第88話 明けない夜は無い 3

 

「来るぞ! ハピーは詠唱! ステインは防御魔術で村人を守ってくれ!」

「「了解!」」

 ゴブリンナイトが隊列を組んで押し寄せてくる中、『黒曜の剣』のリーダーロングイテは、敵を自身に引き付けるながら、ロングソードで敵を堅実に倒していった。


 普段なら魔獣の隙をついて、負担を減らしてくれるシーフのピエラがいないのが痛い。

「くそっ! 勝手に飛び出しやがって。一体どうしたって言うんだよあいつ……」


 ーーギギィッ!

「キャアアアアアアアアアッ!」

 村人の悲鳴が聞こえた直後、思考を切り替えて駆け出した。今は冒険者として、騎士としてやるべき事をやるだけだと、己の矜持を胸に剣を振るう。


 苦戦するロングイテの背後では、魔術師のハピーが詠唱を終えていた。

「リーダー退いて! シンフレイム!」

 炎系の上級魔術が魔獣の群体を焼き尽くすが、一息つく間に再び連戦へと引き摺り戻される。


「頼む。辛いとは思うが、もう少し歩く速度を速めてくれ。このままじゃ俺達がもたない!」

 血を流しながら頭を下げるロングイテの願いを聞き、村人達は再び速度をあげる。自警団の者達は槍を片手に陣形を組んで、少しでも魔獣の数を減らす様に動いていたのだが……


「ぐあああああっ! 助けて〜!」

 団員の叫び声を聞いて団長のミンが駆け付けた先では、既に首元から捩じ切られた青年の姿があった。団員達に向かっていた魔獣は我先にと死体へ向かい。ーー餌を貪り尽くす。


「くっそおおおおおっ!」

「向かうな! 今のうちに先に進むんだ!」

「だって!」

「目的を忘れるな! 女子供を守るんだ!」

「……はい」

 凄惨な光景を目の当たりにして熱くなる団員達を鎮め、自警団は再び配置に着く。誰よりも怒りを露わにしていたのは、団長のミンである事が伝わったからだ。


 ーー握り締めた拳から血が滴る。

 ーー歯軋りの音が響く。


 悔しいのは自分だけでは無いのだという想いが伝播する。


 ーーグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッツ!!


