2-6-2 証拠品?勇気の一歩?

 途中休憩後、邪香のする娘のことを高畑先生に告げたのだが……。


「う~~~ん。小鳥遊君、あなたのところに行きたいって子たち凄く多いのよ? その子だけそっちに迎へ入れたらトラブルになるわよ? これまであなたたちは一切受け入れしなかったから問題にはなっていないけど、その子1人入れちゃったら一気に不平不満の声が上がるよ?」


 そりゃそうだな……困った。でもちみっこ二人のお願いだし、フィリアも構う相手がいると少しでも気が紛れると思うんだよな。ちょっと強引にいくか……。


 今回のせいで完全に捻くれてしまったら、俺が当分責任を持つ覚悟で弄り倒して様子を見よう。




 出発前に皆が集まっている場に行って、例の彼女を名指しで敢えて呼び出す。


「柳井恵! ちょっと来てくれ!」


 呼ばれた彼女はビクッとして緊張を高めて固まっている……返事すらしない。


「や・な・い・め・ぐ・み! お前だ! ちょっと来い!」


 指差しで呼ばれたのでビクビクしながらでも、流石に前に出てきた……でもまだ一言も喋らない。普通なら『なんですか?』とか『なに?』ぐらいは言うだろうに。


 ちょっとイラッとしたので、俺流にストレートにいくかな……俺は嫌われてしまうだろうから、あとのフォローはフィリアと美弥ちゃんに任せよう。


「皆、聞いてくれ! 今、彼女はどうやらこの中で一人孤立しているようだ! 理由は彼女が中等部1年の頃にあった学際費窃盗事件が原因のようだ」


 俺の発言で、あからさまに彼女から殺気と怨念めいた気配が俺に向けて放たれた。へ~、大した殺気だ……俺の横にいたハティが可愛い唸りをあげたので、宥めて沙希ちゃんに預けた。


「でもその窃盗に関していうと、彼女は冤罪だ。犯人は別にいる!」


 彼女は、え!? みたいな顔をしている。他の皆もそんな感じの顔した者がチラホラいる。どうやらその中に虐めに加担していた者の生き残りが数名いるようだ。


「あの! 私は中等部の1年の時、彼女と同じクラスでした。冤罪ってどういうことですか?」

「盗っていないのに盗ったと犯人扱いされたって意味だよ」


「『冤罪』の意味自体は知っています! 何故そういう話が今出るのかを聞いているのです! 4年も前の犯人が彼女じゃないって何で今頃判るのですか? おかしいでしょ!?」


「何もおかしくないよ? むしろこの世界だから分かるんだよ。何せ神が実在して恩恵を与えてくれる世界だからね。君のそのクラスでおかしい娘が一人いただろ? 皆が犯人扱いして無視してるのに、やたらとこの柳井さんに声掛けて気にしてた娘がいなかった?」


「えっ!? まさか堀口さん?」


 この意見には柳井さんも驚いている。何せ唯一彼女を庇って話しかけてくれた相手なのだ。


「言っておくが、その堀口由紀という娘も、お金を盗るつもりがあったわけじゃないんだ。文化祭での購入資金がクラス内に置きっぱなしになって誰もいなくなるとダメだろうと思って、気を利かせて自分が預かっておこうと持ち出したんだよ。彼女の担当が外でのタコ焼きの屋台の組み立て補助だったので、自分の班の用事が済んで教室に戻ると、お金が盗まれたと大事件になっていて、いま言うと自分が犯人になるんじゃないかと恐れて言えなくなったみたいなんだ。持ち出した時点で、教室にもう1人残っていた柳井さんか、班員の誰かに一言でも預かっていると言っておけば良かったことなのにね」


「でも、証拠はないのですよね?」

「証拠ときたか……あるんだよねそれが。これ彼女の机なんだけど……」


 そう言いながら、堀口さんの居た寮から持ち出していた机を、【インベントリ】から取り出す。


「何故そんな物を持っているのですか!?」

「この世界にはないスチール製の上質な机だからね。貴族相手に高額で売れないかと思って、学園を出る前に全て売れそうな物は持ち出しているよ。で、この鍵が掛かっている引き出しなんだけど……」



