6-10

「はーいそれじゃオーダーの詳しい説明しまーす」


 なんて投げやりな……

 依頼主の正体が王女様だと判明してビックリ仰天な請負人を期待していたのはわかるけど……ここまで露骨に失望感を示されると、こっちがやらかしたみたいに思えて無駄に傷付くな。

 そういうキャラを演じているって事なんだろうけど……


「ま、これも何かの縁だよねー。っていうか、なんで今日に限って一人なのさ。お仲間は?」


 おいおい、仲間の有無を聞いてくるNPCってアリかよ。

 もし仲間割れしてソロに転向したばかり、とかだったら傷口にハバネロ塗るくらいえげつない行為だぞ……


「今日は自由行動の日なんです。だから普段は受けないソロのオーダーを受けてみたんですけど」


「あっそ。まーよくよく考えたらステラとも知り合いだし、信頼出来るって意味ではいいのかもね。公務って訳でもないし」


 公務のヘルプをオーダーで依頼する王族なんていたら嫌過ぎる。

 何にしても、この軽い感じだと本筋とは関係なさそうだな。

 でも一応聞いておくか。


「詳細聞く前に一つ確認しておきたいんですけど、この依頼って国の運命を左右する重大な内容だったりします?」


 これでこっちの意図は通じるだろう。

 流石に『メインストーリーですか?』って聞くのは憚られるし。


 ……というか、そもそもこの『NPCと自由会話出来る』ってゲームデザイン、斬新なのは良いけどメタ発言された時どう処理するんだろ。

 世界観台無しにするような事言い出すプレイヤーもいないとも限らないし、中の人をナンパする不届き者が出てくる可能性もある。


 考えられる対処法は――――あらかじめそういう問題行動を起こしそうなプレイヤーは対象外にしておく……とか?

 今のところ、他のプレイヤーと殆ど絡んでないから確証は持てないけど、これくらいしか思い浮かばない。


「そんな重い依頼じゃないよー。あとで仲間の人達からキレられる心配もないと思うよ」


 どうやらメインストーリーじゃないらしい。

 なら問題ないな。


「私が君に依頼したいのは、新たな娯楽を生み出す事」


 ……娯楽?

 そういえばこの王都、娯楽に特化した研究・開発を行ってるんだったな。


「でもそれ、もう着手してるんですよね? わざわざ一人の実証実験士にあらためて依頼する内容とは思えませんが」


「とーぜん、専門の研究者は大勢いるよ。でもねー、私の考案した自信企画を任せられるような相手はいないんだーこれが」


 って事は……この王女様もどきのリッピィア王女が考えた企画を形にするためのオーダーって訳か。

 

「もう君には私の素性明かしてるから、隠す必要もないんだけどさ。私、とっととこの身分を捨てたいんだよね」


「それは承知していますけど。まさか、そこに繋がるような依頼なんですか?」


「話が早いじゃない。そういう事。私が影武者業から脱出する為に考案した最良にして最善の一手よ」


 影武者業……ピンポイント過ぎる業種だな。

 っていうか、この人の策って前もキリウス絡みのガバガバ計画だったし、不安が尋常じゃないんだが……


 でもまあ、それはそれで面白いのかもしれない。

 ゲームは娯楽。

 厄介事もその中の割とフルーティーな一つだ。


「この私の壮大な計画に打ち震える準備は出来たー? なら早速全容を教えてあげる」


 この前フリでまともな内容は期待出来ないな。

 せめて一日で終わるような依頼だったら良いけど……


「女神を育てるの! 私達の手で!」


 えぇ?


