⑤
「さて、この星の病状だが、二千年前の時点でかなり厳しかった」
「そ、それは、そもそも、どういう……この星が病気、って、あの、よくわからなくて……」
青い顔で問うたのはジルベルタだ。他でもない自分が住む場所の話である、その顔色は当然だ。ザザも不安そうな顔をしている。
「具体的には、魔力が循環不全を起こしている。星の内部で生まれた魔力は、地上で生きる者たちに吸い出され、利用され、宙に散り、また星へと還っていく。この循環は、適度である必要がある。激しすぎれば星は痛むし、なさすぎれば星は腐る」
「で、では、この星は、その後者、ですか……? 循環不全、という事は……」
「そうだ、典型的な後者だ。星の内部にはあまりに潤沢な魔力があるのに、私が来た当初、地上に住む生命体はほとんど、それを利用する術を持たなかった」
ジルベルタへそう答えてから、さらにジーリンはなんでもないように続けた。
「だから二千年前、私はまずこの星の生命に魔法を授けた。手ずから経路(パス)を通し、また、他者に経路を通す方法も教えた。合わせて、魔法の使い方や使い道も」
「えっ……」「貴女が……」
ザザとジルベルタ、この星の住人二人が揃って驚きの声をあげた。
この星の文明は、遠い昔からジーリンに誘導されていたという事になる。
ジーリンは自らを神ではないと言ったが、やっている事は近いような気もする。
「これにより、ある程度は魔力の循環が生まれた。だが、星の魔力総量に比すればまだまだ足りなかった。私の想定より、魔法はこの星の人類に使用されなかったのだ」
「……あ、じゃあその時にここの人類に授けたのは、原初の魔法、星命魔法ですか?」
幹人の問いに、ジーリンは頷いた。
「そうだ。魔力を魔力のまま取り扱うあれは、魔法の基本であり王道だ。あれを使いこなしてくれればそれが一番だと思ったのだが、なかなかそう上手くはいかなかった」
魔法は、星から引き出した魔力と術者のイメージで発現する。風の魔法を使いたければ風の、炎の魔法を使いたければ炎のイメージが必要だ。
だが、魔力をそのまま扱う星命魔法を使いたければ、魔力という人間には備わっておらず、自然の中でも見る事のないものをしっかりイメージしなければならない。
これは難しいのだ。星命魔法をよく使う幹人たちは、魔道具で発動させている。
「とりあえず八百年ほど様子を見たのだが、芳しくなかった。そこで今から千二百年ほど前、今度は属性魔法を教える事にした」
属性魔法とは、魔力を自然の中にあるものに変化させて出現させる魔法だ。風や炎、水や土。運動エネルギーなどもここに含まれる。
星命魔法と違い、こちらはイメージしやすいため非常に使いやすい。
(しかし、とりあえずで八百年て)
いちいちスケールが大きくて、目眩がしそうだ。
「属性魔法は非常に多くの人間に使ってもらう事ができた。先の星命魔法と比べれば格段の違いだ。この星の文明は瞬く間に、属性魔法の存在を前提としたものに塗り変わった。おかげで、星の魔力循環はかなり改善したが……」
「すぐに状況は悪くなったろうな。下手をすれば、属性魔法を授ける以前よりも」
照治が差し挟んだ言葉に、ジーリンはその眠たげな瞳を少し見開いた。
「驚いた、よくわかったな」
「わからんわけがないだろ」
ジーリンが自分たちを勝手にこの星へ喚びつけた張本人と知ってからずっと、照治の口調は少しきつめだ。
怒っているし、怒ってくれているのだと思う。
「え~、なんでなの? 照兄、私にはちょっとわかりませぬ……」
「照兄、俺もわからん!」
「ん、そうか。なに、簡単な話だよ」
咲と幹人が聞けば、彼の口調はすぐに朗々として聞き心地のいい、いつものものになった。
「あらゆるところで戦争が起きたんだろう。属性魔法で生活の効率が上がったら、できた余裕でどんな国も領土を増やしたがるからな。加えて、魔法は強力な武器にもなる。今までの剣やら弓やらとは殺傷力も殺傷範囲も桁がいくつも違う武器にな」
「あー、なるほど。すると、起きる戦争の規模も大きくなっちゃう?」
「そう。しかも、魔法で国と国とが戦い合ったらお互いにどれだけの死者が出てしまうかって事も、当時、この星の人間たちはまだ誰も経験として知らなかったわけだしな」
言われてみれば、確かに危険な条件が見事に揃っている。
「各地で起きた大規模かつ想定以上の戦争で、各国共に死者多数。人間の数がグッと減って……最初の話に戻るわけだ。魔法を使う存在が減るわけだから、星の魔力循環はやはり上手くいかなくなる」
「テルジさんって、どうして一瞬でそんなに考えが回るんですか……?」
ザザが少しおののいた風に呟いた。
「こんなのは向き不向きの問題だよ、大した事じゃない。……さて、ここまで聞くと、後の展開も多少は予想ができるな。精霊魔法も当然、あんたがこの星に授けたものだろ? 神殿を用意したのももちろんあんただ」
