第105話 ベネラ火山 1

 

『マグル学院学院長室にて』


「納得がいかないわよ、お爺様!」

 転移魔石に魔力を込めながら、アルティナは不満を撒き散らしている。ドールセンはほとほと困り果てた顔をしながら、孫を諌めた。


「何度も言っておるじゃろう! 今回はいくら孫とはいえ、ソウシ君へ同行する事は許さん!」

「だから、それが何でだって聞いてるのよ! 魔石に魔力を注ぐ位、お爺様一人でも余裕でしょう?」

「王の命令じゃと言っておるじゃろうが! いい加減に聞き分けい!」

「断るわよ! ヒナも連れて直ぐに追いついてやるんだから!」

 今回のベネラ火山攻略にアルティナが着いて行かなかったのは、ーー知らなかったからだ。情報が漏れないように隠蔽されており、ソウシの新しい屋敷へ訪れた際に、漸く自分が除け者にされた事を知った。


 学院長室へ入るやいなや、魔力を込めるのを手伝えと言われて自然と転移魔石に手を伸ばしていたが、よくよく考えてみると自分の行動のおかしさに気付く。


「この転移魔石はソウシ君の為のものじゃ。その為に協力する事を拒むと言うか?」

「「むぐぐっ! ーーじゃあ、目的は何?」

「ーーーーッ⁉︎」

 我が孫ながら確信を突くとドールセンは嬉しくもあり、焦燥に駆られた。正直に話してしまえばソウシどころか、先ず孫が暴走し兼ねない。


「はあぁ……」

 学院長は深い溜息を吐きながら、木製の机の引き出しを開ける。そこには一枚の羊皮紙が入っており、スラスラと文字を書き込むと、自らの右手の親指を噛んで一滴の血を滴らせた。


「契約させる程に私を関わらせたく無いって訳ね……」

「その通りじゃ、今回の件は下手すると命を散らす。全てを知りたくばこの契約書にサインせよ」

「私が契約を破棄するとは思わないの?」

「有り得るじゃろうな。じゃが儂を舐めるなよ? ついこの前までオシメの取れておらんかった小娘に出し抜ける相手では無い事を思い知らせてやるぞ?」

「何年前の話をしてるのよ! 上等じゃない!」

 アルティナとドールセンは互いに桁違いの魔力を解放し、互いに牽制しながら契約書に血の印を結ぶ。


「ーーーーえっ⁉︎」

「これで儂の勝ちじゃ、暫しの間眠れ……」

 羊皮紙を二枚に重ね、老獪なエルフは契約を二重に執行させたのだ。


 一枚目で今回の『神の子ナンバーズチャイルド』の関わりと、魔族との戦争の事件を全て知り、二枚目でそれらを知った瞬間に五日間は眠り続ける様に契約は成された。


「く、そ、じ、じい……」

「何と言われようが構わん」

 アルティナはそのまま眠りにつく。ドールセンは再び深い溜息を吐きながら、孫を抱えてベッドへと向かった。


「可愛い孫を戦争に行かせたい爺などおらんわ」

 柔らかな金髪をひと撫ですると、再び転移魔石に集中する。今回ガイナスと定めた目的はただ一つ。


 ーー万全の状態で勇者を送り出す。


 魔剣の鞘も、封印の解放も、転移魔石の準備も全ては王に内密で動いている事だった。それでも皆が皆思うのだ。

 きっとソウシは『神の子サーニア』の事を知れば、戦場に向かってしまうのだろうと……


 __________


「ーーーーッシ!」

 宵闇を切り裂くように、魔剣の黒き刀身を彩る紅が疾る。

 馬車を襲おうと街道脇の森から飛び出して来た『ブラックオーク』と『シルバーウルフ』の群れへ、勇者は『身体強化』、『ゾーン』、『見切り』を発動させて飛び出した。


 ーー気合いの一声と共に斬閃が煌めき、魔獣は四肢を両断される。


「やっぱり封印が解けると身体が軽い! 遅過ぎて怖く無いよ!」

 実際ステータスはアルフィリアに封じられているのだが、封印が解放されたと勘違いしたままにソウシは魔獣を駆逐した。


「ソウシ様、凄い……」

「確かにかなり腕を上げていますね。何故聖剣を顕現しないのでしょうか?」

 見惚れているメルクと、馬車の御者をしていたガイナスは戦闘態勢に移行する事なく、安心して勇者の動向を見守っている。


「左腕の良い練習になるね!」

『はい! マスターの私を振るう技量が上がる喜び……あぁ、濡れる!』

 右後方と左腕前方から挟撃する魔獣の攻撃を紙一重で避けると、魔剣の一振りと右肘の打撃で頭部を刎ね、破壊し絶命させた。

 スィガの森の経験は、多数の敵を相手にする時の最小限の動きを、勇者の肉体に刻み込んでいたのだ。


「ほい! 『アポラセルス』!」

 右手に聖魔術で創造した擬似聖剣を掴むと、続いて双剣の修練へと移ろうとしたがーー

「あれ?」

 ーー既に残りの魔獣は逃走しており、無駄なMP消費に終わる。


「ふぅ……とりあえず、これで夜の食料確保だね!」

「ソウシ様……格好良いです……」

 フラフラと寄り添うAランク冒険者の資格を持つ魔術師の少女は、まるで『魅了チャーム』に掛かったかの様に異常な程興奮していた。


「ありがとね! でも、もう少し離れて貰って良いかな? まだ敵が出て来ないとは限らないし」

「はい〜!」

 ソウシは返事をしつつも右腕をガッシリと掴んで離さぬメルクを放置して、ガイナスの元へ戻る。


「ここら辺の魔獣は粗方片付けたから、そろそろ休まない?」

 周囲を照らす明かりは馬車に備え付けられた微笑の魔力で動く『魔燈マトウ』のみ。順調に進んでいた事から、聖騎士長に異論は無かった。


 簡易テントを張り、先程狩った魔獣の毛皮に火を点けて焚き火を起こす。魔力で何とでも出来たが、ソウシはこの際一般的な冒険者の旅の在り方を学んでいた。


「確かに魔力は時間を置けば自然と回復しますが、極力抑えるに越した事はありません。MP回復薬はとても貴重なので、一般的な冒険者は不測事態イレギュラーに備えて温存するのです」

「成る程ね。毛皮を剥ぎ取っておくのは何で?」

「素材としても売れますし、万が一クエストとして依頼が出ていれば、臨時報酬にもなるからですよ」

 余った羊皮紙にメモを取りつつ、ソウシは鍋からスープを器へとよそる。口元に運ぶと、素直な感想を述べた。


「それにしても、メルクオーネは料理が上手いんだね。肉は臭みをしっかりとってあるし、煮込み過ぎてなくて硬く無い。野菜は時間を分けて煮込む事で食感も残してあって、正直にびっくりしたかな」

「うふふっ! 喜んで貰えて幸いです。毎回旅をしている内に自然と夜は料理の勉強をする様になってました」

「良いお嫁さんになれるね!」

「〜〜〜〜ひゃあっ!」

「??」

 赤面する少女を下から覗き込むと、真っ赤に赤面しているのが分かる。その直後、自分が彼女から告白されていたのを思い出し、ソウシはつられて心臓の音が早まるのを感じた。


「オッホン! イチャつくのはマグルへ無事に戻ってからにして頂きたい!」

 咳払いをして少年少女を睨み付けるガイナスは、一斉に反感をくらう。特に、メルクは一瞬で夢から醒めさせられた様な感覚に陥り、不愉快極まりなかった。


「……権力と金に溺れたヘタレめ」

「ーーッ⁉︎」

「ちょ、ちょっとメルクオーネ! いくら本当の事だからってダメだよ! 少しは気を使ってあげないと」

 ソウシはフォローを入れた気だったが、無意識下でダメな大人だと思っていた為に言葉を間違える。

 ーーピキッ!


「そこのお嬢さんはともかく、ソウシにはそろそろ私の実力を思い出して貰わなければなりませんね〜?」

「あれ? 思い出す程活躍した事ってあったっけ?」

 反射的に挑発に対して挑発を返した聖騎士長と勇者は、額に青筋を浮かべながら提案した。


「今回の討伐で勝負です! 『ロゼイーザ』を狩った方が勝ち! 私が勝ったらセリビアさんに告白します!」

「僕が勝ったら?」

「その時は大人しく貴方が良いと言うまで、この想いを胸の内に秘めると約束しましょう!」

「その賭け乗った!」

 珍しく勝負事とはいえ乗り気なソウシに、ガイナスは疑問を抱く。ーーその直後に明かされた秘策に慄いた。


「こっちにはメルクオーネがいるもんね〜〜! 僕の事……手伝ってくれる?」

 あざとく指を絡めながら、上目遣いで懇願する勇者の一手はーー

「勿論です! ……寧ろ死ね、貴族」

 ーー元々権力者嫌いのメルクオーネに莫大な効果を発揮した。


 こうして、目的地に到達してもいないのにチームワークが破綻したパーティーの、ベネラ火山攻略が始まる。



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