3-3 胃袋を掴まれた?国対策?

 家族5人で抱き合っているのを微笑ましく見ていたら、父親がお礼を言ってきた。そこまでは良かったのだが、その後の発言がこれだ――


「凄く感謝している……だが、娘を返してくれないか? 勿論金は必ず払う!」

「お父さん止めて!」


「ん、気持ちは分かる」

「家族で暮らすのが一番良いのは分かります。兄様、どうなさいます?」


 菜奈や雅の言うように気持ちは分かる。家族なら当然だとも思う……だが。


「そんな虫のいい話が通る訳ないだろ?」


「ん、でも龍馬次第?」

「ですよね。兄様が解放してあげるのであれば、問題ないのじゃないですか?」


「金を払うと言いましたが、俺にいくら出す気ですか? ミーニャが最初に受け取った6千万ですか? オークションに出されるまでは倍額払うのが規則ですよね? 勿論母親の治療費もちゃんと含んで払ってくれるのですよね? 6千万ジェニーで治らなかったのですから、次は王都に行って枢機卿あたりにでも診断してもらったとして、億は要るでしょう。俺に幾ら用意できるのです?」


「うっ、そんな大金……とても用意できない。取り敢えず3千万ジェニー払っておく……」


 大きめの革袋を出してテーブルの上にジャラリと置いた。おそらくは神殿で半額返ってきた分だろう。


「兄様は意地悪ですね……」

「ん、本当はお金なんか要らないくせに……」


「うるさいな~、文句があるなら先に帰ってろ!」


「どういう意図があるのか菜奈に説明してください」


「はぁ~面倒だ。連れてくるんじゃなかったよ。理由はどうあれ、ミーニャは覚悟を決めて金を借りたんだ。彼女以外もそうだ、借りた以上返すのが道理だろ。1人だけ免除したら他の娘はどう思う?」


「じゃあ、全員解放してあげればいいじゃないですか」

「それじゃあ、俺が只のお人好しのバカじゃないか。人を雇えばお金が要る。仕事をしたらお金が貰える。そんなのは当たり前だ。それと同じように、お金を借りたのなら返さないといけない。そして医者に診てもらったのなら治療費を払うのは当然だ。同情して可哀想だからとなかったことにしたらダメなんだよ」


「ん、確かにそんなことしたら、一般常識的にバカというより超迷惑な奴。金貸し業の人や、治療で稼いでる人たちからすれば傍迷惑なだけ」


「奥様方、良いのです。私、すっごく運が良かったと思っています。普通なら、盗賊に襲われた時点で正規のオークションではなく、非合法の競売にかけられて最悪な人生を送るはずだったのです。それなのに、あんな凄いお家に住めて、こんなに良い服まで貰えて、ご主人様はお母さんまで治療してくれました。私が一生どんなに頑張っても、億のお金を稼げるとは思えませんが、一生懸命働いてこの御恩を少しでも返したいと思います。どうか、お側においてお使いください」


 ここでミーニャの兄が話しかけてきた。


「貴族様、そちらの方は奥様なのか? それとも妹様なのですか?」

「ん? 妹だが全く血の繋がらない兄妹なんだ。早くに両親を亡くした俺を、こいつの両親が引き取って育ててくれたんだ。あと、俺は貴族じゃないぞ」


「そうですか、買った奴隷をどう扱うかは買った主人次第です。俺がどうこう言える立場ではないのですが、ミーニャを、俺の妹をどうかよろしくお願いします」


 ミーニャの兄は俺に深々と頭を下げて頼んできた。


「お兄ちゃん?」

「兄妹として育ったのに、その兄に嫁ぎたいとか……この人は余程の好人物なのだと思う。普通はどんなに好き合っていたとしても、一緒に暮らし始めたらいろいろ粗が見えてくるものだ。それを差し引いても結婚したいとなると、凄く好人物なのだろう」


「そうです! 兄様は世界一素晴らしい人です!」


「あなた、ミーニャのことはこの方にお任せしましょう。どうか娘をよろしくお願いします。それと、治療のこともあらためてお礼を言わせてください。ありがとうございました。死にかけていたとは思えないくらい、とても調子がいいです」


