6-3

 人の外見に興味を抱くのは仕方がないと、割り切っている自分がいる。

 自分自身、そうやって外面で判断されてきた事への劣等感もあるのかもしれない。

 ただ、外見を完全無視して中身だけを見るなんて、どれだけ年齢を重ねても出来る気はしない。


『現在、山梨県と長野県の一部では大雨洪水警報が発表されています。引き続き警戒を――――』


 普段はゲーム化されたアニメのPVなんかを流している、店内に設置された50インチのテレビが伝えてくるニュースの通り、今日の雨は普通じゃない。

 そんな日に、わざわざ俺を訪ねて来たという奇特な人物の容姿や体型や表情が気になるのは、自然な事だと自分に言い聞かせ、彼女の姿を凝視する自分を許した。


 ショートの髪は完全な黒髪じゃなく、恐らく染めている。

 ただし茶髪じゃなく、銀色。

 殆ど黒なんだけど、微かにシルバーの艶がかかっていて、何処かファンタジックな雰囲気を備えている。


 そんな彼女の容姿に、不思議な感覚を抱いていた。

 一言で言えば、これは――――既視感。

 何処かで見たような顔だ。


 顔立ち自体は平凡じゃないと思う。

 非凡だ。


 明らかに童顔だけど、かなりハッキリとした二重の所為で妙に艶めかしくもある。

 綺麗とも可愛いとも少し違う、かといって決してどっちも外している訳ではなく、形容が難しいバランスだ。

 それだけに、この既視感は少し不可解だった。


 もし誰かに似ているのなら、直ぐにでも出てくる筈だ。

 俺に女の知り合いは少ししかいないんだから。


「兄ーに、知り合い?」


 少なくとも来未には似ていない。

 敢えて似ている人物を上げるなら……終夜だ。

 でも彼女とも明らかに雰囲気が違う。


「いや、初対面だけど……」


 俺を訪ねてきたという割に、俺の顔を確認したにも拘わらず、そのミステリアスな女子の反応は薄い。

 母さんから受け取ったバスタオルで頭を拭きながら、俺に目を向けるでもなく店内をボーっと眺めている。

 動きも妙に緩慢だ。


「ありがとうございました。助かりました」


「いーえー。それじゃ深海、後は頼んだよ」


 母さんはすっかり彼女を俺の知り合いと思っているらしく、濡れタオルを受け取ると早々に奥へ引っ込んでいった。

 洗濯機の中にタオルを入れに行ったんだろうけど……もう少し警戒心を持って欲しい。


 正直、少し怖い面もある。

 何しろこっちは彼女が何者なのか全く知らない。

 何より、連絡もなしにこの豪雨の中やって来たという時点で、不気味ではある。


 女の子と知り合いになれてラッキー、なんて思えるシチュエーションじゃない。


「春秋深海……君」


 唐突に――――というか俺の方を見ないまま、彼女は俺の名前を抑揚のない声で呼んできた。

 幽霊じゃないんだから……もう少し生気を醸し出して欲しい。


「は、はい。えっと……」


「お部屋に行ってもよろしいでしょうか」


 ……突然何を言い出すんだこの人。

 いやいやいやいやいや、無理だから。

 そもそもなんで俺を訪ねてきたのか説明してくれないと。


「そ、それじゃ私お部屋に戻るね。兄ーにごゆっくりィィィ」


「うぇーい、だったらパパも仕事に戻ろっかなあ! お皿ピカピカに磨いちゃうぞ!」


 気を利かせたのか、後から部屋のドア越しに盗み聞きでもするつもりなのか、家族が散り散りになっていく。

 ……これ絶対『こいつ本命いやがったよ』って解釈されてるよな。

 だって去り際、二人の目が朝に芸能人の不倫のニュースやってる時と同じだったもの。


 何故、こんなとある雨の日に俺の株が急落するんだ……?


「……」


 名乗りすらせず、訪問者の女性はじっとしている。

 ただし俺の顔を未だに見ない。


 ……実のところ、一人だけ心当たりがいる事はいる。

 ただ、それを聞く勇気が中々湧いて来ない。

 でも、彼女がおかしな人ではなく、本当に俺に用があるのなら、この可能性が最も高い。


 向こうが名乗る気がないのなら、恥を覚悟で聞くしかないか……

 もし仮説通りなら、これ以上立ち話はさせられないし。


「もしかして、rain先生……ですか?」


「先生はキライです。偉くありません」


 当たってたよ……まあ、そんな気はしてたけどさ。

 ここ最近の生活の中で、俺を訪ねてくる可能性のある初対面の人物って言ったら、rain先生しかいないもんな。

 でも、会話するだけならSIGNで全く問題ないのに、何故こんな大雨の日に田舎のカフェまでやって来るんだ……?


「えっと、それじゃrainさんで……」


「rain君とお呼び頂けると」


 ……君付け?

 どうみても女性だと思うんだけど、まさか男なのか?

 でも胸の膨らみは……比較しちゃ悪いが俺の周りにいる同世代組より明らかにハッキリと女性性を誇示してるんだが。


「嫌ならrainと呼び捨てでお願いします」


「それよりは君付けの方がいいです」


 初対面の、それも有名人を呼び捨ては絶対にない。

 まして、これからお世話になる為の交渉をしなければならない相手なのに。


「では、お部屋によろしいでしょうか。出来れば会話を他の人に聞かれたくないのです」


 にしても、未だに目も合わせないのはどういう事だ。

 その上で、この不穏な発言。

 rain先生……いやrain君は、もしかして変人なんだろうか?


