第16話 私は死にました… ということにします… (16話)

 よく晴れた春の日、私は社会見学を兼ねて両親と買い物のために町へ出た。

 賑やかな市場の雰囲気を護衛の兵士や両親に囲まれて堪能していたときに、突然喧嘩が始まった。

 どうやら町のごろつきが露天の商品を万引きし、見とがめた冒険者と喧嘩になっているようだ。

 ごろつきは仲間と5人ほどの徒党を組んでおり、2人組の冒険者は劣勢である。

 衛兵が来るまで持ちそうにない。


 お父様は目で合図すると、護衛の兵士2人をつれてごろつきを捕縛に向かった。

 残された母と私は、ことの顛末を見届けようと、喧嘩の喧噪を遠巻きにしていた。


 そのとき私は突然口をふさがれ抱きかかえられたのである。

 人々の視線は喧嘩に集中しており、お母様も周りの人も私の異常に気がつかない。

 私は驚いたが、待っていた機会が訪れたことを悟り、なすがままにさらわれつつ、心の中で家族に別れを告げた。


『お父様、お母様、さようなら。今までありがとうございました。

 これから私は死んだことにします』


 母の姿が小さくなり、見えなくなる一瞬、口を抑えられた私とお母様の視線があった。

 お母様の大きく見開かれた目と、悲鳴は街の喧騒に埋もれ、私はそのままさらわれた。


 覚悟していた別れと言え、今まで育ててくれた父や母との別離に、自然と涙が頬を伝った…

 しかし、これは通らねばならない道なのだ。

 家の没落を回避し、今世こそ不遇の結末を回避するためには…

 2年間考えに考え抜いた方法なのだ。

 そして今が、その計画を発動する最大のチャンスなのである。

 私は心中で自分に言い聞かせ決意を固める。



 私をさらった男は、さびれた裏通りを抜けると私に猿ぐつわをかませ、目隠しをし、両手両足を縛ると箱の中に入れた。

 そのまま荷車に乗せられスラム街を移動する。

 どこかから仔牛を市場へ運ぶ歌が聞こえてきそうなシチュエーションだ…。


 私は心の中で例の歌を口ずさみながらぼんやりとクレヤボヤンスで周囲の様子を眺めていた。


 そう、クレヤボヤンスが使える私には自分がどこに運ばれているのか正確に分かっているので、目隠しなど無駄なのだ。

 しかし、私が死んだことにするにはいい機会だ。

 このままおとなしく拉致されることにしよう。




 やがてアジトにつくと、箱から出され、鉄格子の小窓が付いた分厚い扉の部屋に放り込まれた。

 せめて拘束はほどいてほしいものである。

 自分で魔法を使い切断してもいいのだが、ロープがほどけていると誘拐団に怪しまれ、何をされるか分からない。

 最も、何をしようとしても超能力を発動すれば楽勝なのだが…

 私はとりあえずなすがままにされながら、クレヤボヤンスで誘拐者たちの様子をうかがった。


 現状、この誘拐盗賊集団は総勢11名。

 中には町で喧嘩をふっかけていたごろつき5人も入っている。

 どうやら喧嘩していたごろつきに注目が集まっているうちに、めぼしい子供を物色してさらっているようだ。


 問題はこの誘拐団が身代金目当てなのか人身売買目的なのかである。


 身代金目当てであれば侯爵家へ連絡がつけられ、身代金との交換交渉となり、死体を残さずに死んだことにはできなくなるだろう。

 借りに、ここから逃げて逐電しても、私は死んだことにはならず、家族は私を探すだろう。

 いずれ私の足取りがつかまれ、私の死んだふり計画は頓挫する。