 きゅ~るるる~~~

 その時、お母さんのお腹が可愛く鳴った――


「あらイヤだ!……こんな時に恥ずかしいわ……」


 顔を赤らめ、はにかんでいる……成程……ミーニャの可愛さは母親譲りか。


「暫く口に何も入れてなかったのでしょう? これを少しずつゆっくり食べてください」


 プリンを出してあげた。弟が鼻をヒクヒクさせていたので、全員分だしてやる。学校を休んだ同級生のお見舞いによく持参される定番の品だ。学生が休むのは大抵風邪だ。喉が腫れて痛いときは大抵食欲はないのだが、プリンやヨーグルトは腫れた喉でも食べやすいし、栄養価も高く、風邪ひきさんが食べるのにとても理にかなった食なのだ。


「栄養価が高く、お腹にもそれほど負担はないのでゆっくり食べてください。エリスもおいで」


「「「美味しい!」」」


「ご主人様! これなんですか?」

「デザートだよ?」


 ミーニャとエリスが壊れた――

 ミーニャの弟も器を舐めとっているほどだ。あまりにも美味しそうに食べるので、お母さんとミーニャとエリスと弟君にもう1個出してあげた。


 菜奈と雅も欲しそうにしていたが、太ると嫌なのであげなかったけどね。

 凄い食いつきようだ……これ、売り出すと売れそうだな。


『ナビー、このプリンを売るとなったら、原価いくらくらいになるか試算してくれ』

『……了解しました。あ~、どうもこの世界では砂糖・卵・牛乳が高いですね。魔獣が出るため、城壁の外で放牧ができないので畜産業はあまり発展していないようです』


 どうやら城壁内で飼っている分は、王族や貴族を賄う分らしく、一般家庭にまで回ってこないそうだ。


 鶏ぐらいなら場所を取らないし、卵もすぐ腐るものでもないので高額だが一般でも手に入る。だが、牛乳は牛を放牧するのにかなりの場所が要る。領民全てを賄えるほどの数を放牧できないそうだ。その牧場も乳牛だけじゃなく、食肉用の牛や豚や羊も含まれているので、数はどうしても限られてしまうのだ。生乳も傷みが早いので、貴族や商家に直販しかされていないらしい。


『ちょっと厳しいかな……』

『……食材を買っての販売は厳しいかもですが、自分たちで牛や鶏を飼って材料分を用意すれば大量販売できると思います』


『畜産するなら、卵や牛乳をそのまま売ればいいじゃん……』

『……何を言うのですか、卵1個でプリンが何個できると思っています?』


 ナビーは、卵で1個売るより美味しいプリンにした方が遥かに売れると試算したみたいだ。



「ミーニャ、俺たちは拠点に帰るが、お前は明後日合流すればいい。それまで、家族と過ごしてていいぞ」


 少し悩んでいたが――


「ご主人様……私、拠点でご飯が食べたいです」


 たった4回しか食べていないのに、桜と茜にどっぷり胃袋を掴まれたようだ。


「ミーニャ……それほど、今いるところは良いのか?」

「うん、お父さん。毎日お風呂に入れて、食べたことないほど美味しい食事が3食も出るの。お部屋の中は、どこにいても暖かいし、トイレだって凄い魔道具が使われていて、とっても綺麗で匂い1つしないのよ。さっき頂いたデザートも凄く美味しかった」


 ミーニャの中では、家族とのお別れはお金を渡しに帰った時にもう済ませているのだとか――


「じゃあ、明日の朝帰ってくるか? 今晩ぐらいは家族と過ごしたらどうだ? フォレストにもう来ないってわけではないが、王都を拠点にするつもりだから、簡単に里帰りはできないぞ」


「はい、じゃあお言葉に甘えて、今晩は実家で泊まっていきます。あの……明日の朝一番で帰りますので、私の……あの……その……」


「分かった、ミーニャの朝ごはんも用意しておくよ……」

「ご主人様、ありがとうございます!」



 お母さんの快気祝いと、ミーニャのお別れ会もかねて、今晩は自宅で過ごさせてやることにした。


 帰り際にお母さん用に、お腹に優しい雑炊を提供し、他の者にはオークやスタンプボアのステーキなどを出してやった。


 お父さんが出した3千万ジェニーは受け取らないで置いてきた。


 割と稼ぎの良い冒険者一家なので、俺が持っていっても問題ないだろうが、ミーニャは自分で稼いで返したいと言い張ったのだ。彼女の本心は、おそらくだが一生かけても返せない額だと思い、自分はもう実家に帰る気はなく、家族が楽に暮らせるようにお金を少しでも残してあげたかったのだと思う。



