1-1-20 桃缶?ガスボンベ?

 厨房に行ったのだが、大きな調理台に並べられていた本日の夕飯に出されていたであろう食材はオークどもに食い荒らされていた。


「くそっ勿体ない! これだけあれば当分食いつなげられたのに!」

「仕方がないわよ。目の前に美味しい料理があって、あの豚が食べないわけないわ」


「そうだろうけど、クソッ」

「ん、クソクソ言わない。龍馬、冷凍庫の中身が無事」


「本当か! どれどれ? お手柄だ雅、牛肉が一杯だ。鶏肉もあるな。これだけあれば当分は食いつなげられる」


「こっちには野菜が一杯あるわ! レタス、玉ねぎ、ジャガイモ、人参、キャベツ、ホウレンソウ、アスパラガスにブロッコリーまであるわよ! 凄い量よ!」


 元料理部部長の桜がちょっと興奮気味に食材が手に入ったと報告をしてくれた。


「調味料も探してみてくれ、砂糖・塩・胡椒・出汁の素・味噌・醤油はあるだけ確保だ。あればカレールウとかもほしいな。ソースやマヨネーズ類もほしい」


「そうね、カレーはキャンプの定番メニューだよね。勿論調味料は全部確保よ」


「ん、龍馬、奥の食材置き場にフルーツ缶が一杯あった。お米も一杯」


「そうか、雅はここで菜奈たちとアルバイトをしてたから色々詳しいんだね」

「ん、月に6万ぐらい稼いでた。菜奈先輩よりは多くシフトに入ってる」


「雅は偉いな。働き者の良いお嫁さんになれるな」

「ん! 龍馬と結婚する!」


「あはは、25歳になっても貰い手がなかったら俺が貰ってやるから、ゆっくり良い男を探せばいい」


「あんたたちこの状況でなに婚約の約束してるのよ! 信じらんない!」


「それより雅、卵はないのか?」

「ん、卵はこっち。明日の朝は目玉焼きか卵焼きのどっちかだったから一杯仕入れてある」


「すげー! 何パックあるんだこれ? 当分は持つな、バナナもあるし、牛乳とかがあったらジュースが作れるのにな」


「ん、牛乳はあまりない。調理に使う3パックだけ。明後日なら一杯紙パックのやつを仕入れてたのに残念」


「紙パックならそこの自販機に一杯あるじゃん。自販機壊して回収しとこうか」

「ん、自販機の鍵は厨房の事務所にある。補填はバイトの仕事だから私ができる」


「マジで雅、大活躍だな。桜って結構使えないね……ぼそっ」

「なに口でわざとらしく『ぼそっ』っとか言ってるのよ。泣くわよ」


「ウソ! 見たい! 桜の泣くとこちょっと見たい!」

「嘘でしょ! 信じられない! 変態! 鬼畜!」


 俺もそうだが、皆テンションが高い……人助けができたこと、戦闘で生き物を殺した興奮と、食材が一杯手に入ったことで浮かれてしまっているのだ。


「冗談はさておき、二人に重大な秘密を言うけど絶対外部に漏らさないでね」

「急に真面目になってなによ?」


「俺の【亜空間倉庫】は特別仕様で、重量無制限に何でも入る。しかも時間停止機能付き。この意味が二人なら分かるね?」


「ん! 分かるけど、どうして龍馬だけ特別?」

「皆のは違うってこと? もしそうなら大変なことよね」


「普通に獲得した【亜空間倉庫】スキルは熟練レベルで容量は増えるけど、時間停止機能の付いたやつは最上級に位置していて、本来なら獲得できないんだ。俺はちょっとズルして獲得しちゃってるけど、皆には秘密にしておいてほしい。菜奈には教えるけど、他は雅と桜だけでそれ以上は今は教える気はない」


「どうして他のみんなには教えないのかな?」

「さっきの雅のように、どうして? なんで? と聞かれても教えられないからだ」


「じゃあ、私たちにはどうして教えてくれたの?」

「ここで俺がやたらと一杯入れてるのを見て、それが普通だと思っていたのに、いざ自分たちが獲得したときに皆の前で何で? どうして? とか言って暴露されたら困るから」


「なるほどね、あくまで秘密にしたいわけだ」


「今日の戦闘時の桜はパッとしなかったけど、元料理部部長として料理の方では活躍してもらえると期待しているんだ」


「ん、凄く美味しい! 変人の極み!」

「プッ、変人の極みか……確かに普通の人だと普通の料理しかできないよな。調理道具とかも二人で纏めておいてもらえるか? 俺はちょっとこの裏に行ってくる」


「裏で何するの?」


「ある意味で幸運なことに、山間部なので都市ガスじゃなくてプロパンガスだ。使い手がいないんだ。先を見越してガスボンベをもらってくる。爆弾代わりにもできるしね。『ジョーズ』で、警官が酸素爆弾で最後倒してたの思い出した……」


