6-21

 当たり前の事ではあるけど、実証実験士同士の私闘は禁止されている。

 圧倒的な力を持った人類共通の敵がその辺を彷徨いている状況で、人間同士が戦って戦力をダウンさせるなんて事はあっちゃいけない。


 こういう場合、傭兵とか騎士だったら稽古形式で一本取った方が勝ち、みたいな決闘の仕方がセオリーなんだけど、俺達は別に戦いのスペシャリストでもない。

 実証実験士の本分は、開発物の実証実験。

 それで競うのが正しい姿だ。


「実は、雌雄を決するのに丁度良い物がある」


 場所を城内に移し――――


 一階にある稽古場にアイリスさんが持ち運んで来たのは、旗だった。


 勿論ただの旗じゃない。

 稽古場でなければ置けないほど、巨大な旗。

 竿の長さは俺の身長の三倍……いやそれ以上はある。


 恐らく素材は布なんだろうけど、当然普通の布じゃないだろう。

 何らかの特別な効果があるからこそ、実証実験が必要な訳で。


 ……にしても、よくこんな重そうな物をここまで運べたな。


「これは【世界樹の旗】だ。この布に特定の魔法を打ち込む事で、レジンと全く同じ香りが漂うように出来ている」


「それって、イーターを誘う為のアイテムって事ですか?」


「そうだ。開発者は最後まで【イーターホイホイ】という名前にしたかったそうだが、話し合いによって却下された」

 

 ……なんか似たようなエピソードを体験したような気がするんだけど。

 このネーミングセンス……まさかな……


「強力な誘引効果を発揮出来れば、イーターを特定の一箇所に集める事で離脱や回避がしやすくなり、外での安全確保が格段にしやすくなる。今後強力な攻撃方法が開発されれば、イーターを一網打尽にする事も可能だ。旗時自体にトラップを仕込むという話もある」


 成程、現実的かつ効率的な開発物だ。

 なんか前に使った『ビリビリウギャーネット』と発想が似てるのは気になるけど、もうそこは無視していこう。


「旗は全部で六本ある。私と君で三本ずつ使って、一体でも多くのイーターを集めた方が勝ち。これでどうだ?」


「いや、それどう考えても貴女が受けたオーダーを俺が手伝うって形になるんですけど……」


「細かい事は気にするな!」


 こ、こいつ……意外と策士だな。

 さっき貸した金も返さないつもりじゃないだろな。


「イーターを集めた数は自己申告って訳じゃないんだよな? 旗にカウント機能でも付いてるとか」


「雨中の霹靂だな。当然そうなるという意味だが。最終的には旗に近付いたイーターのあらゆる情報を解析出来るようにと考えているらしい。それくらいじゃないと戦略に組み込めないから、当然と言えば当然だが」


 ……これって相当重要なアイテムなんじゃないか?

 って事は、そんなアイテムの実証実験を任されてるこのアイリスさん、実はかなり凄腕の実証実験士なのか。

 まあLv.150の時点でそうなんだろうけど、この世界にいるとレベルの凄みがイマイチ感じられないからな……主にブロウの所為で。


 アイリスさんって元々こっちの人なんですか――――と聞いてみたい気もするけど、別世界から実証実験士を召喚してる件ってオープンにしていいんだろうか。


 ……ま、別にいいか。

 別に素性を隠せって言われてもいないし。


「ところで君達は、こことは違うサ・ベルから来た実証実験士なのか?」


 向こうから先に聞かれちゃったよ。

 話が早くて助かるけど。


「ええ。そちらは?」


「同じだ。私の相棒は現地組だな。既に絶滅危惧種らしいが」


 その話は俺も聞いている。


 ってか一人も存在しないと思ってたけど、一応いるんだな、現地の実証実験士。

 イーターを倒せなくなって10年、ずっと地道に頑張ってきたであろう人が。


 あ、でも引きこもりって言ってたな。

 それでもレベルは下がらないのか。

 

「世界樹の旗に集まったイーターの数は開発者だけが知る事が出来る。オーダーとして正式に依頼されているから、不正は出来ない。これなら公平だろう?」


 ああ、そういう事か。

 依頼人にとってはアイリスさんが味方って訳じゃないし、彼女の肩を持つ理由も特にない。

 っていうか多分、俺とも知り合いだろうし。


「では、残りの旗を持ってくるから暫く待っていて欲しい。なに、さっき借りたお金の分だ。遠慮するな」


「え? いや、ちょっと待って……」


 こっちの返事を聞く前に立ち去って行った……

 まさか運搬費でチャラにする気か?

 そもそもこの勝負方法を提案したのは向こうなのに、それっておかしくないか……?