 まあ、変人なら別にいいか。


「了解しました。汚い部屋でよろしければ」


「大丈夫です。汚部屋には慣れています」


 ……見た感じ、そうは思えないんだけど。

 服装はグレー系のブラウスとベージュ系のロングスカートというごく普通の小綺麗な格好だし。

 あんまり化粧っ気はないけど、多分同世代だと思うし普通の事だ。


「あ、部屋ここです……rain君?」

 

 二階に上がるまで無言だったrain君は、階段を上りきった途端忙しなく廊下の至る所に視線を向けている。

 職業病なのかもしれない。


「失礼しました。失礼します」


 なんか……ちょっと変わってるよなあ……

 礼儀正しいようで厚かましくもあるし、ボーッとしているようでギラついている感もある。

 終夜や水流と違って掴み所がない。


 いや、でも水流も初対面時は割とフワフワしてた気もするし、この人も話している内に心証が変わるかもしれない。

 いきなり部屋に入れるのは抵抗あるけど……仕方ない、背に腹は代えられないからな。


「……」


 部屋に入った途端、rain君の瞼が急に上がった。

 そして中を嘗め回すように観察し始めた。

 一応、部屋の主がいるっていうのに全く気にも留めていない。


 値踏みでもしてるのか?

 これから交渉する相手が金を持ってるかどうか……いやいや、売れっ子絵師がそんなセコい算段をする筈もないか。


「えっと、椅子とベッド、どっちに座ります? 生憎座布団とかクッションがないんで」


「あっはい。では、ベッドで」


 流石にこっちが話しかけると自重してくれた。

 常識はあるっぽいから、それは救いか。


「何か温かい飲み物とか持ってきましょうか? 結構濡れてましたよね」


「大丈夫です。それより早く本題に入りましょう」


 特に声のトーンや表情を変えた訳じゃないけど、rain君の言葉は明らかに場の空気を変えた。

 どうやら、何故ここに来たかを話してくれるみたいだな。

 一体、何が目的で――――


「SIGNだと記録が残るから、どうしても直に会って話がしたかったんです」


「記録が残るとマズいんですか?」


「はい。単刀直入に言いますと、ボクは取引をしたくてここに来ました」


 一人称ボクなの?

 これ……どっちだ?

 胸はパットの可能性もあるし、女装ってパターンもあるのか?


 マズい、そっちが気になって話に集中出来ない。


「アケさんから話は窺っています。レトロゲー愛好家なのですよね?」


「あけさん……?」


 ああ、朱宮さんの事か。

 そう言えば、なんかファンからはアッケーカッケーとか言われてるとかネットに書いてたな。


「えっと……はい、それなりには」


「で、では【級友】の初回版を持ってますか!?」


 突然の大声!?

 心臓がキュッてなったぞ……


「あ、す、すいません。ボク、つい……」


「いや大丈夫ですけど、えっと、【級友】ってメガロゲイスのですか?」


「はい!」


 メガロゲイス……ゲーミフィアを出してるゲイスの昔の据え置きゲーム機。

 このメガロの時代にはパソコン用ギャルゲー……っていうかエロゲーのコンシューマ移植が盛んに行われていた時期で、【級友】もその一つ。

 確か歴史的ヒット作だった。


 ただ、俺はあんまり手を出してないジャンルでもある。

 別に偏見とかはないし、ADVには好きなゲームも結構あるんだけど、複数の女子を攻略するタイプのゲームはあんまりやってない。

 恋愛以外のストーリーが用意されているADVの方が好みなんだよな。


 だから正直記憶は曖昧だけど……


「確か親父が持ってるって自慢してたような」


「本当!?」


「……っと」


 さっきまでの二重はどこへやら、目を見開くどころかキラキラさせている。

 そんなに欲しいのか、【級友】の初回版。


 でも、確かサントラが付いてるくらいで目立った特典とかなかった筈だけどな。

 今でこそゲームの初回盤は分厚い設定資料集とか抱き枕とか特典が本体かってくらいの特典が付くけど、【級友】は20年以上前のゲーム。

 初回版としての旨味は薄い。


 ただ、この手のゲームの初回版は製造数もそう多くない事から、プレミアが付いている事が多い。

 特に未開封だと、とんでもない値段になる物もある。

【級友】も多分その一つだ。


「確証はないですけど、多分探せばあると思います」


「譲って下さい! ずーーっっと探してたけど見つからなくて半分諦めてたと!」


 ……ん?


「あ……じゃなくて、諦めてたんです」


 さっきの、何処かの方言っぽかったな。

 案外田舎の出身なのかもしれない。

 そう思うだけで妙に親近感が湧いてくる。


 ……って、今はそれはどうでもいい。

 取り敢えず、この人がわざわざ家まで来た理由はわかった。

 一刻も早く、目当ての物を入手したかったのか。


「えっと、rain君ってもしかして……コレクター?」


「はい。勿論ゲーム自体も好きです。レトロゲー。というか、昔のエロゲーが」


 ハッキリ言っちゃったよ!

 えらく偏ったレトロゲーマニアもいたもんだ。


 にしても、これでますます性別がわからなくなってきた。

 昔のエロゲー好きとなると……男の可能性が急激にアップしたな。

 女子のエロゲー好きですらレアなのに、昔のゲームまで漁るエロゲー好きの女子って実在するのか……?


「もし譲ってくれたらなんでもします。ボクに書けるものならなんでも書きます。宣伝もします。だから、お願いします!」


 眼前の懇願する有名絵師に対し、俺は――――やっぱり会話の内容が全く頭に入ってこないという不具合を修正出来ないまま、どうしていいのかわからず途方に暮れていた。

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