「そうだ。まあ、これ以上何か私が刺激をしては、いよいよこの星の人類を絶滅に導きかけないのではと思って、しばらく様子はみたがな。八百年ほどだ」
またも八百年。幹人たちには、しばらくなんて言葉では表現できない時間だ。
「その間、戦争は起きては収まり、起きては収まりを繰り返した。八百年経って、なんとかようやく人間の数の増加が安定してきた。そこで今度は精霊魔法を、」
「代理戦争促進のために授けた。そうだな?」
その指摘に、ジーリンはまた少し眼を見開きつつも頷いた。照治は続ける。
「属性魔法での反省から、あんたは戦争による人間の数の大きな減少を防ごうと考えた。そこで、直接人間同士が戦闘するのでなく、お互いの精霊同士が戦う精霊魔法を授けたわけだ。……だが、残念ながら戦闘の主流にはなり得なかった。当たり前の話だが」
「……む、君の言うとおりの結果ではあったが、私としては腑に落ちないところだ。どうしてそれが当たり前だったのだ?」
小首を傾げつつ、逆に照治に問うジーリン。
「人口が増えすぎてとにかく相手を抹消せねばならんというなら話は別だが、この星はそこまでの状態にはなかったぞ。起きた戦争のほとんどは、経済的な主従を決めるためのものだった。だったら、」
「精霊魔法で戦い合えば、相手の数を減らさないままに戦争に勝利できるし、負けるにしても死なずに済むのに、か? それはあんたのスケールだけで話を考えている」
ジーリンの疑問を、照治はそうばっさりと斬った。
「あんたの言うとおり、精霊魔法で戦争すれば被害は格段に少なくて済むし、勝った方にも負けた方にもメリットがある。だが、この星の人間はあんたのように長生きじゃない。俺たちと対して変わりない寿命だと聞いているから、精々が百年そこらだ」
「それはもちろん知っている。だから、寿命が短いのであれば、なおのこと命を大切にするべきではないのか? どうして自ら死に急ぐような選択を採る?」
「言っているだろ、スケールの問題だ」
得心していない様子のジーリンに、照治は説明を重ねていく。
「そもそも前提として、属性魔法の方が精霊魔法よりも戦う分には手っ取り早く強力なんだ。それでもお互いのメリットのために揃って精霊魔法を選ぶ……という選択を採るためには、双方が過去の戦争を、よっぽど自分の痛みとして知ってなきゃならん」
そこに問題がある、と照治は繋げる。
「たとえば、二百年前に大戦争があったとする。あんたからすりゃ、ついこの間それでたくさん死んだんだから学べよと思うだろうが、この星の人類としては、生まれる前のさらに昔の話だ。ただの歴史、ただの知識であって、生の痛みなんて誰も知らない」
「……だから変わらず、精霊魔法でなく、使いやすく強力な属性魔法で戦争する事をやめない、か」
そう呟いたジーリンは、改めてじいっと照治の方を見つめた。
「なるほど、納得した。君はどうやら、来るのが遅かったな。贅沢を言えば二千年ほど。その頃から私のところに居てほしかったよ」
そうでしょう! と、勝手に内心で得意になるくらい、幹人はジーリンの言葉が嬉しかったけれど、当の照治はわずかもそんな風には感じていなさそうだった。
「……あのな」
むしろ、彼は訝しげな表情だ。
「俺程度の知能に感心してもらっても困る。あんたは俺たちなんかよりも数段上の文明出身なんだろう? だったら、こんな事くらい軽々わかってくれ」
「確かに、私は君たちよりもレベルの高い文明の出身ではある。その恩恵を受け、様々な知識や技術を持ってはいる。だがそれは必ずしも、私が君たちよりもすべての面において知的能力が高い事を意味はしない」
「……む」
「言葉を返すようでなんだが、君のスケールで話をしていないかな。自分よりもレベルの高い文明出身者に触れた事がない、君のスケールで」
「そっちが正しい。失礼した」
両手を挙げる照治。論理で返されそれが正しければ、すぐに納得する兄貴分である。
「なに、私が出身文明の割にふがいないというのも正しくはある。だからこそ、こうして君たちを頼ろうとしているのだから。……そろそろ本題に入れるな、どうして君たちを喚んだのかについてだ」
ジーリンがそう仕切り直した。幹人たちは、ついに触れるその話題に身を硬くする。
「私の不手際でなかなか魔力循環量も増やせず、この星の状態は厳しい。もはや、地上に住む生命体に、より多く魔力を使ってもらうようになるのを待つ事はできない。本来ならそれが一番なのだが……それではもう、星が腐り切るまでに間に合わない」
ジーリンは一瞬だけ、悔しそうに目を伏せる。それからはっきりとした口調で言った。
「そこで、強攻策として、いわば外科手術に踏み切る事にした。私は、その助っ人が欲しいのだ」
「外科手術……?」
聞き返した幹人にジーリンは頷いて。
さらに、意味の分からないことを言葉を告げた。
「この星の内部プログラムを書き換える。根本から、バグを修正する」
は?
