第27話 男は拳で語り合うって言いますけど、僕は断固それを拒否したい。

 

 ドーカムは苛立っていた。数日すれば、きっと以前の様に四人で仲良くご飯を食べたり話せる様になると思っていたのだが、一向にソウシが謝って来ない。

 それどころか、寧ろ最近は先輩達に可愛がられている様に見える。


 しかも、その相手は歴代のマグル学院生徒の中で最強、最高の魔術師と名高い三年生のアルティナと、最近二年生の中で唯一テレスに並ぶと頭角を現しつつあるマリオだ。


「何でだ? 何であいつは俺達を避ける癖に、先輩達とは仲良くしてるんだよ」

「……妬いてるの?」

「メルクは嫌じゃ無いのか?」

「……なる様になるかなって思ってる。このまま関わらないなら、きっとそういう運命なのよ」

「お前はなんかAランク冒険者なだけあって、考え方が達観してる気がするよ」

「……歳は変わらないわ? 唯、みんなより少し早く人生の厳しさとかを思い知らされただけ」


「とにかく、俺は納得がいかないんだ。何でなのかは分からないけど、あいつといつか親友になれると思ってるからな」

「……恥ずかしい人ね」

「なっ、何がだよ⁉︎」

「そんな真顔で、親友とか言えるその性格が羨ましいって言ったのよ」

「そうか? 学院に通ってるんだ、友達を作るのは当たり前だろ? お前の事も友達だと思ってるぞ」

「……ありがと」

「取り敢えずあのいじけた馬鹿の目を覚ますんだ! 授業中に本気でぶつかってやる!」


「……勝てるの? あのソウシに」

「無理だろうな。でも手を抜かせる事だけはさせない、ーー考えがある」

 二人は真剣な眼差しで向き合うと、決意を固めて頷いた。


 そんな事になっているとは露ほども知らないソウシは、呑気に今晩の晩御飯を何にしようか考えている。毎日似通ったメニューだと、テレスの皮肉めいた嘲笑を浴びる事になるからだ。

「僕が同室になるまで、一体あの姫様はどうやってご飯を食べていたのか本当に不思議だよ」

 深い溜息を吐きながら、今日のメニューは鶏肉のシチューにしようと決めた。


 ーードーカムやメルクのソウシに対する決意。この互いを想う温度差が、聖剣と共に失ったモノなのだ。


 魔族ランナテッサの事件以降、入学を遅らせ、セリビアの懸命な看護と『ある出来事』により感情を取り戻しはしたが、決定的に他人への興味と自分への自信が欠落していた。


『僕に関わらないでいいし、戦いたく無いから関わりたくもない』

 その気持ちを抱えたまま入学したソウシは、徐々に笑顔を取り戻しつつも、元の性格と変わらない様に見えて、心の一部が壊れたままだった。


 __________


『翌日、二時間目の授業の始まり』


「はいはーい! 今日も剣術の授業の時間ですよ! 素振りと型の確認の後、ペアを組んで模擬戦を行います。観戦したレポートを明日までに提出して貰いますから、しっかりと見稽古も怠らない様に!」


「「「「はいっ!」」」」


 ドーカムは授業の前に、アイナへあるお願いをしていた。

「どうか次の剣術の授業で、模擬戦のペアを俺とソウシで組ませて下さい!」

「……何か理由があるのね?」

「はい! あいつの曇った目を覚ましてやるんだ! 俺達が本当の友達になる為には、絶対に必要な事なんです!」

「うん……分かったわ。あの子の手抜きには私も気付いていたしね。何かして欲しい事はある?」


「……勝敗の決着方法を、相手を気絶させるまでに変更して欲しいんです」

「それは手を抜かせない為? それだけじゃ、きっとあの子は自分から貴方の剣を受けて負けようとするわよ?」

「分かってます。だからメルクにお願いして、もう一つこちらで策を用意してあります」

「その瞳……本気なのね。分かったわ! 頑張りなさい!」

「はいっ!」

 アイナが協力しようと思ったのは、良い加減授業中に手を抜き続ける生徒を嗜める意味も兼ねていたのだが、それ以上にドーカムの熱意に胸を打たれたからだ。


 __________


「それでは、ドーカムVSソウシの模擬戦を始めます。二人共準備はいいかな?」

「はいっ!」

「うん……」

 気迫を滾らせているドーカムに対して、ソウシは木剣をダラリと垂れ下げて構えすら取ろうとしない。


 ーーそこへ、アイナから宣告が成される。


「勝負の決着は、どちらかが気絶した場合のみとする。それ以外の決着は認めないわよ」

「はぁっ⁉︎」

 ソウシは教師から発せられた突然の横暴に対して、驚きと共に困惑した。他の生徒達も同様に喧騒に包まれる。


「一体何を言ってるんですか? 模擬戦なんですよね? 何でそこまでする必要があるんですか!」

「それは自分の胸に手を当てて聞いてみなさいな。いい加減『授業』の意味を考えろ」

 アイナの眼差しは怒気を含んでおり、ソウシは反論を述べる事に躊躇した。

 己が手を抜いている事を指しているのが理解出来たからだ。


「ドーカム! 落ちこぼれなんて瞬殺しちまえよ〜!」

「最初から勝負は見えてますわね」

「少しは反抗しろよ村人!」

「ふああぁぁぁぁっ。つまんないから早く終わんないかな」

 クラスメイトは職業で差別し、村人に野次を、騎士に声援を送る。結果は明白だと飽き飽きしていたのだ。

 毎回負け続けている劣等生と、常に剣術においてトップにいる優等生では、勝負にすらならないと考えられていた。


「関係ない奴は黙ってろ!」

 突然ドーカムの怒号が訓練場へ響き渡る。思わず生徒達が身構えてしまう程の威圧を含んでいた。観戦する者達は戦慄する。

『本気で相手を潰す』気なのだと……

「なぁ、ソウシ。俺は本気でお前にぶつかって、互いを高めあえる様な存在になりたいと思ってる。今は力不足かも知れない。でもいつか、肩を並べて戦える親友になりたいと思ってるんだ」

