1-1-7 目の前の死?料理部顧問?

 3階の階段に差し掛かった頃、俺のMAP上の魔獣を表す赤い光点が動き出した。


『……マスター、どうやら間に合わなかったようです。一人撲殺されました』

『え!? どういうことだ? 女は大事にされ、産床にするんじゃないのか?』


『……殺されたのは先に出て行った女の子の方なのですが、何か病気を患っていたのではないでしょうか。子供を産ませるのに不適合とされ、散々おもちゃのように痛めつけられ殺されたようです』


『そうか、オークの中には匂いで病気を持っていたらある程度判定できる個体もいるんだったな?』

『……そのとおりです。どうされますか?』


 どうすると言われても、もう一人いるんだから知らん顔はできないよ。


「菜奈、一人間に合わなかった。殺した奴がトイレから出てくるからこの階におびき出すぞ。踊り場に来たら雷を頼む。一発だけでいいからな。後はMPを温存しろ、いいな?」


 死んだと聞かされて動揺したようだが、頷いて返事は返してきた。頑張れ菜奈、今が踏ん張りどころだぞ。


 わざと音を出して廊下の角の死角に隠れ、奴が踊り場に上がってくるのを待った。

 俺が左の角の死角に、菜奈は右の廊下の角に潜む。


 オークが踊り場に上がってきて、菜奈と目が合った瞬間に菜奈の雷魔法が発動! 見事にオークが筋硬直している。菜奈の方を向いたため俺の方からは背後を取った形になった。そのまま心臓のある辺りに後ろから剣を突き入れ、横にえぐるように捻った。よし一撃で倒せた!


「菜奈このままトイレに向かう。もう一人はまだ生きているからすぐに助けるぞ。オークが出てきたら、また雷を頼むな」


「ハイ、兄様」


 トイレの中にそっと入ったのだが、悲鳴もなければ泣き声も聞こえない。もう手遅れだったのか?

 だが、オークは全裸でぐったりなった美少女に乗っかり、フゴフゴ言いながら腰を振っている。

 辺りは人とは違う強い精液の匂いと獣臭が立ち込めていた。吐きそうになったが気付かれたら計画が狂ってしまう。


 後ろから渾身の力を入れて奴の首を薙いだ。手入れをしてない錆の混じった剣だ。切断には至らなかったが骨も断ち切り8割ほどが切れていた。ビクンと何度か痙攣をし、大量の血を噴水のようにまき散らして息絶えた。


 当然女の子にもシャワーのように大量にかかったが仕方ない。血の雨を浴びた少女はうっすらと目を開いた。

 どうやら気絶していたらしい……正直彼女が生きてて良かったのかは俺には分からない。

 菜奈の腕くらいある物が挿入されたまま、オークが彼女の上にのしかかり首がもげかかった状態で死んでいるのだ。


 俺は悲鳴をだしそうな彼女の口を押さえて、のしかかっているオークから引きずり出した。


「助けに来た、もう大丈夫だ。悲鳴や泣くのはダメだぞ、またオークが来て犯されるぞ」


 またオークが来ると脅したらぶるぶる震えて泣き出したが、声は必死で我慢していた。


「菜奈、この娘を倉庫に連れて行って介抱してあげてくれ」

「兄様はどうなさるのですか?」


「このまま1階の調理室の用具ロッカーに隠れてる人を連れてくる」

「分かりました。気を付けてくださいね」


「ああ、行ってくる。このバケツに水を入れてこのタオルで血を清拭してやってくれ。水だと冷たいだろうが仕方ない。火魔法はそんなことの為に今は使うなよ。MPに余裕が出てきてからだといいけど今は自分の命が優先だ、いいな?」


 バケツの水を火魔法で温めてお湯にすることが出来るのだが、そんなことはさせない。今はMPを温存する時だ。


 災害物資の保管場所から持ってきたバケツ2つに水を入れ、綺麗なタオルを10枚渡す。


「兄様は何でもお見通しなのですね?」

「菜奈の考えそうなことなら少しは分かる。他のことはさっぱりだけどな……他の奴らが来る前に行ってくる」


 やはり誰かが1階の調理室の用具ロッカーに潜んでいるようだ。

 良くここまで無事に来れたものだ。茶道部の奴か料理部の奴かな?


