6-18

 6月17日(月) ――――


 梅雨らしく、ぐずついた天気になっているここ数日、LAGを訪れる客の数は決して多くはない。

 一方で、6月30日オープン予定のキャライズカフェは、残り2週間を切った中でいよいよ宣伝を本格化してきている。

 オープン記念のプレゼントキャンペーンも告知されていて、しかもそれが最近女性に人気のアニメのグッズらしく、そのwhisperにおけるいいねとリウィートの数はなんと5桁に迫ろうかって勢いだ。


 もしこのまま、何も出来ずにオープン日を迎えたら、ウチはいよいよ誰からも見向きもされないカフェになり果てるだろう。

 常連客だって、いつまでも沈みゆく船に乗り続けるほどお人好しじゃないだろうし。


 来未目当てで通ってると思われる男性客だって、もしキャライズカフェの方に可愛い店員がいたらそっちに乗り換えるだろう。

 まあ、来未より可愛い店員がいる可能性は低いだろうけど。


「……」


 その来未は昨日から灰になっている。

 朝食時も、登校時も、帰宅してからも、そして今カフェ内で接客中も、ずっと灰のまま。

 客から話しかけられても、緩慢な動作で首だけ動かして生返事するだけだ。


 まあ、今コスプレしてるのが『限界炎天アルミラージ』ってゲームの超絶無口キャラ・殺伐ちゃんだからキャラ崩壊は起きてないんだけど。


 ちなみに殺伐ちゃんは八重歯が特徴の銀髪ツインテール娘。

 目付きがやたら鋭く、近付く者を皆トゲ付き棍棒で滅多打ちにする危険人物だ。

 無口な上に無表情だけど、感情はちゃんとあるらしく、褒められると攻撃を止めるというわかりやすい性質を持っている。


「来未ちゃん、今日も一段と可愛いね」


 ……それを知っている常連客の一人が気持ち悪い――――もとい、キャラに適した言葉を投げかけるけど、来未の反応は鈍い。

 昨日の事が相当堪えたみたいだ。



 あれから、終夜は結局五分くらい泣き続け、その後は出された夕食を全部食べて、家に帰っていった。

 最後まで笑顔は見せなかったけど、母さんが持たせた土産の桔梗信玄餅を受け取った時には大分落ち着いていたし、足取りもしっかりしていた。


 ただ、何度も何度も謝っていた。

 特に来未に対しては。

 それが痛々しくて、見ていられなかった。


 恵まれた家庭で育った……かは兎も角、少なくとも家族関係でストレスを溜めるような時期からはとっくに脱出している今の俺にとって、終夜のあの姿は正直ショックだった。

 まるで、自分達の幸せを見せつけているかのような構図だったから。

 悔やんでも悔やみきれない、軽率な判断だった。


 あれから終夜には連絡していない。

 いや、すべきなんだろうけど、今日は平日だし向こうの学校が終わるのが何時になるのか、会社に行くのかどうかがわからないから、迂闊に終夜のテンションを下げるようなメッセージは送れない。

 でも、それらの情報を知るには結局連絡するしかないんだけど。


 それに、一応約束もしてる。

 何にしても、今日〈裏アカデミ〉にログインするかどうかは確認しておかないといけない。


 っていうか、俺も来未ほどじゃないけど滅入ってて昨日の夜から一回もスマホ見てないんだよな。

 通知音は鳴ってないと思うけど……


 げ。

 SIGN来てんじゃん。


「ありがとうございましたー」


 幸い、ちょうど客はいなくなった。

 いや夕方に客ゼロ時間あるのは全然良くないんだけど、この場合ポジティブに捉えよう。


「俺ちょっとミュージアムの方見てくる」


「ぅー」


 返事なのかなんなのかよくわからない来未の呻き声を背中で聞いて、歩きスマホ。

 SIGNは――――終夜じゃなく水流だった。


『先輩時間ある?』


『まだ忙しい?』


『時間できたら連絡ちょうだい』


『まさか寝落ち?』


『せんぱーい大丈夫?』


『-_-』


 ……って、昨日かよ!

 昨日の二〇時からきっちり二〇分毎に二時間……いや既読じゃないんだから察してよ。

 最後のスタンプ、すげーキレてる感じだし。


 あいつ、もしかして彼氏出来たら束縛するタイプか……?

 まあ俺は束縛されるのもやぶさかじゃないけど。


 時間的に中学校はとっくに放課後だろうけど、若干返事し辛いな……

 まあ終夜に声かけるよりはまだ気が楽か。

 先に水流に連絡しよう。


『ごめん、昨日は店とは関係ない方のお客さんが来ててスマホ見られなかった』


 取り敢えず反応を待つか――――


『こっちこそ連投ごめん』


 早っ!

 こういう状態って何かムズムズするから、さっさと片付けたい気持ちはわかるけどさ……


『ああいうの初めてだったから』


『初めてって何が?』


『何時から空いてるみたいなの言われるの』


 ……そういえば、あの時の水流妙にテンション上がってたな。

 別に普通の返しだったと思うんだけど、何がツボに入ったんだ?

 中学生の感性はよくわからない……ちょっと前まで俺も中学生だったのに。


『水流は今日ログインする?』


『リズが来るなら』


 まあ、そういう話になるよな。

 そもそも週末はあいつが来られないから自由行動だったんだし。

 多分ブロウも同じだろう。


 となると、終夜と二人で父親を探すのは無理だな。

 でもこのまま放置って訳にもいかないし……適当に理由付けて【刹那移動】使う方向に持っていくか。

 メインストーリー進めつつでも多分大丈夫だろう。


『了解。終夜に連絡とってみる』『あいつの動向がわかったらもう一回連絡する』


『わかった』


 さて……ん?