 強引に鍵を引き千切るように開けて、中から色あせた封筒を出す。【アンロック】を敢えて使わないで、鍵を無理やりこじ開けました! という演出をしたのだ。


「封筒の中身は、現金が7万2千円。学園祭での物資購入資金の一部だね。堀口さんもお金が欲しかったわけじゃなく、言い出せなかっただけなので、一切手付かずのまま柳井さんに申し訳ないと思いつつ捨てることもできずにお金を隠し持っていたんだね。証拠はこれで十分じゃない? 封筒にはちゃんと当時のクラスと生徒会の会計のハンコが押されているよ」


「どうしよう……私、柳井さんに色々酷いこと言っちゃった! 柳井さんごめんなさい! 今更謝っても取り返しがつかないけど、本当にごめんなさい!」


「ごめんの一言じゃ、俺だったら許さないだろうな。だってそのせいで4年近く散々酷い事を言われて孤立したわけでしょ? 4年の歳月をごめんの数秒で許せる筈ないじゃん! 当の堀口さんはオークに産床にされて、最後はキングに殴り殺されちゃってるから死人に罪は償えないのでもうどうしようもないけどね。あなたに聞くけど、それこそ当時柳井さんが犯人だって証拠はあったの? ただ最後まで教室にいたってだけなんでしょ? そんなことだけで犯人と決め付けて……」


 柳井さんのクラスメイトだという娘はワンワン泣きだした。他にも何人か泣いてる娘がいる。彼女たちも虐めに少しでも加担したくちかな?


 彼女を辛辣にいま俺が言って泣かしたのは意図してやったことだ。俺が皆の前で泣かすことで、少しでも柳井さんの溜飲を下げようとしているのだ。俺の知らないところで、後で仕返しとかされたら更に性根が腐ってしまう。だが、当の柳井さんはというと……泣きながら微笑んでいる。


「私が犯人じゃないって、やっと信じてもらえた……」

「なんだ、喋れるんじゃないか! だったらちゃんと返事しろよな! 返事しないのはこの口か~?」


 柳井さんのほっぺをムニュ~っと横に引っ張ってやった。


「いたいでしゅ……やめてくだしゃい……」

「という訳で、この娘はうちの料理部で預かることにする」


 皆がまた、えっ!? という顔をしている。勿論柳井さんもだ。


「ちょっと待ってください! 柳井さんは私の班に来てください! 許してもらえるように努力します!」

「でも、それは双方にとって苦痛にしかならないと思うんだけど……いじめっ子のあなたの自己満足につき合わされる柳井さんにとってはいい迷惑じゃないかな? うちは彼女に関係ない中等部主体だからね。年下ばかりなので彼女も変に気を使い過ぎなくて良いと思うよ」


「それは……」


「私、あなたのとこは嫌……さっきほっぺ引っ張ったから……もう苛められないのならどこでも良い」

「なんだと! 生意気言う口はこの口か~!」


 また引っ張ってやった!


「いたい……いたいでしゅ」

「じゃあ、彼女の班に入ってみるか?」


 少し顔を赤らめて柳井さんはウンと頷いた。どうやら彼女は、自分から一歩歩み寄ったようだ。念の為に中級魔法の【精神回復】を掛けておく。


「まぁ、本人が俺を嫌ってるようなので、そっちで面倒見てあげてください。この4年の虐めでちょっと捻くれちゃってて、さっきみたいに返事とかしないことがあるかもですが、皆も大目に見てあげてくださいね。そういう時はほっぺを引っ張って注意してあげてください」


「ほっぺは痛いのでもうイヤ!」

「イヤだったら、ちゃんと返事くらいするんだぞ。意思の疎通は大事なんだからな? 黙ってちゃ伝わらない。勿論一方的に疑って犯人に仕立てあげた当時のクラスメートたちが一番悪いけど、口下手で何も言えなかった柳井恵の責任もほんの少しはあるんだからな?」


