2-9-7 レイラとダリル?悪代官再登場?

 ハティは冒険者たちを護衛しながら無事帰ってきた。俺を見るなり猛ダッシュで飛びついてくる。

 まだ300mほど距離があったのに一瞬だった。


「ウグッ! ハティ……もう飛びつくのは勘弁してくれ。王種になってから、正直もう受け止めるのはきつい」

『あぅ~、ごしゅじんさま……ごめんなさい』


「謝るほどじゃない。でも、いつ怪我してもおかしくない威力だから、今後力加減に気を付けてくれな?」

『うん。分かった』


「ちゃんと誰も死なせずに守って帰ってこれたな。偉いぞ~」


 そう言いながらハティをモフモフしてやったら、めっちゃ喜んで尻尾を振っている。


「約束のレバーは夜あげるけど、これは別口でご褒美だ」


 ハティ専用皿にブドウ果汁100%ジュースを入れてあげる。初のブドウジュースに鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいる。


「これはブドウという果物の果汁だ。美味しいぞ~」


 ハティはペロッと一舐めした後ペロペロと勢いよく飲み始めた。かなり気に入ったようで尻尾がブンブン振られている。ただ、口周りのハティの真っ白な毛が紫色に染まってしまっている……あれ【クリーン】で落ちるかな?



 そうこうしている間に、足を引き摺った男性冒険者たちが近くまできたので意識を切り替える。殆んどの者がハティが到着するまでに手足を噛まれたようで、怪我をしているみたいだ。ハティには死なないような傷なら回復するなと言ってあったので、その約束もしっかり守られている。


 予想はしていたが、女性冒険者の1人が剣を抜いて男性冒険者に切りかかった。当然男の方も黙って切られる筈もなく、剣を抜いて防戦する。


『ナビー、女性冒険者が男を殺したら犯罪履歴が付くんじゃないか?』

『……はい。見捨てたからといって、殺していい理由にはならないので、怪我をさせれば傷害罪が、殺せば殺人罪が適用されます。ちなみに男性側は正当防衛ですので、彼女を殺しても罪にはなりません』


 まぁ、常識的にそうだよな。感情的には女性冒険者の応援をしたいところだけど、仕方がない。


 【魔糸】を放って、双方を縛って拘束する。


「なぜ止める! 放しなさい! そいつのせいで、ラエルたちが―――

「ちょっと落ち着いて! 気持ちは分かりますが、それを理由にあなたが彼を怪我させたり殺しちゃったら、あなたが犯罪者になってしまうでしょ? 死んだ仲間がそれを望むと思いますか?」


「うっ~。だけど……」


 そこで、拘束した男が話し出す。


「レイラ、悪かった! でも、俺もパーティーリーダーとして的確な判断をしたつもりだ。今回の護衛の中で1番と2番目に強い者たちがたった1人の男に瞬殺されたんだ。俺たちじゃ手に負えない相手だ。あのまま残って何人か盗賊を切り殺せたとしても、こっちの全滅は確実だ。それなら恥を承知で逃げて、違約金を払ったほうがいい。死んでしまったらそれまでなんだ。君たちパーティを囮にして逃げたことは恥だが、正しい判断だったと思っている」


 逃げたことを正当な行為だと言われ、レイラさんはまた怒り出した。


「クッ! よくもぬけぬけと言えるわね! 殺してやる! ラエルたちの敵だ!」

「レイラさん? 第三者の俺だから言えるんだけど、勘違いしちゃいけない。君の仲間を殺したのは盗賊たちだよ……そこの彼じゃない。冒険者として逃げたことは恥だろうけど、彼の言う通り、死ぬのを分かっていて逃げないのはリーダーとしては失格だ。冒険者ギルドもその辺は理解しているから、護衛任務を放り出して逃げたからといっても罪にならないよう配慮して、違約金という形にしているんだ。勝てない相手から逃げるのは罪じゃない、正当な権利だよ」


「そうかもしれないけど……あなたはダリルの味方なの?」

「さっきも言ったけど、俺はあくまで第三者的に意見を言っているだけだよ。どっちの味方でもない」


「そう……」


 一言つぶやくとレイラさんは悲しそうに俯いた。


「助言感謝するよ。それとその白い子犬はどうやら君の従魔なんだろ? 助けてくれてありがとう。回復剤も底をついて、正直危なかった。それにしても、その子犬はなんなんだ? あっという間に、20頭ほどいた『スパティドゥドッグ』を噛み殺して倒してしまった」