 人身売買目的であればおそらく別の国に運ばれ、奴隷として売られる可能性が濃厚だ。

 私としては後者であれば移動中に魔獣に襲われたことにして死んだふりができるのでベストなのだが…

 私はクレヤボヤンスに集中し、誘拐団の様子を伺う。


 外へ続く扉が開き、町人風の男が一人帰ってきたところだった。


「お頭、全員そろいました」

 副官らしき男の言葉にお頭と呼ばれた男が応える。

「そうか。子供の情報は集まったのか」

「はい。あの子供はヘイゼンベルグ家の長女でアイネリアというらしいです。

 今、衛兵や兵士が血眼になって町中探しています」


 最後に入ってきた町人風の男が言う。


「それは重畳だ。

 身代金がたっぷり取れそうだな。

 侯爵家の身代が傾くくらいふっかけるぞ」


 お頭と呼ばれたひげ面の大男が楽しそうに笑った。



 まずい。前者だった。

 このままでは魔獣に美味しくいただかれたことにして死体をさらさずに死んだことにするという私の計画が水の泡だ。


 盗賊たちは身代金の請求状を書き始めている。

 もはや一刻の猶予もない。


 私は無理やり『人身売買団にさらわれちゃった計画』を発動すべく、クレヤボヤンスの視点を切り替えて、国境近くの魔獣がたくさんいそうな森を探す。

 いた。マッドウルフというオオカミの魔獣の群れだ。

 30匹はいるだろうか、かなりの数だ。

 統率している個体は一回り大きくキングマッドウルフに進化しているようだ。


 王立図書館の魔物図鑑によると、マッドウルフはキングがいると群れの統率力が上がり、ベテランの冒険者でも気が抜けなくなる魔物らしい。


 誘拐団にはあのオオカミたちの食事になってもらことにしよう。

 どうせろくなことをしていない犯罪者だ。

 これまでも多くの犯罪を繰り返していたに違いない。

 これからの犯罪を防ぐためにも彼らはオオカミの餌コースを享受してもらおう。


 私はサイコキネシスで拘束を引きちぎると,オオカミたちがいる森へとテレポートで飛んだ。


 まずは下準備だ。

 オオカミたちに気づかれないように注意しつつ、エリアテレポートで森の木々ごと群れを国境近くの街道脇に移動させる。

 何が起こったか分からずに戸惑っているマッドウルフたちを残して、監禁部屋へ再びテレポート。

 次は誘拐団一味の番だ。


 私は監禁部屋の重い木のドアを全力で蹴飛ばした。

 バゴン と大きな音がして、ねじ切れた蝶つがいを残しドアが飛んでいく。

 ドアの外で密談をしていた誘拐団は、情報収集の男を入れて12人。

 何が起こったのか分からずこちらをポカンと見つめている。


 私はドアがあった監禁部屋の入り口に立つと言い放った。

「そこまでです。

 あなたたちのような社会の害悪には今日を限りに天寿を全うしていただきます」


 ポカンとしていた盗賊どもはどうやら私がドアを蹴り飛ばした張本人だと理解したらしく怒りに顔を真っ赤にして迫ってきた。


「このガキ、おとなしくしていれば調子に乗りやがって。

 やろうども、かまわねえ腕の一本でもむしり取ってやれ。

 死にさえしなければ身代金は取れる。

 もげた腕を手紙につけてやれば金払いもよくなることだろう。やれ!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉ~~~~~~」」」」」


