6-20
「……フフン。全く歯応えのない奴め。我が奥義の前に手も足も出まい」
あの珍妙な技名を叫びながら酒場のゴロツキを武器ごと吹き飛ばしたのは……女性だった。
半透明な紫色の長剣を手に、やたら丈の長い灰色の上着を微かに律動させ、タイツで覆われた細い脚を一歩一歩踏み出し、倒した相手の方へ近付いている。
髪はやや暗めの金色で、腰の近くまで伸びている。
前髪の両サイドを長めに伸ばしている以外は、特徴的な髪型じゃない。
「ブロウ。あの武器に見覚えは?」
「ないね。恐らく彼女は実証実験士だろう」
新開発の剣を持っているのなら、そういう事になる。
とはいえ、それを使って人間を倒すのは問題行動だけど――――
「ひ……ま……待て。俺が悪かった。へへ……ちょっとフザけて尻触っただけじゃねぇか」
「言いたい事はそれだけか? お前の血は何味だ? 酒の味なら盛大に振る舞ってやろう。ここにいる連中全員にな」
琥珀色の瞳が妖しく光を放つ。
俺達も、他の酒場内の連中――――恐らく従業員も含めて20名くらいの野次馬も、こぞってその光景を無言で見守っていた。
「……それだけ多くの血を流すくらいの斬撃を繰り出すという意味だ」
いや、別にそこは気にしてないんだけど。
女性の剣士は何故か赤面しながら咳払いしていた。
自分では上手い事を言ったつもりらしいが、思いの外伝わってなくて恥ずかしかったらしい。
「よくも恥をかかせてくれたな! 死にさらせ!」
「待て待て待て! オレ今の悪くねぇだろ! 勝手に自爆しただけじゃねーか!」
「やかましい! 人のお尻を触っておきながら悪びれもせず……まだ誰にも触らせた事なかったんだぞ!」
……親の顔より見た残念美人。
こっちの世界でも多いのか。
『止めた方がよさそうだけど、どうする? とエルテは意見を求めるわ』
「そうだね……僕が行こう。偶には良い所を見せておかないとね」
Lv.150の実証実験士が珍しく意気揚々と語り、揉め事を起こしている二人に介入しに行った。
まあ確かに、今のままだと猛者ってとこよりロリババア好きの変態ってイメージが勝ってるしな。
こっちの世界だとイーター相手に無双は出来ないし、そろそろ凄い所を見せておきたいって気持ちはわかる。
「もう勝負はついている。そこまでにしておいたらどうかな」
「む……」
ブロウのありきたりな発言に、女性剣士は怪訝そうな顔を向けはしたけど、不快感はなさそうだ。
頭ごなしに怒鳴り散らすほど短気じゃないらしい。
まあ、お尻を触られたのならあれくらい怒って当然だしな。
「実証実験士とお見受けする。実験中の剣で人間を攻撃するのは、あまり感心しないね」
「決め付けるな。これは私の所有物だ。名を『アメジストリア』と言う」
ええ……さっきの技名と全然テイストが違うんだけど。
いや、この人が剣の名前まで付けた訳じゃないから不自然じゃないんだけど……なんかスッキリしないな。
「それは申し訳ない。でも、一旦その怒りは収めるべきだ。せっかくの美貌が台無しだよ」
歯が浮く!
ブロウ……意外と見た目通りのとこあるんだな。
「……お前も私を狙うつもりか? 随分安く買われたものだな。こんな公衆の面前でナンパされてホイホイついていく私だと思うか!」
うわー、思いっきり論点がズレている。
これはマズい。
「見くびるな。僕は精神年齢70以上の幼女しか興味がない」
ホラやっぱりこうなった……見ろよこの空気、空気は見えないとかそんな常識通用しないくらいヤバい事になってるぞ。
「精神……70……幼女……? お前は一体何を言っているんだ……? 私の耳と理解力に問題があるというのか?」
狂気を感じ取ったのか、女性剣士は精神攻撃でも受けてるのかって深刻な顔で両耳を塞ぎ始めた。
あのアメジストリアとかいう剣を足元に落として。
あ、いつの間にかエロゴロツキがいなくなってる。
「なら、もっとわかりやすく説明をしよう。僕が欲している理想の女性像は、酸いも甘いも噛み分けながらも心に一滴の童心を持ったまま生き続け、豊穣の時を迎えながらも何らかの不思議な力で幼き頃の肉体になり、その姿に当初こそ戸惑いを覚えたものの次第に馴染み、達観しながらも高揚感を抑えられずに人生を謳歌しているロリババアだと言っている」
「わからない! この人が何を言っているのか全然わからない! 声をあげない吟遊詩人! 金を取らない宝石商! 歯の抜けたお涙頂戴!」
確かによくわからないけど、混乱しているのだけは十分理解出来た。
やっぱりブロウは変態だ。
Lv.150の威容とかもう微塵もないな……
「シーラ君、あの人って綺麗ですよね。スカウト出来ませんか?」
こんな混沌とした場でも、リズはちゃっかり値踏みしていたらしい。
女神グループの一員にあの人を……か。
確かに外見だけなら文句なしの美人だ。
年齢は……多分俺やリズとそう変わらない。
言葉から受ける印象よりも幼い感じがするし彫りは深くないけど、可愛いってよりは美人って感じだ。
でも表情一つで大分印象が変わるな――――今は呆然としていてなんか親しみが持てる顔って気がする。
確かにリッピィア王女のコンセプトに合致する。
あんまり美人過ぎてもあの人怒りそうだしな。
『エルテはあの人と仲良くする自信がないとここに記すわ』
……会話相手が疲れるって意味では似た者同士っぽいけどな。
言ったら怒られるから言わないけど。
「こういう時はシーラ君の出番です。わたしは対人スキルゴミですし」
『エルテは火にレジンを注ぐから自重するとここに記すわ』
「いや、俺に押しつけたいだけだろ君達」
とはいえ、確かにこの二人に任せるのは怖過ぎるし、俺が仲裁に入るしかないか。
別にケンカはしてないけど、ここまで拗れたら似たようなもんだ。
「すいません。ウチのパーティの者がご迷惑をおかけしました。これでもLv.150の実力者なんですが、偶に意味不明の言動をする悪癖がありまして」
こういう場合、話の流れを強引に変える濃い情報を提供するのが一番。
その方が場を落ち着かせやすい。
「Lv.150……!?」
案の定、そこに食いついた。
あれだけ強さアピールしてたしな。
「私達と同格だと言うのか? この気持ち悪いのが?」
……同格? 私達?