 直訳したらブチ犬になるのかな? それよりハティが噛み殺したってのが気になる。


「ハティ、魔法じゃなくて噛み殺したのか?」

『ちがうよ? あの犬すごく臭かったから、かんでないよ? ごしゅじんさまにもらったナイフをくわえて、シュバッてのどを切ってまわったの』


 成程ね……ハティには牙といえるようなものはまだないのだ。乳歯がやっと生えてきたって程度だ。

 俺とハティの会話は他の奴からすれば一方的に俺だけが喋ってるように見えるから、皆、何言ってるんだって顔をして見ている。


「どれ。倒した魔獣を出してみろ」


 ドサドサっと大量に犬のような魔獣をハティが出したのだが、ハイエナ? 実に不細工な汚い魔獣だ。


『……マスター、ハイエナに似ていますが別物です。習性自体は全くといって同じなのですが、こいつらの方が魔獣だけあってより狂暴です。強さはオークより少し弱いですが、群れで襲ってくるので性質が悪いです。英語表記だとSpotted dogでまんまブチ犬ですね。ちなみにSpotted hyenaで、ブチハイエナのことです』


 ハティが出した魔獣を俺の【インベントリ】に移し替える。




 さて、ここからが正念場だ。


「ダリルさんといいましたか? 俺はこっちのパーティーリーダーのリョウマと言います。どっちの言い分も分かるのですが、どちらかというと彼女たちの味方です。なので、少し交渉させて頂きます」


「交渉? それはお金の話だよな? 助けたことへの謝礼かな?」

「そうです。その白い魔獣はホワイトウルフの子で、俺の従魔です。助けた命への対価ですので、それ相応の額を頂きます。そしてそのお金は彼女たちに渡して、死んだ者たちの家族への弔慰金にしようと思っています」


「エッ!? 私たちにあなたが貰える謝礼金をくれるの? どうして?」


 レイラさん3人が思わず出た俺の謝礼金譲渡に驚きの声を上げている。


「俺は幾ら払えばいいんだ?」


「リーダーのあなたは500万ジェニー、そして他の者は250万ジェニー請求します」

「「「なっ! 法外だ!」」」


 男性冒険者たちは納得できない額のようだ。ナビー情報では救助した者への謝礼は精々100万ジェニーほどだと聞いている。相手が貴族やお金持ちの商人などで価格は変わるが、アイアンクラスの冒険者では命を助けても100万がいいところなのだ。


「アイアンランクの冒険者を助けた相場が100万ほどなのは知っていますが、今回は事情が違いますからね。あなたたちは彼女たちを見殺しにしようとしたのです。残された若くて可愛い女子がどういう目に遭うか知っていてそうしたのです。それ相応の額を頂いて死んだ者の供養にしなきゃ、彼女の怒りも収まらないでしょう? レイラさんたちも納得はできないかもですが、その額で手打ちにしてください」


「私はその額なら、手ぶらでラエルたちの家族に遺体を引き渡すよりずっといいからそれで良いけど……あなたはいいの? 謝礼金はあなたが貰える正当な権利なのよ? というか、私たちも払わなきゃいけないのだけど……」

「問題ないです。で、ダリルさん、どうですか?」


「そんな大金持っていない! 到底払える額じゃない!」


 それもナビー情報で俺の想定に織り込み済みだ。


「ええ、アイアンランクのあなたたちに即金で払えとは言いません。バグナーさん、大金を扱う宝石商のあなたなら借用書は常に持ち歩いていますよね?」


 急に話を振ったので驚いているようだ。本当はナビー情報で彼が借用書を持っているのは知っているのだけどね。


「エッ? 私か……ああ、勿論持っているとも。私に立て替えろとでもいうのですか?」

「いえいえ、あなたには謝礼も請求していないでしょ? その替わりに借用書の作成と見届け人になってもらいます。彼らが最終的に借りるのは俺でもあなたでもなく冒険者ギルドです。アイアンランクの冒険者が無担保で冒険者ギルドから借りられる額が500万ジェニーですので、とりあえず口約束だけだと後でごねそうですから、今この場で彼らに借用証明書を作ってもらいたいのです。それであなたからの謝礼はいりません。保証人ではなく見届け人ですので別にいいですよね?」


「いいでしょう! 私からすればそれでチャラにできるのであれば願ってもないことです」


「待ってくれ! 勝手に話を進めないでほしい! 悪いが到底その金額には同意できない!」

「「「そうだ! あまりにも暴利だ!」」」


 まぁ、これも予想通りかな。


「あなたたちは、自分の命にそれだけの価値はないというのですね?」

「そういう話ではない! 法外だと言っているんだ! 100万ジェニーなら借りてでも用意するが、5倍とかありえないだろ!」


「さっきも言いましたが、あなたの判断で人が亡くなっているのです。その分を加算した金額です。正直人の命ですので安いくらいだと思っていますが、逃げたこと自体には俺も理解しているので、あなたたちが無理なく払える金額にしてあげているのです」


