1-1-23 許嫁?野球部壊滅?

 許嫁ってどこの貴族か戦国大名だって突っ込みたかったが、黙って聞いていたらマジものらしい。


「桜の実家ってあの城崎グループなのよ」

「あのってあのですか?」


 どうやらテレビでもよく出ているIT関連でのし上がったあの人が父親らしい。

 テレビをあまり見ない俺でも知っている、長者番付上位の有名人だ。


「それで今時許嫁ってどういう経緯なのですか?」


 菜奈が一番この話に食いついている。

 菜奈が何を考えているのか分かってしまったが、俺も気になるので黙って聞いていた。


「もういいでしょ!」

「でも桜、今更ここで話を止めたらみんな気になるでしょ?」


 茜の発言に一同で頷き返す。


「ほらね。みんな聞きたがってるからちょっとだけね」


 桜はもう! という風な顔をしているが、渋々了承したようでそれ以上何も言わない。

 それを確認した茜が語りだした。


「桜んちは姉が一人いるんだけど、お姉さんは去年親同士が仲の良かった企業の御曹司と婚約したわ。高校の頃から付き合っていたそうだけど、お姉さんは後1年で大学を卒業するのでその後結婚するそうよ。でも姉の方は両者とも好き合ってるから良いんだよね。問題は桜の方。お姉さんの婚約によって相手側の企業の手を借り、市場への流通経路を確保できて会社はここ4年でさらに大きくなったそうよ。会社は大きくなったけど城崎家は一代での成り上がり者、古くからの老舗のVIPたちにお父さんはかなり苦労しているそうなの」


「ああ、何となく読めました。長者番付けの上位陣に名前が載るようになった城崎先輩の家は、今度は名家との繋がりを求めたのですね? お姉さんは他家へ嫁ぐので、桜先輩に白羽の矢が立ったってことですか?」


「菜奈ちゃんの言うとおりよ。桜のお相手は公家の血筋にあたる方だそうで、血筋は良いけどお金が底をついたVIP界では顔の広い親を持つ貧坊ちゃまと言ったら分かり易いかしら」


「桜先輩はそれで了承したのですか?」

「納得はしてないけど、当時中学生の私にはどうしようもないでしょ? 相手の顔も夏休みに入って実家に帰ってやっと写真で確認できた状態なのよ。直接はまだ会ったことも話したこともないわ」


「納得はしてないけど、了承したんですね」

「どんどん話を進められちゃって……どうしようもないじゃない」


 桜の『どうしようもない』の一言で、一気に俺の中の恋愛感情が冷めていくのが分かった。体はまだ穢れていないだろうが、心は差し出したと同じだ。俺の桜の位置づけは『どうしようもない』の一言で親の決めた好きでもない、会ったこともない男と結婚できる女。俺の理解の及ばない思考をしている存在だ。恋愛で係わるときっと後悔する。


「桜と茜、それに調理してくれたみんな、マジで美味しかったよ。ちょっと適当に放り込んでいる【亜空間倉庫】の整理をしたいから、俺は先に上がってるね。ごちそうさまでした」


 話の途中のようだが、興味をなくした俺にはどうでもいいことだ。桜に凄く惹かれかかっていた俺としてはちょっと距離を取っておきたい。下手に惚れてしまうと、思想の違う桜とはぎくしゃくするのは目に見えている。




 俺は茶道室で【インベントリ】を整理するのに、どう自動化すれば見やすく使いやすく整理できるか試行中だ。

 下で菜奈が一人はっちゃけているとも知らずに―――



  *  *  *



「茜先輩ナイスです! ばっちりです! ナイスアシストでした!」

「菜奈ちゃん、何を言っているの?」


「ふふ、危うく桜先輩に兄様を奪われるとこでしたが、今の話でほぼ兄様の恋愛感情がなくなりました!」


「どういうことかしら? こちらの世界に来た今となってはそれほど深刻な話じゃないわよね? 先方とお付き合いしてたわけでもないのだし」


「茜先輩は知らないでしょうけど、兄様はヒロイン攻略ゲームとかでも、無理やり親同士が結婚させようとした許嫁とかは必死で攻略しますが、一度でも『仕方ない』、『どうしようもない』とヒロインが言った瞬間にそのヒロインの攻略を止めてしまうのです」


「え? どうして? 助けてあげないの?」


「以前どうしてか聞いたのですが、兄様の思考はこうです。『助ける? なんで? もう彼女の心は結婚する気じゃん。一度でも他に気を許した女を俺は好きにはなれないね。そんな女信用できないだろ? いろいろ自分に都合のいいように言い訳や理由付けして浮気されたらたまったものじゃない』だそうです。なので兄様的に桜先輩はもうないでしょう。後は菜奈の妹属性が被っている雅ちゃん、沙織ちゃん、未来も要注意かな。美弥ちゃん先生もチョット怪しい……」


「あの、菜奈先輩? オークに穢されて汚れた私でも可能性ありなんですか?」


「兄様の感覚では穢されたという考えは全くないよ。同情はしてるでしょうけど、自分から気を許していないかぎりは何十人にレイプされた後でも変わらず愛してくれるはずだよ。兄様も事故や災害に遭ったと思って忘れろって言ってたでしょ? 兄様からすれば、意図せず被害に遭ってしまう突発事故とか天災扱いなのでしょう。でもダメですからね! 兄様は菜奈のです。盗っちゃダメですよ? 沙織ちゃんは菜奈的に要注意です!」


「先生25歳だけど龍馬君的にありなのかな?」

「美弥ちゃん先生も危険です! だいいち先生は25歳に見えないし、兄様の庇護欲とか嗜虐性を刺激するようで、やたら先生のこと見ています」


「ん、私は? ある? あるよね?」

「雅ちゃんは、恋愛感情は今はないみたいだけど、将来的にかなり危険なんだよね。未来も盗っちゃダメだからね!」


「私、桜に悪いことしちゃったのかな?」

「茜先輩、早いか遅いかの違いです。もし兄様が桜先輩と万が一付き合い始めた後に婚約のことを知ってしまっていたら、兄様は随分悩むことになったでしょう。先に知れたのは幸いでした」


「でも随分龍馬君も器が小さいのね? 実際付き合っていたわけでもないのに……別にいいんじゃないかと思うんだけど」


「兄様は基本人を信用しません。それは弁護士の恭子さんの影響を幼少の頃より受けているせいなのですが、一度信用してしまえばとことん尽くすタイプです。茜先輩からすれば器は小さいと感じるかもしれませんが、兄様は思考がちょっと歪んでるだけだと思います」


「菜奈ちゃんはどうしてそんなにあせってお兄さんとくっつきたがるのかな? まだ中学生なんだし、先生まだ慌てなくていいと思うんだけどな~」


「そんな考えだから美弥ちゃん先生は行き遅れているのです! この世界にはエルフがいるのですよ! 猫耳娘も犬耳娘もリアルバニーちゃんもいるかもしれないのです! ここでは16歳で成人だそうです。そんな強敵が一杯いる世界で呑気にしていたら兄様はすぐ盗られちゃいます!」


「ん! 猫耳ヤバい! 私を優しく撫でるあの手つき……龍馬は間違いなくモフラー! エルフも危険!」


「あの? 雅ちゃん、モフラーって何かな?」

「ん、モフモフしたものを見たら、モフらないと生きていけない変な人たち」


  *  *  *


 菜奈が下ではっちゃけてるとも知らずに一生懸命試行錯誤を重ね、【インベントリ】の仕様をパソコンのフォルダのようなツリー形式にした。【武器】→【剣】→【片手剣】→【ショートソード】こんな感じでクリックして下に行くほど細分化されていく。


 新たな魔法も増やしておく。


 【魔法創造】

 1、【コネクション】

 2、・パーティー加入中の者のステータスに同意が得られればラインを繋ぐことができる

   ・コネクションしてる間は【カスタマイズ】が適用される

   ・ストック中のHP・MP・SP・APを贈与できる

   ・【スキルコピー】で複製したスキルを分与できる

 3、イメージ

 4、【魔法創造】発動



 【魔法創造】

 1、【スキルコピー】

 2、・パーティー加入中で【コネクション】で繋がっている者にスキルのコピーができる

   ・【コネクション】で繋がっている者の所持しているスキルをコピーして貰える

 3、イメージ

 4、【魔法創造】発動



『……マスター、【スキルコピー】ですが、少し制限があるようです』

『制限とはどういうものだ?』


『……上級スキルやレアスキルはコピー回数に制限数が設けてあるようです。あと、Lv3のスキルをコピーしてもLv1から開始ですね。コピーするのにもマスターの所有APを初級魔法では1、中級で5、上級では10消費するようです』


『APの消費は想定していたが、上級で10使うのは痛いな』


『……ですが現在所持しているものはすべて初級扱いですので消費は1ですね。超レアスキルとして【多重詠唱】【並列思考】は5人までしか複製できません。相手は慎重に選ぶ必要があります。回収もできますが相手が返還に同意を示すか、死亡しないことには回収できません』


『たった5人しか増やせないのか、慎重に選ばないといけないな』


『……私からすれば5人もですけどね。創主様は何を考えているのやら。それらは世界を滅ぼせるほどのスキルだと思います』


『確かにね……【メテオ】とか創って高威力の広範囲魔法100連とか撃ったら街なんてあっという間だよね』


『……うわー、なんて恐ろしいことを。お止め下さいね。本当に世界の終わりですからね。柳生美咲様出動案件になっちゃいますよ』


『意味なくそんな暴挙はしないよ。勇者の柳生先輩に討伐されたくないしね』 



 もう1つ創っておくか。


 【魔法創造】

 1、【エアーコンディショナー】

 2、・火属性・水属性・風属性・聖属性の応用スキル

   ・体の回りに薄い空気の膜を結界で被い、その結界内の温度・湿度調整ができる

   ・結界の膜の範囲は体表5mm~1mまでとする

   ・温度は16度から30度までとする

   ・結界内への物の出入りは干渉されない

   ・結界内への害虫指定された昆虫などの侵入を阻害できる

   ・結界内の紫外線も光の屈折を利用しカットできる

   ・結界内の空気は浄化魔法で常に正常な空気が保たれる

   ・温度調整はナビーの管理の下、自動・手動調整が可能

   ・発動時間は初期で12時間、以降は熟練度のレベルに比例する

   ・タイマー機能有り±12時間のON・OFF可能

   ・自分以外の相手にも発動可能、ただしナビーの自動温度管理不可

   ・スキル発動した相手も【エアコン】と唱えれば自己で温度調整が可能

 3、思ったより応用力がいるので強くイメージ………………!!

