6-37
海岸線を背にして、島の中央付近に向かって移動開始
よほど島が長細い形じゃない限り、これで問題ない筈だ。
海岸線を離れ暫く進むと、次第に森林部へと踏み入れていく。
その為、視界はかなり悪い。
大昔の家庭用ゲーム、特にドット絵全盛の初代アルファ(据え置きゲーム機)やオメガアルファ(その後継機)のRPGは見下ろし視点がデフォだから、マップの何処に何があるのかが比較的直ぐわかる。
でもキャラの背後にカメラがある三人称視点のゲームは、障害物が周囲にあると、移動先に何があるのかギリギリまで判明しない。
緊張感があるのはこっちなんだけど……単純な利便性で言うと、どうにも不利だ。
中央に世界樹があるのなら、緑茂る木々に囲まれたこの環境だと見分けが付き難いかもしれない。
辿り着くだけでも一苦労だ。
でも、仮に辿り着けても島の中央――――世界樹の周囲に何があるのかはわからない。
相変わらずマップは役立たずだし。
これテスト中だからこうなのか、敢えてこうしているのか未だに謎なんだよな……
今の俺(シーラ)は、刹那移動も使えないし特別なアイテムも持っていない。
一応装備一式は最低限揃えているけど、もしイーターが現れたらそんな物は何の役にも立たないだろう。
この状況で足手まといにならない立ち振る舞いを考えるのは骨だ。
でも、もう腹を括らないといけない。
あと、一つ確認しておきたい事がある。
ステラがNPCで、スタッフが動かしているのなら、どう答えるのかにも興味あるしな……
「もしここで死んだら、俺達の身体はどうなるんだろうな」
既に経験しているように、この裏アカデミでフィールド上にて戦闘不能になった場合、経験値の5%損失という最低限のデスペナを受け、拠点へ強制送還となる。
普通に考えたら、それでこの島からは抜け出せるだろう。
でも、このゲームにそこまでキッチリとしたお約束――――ゲームシステムを求めるのは危険かもしれない。
そもそも『フィールド上の敵の殆どが倒せない』っていう、RPGのお約束どころかゲームそのもののお約束さえ無視しているゲームデザイン。
妥当性だけで判断するのは危険過ぎる。
例えば、通常のフィールドなら神とか世界樹の加護があるのか、それとも見えざる誰かが救護してくれるのかは知らないが、HP0になっても蘇生される。
でもこの島にはそれがない……みたいな設定があるかもしれない。
理不尽と言えば理不尽だけど、それくらいの慎重さが求められるコンセプトのゲームかもしれないしな。
「えっとね、生命力が尽きたら普通その身体は世界樹に還るんだって。でも魂っていうか、世界樹が記憶している『その人の記録』はしばらく残ってるから、消えるまでにそれを復元させれば生き返らせることが出来るんだ」
おお……かなりしっかりとした説明が返ってきた。
そうか、このゲームはNPCがかなりのところまで解説を入れてくれるんだな。
ネット上で攻略を見るくらいならスタッフにヒントを聞いて下さいってスタンスなのか。
「でも、魂の記憶が残っている条件には、近くに世界樹があること。分枝した……要するに、この世界を作った世界樹以外の世界樹でもいいから、それがないとダメ。あっても、既に朽ち果ててしまっている場合は蘇生は出来ないんだって。本にそう書いてたよ」
「だったら、この島の世界樹がもしイーターに喰われてたら」
「生き返れないね」
そういう事になるのか……
つまり、世界樹が無事かどうか確認するまでは、いわゆる死に戻りは出来ない。
万が一、世界樹が死滅しているエリアだとしたら、二度とプレイ出来なくなる。
……ってのは現実的じゃないから、恐らく大きなデスペナが課せられて拠点に戻されるんだろう。
戦闘不能になったプレイヤーを弾くゲームなんて聞いた事ないからな。
暴動起きるって、そんな仕様。
もしそうならデスペナの内容が気になるところだけど……
「絶対に生き返れないの? 方法はない?」
「うーん、もしかしたら神様とかそれに近い人が助けてくれる、なんてことはあるかもね。でもその人が強欲だったら、所持金や所持品は全部没収されるだろうけど」
やっぱりか。
恐らく次元の狭間にいたあの人辺りが助けてくれるんだろう。
にしても……デスペナの内容エグいな。
もしここで死んだら、アイテムや装備品までなくなるのか。
仮にここで死んで、ルルドの聖水を全て失ったら、再度この島を訪れる為にはもう一度聖水を幾つか調達しなくちゃならなくなる。
聖水の大量生産を目的としたオーダーの前に聖水を全て失う……本末転倒もいいとこだ。
「だから、生き残るの最優先。イーターがどういう性質なのかをアナライザで調べて、移動速度や休息の時間なんかを調べてみる。逃げられるか、隙を突けるかを見る為に」
「良い考えだな。隙が付けるようなら、イーターの付近まで近付いて世界樹の有無も確認出来る」
ただ、イーターが世界樹付近にだけいるとも限らない。
「イーターを感知したらどう動く?」
