6-38
「前方にイーターの出現あり! 逃げて!」
警告を意味するステラの言葉に背く理由は何もない。
当初の予定通り、ステラのいる真後ろとも、イーターがいる真ん前とも違う右方向へ向けて全力でダッシュ。
後はもう、この島のイーターが機動力に乏しいのを願うばかりだ。
画面上のフィールドは相変わらず木々に囲まれ視界が悪いが、更に天候悪化に伴いかなり薄暗い――――と思ったら、雨が降り出した。
アカデミック・ファンタジアも天候の概念はあったから、それ自体は不思議じゃない。
既に雨雲や雷光も目視出来る状態だったしな。
問題は……この裏アカデミの雨が、どういう意味を持つかにある。
ゲームにおける天候は、ただのグラフィックに過ぎないケースもあれば、その天候によって戦闘に影響を及ぼすケースもある。
そして作品によっては、フィールド移動にも影響が現れる場合もある。
雨が降れば足場がぬかるみ、移動が鈍くなってしまう……ってパターンだ。
フィールド移動の速度が通常時より遅くなるペナルティは、出来るだけ実装しないのがRPGの鉄則。
そこにストレスを感じさせてしまうと、途中で投げられかねないからだ。
それくらい移動ってのは重要で、如何にスムーズに移動出来るか、させるかがRPGにおいてはかなり重要な要素でもある。
でも、中にはリアリティを追求するあまり、特殊な状況では移動速度を鈍くする……というゲームも未だにある。
結局は、作り手が何を重視しているかに左右されるのが実情なんだろう。
これを『拘り』と称賛するか、『独りよがり』と酷評するかは人それぞれだろうが、個人的には評価しない。
たしかに、雨が降っていても普通と同じように移動出来るのは、リアリティに欠けているかもしれない。
でもそんなのはゲームでは当たり前だし、他にもご都合主義な所は確実にある。
武器がいつまで経っても壊れないとか、そもそもいつ食事してるのとか、そういう所にまでいちいちツッコミ入れてたらRPGなんて楽しめない。
ゲームは娯楽だ。
娯楽に求めるのはリアリティじゃない。
ワクワクするリアリティだ。
ストレスが溜まるようなリアリティはお呼びじゃない。
けれど、そんな俺の持論とは裏腹に、シーラの移動速度は普段よりも明らかに遅い。
遅いというか、動きがぎこちない。
足場がぬかるんでいるというより、雨が目に入って全力で走れない――――みたいな動きに感じる。
ここまでリアリティ重視とはな。
制作者の意図や理想が透けて見える。
でも、それなら明らかに不穏な状況に合わせて天気が崩れる、っていうスタンダードな演出はどうなんだって話だ。
雰囲気や登場人物の心境を天候に反映させるのは王道ではあるだろうけど、少なくともリアルじゃないだろう。
まあ、それはいいとして……
どうやらイーターは追いついて来ない。
このまま逃げ切れれば、次の対策も――――
雷鳴と共に、光が影を映した。
後ろにいる。
いつの間に……いや、走りながら後ろの様子は確認出来ないから、いつの間にって事はない。
そもそも、フィールド上で敵が接近してくる音なんて聞こえて来ないんだ。
今の雷光が映し出した背後のイーターの影が、イベントなのか、常備されているグラフィックの一つかはわからない。
とことんまで細部を作り込んでいるとしたら後者もあり得なくないが……普通に考えたら前者だろう。
つまり、『イーターに追われる』ってシチュエーションを作った時点で、このイベントシーンに突入する訳だ。
今もダッシュは続けているけど、恐らくこれは捕まる。
っていうか、さっきの影は――――見た事があるイーターの形状だった。
どうせ逃げられない。
レンジ9の距離をこれだけ詰められたんだ、逃げ切れる筈もない。
例えば洞窟のような、逃げ込める場所があれば望みはあるんだろうけど、森林の中にそう都合良く入れる所はないだろう。
ならせめて、振り向いてそのイーターを視界に入れよう。
忘れもしない。
俺が、シーラが初めてこの世界に来てエンカウントした……ヴァイパー。
ウナギみたいなこのイーターは、俺にとって因縁の相手だ。
何しろ、殺された訳だからな。
しかも相変わらずアホみたいにデカい。
今なら倒せる、って展開なら燃えるんだけど……生憎手も足も出ない。
森林の中に現れたヴァイパーは、以前見晴らしの良いフィールドで見た時とは違って見えて、森の中だとウナギというより蛇に見える。
まあヴァイパーって本来そっちなんだけど、もうすっかりウナギで定着してるから、逆に違和感が半端ないな……
そのヴァイパーがいよいよ目の前まで接近してきた。
逃げ道はない。
無慈悲な一撃を貰って昇天するのみだ。
ステラの話が本当なら、デスペナで所持品も所持金も全て失う。
金は別にいいけど、アイテムはな……バズーカ置いてきたのは幸いだったけど、ルルドの聖水は全部持って来てるし、それが全てなくなるのは痛い。
無念だ……
……
……?
