第89話 明けない夜は無い 4
ピエラから貰った解毒薬を飲んで、状態異常を回復したソウシは魔獣を斬り裂きながら、スィガの森の深奥へと進む。
「さっきはありがとう、シャナリス」
「何のことですか?」
「わざわざ憎まれ役を買ってくれたんでしょ? 僕じゃあんな風には言えないよ」
「……思ったことを言ったまでですよ。マスターが守ろうとしてる存在を巻き込んだら、何の為にこんな苦労をしてるのか、わからなくなりますしね」
「そうだね〜。僕も正直らしくないなぁって思ってるよ」
「本当に行くのですか?」
肩を諌める少年に近付き、黒髪の美女は心配そうに顔を覗く。だが、精悍な顔つきをした主に迷いは無いのだと表情を見て理解した。
「ボス戦では、『共鳴狂華』を使う機会があるかもしれないけど、大丈夫?」
「短時間なら何とか保つとしか言えません」
シャナリスは正直聖剣に対して、魔剣である自分に出力を合わせろと言うことこそが、マスターへの負担を減らせられる事を理解していた。ーーそれは同様に聖剣も分かっている。
しかし、前提条件が成り立たない事から言葉にしなかった。
ーーアルフィリアが体内で施している、ソウシの封印を緩める訳にはいかないからだ。
「……もどかしいですね」
「ん? 何か言ったかな?」
「いえ……」
黒髪の美女は焦る必要はないと決めていたが、強敵との戦闘に必要になるのならば話は別だ。何とか現状を打破出来ないかと必死に頭を働かせている。
ーーギシィッ!!
木々の上から不意を突こうと棍棒を振り下ろした、ブラックオーガ八体の隙間無く密集した攻めを、ソウシとシャナリスは焦る事なく高い敏捷から回避する。
「遅いよ」
「のろまは死ね」
冷淡に発せられた言葉の直後、木の幹を蹴って左右から挟撃した勇者と魔剣の剣筋が、容赦無く鬼達の首を刎ねた。
二人はドシャリと崩れ落ちた胴体に、見向きもせず木々の合間を歩みを進める。
(そろそろ、避難は終わったかなぁ? 正直HPはともかく体力的に疲れた……)
「みんなさえ無事に逃げてくれたら、僕も逃げられるのになぁ」
「えっ?」
『んっ? ご主人、村人と冒険者はもうこの森を抜け出してるよ』
「……えええええええええええええええええええええええええっ⁉︎」
信じられないとソウシは万歳し、アルフィリアはともかく、シャナリスは怪訝な視線を向け問い掛けた。
「マスター、それが一体どうしたのですか?」
「…………」
「??」
「……げる」
「えっ? すいませんもう一度言って頂けますか?」
「逃げる!」
腰に両手を添えて胸を張る主人の姿に、魔剣は眉を顰めた。聖剣は逆に成る程と納得している。
『確かに、元々時間稼ぎだもんな! よしっ! 逃げちゃおうぜご主人!』
「貴女まで何を言ってるのですか? この先にいるボスはどうするのです!」
「シャナリス君。実は君に大事な事を言うのを忘れていたんだよ」
木の幹にもたれ掛け、前髪をかき上げながらどこぞの聖騎士長のモノマネをしつつ、ソウシは穏やかな眼差しを向けた。
「実は僕の職業さ、『勇者』じゃなくて『村人』なんだよね」
「…………」
(この人、さっきまで自分で勇者だって言ったの忘れてるのかしら。マスターって馬鹿? それにこの仕草がどことなく腹ただしいですね)
「戦いなんてするべきじゃ無いんだ。だから僕は逃げる! ボスはテンカさんとかガイナスに任せる!」
自信を持って言い放った少年は、そのままクルリと反転して来た道を逆走した。
「えっ⁉︎ 速い! 待ってぇ!」
シャナリスは先程までと違い、魔獣が追いつけない程の速さで疾駆する主人に追いつけず、右手の刻印へと戻る。