「まぁ! よく考え付くわね。自販機のことといい、人の数手先を見極められるのは本当に凄いと思う」

「ん、喉が渇いてから気付くのが普通。でもその時には先に龍馬がかっさらった後! クククッ」


「弱肉強食の世界なんだから早い者勝ちだよ。本来権利自体は学園のモノだろうけど経営者自体がここにはいない。先に手に入れたからって罰する規則も法律もない。生死が掛かってるんだ。生きるために知恵を出して足掻かないとね。という訳で俺はガスボンベを取ってくるので、桜たちはできるだけ沢山調理関係の物を確保しておいてね。要らないようなものでもとりあえずキープで、本当に要らない物は後で捨てればいいから」



 裏に回るとコンクリートでできた小屋があった。

 その中に一番大きいサイズのボンベが6本据え置かれていた。元栓を回して閉め、ホースを抜いてインベントリに確保する。


 厨房に戻り、高火力のコンロと長いガスホースも【クリーン】で浄化してから3セット確保した。

 雅は自販機の鍵を持ってきていたが、今は取出しはやらない。


「雅、助けた人たちの前で取り出すと、後で寄こせとか言い出す奴が必ず現れる。何もしてないくせに権利だけ主張する奴らだ。トラブルを避けたいので助けた娘たちを送った後に余裕があったら来ようと思う。まずは着替えと布団が今回のメインだからね。嗜好品は最後だ」


「ん、分かった。でも牛乳だけは必ず欲しい。料理には必ずいる」

「了解だ。できるだけ早めに来よう。後で夜中に雅と二人だけで来てもいいしな」


「ん、夜デート! そうする!」

「馬鹿だな~、死体がゴロゴロしてるのにキモいだけだよ。正直ホラーだぞ?」


「ん! やっぱり怖いから夜中はヤダ!」

「だろ? 俺も嫌だよ。桜に行かせようかな?」


「私も絶対嫌だからね! 泣くわよ!」

「泣くの? 見たい!」


「もうそのネタはいいわ……」

「ごめん……桜、確保した食材で、俺たちだけだとどれくらい持ちそうだ?」


「腐らないって条件で半年は余裕ね」


「そんなにあるのか? う~ん……じゃあ、売店は無視していいか。足らないようなら高カロリーなお菓子とかチョコレート類もと思ったけど」


「ん! お菓子はいる!」

「龍馬君! お菓子はあった方がいいよ! 甘い物は脳の活性化にいいし、ストレス発散にもなるのよ!」


 二人とも必死だ……お菓子そんなに欲しいのかな?

 俺もたまにポテチは食べたくなるけど、そこまで?



「兄様。ある程度の治療は終えましたが、毛布か何かあげてください。寒いと震えています」

「そうだった、皆、裸だったな。ちょっと見に行こうかな……スタイルの良い可愛い子もいたよな」


「もう! 可哀想でしょ! みんな何時間も死ぬほど辛い目に遭っていたのですよ! 兄様、不謹慎です!」


「冗談でも今は言っちゃいけなかったね……」

「でも高等部の3年生が兄様に来てほしいそうです」


「なんでだ?」

「聞きたいことがあるそうです」



 仕方ないので菜奈と一緒に食堂に向かった。


 すぐに毛布を出してあげたのだが、どうしても目が行ってしまう。男というものはつくづくどうしようもない生き物だ。我ながら呆れてしまうが、本能に忠実に生きると決めたのだ。見たいものは見たいのだから目は逸らさないぞ!