『待ってるね』


 少しタイムラグがあってのこの一文。

 なんだろう、こんなちょっとした事だけど微妙に『おおっ』てなるこの感じ。

 あいつ本当、小悪魔だよなあ……


 よし、水流のお陰で少し気持ちがリフレッシュした。

 終夜に連絡しよう。

 昨日の事は……謝らない方向にしておくか。


 悪いとは思ってるけど、俺が謝るのは多分、終夜の心を傷付ける。


『こんにちは』『今日の予定聞いていい?』


 微妙にナンパっぽいメッセージになったけど、この際仕方ない。

 返事が来てくれるといいけど――――





 ……来ないな。

 もう二十分以上経つけど。

 いや、まだ二十分と言うべきか。


 でもそろそろカフェの方に戻った方が良い頃合いだ。

 五時半過ぎると夕食メニュー目当ての客が増えるからな。

 幾ら梅雨時で週の初めでも、この時間帯は流石に相当数の客が来る。


 仕方ない、一旦スマホの電源は切って……

 

 お、通知音!

 終夜か――――


『今時間あるかい?』


 朱宮さんかい!

 プロの売れっ子声優がこんな時間に素人にSIGNするかね……いや嬉しいけど。


『少しなら』『何かありました?』


『深海君、クラウドファンディングって知ってる?』


『知ってますけど』


 クラウドファンディング――――確かネット上で支援者を募る資金調達方法だ。

 ゲーム開発の資金をこのクラウドファンディングで集めた例も沢山ある。

 ヒットしたゲームのアニメ化プロジェクトに利用された事もあったっけ。


『会沢社長と昨日話してて』『PBWとクラウドファンディングは相性悪いって話題が出たんだけど』『その時にピンと来たんだ』


 まさか……クラウドファンディングで店の運営資金を調達しようとか言い出さないよな。

 幾らプロの声優とイラストレーターが味方にいても、それは無謀だ。


『オーディオドラマを作ってみない?』


 オーディオドラマ……?


『ドラマCDが有名だけど、要は声と音で作るドラマ』『キャラクターのイラストも用意するのが普通かな』


 ああ、ドラマCDは知ってる。

 ロード・ロードとか人気ゲームでは結構作られてるし。


 成程、いいかもしれない。

 それならrain君のイラストも朱宮さんの声も活かせる。

 男キャラのイラストも用意して貰わないといけないけど、それこそ前に朱宮さんが言ってたマスコットキャラでもいいし。


 ただ……


『でも、それって作るのに時間かかるんじゃ』


『時間はかかるね』


『それだと、今月末には間に合わないですね』『商売敵のオープンその時期なんです』


 ……というか、それ以前にクラウドファンディングの募集期間で今月は終わる。

 いやそもそも、募集を開始する為の準備だけで終わってしまいそうだ。


『大丈夫』


 ネガティブ要素の蓄積中、心強い返事が返ってきた。


『僕と、僕が声を掛ける数人のプロ声優、そしてrain先生の絵』『それでクラウドファンディングを使ってオーディオドラマを作るって発表すれば、宣伝になる』


 そうか……そもそも宣伝目的なんだよな。

 だったら、商品そのものでの宣伝である必要はない。

 こういうものを作ります、ってアナウンスだけでも十分宣伝になるんだし。


『ライクアギルドの看板娘を使ったオーディオドラマだから、カフェに絡めたシナリオがいいね』


 俺すら偶に忘れそうになる、ウチのカフェの正式名称を……ガチ勢過ぎるでしょ朱宮さん。


『でも、クラウドファンディングって元手がいるんじゃないですか?』


『手数料は結構ガッツリ行かれるけど、掲載するだけならお金はかからないみたい』『少なくとも僕が君にお金を要求する事は絶対にないよ』『業者の回し者みたいに思われそうだけど、そこは違うから信用して貰えると嬉しいかな』


『それは心配してません』『でも口数多いと怪しまれますよ?』


『参ったな』


 っていうか、仮に朱宮さんがクラウドファンディングサイトの運営者と懇意にしてたとしても、俺には何の損もない訳で。

 それでも過剰に気を遣って墓穴掘る辺り、この人らしいな。


『僕自身、やった事がないから不安はあるんだ』『怪しいと思ったら即座に手を引いて貰って構わない』


『いや、名前売れてる声優さんが怪しい勧誘とかやったら一発アウトでしょ』『その心配はしてないですって』


『でも、この業界にも偶にいるんだよね』『怪しげな宗教の勧誘する人とか』


『声優界の闇をしれっと見せないで』


『はは』『取り敢えず僕の今出せるアイディアはこれくらい』『もしよかったら検討して欲しい』『君の方でもクラウドファンディングについて調べて貰えれば尚いいかな』


『わかりました』『いつもありがとうございます、ウチなんかの為にいろいろしてくれて』


『そろそろ、僕もLAGの一員って言っていいかな』


『乗っ取る気かい』


『実はね』『それじゃ』


 ……最後の方、なんか普通に親戚か友達の兄ちゃんと話してる感じになったな。

 何気にそういう関係になりつつある。

 これって結構凄い事だよなあ。


 随分話し込んだけど今何時だ?

 流石にそろそろカフェの方に――――


 ……って、またSIGNかよ。

 朱宮さんが何か言い残した事あったとか?



『今日から本格復帰です』『ログイン行けます』



 ――――終夜からだった。

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