 とんでもない奴らだ。

 腕をねじ切られてはたまらない。

 情けは無用と改めて確認できた。


 お頭と呼ばれている男の命令で一斉に男たちが動いた瞬間、私はエリアテレポートを発動し、部屋の床ごと誘拐団全員とともに国境近くの街道へと移動した。

 オオカミたちから500メートルほど離れた場所だ。


 真夜中の街道は人っ子一人いなかったが、折しも二つの月が天空にあり、夜とは言えかなり視界がよかった。

 何が起こったか分からない盗賊たちがその動きを止め、自身の身に起きたことを理解しようとするかのようにあたりを見回した。


 私はすかさず、机の影に姿を隠して、さっき移動させたマッドウルフの集団の真ん中にテレポーテーションで移動する。

 オオカミたちも驚いた様子だったが、私という餌が目の前にいることを理解するやいなや、こちらへ襲いかかってきた。

 私はオオカミたちの攻撃をかいくぐりながら誘拐団の方へマッドウルフを誘導する。


 どうやら私の全力疾走の方がオオカミよりも早いようで誘拐団が視認できるまで近づいたとき50メートルほどオオカミを引き離していた。

 私は素早く地面から鉄分を集め、サイコキネシスで成分抽出と成形を行う。

 この世界では土魔法と呼ばれる能力を駆使して片手剣を創造すると、オオカミをぎりぎりまで引きつけ、盗賊に向かってダッシュした。


 私を追ってオオカミたちは盗賊へと向かう。盗賊たちもオオカミとその先頭を走る私に気がつき覚悟を決めたのだろう。

 剣やダガーを抜いて応戦の体制をとり、机や椅子が散らばっている床から降りると、街道脇の草原で陣形を組んだ。

 といってもお頭の前に横一列に並んだだけであるが…


 彼らにはここで全滅してもらう必要がある。

 魔獣にやられたことが分かるように、マッドウルフにも何匹か犠牲になってもらうが、基本、盗賊はオオカミの餌だ。

 オオカミを引き連れた私は、盗賊の間をすり抜けるついでに、盗賊たちの両手両足の腱を切断した。

 訓練用の重りをはずして身体能力全開で動く私に、盗賊はもちろんオオカミも追いつけない。

 オオカミたちは腱を切られて無力化した盗賊たちに気づくと、私よりも簡単に捕食できる餌へと目標を変えた。


 お頭以外の腱を切断すると、オオカミたちは大量の餌にとどめを刺している。お頭は仲間がなぜかばたばた倒れる様子を理解できないようで呆然と眺めていたが、我に返ると一番近くの仲間の首に牙をたてているオオカミに剣を振るいその命を刈り取った。


「このど畜生どもめ、一匹残らず俺がぶち殺してやる」


 雄叫びを上げながら、2匹目のマッドウルフを斬り殺した瞬間、私はお頭の腱を切断した。

 その場に崩れ落ちるお頭はなにが起きているのか全く分からなかったようだが、それもすぐに終わる。

 キングマッドウルフがお頭にのどに食いついたのだ。


 私はオオカミたちの食事の邪魔をしないようにテレポーテーションで月面都市へと移動すると、高層ビル最上階に作った私の前世の部屋に似せた部屋のベットへダイブした。



 直接手を下していないとはいえ、初めて人の命を刈り取った。

 つかまれば死刑になるのが確実な盗賊誘拐団だが、その命の重みを私は忘れまいと心に誓った。

 最も、今後も悪い人間に容赦するつもりはないが…


 3時間ほど仮眠を取った私は、かねてから用意していた冒険者風の服へ着替えると、今まで来ていたドレスや下着を全て持ち、盗賊誘拐団臨終の地へと再びテレポートした。

 私の死を偽装するためである。


 現場は凄惨な状況であった。

 街道脇の草原で、かつて盗賊たちであったものは、彼らの装備と血だまりを残してほとんどきれいに食べ尽くされていた。

 まさに骨まで美味しくいただかれた状態である。

 魔獣といえども共食いは嫌うのか、2匹のマッドウルフの死骸はそのままである。


 私は自分のドレスと下着をびりびりに引き裂くと、まだ乾ききっていない血をたっぷり含ませ、自分の髪を一束切り取って服と一緒に血だまりへ投げた。



 これで、街道を通りかかった人がこの状況を見つければ、誘拐団共々私は魔獣の餌となり、死んだことになるだろう。

 誘拐団の部屋の床と、オオカミと一緒に移動させた森林の一部をエリアテレポートで元の場所に戻す。


 なお、生き残ったマッドウルフは、帰巣本能が働いたためか、移動させた森林に戻っていたので、森と一緒に元の場所に帰ることとなった。

 このマッドウルフの群れを討伐しようかしまいか迷ったが、私のために働いてくれたと言っても過言ではないオオカミを躊躇無く退治することは、私にはできなかった。

 満腹のマッドウルフは私に興味をほとんど示さず、ちっらと見ただけでどの個体も眠ってしまう。

 私はひときわ大きなキングマッドウルフの正面に立つと威圧するようににらみつけ、オオカミを諭すように言った。

「今回は私の役に立ってくれたから、おまえたちを討伐はしない。

 しかし、今後人を襲うようなことがあれば容赦なく首を切られると思いなさい。

 今後は森の奥深くで生活し、決して人間には近づかないこと。

 分かった!」


 私が言い終わると、私の言葉を理解したかのようにキングマッドウルフは「キューン」と鳴き、「ウォォォーーーン」と遠吠えを一つして仲間とともに森の奥へと消えていった。

 本当に私の言葉が分かったのだろうか…



 偽装を終えた私はこの星の反対側にあるサラス人民共和国へとテレポートで飛んだ。


 尚、誘拐団がため込んでいた金品については、無くなっていると不自然だと思いそのまま放置した。

 いくらかのお金をもらっておけば良かったと後から後悔したが、わざわざバレル危険を冒してまで取りに戻ることはしなかった。


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