「世界樹付近じゃないのなら、極力回避。もし向こうに見つかって追いかけて来たら、ステラに秘策があるから、それに賭けるしかないよ」
「秘策?」
「ステラの開発した自爆魔法で島に穴を開けてイーターを海に落とすんだ」
「おいやめろ」
《No.p071 自爆は自己責任》
あれはこの子のオーダーだったのか……
「そもそもステラが自爆したら、俺が孤立するだろう。一人にするなよ」
「言ってて情けなくないのかな?」
情けないが、自爆されるよりはマシだ。
「うーん、だったら別の秘策を――――」
NPCのセリフの途中で、突然の鳴き声。
相変わらずイベントシーンがボーダーレスだ。
普通に考えたら、今のはイーターの鳴き声だよな。
「ステラ、ポジレアを」
「もう使ってるよ。進行方向にイーター三体を確認」
三体か……集中していると言えなくもないけど、群れと呼べるほどでもない。
そこに世界樹があるかどうかは微妙なラインだ。
イーターは世界樹を喰う存在。
当然、世界樹に群がる。
でも、もしそうなら世界樹はとっくに喰らい尽くされている。
もし世界樹が無事だとしたら、なんらかのギミック……或いは世界樹自体が防衛手段を持っている事になる。
何にしても、行って確認してみない事には何もわからない。
「どうする? 行く?」
「それを決める前に聞いておきたいんだけど、ステラはクワイアって魔法使える?」
アナライザの上位魔法……だったか。
DGバズーカでアナライザを使った時、それと同じ効果になった。
確かイーターの情報をかなり深くまで探れる魔法だ。
あれなら、イーターがもし世界樹を喰らい尽くしていた場合、その件も表示されるかもしれない。
世界樹を体内に吸収してパワーアップしている、みたいな。
まあ希望的観測だけど。
「使えるよ。最近開発された魔法だし、結構MP消費激しいけど」
世界樹魔法は、単に種類を増やす為だけに研究されている訳じゃない。
効率化も常に検討されている。
だから、開発されて間もない魔法はまだ効率が悪く、MP消費がやたら大きい事が多い。
「了解。なら、まず俺が最寄りのイーターに近付く」
「え?」
「クワイアのレンジ(効果範囲)がどれくらいなのかは知らないけど、使う場合はイーターの行動範囲、俺達を察知する範囲を知っておいた方が安全だろ? イーターが俺を察知したら、俺はこことは違う方向に逃げる。ステラはクワイアを安全に使えるかどうかを検討した上で、行動を決めてくれ」
つまり、俺は囮であり捨て駒。
でもこれが一番安全かつ確実だ。
万が一、クワイアを使おうと近付いたステラがイーターにやられる事だけは避けないといけないからな。
「情けなかったり勇敢だったり、忙しい人だね。シーラは」
「一回くらい年上の威厳を見せたかっただけだよ。逃げ回るだけでカッコ付くのはラッキーだ」
「殺されるかもしれないよ? 生き返れないかもしれないよ?」
「承知してるさ」
見せ場は待っててもやってこない。
自分で作らないと。
「クワイアのレンジ(効果範囲)は8。そこまで近付いてもイーターが反応しなかったら、すぐ戻って来て。いいね?」
レンジ8は、かなり近い。
通常の遠距離攻撃の射程の半分くらいの距離だ。
この辺りも、効率化が行われていない魔法らしい。
「わかった。実証実験士の本分をしっかり果たすよ」
そんな訳で、作戦開始。
イーターとの位置関係はマップからはわからないから、ある程度進んだ時点でポジレアを使って貰う。
イーターが動いていない場合は更に前進。
こちらに反応を示したら、その瞬間に後退せず、別の方向……左右どちらかに逃げよう。
「現在、最寄りのイーターとの距離は15。イーターの動きなし」
前方、周囲の木々がかなり密集しているから、イーターの姿は一切見えない。
どれくらいのサイズなのか、どんな種類なのかも。
鳥類の可能性もあるから、空を見上げてみるけど――――異形の姿は見当たらない。
代わりにドス黒い雨雲と、遠方で微かに稲光らしきものが光っているのが見えた。
これは……雨が降りそうだな。
孤島と森林と雨は似合う。
よくわからんけど似合う。
「距離11。動きなし」
結構近付いたけど、反応はない。
数値的にそろそろギリギリだから、正直緊張してきた。
ゲームでここまで緊張するのは中々ない。
キャラを少し進めるだけでも、致命的な行動に繋がりかねないこの綱渡り感。
これだよ、俺がゲームに求めているのは。
スリリングな状況、感動的なストーリー、圧倒的カタルシス……他のコンテンツでもそれらは与えられるけど、自分の行動に左右されるのはゲームだけだ。
小さいゲーム画面が、少し揺れて見える。
ヒリヒリするような感覚に、脳が揺れているのかもしれない。
「距離9。動き――――」
果たしてこれは、幸せなのか――――
「動きあり!」
否か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます