第90話 束の間の休息

 

『黒曜の剣に合流する以前に、時は遡る』


「あのね、ピエラさんにお願いがあるんだけど……」

 森の出口が近付いて来るのを感じたソウシは、抱きかかえている女冒険者に恐る恐る話し掛ける。

 ダラリと担ぎあげられたまま、ピエラは呆れた表情を向けて願いを聞く前に応えた。


「分かってるわよ。どうせ正体は内緒にして欲しいとか、そう言った類のお願いでしょ?」

「うん! 僕が勇者だってバレると、どうしても不必要な戦いに巻き込まれるから……」

「それは分かる気がするかな。本人は望んでないのに、損な役回りを押し付けられる上級冒険者を見てきたから」

「…………」

「そんなに不安そうな顔をしないでよ。これでも私は義理堅いんだからね! 恩人に迷惑をかける様な行為は絶対にしないわ!」

「あ、ありがとうございます!」

 心から嬉しそうに笑う少年の笑顔を見て、ピエラは胸が痛んだ。本来ならお礼を言わなければならないのはこちらの方なのに、向けられた視線にはどこか怯える感情が混じっていたからだ。

(この子、本当は戦いたくないんだろうな……)


 ソウシは安堵したと同時に、再び走り出してスィガの森を抜けた。何十人もの足に踏みしめられた地面を観察して、その後を追う。


 予想よりも合流する迄に、然程の時間は掛からなかった。


 __________


「心配したんだぞピエラ! それに、少年も逃げたのだとばかり思っていたのに、一体何処に隠れていたんだ?」

 ロングイテは二人の無事を喜びつつも、疑問を投げかけた。

 ステインに治癒魔術を施して貰いながら、ソウシは誤魔化そうと頭を働かせた直後、ピエラが気怠そうに答える。

「この子が森を彷徨って魔獣に襲われてる所を助けたのよ。元々私が森に戻ったのは、スキルで残されている人がいるって感じたからだしね。生憎魔獣の攻撃から庇ってこのザマなんだけど」

「そうだったのか……良い判断だぞ! 危うく未来ある後輩を失う所だった」

「やるじゃんピエラ〜!」

「自分が思うに、少年の傷からしてギリギリだったのだよ」


 ピエラは職業シーフなだけあって嘘はお手の物だと、仲間に見えない様にソウシにウインクする。感謝の意を込めて頭を下げ返され、頬を掻いて照れていた。


 ソウシは一人冒険者達から離れると、村人達の乗る馬車に乗せて貰って身体を休める。すると、昨日の晩に話した少女、ビビがテクテクと歩いてきて、膝の隙間に潜り込み、背中をもたれ掛けてきた。

「どうしたんだい?」

「お兄ちゃん、ビビのおねがいをきいてくれたんでしょ?」

「あははっ、バレたか。ちゃんとみんなを守ったから褒めてくれる?」

「うん! ビビがあっためてあげる〜!」

「ありがとう。本当に温かいや……」

 少女はソウシの腕を引いて、自分の身体を背後から抱きしめさせた。少し肌寒い夜明けを、ビビの体温が温める。


 横を見ると、両親がその様子を見つめながら娘が我儘を言っていると勘違いしたのか、申し訳無さそうに頭を下げていた。

 ソウシは慌てて腕を振ると、照れ臭そうに笑って応える。

「どうしたの〜?」

「何でもないよ。ビビちゃんは優しい良い子だね」

「うん! お兄ちゃんならいつかお嫁さんになってあげてもいいよ〜?」

「あははっ! ビビちゃんがいつか大人になって、今の言葉を覚えていたらお願いしようかな〜。誰も僕なんかのお嫁さんになんて来てくれ無さそうだしね……」

 馬車から空を眺めて、わりかし本気で黄昏ている少年へ、ビビは突然飛びついて頬にキスをした。


「えっ?」

「だいじょうぶ! ビビわすれないから! 大きくなったらお兄ちゃんのところにいくね〜!」

 唯の村人の娘であった少女に夢を抱かせた瞬間だったのだがーー

「ありがとうね〜! 優しすぎて、お兄ちゃんは涙が出ちゃいそうだよ〜!」

 ーーガイナスに劣らず鈍感な男は、その少女の決意を冗談だと捉えてしまった。後にこの事を後悔するのだ。


「少しだけ眠るね。食事の時間になったら起こして貰ってもいいかい?」

「うん! ビビもいっしょにねる〜!」

「そうだね、一緒に寝ようか」

 ソウシが横たわると、腕枕をして少女が寄り添った。親達はあらあらと微笑ましくその光景を見つめている。

「本当に……あったかいや……」

 薄れゆく意識の中、少女の温もりに包まれて眠りについた。


 __________


『スィガの森、最奥にて』


 水棲魔獣ベヘモットは高い知能を有している。元々、Sランク魔獣に認定されるのは、他の魔獣達とは違い言語を話して、下位の魔獣を従えられる存在が多い。

 十五メートル近い巨軀は、特殊なスキルによって透明化していた。光の屈折を利用して、景色に自らを溶け込ませるのだ。


 ーーそこまでして警戒していた存在が、森から突然逃走したという事実。その不気味さをベヘモットは無視出来なかった。

『必ず策があるに違いない……あれだけの強大な力が向かう先に、我等を滅する程の何かがあるのだ』

 勇者が強過ぎた故に、想像以上の策があるのだと予想させてしまった誤算。


 ーーギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 災害指定魔獣の強大な咆哮が、森中のキング種の耳に響く。だが、それは命令では無く警告だった。

(あの者を逃せば、我等に待つのは全滅だ!)

 勇者の強さを目の当たりにした魔獣達は、疑問を抱く事すら無いままに前進した。臭いを辿りながら、普段なら出る事の無い縄張りである森を躊躇無く飛び出す。


災厄行軍カラミテパレード』と呼ばれるSランク魔獣による、最悪の追跡が始まった……

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