「天然なのか計算なのか、判断に困るね」


 俺と全く同じ事を考えていたらしく、ブロウが苦笑混じりに近付いて来た。


「リズ君はどう思うかい? こういうのは同性の方が見抜くんじゃないかな?」


「へ? そ、そうですね……神の目をもって判断しますと」


 いや、そういうのいいから。

 あと何気にブロウがリズに話振るの珍しいな。

 こういう時って大抵エルテの方に振ってたし。


「天然さんだと思います。なんというか、姫様に使える騎士、って感じの方ですし」


 なんだろう、特にそんな要素ないんだけど何となくわかる。

 男性っぽい口調の所為かもしれない。


『エルテは計算に一票を投じるとここに記すわ。話の持って行き方が詐欺師のそれだから』


 それもわかる気がする。

 要するに、掴み所のない人だ。


 まあ仮に計算だとしても、別に嫌な感じはしない。

 出し抜いてやろうとか、欺いてやろうとか、そういう意思は特に見えて来ないし。

 そもそも俺、別にそういうタイプの人が嫌いでもないんだけど。


「それで、どうする? 策には策を。僕達も協力しようか?」


「いや。勝負を受けたのは俺なんだから、この件は俺に任せて欲しい。これは俺がこのパーティで信頼される為の試験でもあるんだ」


 正直なところ、このパーティで俺が得ている信頼は、俺の人間性に対するもののみだ。

 それは勿論嬉しいけど、能力面での信頼も欲しい。

 今回の件はまたとない好機だ。


「シーラ君のそういう所、立派だと思います」


 リズ……!

 まさかリズからこんなに素直に褒められるとは思わなかった。

 いや、人を褒めない捻くれた性格とかじゃないんだけど、なんか恥ずかしがって言葉にしなさそうだって思ってた。


 ちょっと感動。


『エルテは心配だと正直に記すわ。貴方は化かし合いは得意かもしれないけど、負けず嫌いなところがあるから。ムキになって判断を誤らないようにして』


 ……負けず嫌いなんて言われた事ないけどな。

 エルテの目にはそう映っているんだろうか。


「でも、この勝負なら勝算は十分にあると思うよ。レベルの差は殆ど関係ないし、何よりシーラ君には刹那移動があるから」


 ああ、それは間違いなく大きなアドバンテージだ。

 旗を設置する場所を事前に検討したら、そこまでの移動はほぼノーリスクで可能。

 集めたルルドの聖水がこんな形で活きるとはな。


 でも、それより気になる事が一つ。


「ブロウ、前々から少し気になってたんだけど……お前って俺の事を君付けにしたり呼び捨てにしたり、なんか呼び方がブレてないか?」


「え? そうかい? 特に意識してなかったけど。でも言われてみれば確かにそうかもしれない。きっと事前にリズ君が『シーラ君』と呼んでいたから、それにつられたのかな」


 ……なんか口数がやたら多いな。

 気にはなったけど、そこまで重要な話でもないし、『あ、そう? 君はどっちで呼ばれたい?』くらいの返しを予想してたんだけど。


 まさかブロウが二人いて、途中途中で入れ替わってる――――とかないよな?

 ま、ンな訳ないけど。


「お待たせした」


 アイリスさんの声が背後から聞こえてきた。

 どうやら、旗を持って来たらしい――――って、片手で一本ずつ!?


 おいおい嘘だろ……布部分が小さい訳じゃないんだぞ?

 正確な重さはわからないけど、どう見ても片手で持てる代物じゃない。

 ってか両手でも一人では無理だ。


「凄い怪力ですね」


「乙女に向かって怪力とはなんだ! 私は常識の範囲内の腕力しかない! これは魔法だ!」


 魔法……?

 重たい物を軽くする世界樹魔法なんてあったっけ……


『恐らくだけど風系の魔法を使っているとここに予想を記すわ』


「その通り。旗に下から強い風を当てて、重さを軽減させているだけだ」


 風系の魔法にそんな使い道があるとは……この人やっぱり策士だわ。


 でも、便利だよな世界樹魔法。

 両手塞がってても使えるんだもんな。


 ……って、俺はそんなの普通に無理だし、どうやって旗を運べばいいんだ?

 刹那移動が使えるって言っても、肝心の旗が持てないんじゃどうしようもない。

 それに、旗を地面に立てる方法も考えなきゃいけない。


 イーターのいる外に出るリスクばかりが問題だと思ってたけど、色々クリアしないといけない課題がありそうだ。

 その上で、イーターがより多く集まる場所に旗を立てないといけないし、でも多すぎると立てに行く時のリスクが大きい。

 厳しい勝負になりそうだ。


「これで三本だ。サービスはここまで。ここからは自分で持ち運びするように」


「ええ。ありがとうございます。でもさっき貸したお金はちゃんと返して下さいね」


「う……やはりダメか。わかった、オーダーの成功で得た報酬の一部を返済に充てよう」


 どっちに転んでもオーダーは成功出来るから、金はちゃんと返ってくるのが確定した。

 ホッとしていいものかどうか……

 

「では、正々堂々勝負しよう。御武運を祈る」


 アイリスさんはそう言いながら、拳を突き出してくる。

 変わった人だけど、悪い人には見えない。

 この言動や仕草がどうこうじゃなく、その佇まいが。


「俺が不利にならない勝負を選んでくれた事、感謝します」


 だからその拳に、自分の拳を当てるのに躊躇はなかった。

 決して好みの動作じゃないけれど。


 さて、これからどうするか……しっかり考えないとな。

 この勝負は負けられないけど、それ以上に負けたくない。


 これはきっと負けず嫌いじゃなくて――――逃げ道を塞がれているだけだと、そう思った。

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