第26話 お友達、月面都市に感動する… (26話)


 そういえば、カスミちゃんを月面コローニーに案内するの初めてだ。

 せっかくだから、お肉の保管が終わったらカスミちゃんにコロニーを案内しよう。

 きっと驚いてくれるだろうと思っていたが、私が作ったビルの保管室前廊下にテレポートしたときから既にカスミちゃんは驚いていた。


「アリアちゃん、この日本のビルのような建物は何?」

「これは、以前お話ししたサイコキネシスによる成分抽出で作った日本風のビルよ。場所は青い月の裏側」

「月? けどここ空気あるよね…?」

「成分抽出で作った空気よ」

「すごいね。でも宇宙空間に逃げていかないの?」

「大丈夫よ、月面コロニーを大きなドーム状のクリスタルグラスで覆っているから」

「それも成分抽出?」

「うん。それと化学結合操作とか物質操作も使っているのよ」

「………………………」



 続いて、真空にしてあった保存室に空気を満たし、ウサギの肉と毛皮を持ち込む。


「アリアちゃん…、その空中に浮いている黒っぽい球体とその中に見えるミニチュアサイズの赤っぽい薬草はなに?」

「あれは保管中の薬草よ。

 空間制御で重力をかけて時間の進行を遅らせているの。

 その性で縮んで見えるわ。

 黒っぽく見えるのと中のものが赤っぽく見えるのは重力が大きいせいね」

「なんかよくわかんないけど凄いね…。私にもできるかな?」

「うーーん、どうだろう?まずはテレポーテーションとかが先じゃないかな?」

「そうよね…」


 なんか、カスミちゃんに遅延効果魔法がかかったように動きが遅くなっているが、夕方までには帰らないといけないので、先を急いで案内しよう。


「それじゃあ、お肉とか保存するね。

 とりあえずアブソリュートゼロ!」


 別に詠唱しなくてもできるけど、カスミちゃんにも分かるように魔法名だけを詠唱する。


 お肉の構成分子の熱運動は完全に停止した。

「アリアちゃん、今のは何?」

 どうやらカスミちゃんには分からなかったみたいなので説明する。


「えっとね。お肉の構成分子の熱運動をサイコキネシスで止めて温度をゼロケルビンにしたのよ。

 瞬間冷凍保存の強化版ってところかな」

「なんか、色々と凄すぎ…

 私もかなり強くなったと思ったけどアリアちゃんに比べると全然まだね…」

「そんなことないよ。

 私なんて生まれる前からやっててこの程度なんだから、1ヶ月でカスミちゃんがあれだけできていること自体凄いんだよ」

「うーーん…

 生まれる前からやってたこと自体、とんでもなく凄いと思うけど…」


 カスミちゃんは何か納得できていないようだがそれ以上はお肉の保管について何も言わなかった。


「それじゃあ、せっかく来たから案内するね」


 私は隣にある前世の私の部屋をモデルにしたマンション形式ワンルームタイプに案内する。

「うわぁ、凄い。

 テレビとか写ったらまるっきり日本だよね!」


 カスミちゃんが感動の声を上げる。

「テレビはないけど、ここ、最上階だから景色はいいと思うよ」

 安全面からはめ殺しにしているが、クリスタルグラスの大きな窓からは、私が7年以上かけて作った日本の都市風第一コロニーが一望できる。


「すごいねぇ…。全部アリアちゃんが作ったの…」

「うん、結構時間はかかったけどね。他のところも見てみる?」

「他にもあるの…、見てみたいわ。お願い」


 私はカスミちゃんを連れて洋風建築エリアの第二コロニー、中華風エリアの第三コロニー、草原エリア、森林エリア、湖沼エリアとテレポーテーションで案内する。


 一通り見終わって私の部屋に帰ってくるとカスミちゃんが熱っぽい瞳で見つめてきた。


「ねえ、アリアちゃん。

 私も街とか作ってみたい!

 ダメかな?」

「うーーん、ダメじゃないけど、かなり魔力が無いとすぐに魔力切れで寝込んじゃうよ」

「寝込んでもいいから私も作ってみたいの。

 お願い」


「分かったわ」

 とはいったものの、カスミちゃんはサイコキネシスによる成分抽出が上手くできない。


 粘土の造形なら私以上に器用だが、人が住めるレベルの強度を粘土に求めるのは酷であろう。

 下手に私のビルの横に粘土のビルが建って倒壊でも起きたら、巻き添えで既にあるビルが倒れかねない。


 私はカスミちゃんに提案する。

「カスミちゃんは赤い月の裏側に街をつくったらどうかな?」

「赤い月って小さい方の月?」

「小さいって言っても、遠くにあるから小さく見えているだけで、大きさはこの青い月とほとんど同じよ」

「そうなんだ…。

 でも、私、テレポーテーションもクレヤボヤンスもできないし、離れたところにサイコキネシスを正確に発動できないと思うわ…」

 カスミちゃんは悔しそうに言う。


「大丈夫よ。私が赤い月の裏側に現場事務所をまず作るから」

「現場事務所?」

「そう。

 そして、現場事務所までテレポーテーションで連れて行くから、そこから思う存分ビルを建ててね」

「本当!うれしいわ。

 ありがとうアリアちゃん。

 わたし、頑張ってここに負けないくらいの建物作るね!」


 自分も月面コロニー作りができそうだとわかり、カスミちゃんのテンションは急上昇。

 私もカスミちゃんに喜んでもらえれば何よりだ。


 私は早速、クレヤボヤンスで赤い月の裏側に視点を移し、成分抽出や化学結合操作を駆使して、プレハブ風の建築現場小屋を作り、クリスタルグラスのドームで覆うと、呼吸できる量の空気でドーム内を満たす。

 そしてすぐに、カスミちゃんを連れて、できたての現場小屋にテレポートする。


「さあ、カスミちゃん。

 ここから思う存分ビルを建てていいわよ。

 疲れたらこのソファーで休憩してね」


 私の部屋から持ち込んだソファーを工事現場に提供する。

「うん、ありがとう。

 魔力が切れたら休憩するね!」


 そして、カスミちゃんの土木工事ライフがスタートした。

 この後、1ヶ月間、私は毎日赤い月の裏にカスミちゃんをテレポーテーションで運んだ。

 カスミちゃんは、夕方まで見た目だけは立派な粘土細工のビルを建て続ける。

 本当に、造形だけ見ると私よりも格段に上手だ。


 1ヶ月後、赤い月の真空の大地はかなり賑やかになってきた。

 古代ローマ風のコロッセオがモデルと思わしき闘技場。

 傾いていないピサの斜塔。

 街の入り口にはパリの凱旋門。

 街の外には守護するかのような巨大スフィンクス像。

 中央に何故か東京スカイツリーモドキ。

 現代風の高層粘土ビルも、月の低重力のおかげで崩壊することなく形状を維持できている。

 地震が来たらほとんど潰れそうだが、幸い月は芯まで冷え切っているようで、地震はなさそうだ。


 全て完成したら、私がクリスタルガラスのドームで全体を覆い、空気を満たして、二人で散歩する約束をした。


 ジョーイさんの大作風景画が完成し、次は依頼主の肖像画を作ることになったため、私とカスミちゃんの自由行動時間は更に増えることになる。

 この調子なら、二人で赤い月の街を散歩する日も近いと思っていたある日、月の建設現場から帰ってきた私たちは、首都が騒がしくなっていることに驚くこととなった。

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