「娯楽って色々あるけど、結局みんなが夢中になるのは賭博か綺麗な異性なんだよねー。前者は治安の悪化や自制心の低下に繋がるから、後者の方がマシでしょ? で、女神の出番って訳。女神って言っても神様じゃないからね? 女神は歌とか踊りとか、いろんな活動でこの国の男達を魅了する存在の事。どう、わかった?」


「わからん、なるほど」


「どっちよ!」


 そう言われても、今のが率直な感想なんだよな。


 言いたい事はわかるんだ。

 要は娯楽の一環としてアイドル的存在を生み出したいんだろう。

 古典的だけど、アイドルはどんなジャンルと組み合わせても割と馴染むしな。


 この疲弊し切った王都を活性化させる手段としてアイドルを登場させるって展開は、まあサイドストーリーとしてはアリだろう。

 それをプレイヤーに一任するっていうのも面白い。


 でも……


「これがあなたの目的と結びつくんですか? 接点が見えないんですが」


「それが結びつくんだよねー、それが」


 あらかじめ定められたイベントシーンじゃないから、リッピィア王女の表情に変化はない――――と思っていたのも束の間。

 どうやらドヤ顔系のポーズを登録しているらしく、やたら腹立つ顔をこっちに向けて来やがった。


 NPCとのこういうやり取りって、多分オンラインゲームでは相当貴重なんだろう。

 でもそれ以上に、挑発された事に高揚している自分がいる。


 当然、苛立った訳じゃない。

 純粋に、NPCのセリフと表情が一致した今のシーンに感動した。

 そして同時に、このシーンを大事にしたい、自分もしっかり役割を果たしたいという心持ちになった。 


 なら予想してやろう、リッピィア王女の意図を。


 彼女は、影武者としての自身の末路を悲観している。

 口封じで殺されると。

 そうならない為には、誰にも気付かれず忽然と消息を絶ち、その後も一切追跡されないようにしなければならない。


 ただし、もしそのグレートエスケープを実現出来るとしても、本物の王女であるステラとの関係が良好である以上、彼女に迷惑をかけたくないと考えるはず。

 ステラは研究を続けたい、でも王女になるとそれは出来なくなる。


 なら――――


「あなたが女神になるんですね?」


 彼女自ら女神となって、国民から絶大な支持を集めれば、口封じが出来なくなる。

 国民を失望させ、士気を著しく下げるような真似は出来ないだろうしな。

 公務が面倒と考えているリッピィア王女が、アイドル活動ならOKなのかどうかは未知数だけど――――


「正解! でも半分ね!」


 半分……?


「さっき言ったよね? 私達の手で女神を育てるって。私だけだったら、育てる必要もないしそもそも君要らないじゃない」


 言われてみれば、そうか。

 って事はつまり、ソロアイドルじゃなく――――


「女神パーティの結成よ!」


 アイドルグループの結成か!

 センターが王女(影武者)のアイドルグループ……まあ、今時ゾンビでもアイドルになる時代だし、それくらい普通なのか。


「だから、君にお願いしたいのは私以外の女神候補を集めてくる事。出来れば四人くらい。あ、仲間に二人女子がいたよね? あの子達でもいいよ。条件は、私がちんちくりんに見えないくらいの程よい可愛さ」


 後半、真顔で言われた。

 どうやら本気らしい。


「ソロで依頼出したのは、一応私の命にも関わる問題だから、関与する人数を最小限にする為。本当は私の狙いは伏せて、現役の王女がアイドルになる斬新さが売りの企画だったんだけどねー」


 事情を知ってる俺にとっては、違う意味での驚きがあった。

 アイドルか……終夜にはまるで向いてない職業だけど、ゲーム内だから大丈夫か?

 水流もあんまアイドルって性格じゃないし、その水流が操作するエルテに至っては喋らないからな……歌とか歌えないだろあいつ。


 マズい。

 オーダー達成の手応えがまるでない。

 他に知り合いのPCいないし。


「一応言っておくけど、ここまで話した時点でもうキャンセルは不可。もし断念するのなら、王女の名に賭けて君に思いつく限りの嫌がらせしてやるからね」


 更なる真顔で言われてしまった。

 もしかしてこれ、今まで俺がプレイしたあらゆるゲームの中で一番の難関クエストなんじゃ……

 

「最低でも二人は見つけてくる事。でも出来れば四人。四人組や六人組はセンター作りにくいからダメ。人数多過ぎるのも私が目立たなくなるからダメ。わかった?」


 さっきからキャラ変わってないか……?

