事だけど、未だに慣れない。
ただ、緊張もしない。
他プレイヤー相手だと、もしかしたら言葉のチョイスやちょっとした話し方のニュアンスで怒らせたり不快にさせたりするかもって心配が常にあるけど、NPC(というかスタッフ)相手ならその懸念は必要ない。
なんというか、ゲームショップに入って店員と会話するような感覚だ。
「――――で、どうにか脱出に成功しましたけど、彼女の意識は戻りませんでした」
若しくは、国語の授業で教師相手に自分の意見を述べてるような感じ。
どっちにしても、余り好ましい行為じゃない。
もしこの役割を俺じゃなく終夜がやっていたら、間違いなく途中でフリーズしていただろう。
「成程、理解出来た。つまり君は何らかの原因で妄想の世界に没入していたんだな」
「少なくとも、俺の頭の中が反映されていたとは思います。トラウマを植え付けられたイーターが出て来ましたし」
「なら確実だ。そしてそれがステラの身にも起こっていると見て間違いない。彼女は君とは違い、まだ自分の見ている風景が幻想だと気付いていないのだろうな」
それは仕方がない。
外見こそ俺と同じくらいの年代で、知識の豊富さや精神年齢は俺より上かもしれないけど、中身は10歳。
自分がその年の頃を思い出せば、そう簡単に自分を客観視は出来ないのはよくわかる。
「外部からの刺激じゃ目覚めないんですよね。自分で気付くしかないんですか?」
「恐らくはな。ディルセラムの噂は私も聞き及んでいる。天国に一番近い島……だとしたら、この状態を指しているのかも知れんな」
確かに、孤島を訪れた者が永久に目覚めなくなるってのは、天国への階段って感じがする。
勿論、ハッピーじゃない方向で。
要は三途の川だ。
「そうなると、気付き待ちですか」
「上手く行けばの話だ。君は運が良かった。人間誰しも落とし穴にハマる事はある。ステラは聡明だが人生経験が不足しているから尚更だ。『今の自分は現実ではなく幻想を見ている』と気付く材料が、頭の中には偶々なかったのかもしれない。だとしたら、それに気付くのは難しいだろう。このまま彼女は永久に目覚めないかもしれない」
恐ろしい事をしれっと言う人だな。
でも理屈はわかる。
俺は偶然、あのウナギが出て来たから直ぐピンと来たけど……ステラにそういうのがない場合、極めてリアルな、現実と大差ない幻想を見ている可能性がある。
その精巧に作られた幻想に取り憑かれるようにして、ずっと意識が目覚めないまま――――
それは困る。
こっちはとっととルルドの聖水の増産に着手したいんだ。
ステラには一刻も早く目覚めて貰って、もう一度あの孤島にチャレンジしないと。
「こうなっては仕方がない。ディルセラムへの侵入は禁止にして貰うとしよう。君のように瞬間移動を使わずとも、船を使えば数十日かかるが辿り着けてしまうからな」
「いや、それは……」
「一生目覚めないリスクのある島に自由に出入り出来るのはどうかと思わないかね?」
ご尤も……なんだけど。
果たしてステラがそれで納得するかどうか。
「ディルセラムの調査は、秘密裏には行われていると聞いている。だがこのような症状を診る事になったのは初めてだ。生存者自体、君が初めてかもしれないな」
「笑えない冗談ですね」
ステラは危険については一切警告しなかった。
本人もこんな目に遭っている辺り、全く知らなかったんだろう。
情報が降りてこなかったのは、統制が行われていたから……じゃなく、本当に知る者がいなかったからなのかもしれない。
何にせよ、島への進入禁止はご勘弁願いたい。
どう説得したものか。
「厳しい言い方になるが、君一人ならそれほど問題じゃない。一介の実証実験士だからな。だがステラは非常に重要な人物だ。詳しくは言えないが」
「王女なんですよね」
「む、知っていたのか。なら君は一介の実証実験士とは言えないな。先程の発言は慎んで訂正しよう」
「そこにプライドとかないから大丈夫ですよ。ただ、一応その王女の命令でディルセラムへ調査に行ったんで、この状況を口外するのは少しマズいかもしれません」
……我ながらゲスい選択をしたもんだ。
ステラが王族なのをどうして女医が知っているのかは不明だけど、少なくとも城内の大半の人間が知らない筈。
でも当然、国王をはじめとした他の王族は知っている。
彼等がこの結果を知れば、俺は止めなかった罪、王女を危険に晒した罪でヤバい事になる。
もしそうなったら破滅。
どんな事をしてでも阻止しなければならない。
……と、暗に仄めかしてみた。
さて、向こうはどんな反応をするか。
「ふむ。万が一、王族の失態が明るみに出れば、大きな混乱を生むかもしれんな。確かに黙っておいた方が得策だ」
そっちに解釈したか!