「先輩は何を聞きたいのかな?」

「リーダーがいるって聞いたから。まず助けてくれてありがとう。凄い怪我をしてて、もう絶対死ぬと思っていたから助かったことが不思議だけど、魔法があるなら納得ね。聞きたいのは、あの化け物たちの子供を妊娠する可能性があるって聞いたのだけど事実なの?」


「ええ、そうらしいですね。でも避妊法があるようなので、それで妊娠は回避できるそうです」

「それは有難いけど……君はどうしてそんなことを知っているのかな?」


「魔獣を1体倒してレベルアップすると、初回だけ神の部屋に行けて、そこでいろんな情報やスキルを得ることができるのです」


「なるほど……そこで得た情報なのね? そこで得たその情報は信じて良いのかな?」

「神が用意したとされるその部屋の情報を現状では信じるしかないですね。別に無理に信じなくても良いですが、そういうのはあなた次第です。それと説明は受けたと思いますが、あなたたちを受け入れてくれる場所は2カ所だけです。どっちか選択してくれればそこまで護衛していきますが、どっちも危険があるということは理解しておいてください」


「どういう危険があるの?」


「あなたたちを襲うのはオークだけじゃないってことですよ。そんな恰好で思春期真っ盛りの男子の下に行くのです。できるだけ刺激しないように気を付けてください。どの被災地や災害の避難所でもレイプやセクハラ行為はあるそうです。注意するにこしたことはないでしょう?」


「あなたたちはどっちに所属しているの?」

「どっちでもないですね。でもうちは食料の関係で受け入れできません。体育館と職員棟には災害用の保存食が大量にあるので飢えることはないですが、さっきも言ったとおり別の危険性があります。性犯罪が絶対起こるとは言えませんが、危険が少しでもある場所に妹を行かせたくないので違う場所に隠れています。申し訳ないですがどちらかに行ってください。また奴らが来ると思いますので、悠長に話してられません。質問なども向こうで誰かに聞いてください。はっきり言ってこの場所は美味しい匂いが充満してるので学園でも一番危険な場所です」


「分かりました。あなたたちの所に行きたかったけどダメなのね?」

「はい、受け入れるとあっという間に俺たちまで飢えてしまいますのですみません。女子寮に女子だけのグループもありますが、そこも食料事情で同じように受け入れできないそうです」


「でもそれだとじり貧でいずれは飢えるのじゃないかしら?」

「それまでには強くなって、俺たちは学園を出てどこか村や町を探すつもりです」


「どこかに町があるのね?」

「すいませんがここはマジで危険なので向こうで誰かに聞いてください。あなたもオークにまた犯されたくないでしょ?」


「ごめんなさい! こっち側が教員棟、こっち側が体育館組に別れてるので誘導お願いね」


 襲われた娘には酷だが『オークがまた来るぞ』は、やはり効果抜群だな。


「雅と桜と綾ちゃんと未来ちゃんで教員棟に誘導してくれるかな。そっち側にはオークの気配はないので大丈夫だ。体育館方面はちらほらうろついてるので俺が連れていく。入口まで送ったら、なるべく会話せずに戻ってくるんだ。『お前たちも残れ』とか教師面して強引に命令してくる可能性もあるから注意するんだよ。雅、最悪しつこいようなら殴っていい」


「ん、でも教師殴ったら後々面倒そう」

「その時は俺が全部対処するから任せておけ」


「ん、分かった」


「じゃあ、誘導が終えたら、一旦ここに戻るように。いいね?」


「龍馬君ありがとう。私があっち側だと、多分面倒な事になっていたと思う。配慮してくれたのでしょ?」


「美弥ちゃん先生は可愛いですからね。エロ教師は絶対権力を振りかざして引き止めるでしょうし、教師としての立場を突いてこられたら面倒でしょ? 会わせないのが一番です。それに今更こんな状況で教師も何もないでしょ? 給料が出るわけでもないですし、学園の金庫から日本の紙幣をもらっても、この世界ではただの紙屑です。だから今後は学園の役職は無視して自己判断で行動するべきです」


「そ、そうよね……うん、そうするわ」


 15分後、無事に全員揃ったのだが、やはり教員棟で一悶着あったようだ。


「彼女たち大丈夫かしら。凄く心配だわ……あの教師たちイヤらしい目で舐め回すように見てたよね」

「ん、龍馬の100倍イヤらしい目で見てた! 視線だけで妊娠しそう!」


「龍馬君、うちで受け入れちゃダメなの? 食料は確保できたし大丈夫じゃない? 彼女たち裸だから凄いヤバいよ?」


「食料事情だけじゃないって話はもうしたじゃないか。まだ今いる部員のレベルも確保できてないんだよ? 誰が彼女たちのレベル上げをするんだ? オークもそれ程たくさん狩れるものでもないし。いずれはここを出ないといけないよ。その時になって困るのが分かっていて人を増やしたいのであれば、桜が女子寮でも1棟確保して面倒見てやれよ。その気があるなら今持ってる食料を1/3あげてもいいぞ」