「そこのロッカーの奴、もう大丈夫だ出てきていいぞ。と言うより早く出てこい。オークが来る前に安全な場所に連れて行ってやる」


 俺の言葉を聞いた中の奴がそっと出てきたが、そいつを見て助けるべきか俺は迷った。


「あー悪い、人違いだった。そのまま隠れててくれ、じゃーな!」

「あ~! 待って! 待ってよ~! 見捨てないでよ~!」


 中から出てきたのは女教師――菜奈から聞いたことがある料理部の顧問だった。

 25歳だが、超童顔のちみっこ教師と高等部でも凄く人気の高い先生らしいのだが、俺は教師に対して疑心しかない。教師なんか俺のパーティーには入れたくない。


 さらに言うと、教師がいると年齢の高い教師がパ-ティーリーダーになる可能性が高い。まして彼女は料理部の顧問だ。当然俺より信頼されているだろう。


 俺は誰の下につくつもりはない。命令されたりいいように使われるのは真っ平ごめんだ。


 菜奈の話ではこの先生はとても優しくておっとりした感じの人だと聞いているが、見た感じからもそんなオーラが出ている。悪い事をしそうにないと言うよりできそうにない。


 はぁ~どうしたものかな……クソッ! 来るんじゃなかった。



「じーっと見て、見捨てようとか考えないでよ~。先生も安全な場所に連れて行ってください。ネ? ネ? ネ?」

「メリットがないので却下です。足手まといなうえに、食い扶持が増えます。俺の得になることはありますか? まったくないでしょう?」


「そうだけど、そうだけど……同じ学校の仲間じゃないですか! エグッ、ヒック、エグッ、うぇーん」


 ええ~っ!? 嘘だろ? この先生マジ泣きしている……参ったな。

 どう見ても25歳には見えない……身長は145cmぐらいしかないんじゃないか?

 菜奈もちみっこだけど、あいつは成長が遅いだけだしな。


「先生はここで何しているんですか?」

「ヒグッ、部活動で料理部の子たちとここで晩御飯を食べる予定だったの。グスンッ、地震が来て停電でちょっと来るのが遅くなっちゃったんだけど、来る途中でオークのようなモンスターに生徒が襲われていて助けに行こうと――だけど、男の子の首がポーンと転がってきて怖くて逃げてきちゃったの。ヒグッ……料理部のみんな殺されちゃったのかな……うえーん」


 泣きながら、興奮しているせいもあって説明が分かりにくいが、ぶっちゃけると生徒を見捨てて逃げてきたんだな。


「へー、先生は生徒を守る立場なのに、見捨てて自分だけ逃げてきたんですね? じゃあ、俺が先生を置いて行っても文句は言えないよね」


「ふぇーん、ごめんなさい! ごめんなさい! えぐっ、ひぐっ」


 なんか鼻水と涙で美人さんが台無しになっている。

 流石にこんな彼女を見捨てるのは俺にはできないな……一生置き去りにしたことを後悔しそうだ。それに、彼女を置き去りにしたのが菜奈にバレたらマジ切れすると思う。


「見捨てたら妹の菜奈に怒られちゃいそうだから、連れて行ってあげますよ。ついてきてください」

「ふぇ? 菜奈ちゃんのお兄さん? あにさまさん?」


「なんです、その『あにさまさん』ってのは? なんかムカつくのでやっぱ自分で生き延びてください」

「あ~違うの! 違うのよ! 菜奈ちゃんがいつもあなたのことをそう言ってるの、だから、ネ! ネ! ネ?」


 なんか庇護欲をそそるし、ちょっとだけ虐めたくなるタイプだ……。なんか可愛く思えてきた。


「行きますよ、料理部の皆も今はまだ全員無事です」

「ホント? 良かったー!」


「でも茶道部の子が一人殺されました。一人は犯されてるところを救出できて、今、上の4階倉庫で介抱されていると思います。まだ彼女たちの中に今の危険な現状を本当の意味で理解していない娘もいるようです。恐らく先生もよく分かってないでしょ?」


「ええ、何が起こっているのでしょうね?」


「中学生の彼女たちに見せるのは残酷な行為だと思いますが、俺の忠告を無視したらどうなるか初期の段階で理解してもらう必要がありますので、女の子の死体を回収していきます」


