第60話 故郷への遠い道(第六話)決着… (60話)

 首都リンベルのソールンゲル社本店にもどった私は店員のお姉さんに依頼の報告をする。

「ごめんなさい。

 スタンプは取り返せたんだけど、壊されていたの。

 修理できますか?」


 私が聞くとお姉さんは目を丸くして驚いている。

「本当に取り返してくるなんて…

 ビックリしたわ!

 あの4人相手によく取り返せたわね。

 怪我はない?」

「はい、私は無傷ですけどスタンプが再起不能みたいなんです…

 どうしましょう」

 私は、壊されたスタンプをお姉さんに渡す。

「確かに、このスタンプは再起不能みたいね…」


 まずい。これでは最後のスタンプが集まらない。

 侯爵家の命運は風前の灯火だ。

「困ります。

 ここにソールンゲル社本店のスタンプがいるんです」

 私はお父さまから預かっているスタンプ台紙の羊皮紙を取り出してお姉さんに泣きつく。

「何とか修理してスタンプください」

「それなら、付け替えたあのスタンプでいいんじゃない?」

「前あったスタンプ台にチェーンを新しくしてさっき設置したのよ。

 以前いたずらされたとき、予備のスタンプを用意していたから、もう入れ替えて準備完了しているわ」

「えっ予備のスタンプ?」

「そうよ。

 デザインは同じだから大丈夫でしょ」


 さっきの苦労は何だったのか。

 正味1時間程度ではあるが私は無駄骨を折ったのだろうか?


 そのとき店内の刀剣を物色していたお父さまが店の奥から片手剣を2本、両手に1本ずつ持って出てきた。

「アイネリア、待たせたね。

 さすがソールンゲル社本店だ。

 刃物の取りそろえは世界一と言うだけあって、どれにするか目移りしてしまったよ。

 もう証拠のサバイバルナイフとスタンプは準備できたかい?」


 何も事態を把握せずにのんきなショッピングを楽しんでいたお父さまの気が緩みきった声を聞いて、一気に疲れが出た私だった。

「はい、お父さま。

 いま、スタンプを押すところです」


 私は目的を達するとお姉さんにお礼を言って店を出た。

 お父さまは購入した片手剣にご機嫌だ。

 そのうち一本を私に渡すと

「アイネリアも冒険者として活躍していたみたいだから、これまでのお礼に剣を一本プレゼントするよ。

 どうだい、私とお揃いだよ」


 なんで2本も同じ剣を購入しているのかと思ったら、一本は私用だったようだ。

 私はありがたく剣を受け取ることにした。




 この世界の情報の伝わり方は遅い。

 最速の移動手段が馬である以上、そのスピードを上回って情報を運ぶことはできない。


 私が盗賊ギルドのギルド員を撃退したという知らせが、依頼主である両公爵に伝わるよりも先に、私たちは首都へと帰着した。


 賭の対象である公爵へと使いを出すと、中央公園でまつ。


 ごねられても困るので、王家にも使いを出し、ことの顛末を報告しておいた。


 そして、サラセリアを立って25日目、お父さまがこのたびを初めて98日目、私とお父さまは中央公園で証拠の品を携えて、二頭のトリケラトプスを従え、賭の相手であるヨークシャー公爵とステットブルグ公爵を待っている。

 公園は、正規の大勝負の決着を見ようと見物人であふれかえり、ハクウンとセキホウは子供たちの人気者になっていた。

 おとなしい二頭に多くの子供たちがまとわりついている。

 昨日川で洗ってあげたから二頭とも毛並みがふわふわで触り心地は最高だ。

 もちろん、サイコキネシスで湯船をつくり、水をお湯にして湯を張り、寒がりの二頭には心ゆくまで暖まってもらった。

 こっそりつくっておいたハーブ入り石けんもふんだんに使い、旅の汚れをきれいにしたのだ。

 今や二頭の毛並みは最高級羽毛布団にも引けを取らない状況である。


 しばらく待っていると、多くの護衛を連れた立派な服装の親子がこちらへやってきた。

「へ、陛下!」

 お父さまが驚いて声を上げた。

「世紀の大勝負の決着を見に来たぞ!ライオネット。

 旅の途中で行方不明のアイネリア嬢も見つけたそうだな。

 なによりだ。

 知らせを聞いて今日はキャスバルとレイモンドも君たちに会いたいとついてきているんだ。

 最も、二人とも興味があるのはアイネリア嬢のようなのだがね…」


 何か王様が怖いことを言っている。


 王様の言葉にあったレイモンドとキャスバルというのはこの国の第1王子と第2王子のことだ。

 キャスバル王子は私が婚約者候補の一人になっている第2王子で、正室の子ということもあり王太子の第一候補となっている。

 剣、魔法とも優秀で、旅の途中お父さまから聞いたところでは、魔力測定後のお見合い以来、5歳で風魔法が発動できた私に触発されて猛特訓をしたらしい。

 従来人見知りが激しいのだが、その王子がきらきらした目で私の方を見ている。

「アイネリア!