 4、【魔法創造】発動



 さっそく発動。


 あふぅ……温かい、これは良いものだ。夏は涼しく冬はほっこりだ。




 50分ほどで食事を済ませ、後片付けも終えて全員上がってきたのだが、ここでオークたちに動きがあった。



「ちょっと聞いてくれ! オークの集団が山を下ってきている! 多すぎて正確な数は分からないが200体はいそうだ! 食堂のオークジェネラルがやられたのが伝わって攻めてきたのかもしれない」


「それで、私たちはどうするの?」


「俺を抜いたA班と美弥ちゃん綾ちゃんでとりあえずPTを組んで待機かな。俺はB班の山下美加・中森優・大谷薫・間宮沙織、C班の竹中茜・有沢みどりの7人でPTを組んで様子見かな。流石に上位種も混じった200体は相手にできないからここで待機だ。こっちに来るようなら階段で俺とA班で応戦する。武器はさっき手に入れた杖2本を菜奈と未来ちゃんが所持、他の皆も鉄製から鋼の物に交換する。C班の者も一応武器は所持すること。俺たちが抜かれた場合に各自で対処してくれ。距離を取れる槍を持つと良いだろう」



「龍馬先輩! 男子寮が襲撃されているそうです! 友人からコールが来ました!」

「こっちも来ました! 高畑先生からです! 女子寮も襲われているようです!」

「野球部からも連絡です! あ! 扉が壊されて中に来たそうです! あ! あ! どうしよう!」


「落ち着いて中森さん! どういう状況か説明できる?」

「ハンズフリーにします!」


 ステータス画面でもある【クリスタルプレート】から聞こえてくるのは女の子の悲鳴だけだ。

 男たちは既に殺されたのだろう。


「もういい、切ってくれ。どうやら野球部はもう壊滅したようだ。流石にこの数を相手に俺一人で助けには行けないし、A班で女の子一人救出に行ってる間にここが襲われたらシャレにならない。彼女には再三忠告はしたはずだ。悪いが状況が落ち着くまではここから離れられない。と言ってる間にこっちにも来たようだ。俺のPTは廊下で待機、俺とA班で3階階段上で応戦だ! 行くぞ!」


 本当は俺もA班に入って一緒に戦闘した方が、A班のステータスが見れるので都合がいいのだけど、俺が戦ってB班に経験値だけ均等配分で与えるつもりなので、今回は安全域にレベルが上がるまでは踊り場で待機させることにしたのだ。


 各種バフを【無詠唱】で全員に施す。今回は桜にも【マジックシールド】を掛けておく。

 数が多いので何が起こるか分からないからだ。


「【ライト】これで視覚は確保できるが相手も松明を持ってるみたいだ。炎の明かりがちらついている。火事には注意してくれ! こっちに来たのはゴブリン混合部隊約20体だ。上位種はいないようなので、冷静に対応すれば無傷で倒せるはずだが、数が減ったら仲間を呼ぶと思うから順次撃破する。MPはなるべく上位種が来るまで温存するように! 来たぞ!」 


 今回も菜奈の魔法で開戦の合図になったが、これは注意だ。


「菜奈、雑魚のオークに魔法は使うんじゃない。上位種用に温存しておけって言っただろ」

「分かりました!」


「菜奈は近接になった場合を想定してこのショートソードを練習するんだ。未来ちゃんは杖殴りだ」




 B班の面々も、このオークの集団を捌き切った間に4回レベルが上がっている。

 階段には50体ほどのオークやゴブリンの死体が積み重なって、バリケードのようになってきた。


 MAPで確認すると、まばらに人のいるところを襲っているようだが、野球部以外は凌ぎ切ったみたいだ。


「俺のPTで、まだ生きてる野球部のマネージャーを救出に行ってくる。竹中茜・有沢みどりの2名はC班なので桜と菜奈に交代する。B班の子はそれでいいか? 少し戦闘をしてもらうがいけるか?」


「はい、A班の戦闘は見ていましたのでやれます!」


 皆、顔は引き攣っているがやってみると意気込んでいる。


「無理はしなくていいからね。シールドで防御はしてあるからダメージが入ることはないが、殴られるとそれなりに痛いので覚悟はしておくように。残りの者は残党が来てもいいようにここで待機して防衛だ。雅、任せたぞ!」


「ん! 任された! 気を付けてね!」

「うん。行ってくる!」


 野球部の娘を救出するために、部室棟のある方に駆けるのであった。

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