「ひゃっほーう!」
『ご主人って逃げる時だけ本当に楽しそうだよね……戦わないなら僕はチョーカーの影響を受けちゃうから、この後はビッチに任せるからね』
「うん! ありがとうアルフィリア!」
聖剣と天炎の鎧は青い燐光を放ちながら、ソウシの胸元へと吸い込まれて消えていった
ここに来るまでに片付けた魔獣が、瘴気を吸って復活する間を与えずに通り過ぎていく。
ピエラに会った場所をそろそろ過ぎるかと軽く頭を過ぎった直後、視界に映ったのはぐったりと横たわる張本人だった。
「ピエラさん!」
「えっ? ソウシ?」
「どうしたんですか? 魔獣にやられたの⁉︎」
「違うのよ、魔獣の瘴気がこの辺りは凄く濃いの……吸い過ぎて身体が上手く動かなくてね」
「了解です! 本当に戻ってきて良かったぁ〜!」
先程見せた精悍な顔付きをした『勇者』はおらず、そこには情けないポーターをしていた少年の笑顔があった。
ピエラは現状を飲み込めてはいないが、柔らかな笑顔を向ける。
(やっぱり、この子はこんな感じの方がいいな……)
「よっと!」
「えっ?」
肩口に担ぎ上げられ、女冒険者は目を丸くした。ソウシは親指をサムズアップすると、任せろと言わんばかりに、顔の真横にある尻を右手で鷲掴みにして、自らの身体に固定する。
「ひゃあああっ⁉︎」
「行くよ〜!」
封印のチョーカーが発動してステータスが抑えられている為、速度は落ちるが、聖剣の導きの元に村人が逃げた方向へ最短で爆走した。
「ソウシ! 後ろからカオスバットとウェアウルフが群れで追ってきてる!」
「大丈夫! 『テラアースブレイク』!」
右手を大地につけて、普段使わない土系統の闇魔術を放つと、進行方向の大地が隆起して壁を作り上げる。
「壁だけじゃ防げないよ!」
「もう終わってるから平気だよ」
土壁の近くに魔獣が近づいた直後、まるで感知センサーが働いたかの様に尖った槍が放たれて、魔獣を刺し貫いた。
「この魔術は便利なんだけど、普段は使い道が無いんだよねぇ」
「…………なんなのよ、これ」
「説明は後で!」
「ひゃああっ! だからおしりを掴むなぁ〜!」
ピエラは雑に抱きかかえられ、再び疾駆する少年の背中を見て、思わず口元を手で塞いだ。
ーー破れた服の隙間から見える無数の切り傷、流れ出た血が凝固してへばりついた身体。
(この子はどれだけの魔獣を倒したの……Sランク……いえ、テンカさん並みのランク冒険者?)
疑問は次々と浮かぶが、それでも自分たちが守られたという事実は揺るがない。
(ありがとう……)
ピエラは瞳を瞑ると、小さな少年の身体に似つかわしく無い安堵感に包まれながら身を預けた。
__________
「皆さん! 森を抜けても油断してはいけません! 我々の匂いを辿って、魔獣達は追って来ます!」
「こっちだよ〜! 落ち着いてね〜!」
「自分が思うに、怪我人はいないのだよ」
『漆黒の剣』の三人は村人を誘導しながら、村長のワンスの姉が長をしているスト村へと村人達を護衛していた。
「ピエラの奴……本当に大丈夫なのかよ」
リーダーのロングイテはスィガの森を見つめながら、飛び出した仲間の安否を心配する。そこへーー
「おーーーーいっ!」
ーー逃げたと思っていた見習いポーターの声が届いた。
「無事だったのか⁉︎ ってなぜソウシが?」
向かって来る姿は、学院生に仲間が抱えられた不可解な絵図だ。だが、冒険者達は困惑しつつも無事を喜んだ。
ーーこれから凄絶な逃走戦が始まる事など、予想もしないままに。
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