 軽妙な感じの喋り方が一切なくなってるんだけど……


「私がこの計画に賭けてるって事、少しくらいは伝わった?」


「それはもう、ヒシヒシと」


「よーし。ならよーし。頼むぜーシーラ君。私ってば、このアイディア思いついた瞬間からもう高揚しまくりなんだから。一緒に伝説作ろうね!」


 オーダー、受注。

 でも何かする気にはなれず、途方に暮れる自分を自覚するのみ。


 俺は……一体何のゲームをやってるんだ……?

 というか、なんで今日このゲームを始めようと思ったんだっけ……

 なんか突発的に記憶喪失になりそうだ。


 ……と、いつの間にかSIGNが来てる。

 もし終夜か水流だったら、この事言っておいた方がいいかな。

 最低でも二人は確保しないといけないし、向いてないとしても彼女達には伝えておいた方がいいだろう。


 SIGNは……水流からか。

 ちょっと緊張するな。

 年下なんだけど、それだけに『アイドルやってみない?』って言うのはなんかセクハラに近い感覚を抱いてしまう。


 一体どう切り出したものか――――



『先輩トレンド見た?』



 トレンド?

 whisperのか?


『いや知らない』『何かあった?』


『アカデミックファンタジアがバズった』


 バズった……?

 って、まさか今度はワルキューレのアカウントが乗っ取られたんじゃないだろな。

 終夜が週末ゲーム出来ないくらい警戒態勢を敷いてたんだぞ……?


『なんで?』


『私も理由はまだ知らない』『でもトレンド1位になってる』『こんなの初めてだよね』


 トレンドなんてチェックしてないから、初めてかどうかは知らない。

 でも、少なくともイベントがあるからって理由でトレンド入りするようなゲームじゃなかった。

 だとしたら……


『サービス終了とか』


『一番あり得るやつやめて』


 まあ、普通はそう思うよな。

 そんなに有名じゃないソシャゲやオンゲのタイトルがトレンド上位に来る場合、大抵これだし。


『っていうかさ』『こんなやり取りしてる暇があったら確認しようよ』


『だよね』『早く先輩に報せたくて』


 この子、たまに俺の事好きなんじゃないかって発言するんだよな……

 まあ、実際に会った時の感触からして、好意とかそういうんじゃなくて単に他人との距離感を良くわかってないって感じだったから、期待とかはしないけどさ。


 ……そんな事考えてる場合じゃないな。


『一旦やめるね』


『ああ。こっちでも確認する』


 さて、トレンドのランキングってどうやって確認するんだっけ。

 検索タブからか?


 ん……合ってるっぽいな。





 1 アカデミックファンタジア

   10,249件のツイート





 五桁……!?


 いや、でもそれくらいじゃないとトレンド1位にはならないか。

 おいおい、本当にサービス終了じゃないだろな。


 若しくは、アカウントを乗っ取られたって可能性もある。

 先日、実際に乗っ取られた『アイオリアオンライン』ってゲームがトレンド1位になったかどうかは知らないけど……報道のされ方次第ではそうなっても不思議じゃない。


 どういう話題なのかは、この『アカデミックファンタジア』をチェックしてみれば直ぐわかる。

 正直怖い気もするけど、確かめない事には始まらない。


 頼むから、悪い方のトラブルだけはやめてくれよ……





 アカデミックファンタジア @academicfantasia 1時間

 この声明は、終夜京四郎からワルキューレ及び旧アカデミック・ファンタジアへの宣戦布告である





 そんな俺の願いは――――終夜京四郎の"暴走"と表現する以外にない、アカデミック・ファンタジア公式アカウントからの呟きという現実によって、無残にも粉砕された。


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