つまりこの人もLv.150で、しかも最低あと一人は同レベルの実証実験士がいるって訳か。
まあ、こっちの世界に飛ばされた実証実験士の多くが図抜けた力を持っているんだろうし、寧ろ俺やリズの方がイレギュラーの部類なんだろうけど。
「面白い。私はアイリス。Lv.150の実証実験士だ。お前の名は?」
「僕はブロウ。先程は少し熱くなり過ぎたね。悪かった」
「こちらこそ、生理的嫌悪をそのまま出してしまった非礼を詫びたい」
……謝ってるのか煽ってるのか微妙なんだけど。
まあ気が強いのは確かだな。
アイリス……か。
王女ともリズともエルテとも違うタイプの女性だし、グループに加わってくれれば良い感じになりそうではあるけど――――
「実は仲間を探している。一応相棒がいるんだが、引きこもって全然部屋から出てこない。しかし見限るには惜しい猛者でな。彼女の話し相手になれる実証実験士が欲しいと思っていたんだ」
どうやら向こうにも向こうの都合があるらしい。
その引きこもりがもう一人のLv.150か。
……最強の引きこもりだなおい。
「強者は強者、猛者は猛者と一緒に行動すべきだ。実力差の顕著なパーティは無用な劣等感や悲しみを生む。鳥が羽ばたく。騒動を巻き起こすという意味だ」
語りかけているのはブロウにだけど、目線は俺に向いてる。
まあ、見る人が見れば俺やリズの低レベルさは直ぐにわかるんだろう。
『弱者は弱者』という言葉を使わなかったあたり、相当気は遣ってくれてるんだろうけど。
それに彼女の発言は何ひとつ間違っていない。
劣等感を生む。その通りだ。
自分より格上の人間が傍にいれば、程度の差はあっても誰だって嫉妬や引け目を感じるだろう。
当然、俺も例外じゃない。
自分の無力感に何度具合が悪くなった事か。
この世界では、イーターを倒せない。
実証実験士としてレベルを上げるのが極めて困難だ。
今の貧弱な身体のまま、ブロウやエルテと同格になるしかない。
そんなのは無理だって何度も思ったけど……そうしない限り、俺は永遠に本当の意味でこのパーティの一員になれない気がする。
絆を感じても、それが庇護下にある絆だとしたら、そこに価値はあっても納得は出来ない。
「アイリスさん。賭けをしませんか」
自分からこういうのを仕掛けるのは滅多にない。
初めてかもしれない。
安直で低級な行為だと自分自身で自分を馬鹿にしたくなる。
でも、必要な一歩だ。
「賭け? この男と私が勝負して、勝った方が仲間に出来る……そんなところか」
「半分はこっちの希望通りです。でも半分は違います」
「聞こうか。私にとっても悪くない賭けになりそうだしな」
本当に本気で仲間を欲していたらしい。
あの変態性を見せつけられても尚、ブロウを受け入れたいと願うほど。
だとしたら、尚の事彼女が欲しい。
きっとどんな仕事でも全うしてくれるだろうから。
「戦うのは俺です。Lv.12の実証実験士、シーラが相手をします」
隠す理由もない。
そして、俺のレベルを聞いてもアイリスさんは見下げ果てるような目をしない。
この人は……多分良い人だ。
「私は格下という理由で手加減はしない。お世辞にも器用とは言えない性格だとよく言われるからな。欲しいものは全力で手に入れて来たし、許せない相手には多少の迷惑を自覚していても撃退して来た」
「油断はなし、ですか」
「それでも良いのか?」
俺達の会話はリズやエルテにも聞こえている。
後ろでエルテの『この勘違い野郎勝手に何決めてるのとエルテは憤怒を記すわ』とか書いてるんだろう。
知るか。
君達が俺をこの場に立たせたんでしょうが。
なら俺が自分の責任の下に彼女を口説くのは正しい筈だ。
「ええ、それで結構です」
答えたのは――――俺じゃなくブロウだった。
「だよね? シーラ」
「うん。任せて」
拳同士を軽くコツンと当てる。
俺に勝算があると、そう判断してくれたんだろう。
そこは素直に嬉しい。
「なら場所を変えよう。マスター、騒ぎを起こして済まなかった。これは迷惑料だ」
口角を釣り上げ、アイリスさんが金貨を二枚、カウンターの方に投げる。
中々小粋な真似をしやがる。
「……待ちな」
「フッ。釣りは要らな――――」
「いや、全然足りねぇんだわ。壊れた椅子の修理代とか、さっきまで飲んでた連中が帰った営業妨害の分とか」
「……明細を頂けるだろうか」
ざ、残念過ぎる……
背中を丸めて財布の中身を確認する姿に哀愁が……
ん?
なんか涙目でこっちを見てるんだけど――――
「……とてもとても申し訳ないのだが、その……お金を貸してくれないだろうか」
なんか勝てそうな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます