第104話 封印の解放
メルクとの準備が整ったのを見計らった様に、夕方新しい屋敷へ戻るとガイナスが馬車を準備して待ち構えていた。
確かに今日出発するとは聞いていたが、準備もあったのだがら予定を明日に変更しても良いだろうとソウシは心底嫌そうな視線を向ける。
「ソウシが何を言いたいのかは分かってるつもりですが、最近私に対して本当に容赦無いですね……」
「そんな事は無いよ? でもお姉ちゃんは渡さないかな」
「渡すだなんてとんでもない、私は常にセリビアさんの意思を尊重しますよ〜?」
「そうなんだ〜? じゃあ振られちゃうかも知れないねぇ〜?」
「…………」
(ブラコン勇者が!)
「…………」
(ダメ聖騎士長め!)
無言のままに火花を散らす二人を見て、メルクは呆れた表情のまま制止する。
「……準備は整ったよ? 出発するなら早くしよ」
「それなんだけど、明日の朝でも良いんじゃないの? そんなに急ぐ旅でも無いんだしさ」
「駄目です。白薔薇が急かしてましてね」
「ロランドさんも期限は設けてないじゃないか」
「……今は私の言う事に従って下さい。理由は後程分かるでしょう」
この時始めてソウシは違和感に気づく。ガイナスは本来慎重に動く性格をしている筈なのに、今回のダンジョン攻略には何処か急ぎ、焦っている印象を受けた。
ーーそして今の台詞から、直感的に何かを隠されているのだと察知したのだ。
「隠してる事があるなら、先に聞きたいかな」
「申し訳ありませんが王の命令です。この一言で察して頂きたい」
様子を見兼ねたメルクは、ソウシの耳元で小さく囁いた。
「無理強いは良く無いよ? 冒険者の中には色んな過去を持ってる人がいて、詮索するのはルール違反なんです」
「そっか……確かに王様の命令じゃ仕方ないよね」
ソウシは些か心に引っかかりを感じながらも、素直にガイナスの指示に従おうと頷く。どこか安堵した雰囲気を醸し出しながら、聖騎士長はこの後の旅の予定を伝えた。
「今回は転移魔石が用意出来なかったので、普通の冒険者と同じく馬車で移動します。道中何も邪魔が入らなければ、二日前後でダンジョンには着けるでしょう」
「思ったより目的地は近いんだね」
「いえ、私の部下の愛馬を数頭借り受けました。速度は並みの馬車の比ではありません」
「……金と権力の力か」
ボソッと呟かれたメルクの言葉は、鋭いナイフの様にガイナスを貫いた。無垢な少女の一言程痛いものは無い。
(メルクのこんな所が大好きだなぁ)
ソウシは染み染みと同意しながら言葉を続ける。
「じゃあ、今から出発するんだよね?」
「えぇ、ですがソウシには先に会って置かなければならない人がいます」
「ん? 何か約束してたっけ?」
その直後、屋敷の扉が開く。首を傾げる少年の元へ、王国マグル王位継承権第三位の姫テレスが、豪華な青いドレスに身を纏い現れた。
宝石に彩られたティアラを着け、学院の寮とは違い薄化粧を施した本来あるべき姿に勇者は目を奪われる。
「綺麗だ……」
「あら? お世辞でも嬉しいですわ、勇者様?」
「僕はお世辞とか言えないし、言っても君にはバレるだろ?」
「そうですわね。驚かせる作戦は成功したのでしょうか?」
「うん……普通にビックリしたよ」
眼前にいる姫の姿も勿論綺麗だが、ソウシは自らの知る我儘なテレスとの性格のギャップに戸惑う。まるで別人と会話をしている気分になった。
「見惚れるのはそこまでにして下さる? 今日はそのチョーカーを外す為に来たのですから」
「ーーーーッ⁉︎」
勇者は驚きと共に、思わず首元の封印のチョーカーを掴む。テレスは静かにコクリと頷いて、言葉を紡いだ。
「先日同行した『黒曜の剣』の冒険者から話は聞きました。既に聖剣に続き、魔剣すら手に入れた貴方は、疑うべくもなき英雄です。そして、聖剣がステータスを好きに弄れている時点で、封印がもはや事を成していないという事実も」
「えっ? ステータスを好きに弄ってる? 何を言ってるの?」
ーーギクギクッ!
(やばい、バレた!)
(だから言ったじゃありませんか! 他人の前でステータスを晒すなど浅はかだったのでは無いかと!)
脳内で小声で相談するアルフィリアとシャナリスの密談は、勇者に筒抜けだった。急いでステータスを開くと、自らのレベルと数値に腰を抜かす。
「な、何だこれ……知らないスキルとか称号がめちゃくちゃ増えてるし、数値が桁違いだ……」
「もしやと思いましたが、今まで自分のステータスを確認していなかったとか言いませんよね?」
テレスの背後から邪悪なオーラが湧き上がる。経験則から普段であればお仕置きをくらう前兆だった。
「ま、まさかそんな訳ないよ〜! ちゃんとチェックしてたさぁ〜!」
「嘘ですね。まぁ、今は旅の前なので見逃してあげましょう」
「……はい」
「これからはもうチョーカーが無くても、聖剣が必要に応じてステータスを抑制してくれるでしょう。では、こちらへ」
「うん。何かいざ外すとなるとどっか寂しいもんだなぁ〜」
「また別のチョーカーを買って差し上げますわ」
「あははっ! 出来れば女物じゃないやつで宜しく頼むよ!」
ソウシは跪き、髪を上げて首元を晒す。テレスは背後からでは無く、抱きしめる様に前方から両腕を回してチョーカーをそっと外した。
一瞬だけ勇者の胸元が淡い光を放つと、それ以外には何も変化がない様に己の両手を見つめる。
「どうですか?」
「う〜ん。正直戦いにならないとあまり変化が分からないや」
「それでは、行ってらっしゃいませ。私の勇者様」
「あははっ! テレスの冗談なんて珍しいよね。行って来ます!」
こうして、勇者の封印はマグル王家の姫によって解放された。だが、真の力が解放された直後に、アルフィリアは今までと同じくステータスの解放を抑え込んだのだ。
『ご主人の今の力で全力で逃げ出したら、誰も捕まえられないもんね』
『私の鞘の為にも、今回は頑張って貰いましょう!』
ーー万全の状態で、ベネラ火山攻略への旅が始まった。
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