というのが、この場の高専生全員の感想だったのではないかと思う。
だって、それではまるで。
「……と、いう事は」
驚きに固まったままの幹人の隣、努めて冷静な声で問うたのは、照治。
「この星は、巨大な魔道具だってことに――」
ドオオオオン、と。
腹に響く轟音が聞こえたのはそんなタイミングだった。
「なになになに!?」「すげえ音したぞおい!」「もしかして星の崩壊!?」「始まっちゃったの!?」「このタイミングで!?」
地球出身のメンバーは思わずうろたえ、ザザとジルベルタは鋭い目つきで立ち上がり、自らの得物に手を掛ける。
「ああ、いや、これは星の病とは関係がない。……とはいえ、これはこれで困りものだ。これからは特にな」
ジーリンがそう言って、部屋にあるキーボードのひとつを操作した。すると、新しい空中投影ディスプレイが現れる。
映ったのは、青空にエメラルドグリーンの湖。外の光景のようだ。相変わらず美しい景色だが、異常な点がある。
湖面の上、尋常じゃない勢いで何度も何度も爆発が起こっているのだ。
「ジーリン、なんだあれは? この湖にはあんなアグレッシブな名物があるのか?」
「まさか。……この島には私の魔法と魔道具で結界を張ってあるのだが、時折、ああしてそれを破ろうとしてくる人間が来るのだ。いつもは大して影響はないのだが……む、今日のはなかなか、というか、かなり厄介な手合いだな」
ジーリンは少し困ったような声だ。
「え、じゃあ、あの爆発、人間が起こしてるの……? とんでもない実力者なんじゃ……? ジーリンさん、もしかして結界が破られちゃったりとかは……」
「今はありえない。……だが、これからここの装置は、星のプログラム修正実行に大半のリソースを振る事になる。その時にまた来られたら、負荷に耐えきれずシステムがダウンする可能性もある」
幹人が問うと、そんな答えが返ってきた。
「その時は正直、結界を突破される事も考えられる。今いるこの場所が攻撃され、もしそれが星のプログラム修正の真っ最中であったら、本当に最悪の場合、星の即時崩壊もありうる」
「ぐえ……」
大問題である。自分たちどころか、この星の命全部が終わりだ。
「ジーリン、何かすごい迎撃魔法とか装置とかはないのか」
「私は医者だ、攻撃の手段などひとつも持っていない。防衛のための結界が精々だ」
「ご立派な理念だが、それで今困ってんだろうが」
「面目ない」
「……仕方ねえ、どこの誰だか知らねえが、今のうちに話をつけておいた方がいいな」
照治はため息を吐きながら言った。
「どうせあんたは姿を見せるわけにも、いわんや、おおっぴらに素性を明かすわけにもいかないんだろ? とりあえず俺たちが行く」
「その通りだ。助かる、ぜひ頼みたい」
ジーリンの返答を確認し、照治はさっさと部屋から出る構えだ。出入り口へと歩いて行く。
「全員で行っても余計な警戒されるだけだろう。幹人、ザザ。一緒に来てくれるか」
指名を受け、当然、幹人はすぐに照治の背中を追った。追いついて、並んで歩く。
後ろから付いてくる足音。振り返れば、もちろんザザ。
だが、彼女の表情はかなり悩ましげだった。
「……ザザ?」
「話、話……いえ、どうでしょう……。他人の言葉であの人が、行動を変えてくれたらいいんですが……」
「……もしかして、あの爆発を起こしてるヤツに心当たりが?」
問うと、ザザは頷いた。
そのまま歩いて地上へ向かいながら、幹人と照治はザザからその人物についてのあらましを聞き、
「……照兄、なんか、……山場があっちから来ちゃった感じ?」
「穏当にいかね~よなあ本当によお……」
二人して、勘弁してくれと嘆きの声を漏らした。
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