 怒鳴るような反論はしなくなったが、まだ誰一人同意しない。


 まぁ、これも想定内だ。


「どうあっても、この額じゃ同意できないですか?」

「「「できない……」」」


「分かりました。では、話はここまでですね」

「「「エッ!?」」」


 俺がすぐに引き下がったので、全員が???の顔をしている。当人のダリルたちも、俺が急に引き下がったので困惑している。


「ちょっと、もう諦めちゃうの? その……お金が欲しいわけじゃないけど……それじゃあ、今度は私が納得できないよ……」


 レイラさんは不満げに、俺に訴えかける。


「実は血の匂いを嗅ぎつけた、さっきと同種の魔獣がこっちに向かってきています。さっきの群れとは別の群れで、30頭ほどいるのですが、誰も気づいていないのですか? あなたたちのパーティーって探索魔法は誰も持っていないのです? だから盗賊に襲われたのですか?」


「エッ? ちょっと待って、私が持っているわ! あっ! 本当だ! 私のスキルじゃ、敵が何かまでは分からないけど、凄い数の魔獣がこっちにきてる!」


 レイラさんは、今、魔法を使って調べてやっと気づいたみたいだ。俺のように常時発動型じゃないのは知っていたので、これも予想通りだ。ダリルさんのパーティーの探索担当者も調べ終えたようで、その事を仲間に伝えている。ここで再度交渉にはいる。


「ダリルさん、この速度だと後10分ほどで魔獣がここにきますが、あなたたちの誠意が感じられなかったので、今回は助けないことにします。あなたたちが彼女たちにやったことですので、それで俺を非難することはないですよね?」


「俺たちを置いて逃げる気か? でも、俺たちも死にたくないので、悪いが無理にでも君たちについて行くぞ!」


 想定通りの言葉を言ってくれたので、ニヤッと笑って俺はここにいる全員に重力魔法の【レビテド】を放って地上5mほどの高さに浮かせて避難する。


 勿論その中には馬や捕えた盗賊たちも入っている。彼らは売り物だからね。地上に残したのはダリルさんのパーティーの7人だけだ。当然ダリルさんたちは唖然とした顔で上空にいる俺たちを見上げている。




「なんて奴じゃ……龍馬よ、其方最初からこういう計画じゃったのか?」

「「龍馬先輩……ちょっとこれは酷いです……黒いです……真っ黒です」」


「ん! 完璧! 流石龍馬!」


 雅以外は流石に引いちゃったみたいだ。


「なぁ、三月……龍馬ってやっぱ悪(ワル)だよな? これ、計画的だとしたら怖いな」

「彼女たちの様子からして、今回も計画的なんでしょうね。でも、お金は女性冒険者たちに全額あげるようですので、悪とは言えないですよね。黒いですけど……めっちゃ黒いですけど。俺、彼には今後も絶対逆らわないことにします。どんな酷い目に遭わされるか……恐ろしい」


 まったく酷い言われようだ。


「待ってくれ! 払う! 500万ジェニー払うから見捨てないでくれ!」

「言っておきますが、俺は別に脅迫しているのではないですよ? あくまで、彼女たちの死んだ仲間に対しての慰謝料的な交渉です……」


「龍馬はああ言ってるけど、三月はどう思う?」

「この状況で、脅迫じゃないって言い切るところが凄いですよね。あくまで交渉って言われてもねぇ……死ぬか、お金を払うかの2択ですし」 


「先輩たち五月蠅いです!」


「「「お金は払う! お願いだ! 俺たちも魔法で上にあげてくれ!」」」


「仕方がないですね……じゃあ、さっきの分に今回の救助分を更に100万ジェニー追加して―――」

「龍馬よ! いい加減にせぬと流石に妾は怒るぞ……」


 フィリア様がちょっとお怒りだ。他の娘もかなりドン引きしてるみたいだ……俺、白い目で見られてる?

 あれ、雅まで? 最後の値上げ交渉はちょいやり過ぎだったようだ。無理なく払えるようにって言ったしね。


「あはは、冗談だよ? でもリーダーのダリルさんは500万、その他は250万ね。アイアンクラスの冒険者が払えない額じゃないから、きっちり遺族に払ってもらうからね」


 俺とバグナーさんだけ一旦地上に戻って、さっそく借用書にサインしてもらう。返済期日は3日以内にしてあるので、この期日を守らなければ彼らも借金奴隷として売りに出されることになる。もし逃げたら俺がこの借用書を町の衛兵に提出した時点で指名手配犯となるそうだ。街に着いたら、速攻で冒険者ギルドに行って借りてもらおう。


 ダリルさんたちも【レビテト】の魔法を掛けて空中に避難させてあげる。交渉が上手くいったので、サービスで怪我は回復してあげた。




「三田村先輩と三月先輩は余計なことを言ったので、魔獣退治をやってもらいますね」

「「エッ? 俺たちだけで?」」


「ええ、オークよりちょい弱いですので楽勝でしょ。強さ的にはコボルド並みです。シールドも張らないので、そのつもりで倒してみてください。汚い配色の毛皮に価値はないそうですが、肉と魔石で1頭当たり8千ジェニーほどで売れるようですので、肉を傷めないように綺麗に倒してくださいね」



 全員が空中にいても、魔獣は増えるだけで減らないからね。誰かが倒す必要がある。2人の重力魔法を解除して、俺たちは上空で観戦することにした。

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