「分かった……」



「じゃあ出発しましょうか! あと2時間ほど歩けば街道に出られますので頑張りましょう! 街道に出れば道がグッと良くなるので歩きやすくなるはずです!」


 その場を離れようとしたとき、ボソッとだが『ありがとう』と柳井さんがお礼を言った。振り返ってみたのだが、慌てるように逃げられてしまった。


 俺のグループには、フィリアが女神という秘密の問題もあったので、これで良かったと思う。


 料理部がいる先頭集団の下に行ったら、そのフィリアが話しかけてきた。


「其方、結局1人で解決してしまったのぅ……多分彼女はもう大丈夫じゃろ」

「そうだと良いけどね。上手く和解して仲良くなってくれるといいね」


「そうじゃの。じゃがまたさっきのことで因縁つける奴とかでぬかの?」




 何の事かと思っていたら、すぐに分かった。



「小鳥遊君、私の机とか持ってるのなら返してくれない?」


 数名の女子が俺の下にやってきて、こう言ってきたのだ。


「返すとはおかしいでしょ? あなたたちは学園に置き去りにして捨ててきたのでしょ? 俺はそれを拾ってきたのです」


「「「それは分かっています!」」」

「机の中には私の日記が入っているのです!」


「それじゃあ、あなたの日記だけは、読んだあと返しましょう」


 桜に殴られた……冗談なのに。


「価値にも気づかず放置してきておいて、お金になると分かった途端返せとか浅ましい!」

「「「うっ……」」」


「そもそもこの机は学園の備品であって、あなたたち個人の持ち物じゃないでしょ。 異世界に転移した時点で私物以外は回収した者に権利が発生します。まぁ、面倒なんで返してあげますよ……部屋番号は?」


 言ってきた娘たちの分は面倒だから返してあげた。価値も気づかないくせに、権利だけ事後に主張する奴ばかりで嫌になる。この娘たちの顔は覚えたので、今後何かあっても協力してあげない。


 だが何やらさっきの一件で嫁たちの眼差しが熱い!


 どうやら、彼女たちの目には柳井恵の一件は見事な大岡裁きに見えたようなのだ。ただナビーに教えてもらっただけとは言い出しにくい。堀口さんの気持ちもいまなら凄く分かるぞ! その場の雰囲気とは恐ろしい……ちょっとしたことでも雰囲気次第で真実が言えなくなるのだ。



  *  *  *



 それから2時間後に予定通り街道に到着する。ここで丁度昼食時間だ。

 柳井さんはどうやら高等部の1年ばかりの班に混ぜてもらったようで、何人かが泣きながら柳井さんに謝っているのが見えた。柳井さんには時折笑顔がこぼれている。


 柳井さんも何やら謝ってるようなのだが……どうも寮内で自分がやった器物破損や物隠しの件を自白しているようだ。半笑いで引き攣りながらも『去年私の下着隠したのあなたっだったの? もう! お気に入りだったのに!』とか聞こえてくるが、お互い様なのでこれでチャラにしてくれと柳井さんは謝っているようだ。


 後でバレてまた不仲になるより、いま言った方が良いと判断したようだな。


『ナビー、皆の反応は本当のところはどうなんだ?』

『……そうですね。多分もう彼女は大丈夫じゃないでしょうか。念のためにあと数日【精神回復】をそれとなく施してあげてください。良い効果がでるでしょう』


 どうやら、俺のスキルの影響もあるようだ。心に余裕があるから、今のように自分から歩み寄れるようなのだ。なら、暫くは魔法の補助効果を与えてやらないとな。




 昼食を食べた後に街を目指して街道を西に進む。2時間ほどで危険な森の入り口付近に到着した。


 どうしようかな?


 この森は一気に抜けたい……今日はここまでにして明日の朝出発の方が良いかもしれない。



「高畑先生、今日はここまでにしませんか? 明日の朝一気に抜けた方が良いような気がします」


 リーダー会議でやはり朝にしようという結論になり、少し早いが街道脇の開けた場所に野営することにした。


『……マスター、進まないのであれば、空いた時間に蜂蜜を取りに行かれてはどうでしょう? 少し森の中に入った場所に、ハニービーの巣があります。冬はあまり活動しないで、巣穴に籠って夏に集めた蜜で過ごす習性があり、この時期は蜜も沢山入っています。何より個体数が夏場より減っていて狩りやすいですよ?』


『そうなんだ? じゃあ狩って行こうかな』

『……大きさは1匹のサイズが10cmほどあり、お尻から毒針を射出します。即死性の毒ではないのですがかなりの猛毒ですので気を付けてください。アナフィラキシーショックもありますので、以前蜂に刺されたことが在る方も注意がいります』


『巣には何匹ぐらいいるんだ?』

『……この個体は、日本ミツバチに近い個体でして、大体15000匹ほどいますね』


『それヤバくない?』

『……シールドがなければ無理かもしれないですが、例の禁呪を速攻で使えば大丈夫でしょう』



 ヤバそうなので、精鋭部隊で行くことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る