「な、なんだこの咆哮は⁉︎」

「これ、やばいよ〜?」

「自分が思うに、命令だ!」

『黒曜の剣』のメンバーが身を屈める程の威圧と咆哮は、スィガの森全体に響き渡る様だった。そしてキング種など生温い存在が、森の深奥にいる事を強制的に理解させる。


「ピエラは大丈夫なのか……」

 幸か不幸か、咆哮の後に魔獣はどこかへ向かい去っていった。村人はこの隙に只管安全な街道へと進む。


 ロングイテの仲間を思って漏れ出た呟きは、風音に溶けて聞こえる事はなかった……


 __________


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! まだ、まだだぁっ!」


 ーー身体が重い。

 ーー毒で関節の節々が痛い。

 ーーさっきの咆哮からして、奥にまだとんでもない魔獣がいるんだろう。


「はぁっ……こんな時にテンカさんとかガイナスがいてくれたらなぁ……」

 魔獣は愚痴を言う暇すら与えてくれやしない。アルフィリアが剣を振るう道筋を示してくれる。最短距離で敵を倒す為に。

「マスター、大丈夫ですか⁉︎ 先程から私を庇っておりませんか? 私は魔剣ですよ! ご配慮は無用です!」

「そうは言ってもねぇ。その綺麗な肌が傷付くのは見たくないよ」

「ーーーーっ⁉︎」

 人化している限り、魔剣でも攻撃されれば血は流れるし、傷は残る。自然治癒するらしいけどね。でもーーなんか嫌だ。


「いいから、シャナリスは引き続きサポートして! 後ろは任せるからね!」

「はいっ!」

 シャナリスは手刀の先から漆黒の刃を纏わせて魔獣を切り刻む。封印されている状態の僕じゃ勝てないかもしれない位の膂力を発揮していた。


 ーー負けてられないね。


 __________


「アルフィリア! 埒が明かない! 『限界突破』を使うよ!」

『ダメだよマスター! この後のボスに温存しないと勝てない!』

「でも、このままじゃジリ貧だろ?」

『確かに倒しても、そのまま『繁殖期』独特の瘴気から死霊になって、敵はどんどん復活してる。何か打開策が無いと……』

 聖剣が思案している最中でも、ソウシの眼前にはオーガの集団が、巨斧を振り上げて押し寄せて来ていた。


「くそっ! さっき倒したのにぃ!」

 一匹目の鬼の首を刎ねると、肩口を掴んだまま引き摺り倒した。二匹目に振り下ろされた斧を聖剣で逸らすと、柄に添って心臓を突き刺す。

 三匹目が怯んだ隙に右膝で顎を跳ね上げて首を折り、その勢いのまま空中で回転して、次の個体を闇魔術で氷尽くした。

「六、七、八、九、十!」

『ご主人、今更数を数えても無駄じゃ無い?』

「ん〜〜? ずっと戦闘が続いてるから頭がぼーっとしない様に数えようかと思ったんだけど」

『多分直ぐに数えられない様になるさ。来るよ! 上!』


「蝙蝠があれだけ集まってると気持ち悪いなぁ。『ナイトウインド』!」

 上空から襲いかかるカオスバットの群れを、闇魔術から黒い竜巻を起こして切り刻む。バラバラと肉片が地面に堕ちる中、ソウシとシャナリスはへたり込む。


 ーー魔獣の攻勢が、ほんの少しの間止んだ直後。


「あんた! 一体何してんのよ!」

「えっ?」

 突然怒声を浴びせたのはピエラだった。その瞳には涙を溢れさせており、既に足が震えている。問われた少年は首を傾げ、背後の黒髪の美女に問い掛けた。


「何でピエラさんは怒ってるのかな? シャナリスは分かる?」

「えぇ、きっと手柄を横取りされたのが気に食わないのですわ!」

「そっかぁ、冒険者だもんねぇ。そう思われても……仕方ないね」


 ーーパアンッ!

 哀しそうな表情を浮かべるソウシの頬を、ピエラが思い切り叩く。その瞳には、怒り以上に悲涙が滴っていた。

「えっ?」

「何言ってるの……そうじゃ無いでしょう⁉︎ 貴方みたいな子供が、何で私達を守って一人で戦ってるのよ! 誰がそんな事頼んだの⁉︎ 一緒に逃げればいいじゃ無い! 何故なにも相談してくれないのよ!」

「だって、みんなの力じゃ死んじゃうよ?」

「ーーーーーーッ⁉︎」

 少年からキョトンとした瞳で発せられた言葉には、一切の偽りが無かった。純然たる事実。それを突き付けられた時に、ピエラは無力感から脱力して地面に座り込む。


「でも……でもぉ……」

「そこの女、マスターの邪魔をしないでよ。ありったけの回復薬を寄越して、木陰に隠れて戦いを見てるか逃げなさいな」

「嫌だ。私も戦う!」

「…………」

「…………」

「本気で言ってるの? 飛び出してきたタイミングからすると、暫く前からマスターの戦いを見ていたのでしょう? 実力無き者は足手纏いです」

「……ごめんなさいピエラさん。行くよ、シャナリス!」

「待って下さい! せめてこの者から回復薬だけでも!」

「この先、村の人達に必要かもしれないでしょ? 僕はまだHPが半分近くあるから大丈夫!」

「待って!」

 去ろうとした少年にピエラが放り投げたのは、上級解毒薬だった。


「顔色が悪い! これだけでも飲んで行って!」

「……ありがとうピエラさん! みんなで助かろうね!」

「ごめん……ごめん……」

「いいんだよ。僕は『勇者』だからね……」

「えっ⁉︎」


 聞き逃さず耳に伝えられた職業を知った瞬間、ピエラは驚きから顔を上げて目を見開いた。だが、既に黒髪の少年の姿は無い。


 だが知ってしまった。血に塗れたその姿を、悲しげに笑う表情を。そして恐怖から足が動かない自分の現実を……

「うあっ……うああああああああああああああああああああっ!」


 ーースィガの森に、女冒険者の泣き叫ぶ声が響き渡る。


 未だ夜は明けず、魔獣は蠢いていた……








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