「う、うん。僕は戦わないけどね? その思いは嬉しいよ」

「じゃあ、本気で戦ってもらう為に、こんな事までした俺を許してくれるよな?」

 ドーカムは一枚の紙を胸元から取り出して、ソウシに受け渡した。そこにはテレスとセリビアの直筆の文章が書かれている。


『『ソウシへ、その勝負に負けたら即結婚して貰います』』


「ふぇっ⁉︎」

「伝言がある。ーーそんな腑抜けた授業をしている位なら、国王になる位平気だよね? 因みに選定の儀は北の祠のドラゴンと戦って勝つ事です。ーーだそうだ」


「ふぁっ⁉︎」

「あっ、そうそうセリビアさんからもあるぞ。ガイナス様にお願いして、騎士団への入団申請書を今作成しているそうだ。これは逆に羨ましい」

 ソウシは見事に手を抜けない状態まで追い詰められたが、冷や汗をかきながら困っていた。

 普通なら本気を出して戦うのだろうが、『無理』なのだ。特に剣で本気を出すのは、記憶がフラッシュバックして身体が拒否反応を起こし兼ねない。


「……ドーカム君が何でこんな真似をしたのかは、大体理解出来る」

「そうか! 分かってくれるか!」

「やり方が汚いのは騎士を目指す者としてどうなのかと疑問に思うし、それで僕と友達になれるとか思ってるその浅はかさと、脳筋具合にとても苛立っているけど……」

「うぐぅっ!」

「それを差し引いても、剣じゃ本気で戦えない。本当に無理だから……僕を一方的に倒せばいいと思う」


 ーー暗く俯くソウシに対して、ドーカムは無邪気にあっけらかんと答えた。


「大丈夫だ! 古今東西昔から決まっているのさ。こういう時、男の戦いは拳だってな!」

「はぁっ⁉︎」

 騎士は木剣を放り捨てると、突如右拳を振り下ろして顔面を殴りつけた。

 ソウシは勢いよく地面を滑り転がると、勢い良く顔を上げて睨み付ける。


「この馬鹿! 僕を拳で殴って君の手が無事な訳ーーガハッ!」

 言葉を遮り、腹部を思い切り振り上げたボディーブローが打ち抜いた。

「ほらほら、語るなら拳にしろよ」

 蹲りつつ防御するソウシに向かい、連打を放つドーカムは、一切手を緩めずに殴り続けた。その拳からは血が滴り落ちている。

 ステータスに差があり過ぎて拳が割れたのだーーそうなると分かってからこその忠告だった。


「…………っ!」

「なぁ、きっとお前が失ったと思っているモノはさ、お前の胸の中に眠ってるだけなんだ。失われてなんかいないさ」

「……君には分からないよ」

「あぁ、今はまだお前の辛さが分からない。だから、だからな! 話してくれよ! 伝えてくれよ! 俺にもお前が背負ってるもんを、少しでも支えさせてくれよ!」


「五月蝿い! 僕の気持ちが分かるもんかぁーー!」

 ソウシは初めて迫る拳を払い退け、練習場に慟哭を響かせる。感情が爆発した様に纏う雰囲気が一変した。


 ーードーカムはここからが本番だと身構える。


「君に分かるのか⁉︎ 肉を斬り裂く感触が! 体温が下がっていって、命が抜け落ちる瞬間の絶望が! 身体にこびり付いた血の臭いがとれないんだよ!」

 ソウシは号泣しながら容赦無く顔面を殴りつけた。

 防御したくても速すぎて知覚出来ない拳打を食らったドーカムは、一撃のダメージの大きさに顔を歪める。


「それでいい。もっとぶつけて来いよ!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ソウシは一瞬で懐に飛び込むと、腹部に右拳をのめり込ませ、下がった顎へ真横から左手で掌底を打ち込んだ。

 吹き飛びそうになったドーカムの身体を右膝で蹴り上げると、浮き上がった足首を掴み、振り子の様に容赦なく大地に叩きつける。

 跳ね上がった身体へ回転しながら肘打ちを鳩尾に沈めると、そのまま顔面を蹴り上げた。


「なん、だよあれ……」

「嘘だ……村人の動きじゃない」

「ねぇ、ドーカム君大丈夫なのかな……」

「怖い位に強い……」

 繰り出された一連の体術は、まるで流水の如く滑らかで観戦する者の心を奪ったが、最早ドーカムに意識は無い。

 興奮して気付いていないソウシが、次の攻撃を仕掛けようとしたその瞬間ーー

「そこまでっ!」

「えっ?」

 ーー強制的に魔術で拘束する鎖が繋がれていた。そこへ学院長ドールセンが歩いて来る。


「アイナよ、対応が遅過ぎるぞ。始末書じゃな」

「は、はい、申し訳ありません! つい見惚れてしまい……」

「勝負はもうついておる。ソウシ君、その者の想いはしかと受け止めたか?」

「……痛い程に」

「では、治癒所へお主自身が連れて行け」

「はい、ありがとうございました」

 ソウシは肩を組みながら、学院の治癒所へドーカムを連れて行く。黒い双眸から涙を滴らせていた。


「……ごめん、ドーカム君。本当にごめん」

 気を失っている筈の騎士見習いは、何処か嬉しそうに微笑んでいる。

 二人の友情が、本当の意味で芽生えた瞬間だった……

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