 俺は3階女子トイレに寄って、茶道部の首の折れた全裸の女子を【インベントリ】に回収した。

 先生は顔が紫色に腫れあがった死体を見て悲鳴を上げそうになっていたので、頭を小突いて忠告した。


 悲鳴を出してオークを呼び寄せ、こうなりたいのかって脅したらすすり泣きし始めた……なんだかなぁ~。


 首の折れた女の子の死体と、首が落ちかかっているオークの死体を見た先生はブルブル震えていたが、ゆっくり落ち着かせてあげる時間もない。そのままオークも回収して4F倉庫に向かった。


「先生これが今起こってる現状だ。油断したらすぐ魔獣がやってきて殺される。女は犯され子供を孕まされて、弱ったら殺されて食われる。男は食糧として即殺される。ここは弱肉強食の異世界なんだ。詳しくは上で説明するからとにかく静かについてきてほしい」


「分かりました。どうやって死体を消したとか、色々知ってるのは何でかとか疑問は一杯ですが、今はついていきます。見捨てないでくださいね。ネ、ネ」


「さっきの置いて行くと言ったのは冗談ですからね。菜奈に余計なことを言わないでくださいよ」


 本当に置いて行こうとしてたでしょ? みたいなジトーとした訝しむ目で俺を見つめているが無視だ。


 倉庫の扉を軽くノックしてみた。中がざわっとしたのが聞こえた。

 これじゃダメだ! こんなことで気配を出していたらいずれやられる。


「ブヒッ、フゴッ、フゴッ、ブヒッ! ドンッ、ドンッ」


 俺はオークの鳴きまねをして外に響かない程度にドアを叩いた。中からヒッと言う声と、すすり泣く声が聞こえてきた。全然ダメだな。横で先生が冷ややかな目で俺を見ている。


「菜奈、俺だ。開けてくれ」

「えっ! 兄様?」


 そっと鍵を開けて、外に出てきた。


「なんて悪戯するんです! 今のは酷いです兄様! 最低です!」

「白石君! 今のはシャレにならないわ! 今度やったら張り倒すからね!」


 菜奈に怒られ、城崎さんには睨まれ、他の娘たちにも白い目で見られた。


「あ! 美弥ちゃん先生!」

「下にいたのは美弥ちゃんだったんだ!」


「みんな無事で良かったです!」


 教師なのにみやちゃんとか言われてるが、数名の子がその先生に縋り付いて泣き出した。みんなからかなり慕われているみたいだ。


 俺はさっきの行動でみんなから白い目で見られたが、これからもっと酷いことをするつもりでいる。でも、大事なことなので心を鬼にして行動を起こす。


「先に言っておく、悲鳴や声は出すなよ。菜奈、未来ちゃんには見せるな。倉庫の中に連れて行ってくれ」

「兄様! 皆に見せるのはダメです! トラウマになります!」


 俺が何をしようとしているか察した菜奈がすぐに止めに入る。


「分かっているが、その上で見せようと決断した。今の状況をまだ本当に理解していない娘が沢山いる。世界でも有名なほど治安の良い日本で温く育ったんだから仕方ないけど、この状態のままだと何時間もしないうちに全滅する。さっきのもそうだ。ノックくらいで慌てて外に気配がダダ漏れだった。お前たち死にたいのか?」


 俺は【インベントリ】から、茶道部の女子の亡骸とオークの死体を出して皆に見せた。一人の子が気絶したが、皆、声は出さなかった。息をのんで出なかったと言うのが正しいのかもしれない。俺は全裸の女子を検分し、敢えて説明していく。


「服は刃物で切り裂かれてトイレに転がっていた。殴られながら全裸にされて、強姦されたみたいだな。菜奈の腕ぐらいあるモノを無理やり挿入されて何度か中に精液を出されているみたいだ。秘部からは大量の精液と破瓜の血が流れてる。破瓜の血と言うより、裂けて大量出血しているようだな。これ、もう一人の娘は大丈夫なのか? 菜奈そっちの娘はどうだ?」


「彼女も出血はまだ止まっていません」

「精液は?」


「聞いていないですが中に出されたようです。移動中も溢れて出てきてましたから……」

「そうか――こっちの娘は散々遊ばれて最後は思い切り顔を殴って首の骨を折られたのが直接の死因だな」


「白石君、この子たちにそれを見せるのはあまりにも酷じゃない? 意図は理解できるけど、いくら何でもやり過ぎよ。トラウマになったらどうするのよ!」


 城崎さんはやり過ぎだと怒りだしたけど、俺はやり過ぎとは思えない。


「もし来たのが俺じゃなくてオークだったら、みんな死んでたんだよ。本当に理解できてる? 目の前の死んだ彼女をちゃんと見ろよ。俺の忠告をちょっと無視しただけで簡単に死ねるんだぜ!」


 城崎さんはまだ俺を睨んでいる。


「彼女が死んでから10分ほどが経っている。既に色が変わり始め徐々に体温をなくし冷たくなってきている。これが今、俺たちの置かれている世界の現状だ。ちょっとしたミスで死がすぐ側にある。生きたいなら心を殺して耐えないといけない」


 俺の言葉に息を飲んんで聞き耳を立てている。そうだ、ちゃんと聞いてくれ。


「俺は菜奈を死なせたくない。皆、もっと気を引き締めて細心の注意を払ってほしい。一人の女子が死んだだけでトラウマがどうこう言ってる次元じゃないんだよ! この棟から外に出てみろ! 数百人単位で同じような死体が転がってるはずだ!」


「ごめん白石君、私まだまだ考えが甘かったようね。でも怖いの、いくら我慢してても声が出ちゃうのよ。本当に怖いの……」


 城崎さんは皆の声を代弁するかのように切実に訴えた。


「俺も怖いよ。でも俺が一番怖いのは菜奈が死んでしまうことなんだ。だから非情にもなれるし、敵も迷わず殺せる。皆と俺の違いは決意と覚悟の差だよ」


「兄様……嬉しいですけど悲しいです。菜奈は優しい兄様が一番好きです」


 菜奈が悲しそうな目で見てるけど、少なくても今は優しさより強さが要るんだ。




「未来ちゃん、この子は後で火葬なり埋葬なりして皆で弔ってやろう。それまで嫌だけど【インベントリ】に入れておくな。生き物は入れられないけど、死んだ者や死骸は入れられるから」


 結局倉庫から出てきてしまい、同級生の亡骸の頭を撫でながらすすり泣く未来ちゃんに声掛けする。


「嫌だけどって言っちゃダメでしょ。兄様は相手の気持ちを考えてもっと言葉を選んだ方が良いと思います」

「いや、だって死体だよ。正直そんなの持って行動したくないよ。呪われたり祟られたりしないかな?」


「確かにそうね、私も嫌だわ。夜、這い出してきたりしないわよね?」

「城崎さん、怖いこと言わないでください」


 亜空間から貞子的に這い出して来る彼女を連想してしまい、体がブルッとしてしまった。


「菜奈のお兄さん! 美加ちゃんが凄く苦しんでます!」

「ちょっと、明るいこっちに連れてきてくれ! 恥ずかしいかもだけど我慢してくれよな」


 全裸の美少女の体を全身触って調べた。素人の触診だが、折れてたりすればある程度は判別できる。


「右の肋骨が多分2本折れている。変色してるから殴られたんだろう。それと恥部からの出血が止まらない……縫わないといけないレベルで、こっちの方が深刻かもしれない。この状態だとあまり時間がないかも……」


「私、死んじゃうんですか? 菜奈ちゃんのお兄さんの『待て!』と言っているのを無視してトイレに行っちゃったから、死んじゃうんですか? 死にたくないよ……グスン」


「絶対とは言えないけど、大丈夫だ! 君が生きたいと思うならちょっと無理してでも何とかしてやる」

「生きたいです! あんな化け物に犯されたまま死にたくないよー……ヒグッ、ヒグッ」


「この世界には回復魔法がある。誰かに習得させれば出血も折れた肋骨も治るから、痛いだろうけど少しの間我慢して待ってろ」


「ホント? 菜奈のお兄さん、私を助けてくれる?」


「ああ、頑張って何とかしてやるから、1時間だけ痛いのを声を出さないように我慢するんだぞ」



 生きる意志を見せた可愛い彼女を助けたいと思った。なら行動するだけだ。


 皆とこの娘を助けるための作戦会議をすることにした。

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