 ミーニャの家を出て、少し思うところがあり、メイン通りを歩きながら思案にふけっている。


「兄様、どうしました?」

「俺たちにはこの世界の常識がないだろ? 特に貴族に対する礼節が分からない」


「ん、それは仕方がないこと」

「仕方がないで、何かあってからじゃ遅いだろ? 事前に何かやっておかなきゃ……勇者パーティーなんだから、今後王侯貴族と接する機会はますます増えると思う。ミーニャたちを見て思ったんだけど、奴隷たちも貴族に対する接し方は全く知らないようだっただろ? これじゃまずいと思う。奴隷のそそうは主の責任だ。早急に手を打っておきたい」


「兄様には、何か考えがおありなのですね?」

「今日、公爵に指導できる者を手配してくれと頼んだだろ? 必ず勇者パーティーの俺たちの為とかぬかして、世話係と称した間者を付けようとしてくるはずだ。それは厄介なので、先手を打つ」


『という訳で、ナビー先生! 俺たちに貴族のマナーやルールを教えられるような奴隷がほしい。この商都に条件の見合った人がいないか調べてみてくれ』


『……元貴族や、貴族に仕えていた侍女や執事が宜しいでしょう。この街に大きな奴隷商は3件ありますね……その中で条件に見合った好人物を探してみます』


『ああ、宜しく』

『……あ! セシルの母が居ました。彼女、元男爵家の三女ですね。貧乏男爵家だったようで、資金援助を兼ねて16歳の時に中規模経営の商家に嫁いだようです。セシルの家は暫くは堅実な経営を行っていたのですが、子爵家の者と共同で開拓事業に手を出したのがこけて、莫大な負債をかかえ、借金奴隷に一家で落ちたようです』


『セシルの母親か……でも、家族を引き込むと面倒じゃないか? 自分ちの家族もってことにならないか?』

『……あくまで、奴隷を買うのですよね? その辺の線引きはマスター次第ではないでしょうか? それと、その子爵家も当然一緒に奴隷落ちしていまして、そこの侍女長をしてた者と、家令をしていた執事が夫婦なのですが、なかなかの好人物です。3人一緒にお買いになって、王都のお屋敷を任せてはどうでしょう?』


『俺は貴族じゃないが、貴族が訪問してきた時の接客ができる者は必要だよな。ちょっと見に行くかな』

『……その奴隷商は、繁華街の裏路地にあります』


『そういえば、亡くなった奴隷商の家族は文句言ってこないのかな? ペッパーさんだっけ? 家の者が奴隷を返せとか言ってこないの?』


『……ポッパーです。奴隷商は世襲制ではなく、神に認められなければ資格を得られず経営もできません。輸送の際に奪われたり襲われたりする事は日常茶判事なのです。当然自己防衛しなければなりません。今回高額奴隷を扱うのに、護衛費をケチって急ぎで出立するバグナーに便乗したために襲われてしまったのです。ちゃんと前準備をして、シルバーランクの護衛を雇っておけば襲われる事もなかったのです。運もあったでしょうが、自業自得とも思えます』


 世襲制ではないので、ポッパーさんの家族は奴隷商を引き継ぐ事もできず、店に残っていた奴隷は他の奴隷商に売られることになるようだ。


 当然、護衛をケチって盗賊に襲われて権利が外れた奴隷は、既に俺の所有になっているので、ポッパーさんの家族は一切文句を言えないそうだ。


 人に恨まれることも少なくない危険な商売だし、盗賊に狙われることが多いのも承知でやっていたのだ。当然儲けも大きく貯蓄もあり、残された家族が無一文になるわけでもないので俺が心配する必要はないそうだ。



「閉店までに少し時間があるみたいだから、今から奴隷商に行って貴族の接客ができる者を買おうと思う」


 奴隷に対して日本人の俺は少し思うところもあるのだが、間違いなくスパイであろう国の用意する者をパーティー内に受け入れるわけにはいかない。


 裏切ることができない奴隷が一番安全だというのだから、それを利用するしかない。


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 お読みくださりありがとうございます。


 今回、ミーニャの家族の名前を出さないようにするのに苦労しました。

 あまり名前が沢山出ると覚えきれなくて訳わかんなくなりますからね。既に手遅れな気もするけど……

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