第53話 使い魔との激闘 前編
「そんな、まさか……」
「完全にしてやられたのう……」
「今からでも遅くないですよ!」
「落ち着きなさいマリオ。今から動いても間に合わないわ」
「アイナ先生……それでも放って置くわけには!」
ガイナス、ドールセン、アイナ、マリオの四名は焦燥から汗を流す。理由は唯一つ。
ーー『右の塔には使い魔がいなかった』
目の前には放置された封印のコアが、どうぞ壊して下さいと言わんばかりに光輝いている。つまり、シャクヒとセイヒの二体の魔獣は、左の塔に集中しているという事実を物語る。
「信じていますよ。ソウシ……」
聖騎士長の呟きは、肝心の対象へ届いてはいなかった。真逆の塔では少年の絶叫が拡散している。
「だから、虫は駄目なんだってばぁ〜!」
調子に乗って宝箱を開け続けたサーニアは、遂にトラップに嵌ったのだ。その確率は、二十分の一という驚異の確率ではあったが、引っかかった罠が悪かった。
羽根をジリジリと鳴らしながら無数の食人虫が迫ると、ソウシは蒼褪め半泣きのまま逃げ続けた。溢れる涙が止まらない。
「た、助けてぇ! 何でも言う事聞くからぁ!」
その絶叫を三名の仲間達は聞き逃さず、「「「何でも言う事を聞くですって(にゃ)⁉︎」」」ーー瞳を輝かせて、突如動きのキレが変わる。
焼いたら美味しそうだと、舌舐めずりしていた猫娘《サーニア。
格好良く活躍する場の為に魔力を温存しながら、慎重に様子を見ていた
慌てふためく少年が可愛くて、うっとりと魅入っていた
三名は欲望に身を任せ、涎を垂らしながら虫の殲滅を始めた。
「メルフレイムストーム!」
「『疾風炎斬』にゃあ!」
「オホホホホホホホホホホホホッ!」
灼炎に焼かれ、気付かぬうちに頭部を切り落とされ、竜巻に飲まれて食人虫は駆逐される。号泣していたソウシは、安堵から三人に縋り付いた。
「ありがとう〜! 怖かったよぉ〜!」
「「「いえいえ、如何致しまして!」」」
一名は鼻血を、一名は涎を、一名は涙を流しながら喜んでいたのだが、もう直ぐ塔の頂上だと気合いを入れ直していた所に起きたこの出来事が、張り詰めていた緊張を緩めてしまう。
そして、最悪の出来事を引き起こした……
__________
「あ、あれ? ーーゴプッ!」
封印の
そして、視線の先にいた少年の腹部を背後から、突然大剣が突き刺したのだ。
鮮血が飛び散り、倒れる瞬間に青い人狼のニヤけた面がソウシの視界に過ぎる。
「ソウシいいいいいいいいーーっ!?」
サーニアとアルティナは絶叫し、瞬時に傷ついた勇者の元へ駆け寄った。テンカが庇う様に背中からガンマレードを抜き去り、魔獣の間に立ちはだかる。
「何なんだ貴様らは? 俺達がいるであろう場所に乗り込んで来ておきながら、その弛み具合が気に入らん」
「…………」
その通りだと、倒れた勇者以外の三人が焦燥と悔恨に眉を顰め、反論すら出来ずにいた。
「ディヒール!」
アルティナは黙々と回復魔術を掛け続けているが、真横にいた存在から放たれるプレッシャーに目を見開く。
ブルブルと震える身体を両手で抑えつけながら、涙する猫の獣人は徐々にその身体付きを変貌させたのだ。
「殺す……」
普段茶色の髪に、青い双眸を覗かせるサーニアの身体から、長い体毛が生える。黒く淀んだ瞳は、二体の魔獣が思わず大剣を抜き去る程の殺気と威圧を放った。
「一体何が起こってるのよ……」
背後から発せられた殺気に、テンカは冷や汗を流す。とても学院の一生徒が持てる雰囲気では無く、高ランク魔獣が放つ気配に類似していたのだ。
ーー死ね。
一言だけ呟いた後に、獣は一瞬で姿を消した。シャクヒとセイヒの動体視力に捉えられぬ疾走。そして、背後から的確に急所だけを狙って繰り出される、二本のナイフによる連続斬り。
「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜〜ッ!」」
ブンブンと無造作に振り回される大剣の隙間を縫って、頸動脈を斬り裂き、鳩尾に刺突を繰り出す。
先程手に入れたオリハルク製の『
ーー困惑する。
ーー焦燥する。
ーーそして、恐怖する。
「クソがああああああああああああーー!」
魔獣の恫喝が響き渡る中、テンカは下手に助成へ動き出せずにいた。理由は一つ、ーー巻き込まれるからだ。それ程の素早さ、攻撃の嵐。自らの残影を残して
「疾風炎斬……」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!」
シャクヒは右手首を落とされ、セイヒは急所を貫かれた。各々膝をついて丸まりながら防御態勢をとるが、無意味だと徐々に絶望が襲う。
だが、途轍もない猛攻は、『突然』終わりを告げた。
ーードオォォォォォォォォォンッ!!
激しい破壊音が壁際から響き渡り、巻き起こる砂埃から何事だと視線が集まる先に映し出された光景は、サーニアが限界を超え、意識を失ったまま壁に激突して倒れる姿だった。
「今だあぁっ!」
シャクヒはその少女の存在を危険視して、真っ先に大剣を抱えて走り出す。
「恐ろしい子ねぇ。一体どんなスキルを隠し持っているのかしら? 後で問い詰めなきゃ」
しかし、ガンマレードを振り被り、テンカが血に塗れた人狼の突進を止めた。
「邪魔するな!」
「可愛い子達を守るのは、大人の役目なのよ!」
大剣と巨斧が金属音を響かせながら打つかり合い、交差する。何方も自らの身体が傷付く事を一切恐れない
だが、既にこの攻防はハンデを齎されたシャクヒが不利だった。片手では全力で大剣を振るえず、徐々に巨斧の勢いに踏ん張りが効かなくなっていく。
チラリと
「セイヒがあの様子では、拙い……」
赤い体毛を血で濡らしながら、
背後に飛び退き、大剣をセイヒの背中越しに地面へ突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」
「い、一体何を……?」
テンカは予想だにし得ない敵の行動に驚愕する。その間も、アルティナは一心不乱にソウシの回復に専念していた。
傷が深過ぎて血が止まらないのだ。この空間で、現状誰よりも焦燥感に苛まれている。
「お願い止まって! 目覚めてぇっ!」
勇者の胸元が淡く光輝いていた。内部から『
そして、暴れ出そうとする『
一方、その間にも
ーーグッチャ、パキッ、ペキパキッ、クッチャ、クチャ。
シャクヒはセイヒにトドメを刺し、その肉を喰らい始めたのだ。スキル『捕食』により、兄弟の命と力を己のステータスとして取り込んでいくが、その姿は血涙に塗れていた。
「すまん……許してくれ兄弟……」
既に絶命した青い人狼の腹部に齧り付き、内臓を食らう。悍ましい光景にテンカは目を背け、動き出せずにいた。
(下手に飛び出せばやられるわね)
経験則からの確信がある、と。
それ程にシャクヒから放たれている圧力が高まり続けていた。レベルの上昇。いつの間にか失った右手も回復しており、徐々に体毛が紫へと変化して艶を帯びていく。
「拙いわねぇ〜。これ、勝てるかしら?」
倒れた生徒達に一瞬視線を向け、テンカは気合いを入れ直した。この時より、更なる死闘が始まる……
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