どうした?
ヴァイパーに動きがない。
あの巨躯なら直ぐにでも押し潰せる距離だぞ?
おかしい。
イーターが情けをかけるとは思えない。
これはもしかして……特定の領域までしか動けないとか、そういう制約でもあるのか?
でも、それならイベントシーンで解説が入りそうなものだけど、全然そんな動きもない。
ゲーミフィアのモニターには、やたらデカいヴァイパーの図体が映っているけど、全く動こうともしない。
ならなんで追いかけて来た?
いや……そもそも追われていたのか?
この島に来てから、どうも妙な事が続いている。
ステラは魔法が使えるのに、俺だけ刹那移動の魔法が使えない。
島の周りを歩くと延々とループする。
加えて、ここに来て俺のトラウマを刺激するようなイーターの登場。
何か、俺にとって『起こって欲しくない事』ばかりが起きている。
流石に三つ重なると、疑問を持たざるを得ない。
これはもしかして……
「もしかして、俺の恐怖心を映し出した幻想なのか?」
そうゲーム上で呟いてみる。
もし、俺の予感が的中していれば――――
おお!
画面がスパークするように真っ白になっていく。
これは幻覚が解ける演出に違いない!
今度は暫く暗転。
そして、再び画面に色が戻ると、そこには森林の外で立ち尽くしているシーラの姿が映し出された。
どうやらビンゴだったらしい。
この島に来てからの一連の流れは、シーラが見ていた幻だった……って演出だ。
それに気付いたから、幻覚が消失したんだろう。
そうだ、ステラは……
ステラは隣で倒れている。
話しかけてみよう。
『ステラは寝息を立てている。何か夢を見ているのだろうか』
お、RPGらしい説明表記。
どうやらステラもシーラと同じく幻想を見せられているらしい。
でも、これって……待っててもちゃんと目覚めるんだろうか?
仕方ない、10分くらい放置してみるか。
……30分経ったけど、一向に起きる気配がない。
ゲームでこれだけ待って進展がないのなら、それはずっと変化が起こらないと見なしてもいいだろう。
要するに、ステラを見守るのは間違いって訳か。
だったらどうする?
まあ、やれる事は一つしかないんだけど。
刹那移動が使えないっていうのは、俺が見ていた幻想に過ぎない。
実際には使える筈だ。
なら、昏倒状態のステラを連れて一旦城まで戻ろう。
聖水が一つ消費されるけど、それは仕方ない。
ここで刹那移動を使えば、きっとイベントに突入して、次の展開が開ける筈……多分。
確信は持ってないけど、いつまでもウジウジ迷っていても仕方がない。
刹那移動を使用してみよう――――
「――――このままだとステラは目覚めない」
刹那移動を使った直後、画面が一度暗転し、次のシーンでシーラは城の救護室にいた。
ステラがベッドで寝かされていて、俺の隣には城に常駐していると思われる女医の姿がある。
どうやら、俺の行動は正解だったらしい。
「君たちの身に、ステラの身に何が起こったのか、説明してはくれないか?」
女医の問いかけに対しての回答は、選択肢を選び答える訳じゃない。
俺自身の言葉を入力する。
それがこのゲームの醍醐味であり、怖いところだ。
果たして教えても良いんだろうか?
一から説明するとなると、刹那移動の事も話さないといけない。
テイルからは刹那移動の実証実験については他言しないよう言われてるんだけど……
「君達が何処で何をされたのかがわからないと、原因が掴めない。ステラを助ける為には、君の証言が必要なんだ」
これは……話すのが悪手になりそうな気配。
でも話さないとステラの回復が望めないって感じだ。
一度テイルに話を通すか?
いやでも、ゲームにそこまでリアリティを持ち込むのは好きじゃないってさっき再確認したばっかなんだよな……
よし、話そう。
人の事を実験道具みたいに扱うテイルにそこまで義理立てする必要はない。
「実は――――」
何より、女医がアヤメ姉さんにちょっと似ている美しい顔立ちのグラフィックだったのが決め手となり、刹那移動やディルセラムについて話す事にした。
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