 やっぱり生きていたんだね。

 他の婚約者候補たちが、君は掠われてオオカミの餌になったなんて言うから心配してたんだ。

 けど、魔法が使える君がそう簡単に死ぬはずないと思っていたよ。

 よかったら今度俺と腕比べしよう」

 何故か、とてもなつかれているような気がする。

 私はキャスバル王子とはお見合いの席の1度しか合っていないのに…


「キャスバル。僕にもアイネリア嬢を紹介してくれないか?」

「あっ、レイモンド兄さんすいません。

 こちらが俺の婚約者候補のアイネリア・フォン・ヘイゼンベルグ嬢です。

 アイネリア、こちらが僕の兄のレイモンド・デル・アリタリア第1王子だ」


 レイモンド様はこの国の第1王子だが、側室の一人が母親だ。そのこともあって、正室の子であるキャスバル様に王太子の座を任せたいらしい。

 本当は優秀なはずなのに、どこかわざと優秀ではないように振る舞っているように見えるとお父さまが言っていた。


「よろしくアイネリア嬢。

 キャスバルの兄のレイモンドです」

「よろしくお願いします。レイモンド様。

 アイネリア・フォン・ヘイゼンベルグです」


 私はレイモンド様とも挨拶したが、レイモンド様もきらきらした目で私を見ている。

 解せぬ…

 私に何かあるのだろうか。

 そんなことを思っていると、レイモンド様から声がかかった。


「アイネリア嬢は冒険者をしていて地竜を2頭も飼っていると言うことだが、後ろの大きな獣が君の飼っている地竜なのか。

 できたら、私に触らせてくれないだろうか」


 どうやらレイモンド殿下はハクウンとセキホウに興味があるようだ。

「もちろんかまいませんよ。

 どうぞ心ゆくまで触ってあげてください。

 それから、2頭の内、赤い方は私がお友達から預かっている地竜ですので、私が飼っているのは正確には白い方だけです。

 2頭とも人に慣れていますから安全です」


 近所の子供たちがよじ登ったりして遊んでいるのだから、レイモンド殿下を拒否する理由もない。

 レイモンド殿下はハクウンの背中によじ登ろうとしているようだ。

 それを見てキャスバル殿下も聞いてきた。

「アイネリア嬢、俺も触っていいか」

「どうぞ」

 私が快諾するとキャスバル殿下はセキホウによじ登った。


 わんぱく盛りの王子たちはハクウンとセキホウに任せ、私は王様とお父さまの方へ近づく。

「それにしてもヨークシャー公爵家とステットブルグ公爵はなかなか来ませんね。

 連絡はついているはずなのに…」

 私が訝しむと陛下がいたずらを仕掛けた子供のようにニカッと笑いながら言った。

「おおかた金が惜しくなったのだろう。

 このかけ自体ヘイゼンベルグ家が不利だと評判だったから、まさか期日に間に合うと思っておらず、賭の支払金も用意が間に合っていないのだろうな。

 だが安心しろ。

 この賭は公正な賭だから、私が責任を持って両家に相応額を支払わせてやる」


 この発言は陛下からお墨付きをいただいたようなものである。


 そうこうしているうちに、ついに今回の賭の敗者である二人の公爵様が公園に現れた。「ちっ、本当に帰ってきている」

 一人がお父さまをみて悪態をつく。

「本当に20カ国をまわってきたんだろうな。約束のものを見せてみろ」

 もう一人も嫌そうな目つきで睨みながら証拠を出すように言ってくる。


 お父さまは証拠のスタンプ付き羊皮紙とオリジナルアイテムを並べていく。

 お忍びできていた陛下も興味深げにその様子を見ている。

 20種類のアイテムを全て並べ終わり、確認していた両公爵ががくりと肩を落とした。

「間違いない。本物だ。」

「ああ、羊皮紙のスタンプも間違いない。」


 意外とごねるかと思ったが、両名とも陛下の手前で難癖をつけるのは難しいと観念したのだろう。


 その代わり掛け金の支払いでごねだした。

「ところでヘイゼンベルグ侯、掛け金の支払だが、なにぶん額が額だけに急には用意できん。向こう150年の分割払いと言うことで手を打たないか?」

 ヨークシャー公爵が提案してくる。

「ヨークシャー公爵様、この賭でもし私が負けていたら、領地を含めてただちに接収してでも支払わせると言っていたのはあなたではないですか?」

 お父さまが切り返すと今度はステットブルグ公爵がいいすがる。

「それは売り言葉に買い言葉と言うことで、正式な賭の書類には支払期限は書いていなかったはずだ」

「期限が書いていないと言うことはすぐに払ってもらえるということではないのですか?

 証文には期限を何日後とは書いていませんが、勝負がつき次第支払う旨が記載されています。

 これは、ただちに支払うという意味でしょう」

 淡々と説明するお父さまになおもごねる二人の公爵に国宝陛下が業を煮やした。

「いい加減にせんか、お前たち!

 国を代表する公爵家を預かるものとして、自らの発言には責任を持ってもらう。

 お前たちがすぐには払えんと言うなら、お前たちの領地から支払額に相当する土地を割譲し、ハイゼンベルグ家の管轄とする。

 幸い、お前たちの領地はハイゼンベルグ領と接している。

 領境を変更する形で領地の再編成を行う。

 今のお前たちの様子を見ていると、公正に土地の価値が判断されないおそれもあるので、今回の土地の価値裁定は王家で代行し、領地変更の手続きもしておく。

 よいな!」


 国王のこの裁定により、ヨークシャー公爵領とステットブルグ公爵領はその5分の1を失い、ヘイゼンベルグ侯爵領は2倍の面積となった。

 今回の領地変更によって、ヘイゼンベルグ家は侯爵にして公爵に匹敵する広さの領地を手に入れたのである。

 そしてこの裁定の結果が、その後の私の生活に家同士のしがらみをもたらしてしまうとは、当時の私には知るすべも無かったのである。

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