ステラの正体を知っているからこそのリアルな発想だな。
何気に優秀だな、中の人。
「なら……シーラ君だったな。君は彼女を目覚めさせる方法を模索すると良い。無論、私もそうする」
「それは、もう一度ディルセラムに行って良いって事ですか?」
「許可を出す権限は私にはない。報告が上にいかない以上、君を止める事は出来ないよ」
中々粋な言い回しだ。
要は俺の意向を酌んでくれるって事らしい。
外見的特徴だけじゃなく、話してると本当にアヤメ姉さんと会話しているみたいな心持ちになる。
「ありがとうございます。なら、こっちも心当たりがあるんで、まずはそれを当たってみます」
「了解した。彼女を救ってやってくれ」
……もしかしたらこの女医さん、ステラに肩入れしてるのかもしれない。
だとしたら、俺にもっとブチ切れてても不思議じゃなかった。
王女と行動している以上、俺は護衛であり、それに失敗したダメな人間って意味でも。
けど、女医は終始淡々としていた。
これはありがたい。
お陰で、妙な罪悪感を持たずに済んだ。
さて……早速心当たりに向かって飛んでいくか――――
「……呼んでないの。どうして来たの」
ステラと同一人物と言える存在、テイル。
彼女なら、もしかしやらステラの精神に干渉出来るかも知れない。
何しろ同一人物なんだから。
「手短に話すと、ステラがピンチなんだ。ディルセラムって島に行った所為で」
島の名前を出せば、恐らくテイルは何らかの反応を示す筈。
彼女なら、何か知ってるかも……
「アホなの。あんな孤島に行けばそうなるに決まってるの」
案の定、明らかに事情を知っている話し方だ。
どうやらここへ来たのは正解――――
「ディルセラムの世界樹は、他の分枝世界樹とは違うって言われてるの。イーターが明らかに生息している島なのに、そのイーターから喰われていないの。相当強い力で守られているの。勿論『世界の心臓』とも違うの。興味深いの」
……かどうかは保留か。
テイルも深い事情は知らないんだな。
情報収集がままならないのなら、目的をステラの覚醒に絞ろう。
「じゃあ、ステラと俺はその『強い力』で幻想を強制的に見させられたのか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないの。調べてみる必要があるの」
テイルはこの件にかなり絡みたがっている。
さて、どうしたものか。
彼女に刹那移動の事を口外したのがバレたら一悶着ありそうだし……
「それなんだけど、城の女医が言うには、調査は既に何度も行われているんだよな? 誰も生還出来てないのか?」
「正確な事は知らないけど、生存情報は入って来てないの。シーラが唯一の生存者かもしれないの」
女医同様、持ち上げてくれるなあ。
やっぱRPGは操作PCが特別な存在じゃないとな。
こうなれば俄然、再調査へのモチベーションも上がる。
でもその前に……
「テイル。ここへ来たのは、お前ならステラの意識に干渉出来ると思ったからだ。実は……」
再び説明。
同一人物のテイルなら、ステラの混迷中の意識に何らかの形でヒントを与える事くらい出来るかも、と期待を込めて。
その結果――――
「嫌なの」
出来ない、とは言わなかった。
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