「1/3とか具体的な数字は止めて! 私じゃ無理です! ごめんなさい! 戦闘が下手だったから、私を厄介払いしようとしてないわよね? してないよね?」


「厄介払いとかしないって。可哀想だけど教師陣の理性を信じるしかないよ。女教師もいるからストッパーになれば良いけどね」




 とりあえず布団と着替えの確保だ。

 部屋番号が記載されたメモを見ながら皆の部屋を回り、布団を【インベントリ】に収納した。

 意外と女子寮は荒らされておらず、死体もなかった。おそらく外に逃げてから捕まったり、殺されたりしたのだろう。


「ここが桜の部屋か? ちょっと失礼して……」

「あんた何やってんのよ! ちょっとマジ止めて!」


 俺は桜のベッドにルパンダイブして、布団の中に潜り込んでクンクン匂いを嗅ぎまわったのだ。

 あ~幸せだ! 個人香の付く前の桜の素の匂いはこれが最後だ。


「個人香の付く前の桜の素の匂いはこれが最後だからな! 絶対やっておきたかったんだ!」

「信じられない! 犬じゃないんだからクンクンしないでよ!」


「【嗅覚強化】で今の俺の嗅覚は犬並みだ! ハハハ、実にいい匂いだったぞ! じゃあ、布団は回収していくな。桜のはベッドごと入れとくかな」


「犬並みって……それになんで私の教科書やノートや筆記用具まで入れてるのよ」

「この世界にはない物だから、数学の教科書とかきっと高く売れるぞ?」


「確かにそうかも……でも文明をいじっていいのかな? 急激な知的進化は良くないよね?」

「そうかもしれないが、俺たちを受け入れた時点でもうダメだろ。尻拭いは神が考えればいい。自分たちが快適に過ごせるように考えて、好きなようにすれば良いと思う」


「それもそうね」

「で、早く桜のパンツ寄こせ! どこだ? ここか?」


「もう! でてってよ! 変態!」

「桜、相部屋の人はどうだった?」


「エッ? あ、うん……タブレットで名前検索してみたけどダメだった」

「そうか……まだ死亡が確定したわけじゃないけど、嫌じゃなければ下着類は貰っておくといい。こちらの布製品は、縫製技術があまり発達していなくて良い物ではないらしいからね。知らない人のを貰って使うより良いでしょ?」


「龍馬君、わざと変なこと言って私の気を紛らわそうとしてくれたんだね。でも大丈夫よ。ここに来る前に覚悟はしていたから」


「そうか、ならいい。リュックタイプの物をできるだけ沢山探しておいてくれ。俺は他の子の布団を回収してくる。シャンプーなどの洗剤類もあるだけ回収だ。でも化粧品類は確保はOKだけど使用は禁止だ。匂いがきつすぎる。魔獣ホイホイになっちゃうので、使用禁止ね」



 桜のノートパソコンやプリンターもキープし、隣の子の寝具や教材も全て確保した。

 発電機があるから電化製品も使えないことはないのだ。


 皆の布団を回収し終えた俺は男子寮の自室に向かった。

 部屋の物は全部まるごと【インベントリ】に放り込んだ。この場所に俺の所持品を一切残したくなかったのだ。


 女子寮と違い、男子寮は酷い惨状だった。

 至る所に死体が転がり、血が廊下や壁に飛び散っているのだ。血の匂いにむせびながらも一部屋ずつ回って、大きめのリュックと未使用の袋に入ったままのタオルやバスタオル、トランクスなんかを片っ端からキープしていった。念のため使用済みのタオル製品も程度の良い物は確保しておく。


 【リストア】を使えば時間を戻して新品状態にできるのだが、それでも他人が一度使った下着は使用したくない。気分的なものだが、やっぱ下着は流石にね……。


 何かの役に立つかもしれないので、隠しカメラも外して持っていく。


 布団類は【クリーン】を掛けて根こそぎ頂いた。質のいい寝具はこの世界でも高額で売れるだろう。

 鏡や洗剤類も高く売れそうだが、自分たちで消費するだろうから売るのはなしかな。


 各寮にある風呂場の資材倉庫に、大量に業務用のシャンプーやリンス、液体のボディーソープが保管されていたのでこれも全部頂いた。正直あまり良い質のモノじゃないので、俺は学園に来た初日の最初の1回しか使っていない。あまりにも翌朝髪がバサついたので、その日に購買でいつも使ってたモノがあったので即購入したほどだ。


 でも、この世界のモノよりは多分遥かに良いモノだろうから、全部確保しておく。



 さて、粗方収めたので皆と合流しますかね。

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