高専生は実験が好きなのだ。その後に出さなければいけないレポートに心がやられるだけで。


「ザザ、まずはそのピンクのパンサーを精霊聖水の状態に戻してくれ。最初から始めたい」

「わかりました」


 照治の指示にザザが頷き、地面に置かれた瓶の上に桜色の豹が乗った。

 そう時を待たずに精霊の身体は輪郭を失い、ぱしゃりと溶けていった聖水が瓶の中に収まって、樹印が残される。


「神殿というのはどっちにある?」

「あっちです」


 ザザが指したのは現在の位置から見て屋敷の方向だ。


「よし、そうしたらザザはこの位置から動かないでくれ。犬塚が聖水と樹印を持って離れていくから、精霊を召喚できる限界距離になったら手を上げて教えてやって欲しい。犬塚、頼むぞ。あっちに向かっていってくれ」

「お任せ!」


 機敏な動きで犬塚は指示された通り、聖水入りの瓶とその上に乗った樹印をまとめて抱え、ザザから離れていく。

 五十メートルほどいったところで、ザザが手を上げた。


「では、測定器三つをそれぞれ設置する。まず、ザザと犬塚の間に一つ。さらに犬塚から神殿方向に一つ。ザザから神殿方向に一つだ」


 照治の指示通り、部員たちが動いて測定器を置き、スイッチを入れて記録のスタンバイモードに。幹人も一つを持って置いてきた。

 ザザのもとへ戻る形で、メンバーが再度集まる。


「よし、これで召喚者・精霊間、召喚者・神殿間、精霊・神殿間の三点に測定器が設置された事になる」

「照兄、神殿と魔力波の送受信がされているとしたら、それがしっかり指向性を持ってないと、正確なデータ取りは難しいかな? 干渉とか混線とかしちゃって。具体的な距離はわからないけど、神殿は遠くにあるらしいし」


「そうだな。だが、大精霊祭の試合で二体の精霊が近距離で問題なく召喚されていた事を考えると、鋭い指向性や魔力波特有の選択性があるんじゃないかと、俺は予想している」

「はー、なるほど」

「ま、とにかくやるだけやってみよう。それではザザ、召喚を頼む」


 そして実験がスタートした。精霊魔法魔力波通信仮説実証実験である。

 記念すべきものになるかどうかは、今はまだ誰もわからない。





「う~ん……」


 庭に置かれたホワイトボードの前、腕を組み、照治が唸っている。


「…………予想と、少し違ったな。いや、俺の勝手な予想だが」


 実験自体はつつがなく終了した。

 開発機の空中投影ディスプレイで確認していったその結果に、さてどう解釈したものかと皆で頭をひねっている。


「精霊魔法の発動中はやはり、普通の魔法を使ったときに自然に発生するものとは明らかに違う、特殊で強い魔力波が検知出来た。という事は、予想通り、精霊魔法では魔力波による通信が行われているという事だろう…………それは良いんだが」


 難しい顔で、兄貴分は見解を語っていく。


「召喚者と神殿の間、精霊と神殿の間では魔力波通信が発生していたのに、召喚者と精霊の間ではそれがまったく確認出来なかったのは予想外だったな……」

「精霊には勝手に動いてもらう事も、細かく指示を与える事も出来る……だけど、どちらにおいても召喚者と精霊の間で魔力波通信は発生しなかった」

「細かく指示を与える時でさえも、召喚者と精霊の間で、直接的な情報のやり取りは発生しないっつうのは、本当に意外だったな」


 幹人の言葉に続けて言って、照治はガシガシと自身の頭を掻いた。


「つまり、データの経路はいつでも、召喚者から神殿を通り精霊へ、または精霊から神殿を通り召喚者へ……となる。必ず間に神殿を挟むわけだ」

「……この事実から、精霊の、実行プログラムや、それを載せたハードウェアが、存在するのは、神殿の中……という事が、言えたり、するでしょうか」


 そう考えを口にしたのは魅依だ。彼女の言葉に照治は頷いた。


「そうだな……。そもそも、精霊は術者の指示なしに勝手に動く事が出来る自動的なシステムでもある。だというのに、聖水にも樹印にも計算回路的なものが載ってない。それだけで自動的に動くわけがないんだ。つまり、」

「実際に、精霊を作って動かしているのは、おそらく、神殿。だから、精霊魔法を使っている、間は、召喚者も精霊も、必ず神殿と通信し続ける」


 魅依が紡いだ結論に、幹人もうんと一つ頷く。


「ちょっと掴めてきた感があるな、精霊魔法」


 本丸である神殿はウルテラからも遠くにあり、何よりも入るのが大変らしいというのが悔やまれる。


「むえー……わ、私はもう混乱してます……。普通の魔法と、精霊魔法は色々違うんだよね? あと、杖を使った私たちの魔法も普通とは違うんだったよね……?」


 それぞれ何がどーなってるんですか……? 頭を抱えて咲がそう唸った。


「よし、それじゃ咲、おさらいだ。まとめてみよう」

「お願いします!」


「普通の魔法……っていうのは、この世界の人間が自分で星から魔力を引き出して、さらに自分の頭で魔法を組み上げる。利点として、人間は大きな魔力を星から引き出せるから、強い魔法を撃てる。欠点は、年単位で練習しないとまともに使えるようにならない」


 ふむふむ、と頷きながら妹はこちらの話を聞いている。


「年単位で練習なんてやってる時間がないから、俺たちは魔導杖という道具を作り上げた。人間より星から引き出せる魔力は小さいけど、精確に自動で魔法を発動させてくれる魔道具を改造してね」


 なお、魔道具の中には魔吸コインという部品があって、これが星から魔力を引き出している。引き出した魔力は星命魔法にも火属性魔法にも土属性魔法にも、何にでも使える。


「なんだっけ、人間と魔道具の良いとこ取りをしたんだよね?」


「そう。人間が魔力を星から引き出して、それを使って杖が魔法を組み上げる。自分の頭で魔法を組み上げるわけじゃないから、練習の必要がない。人間は魔吸コインよりも大きな魔力を星から引き出せるから、魔道具より魔法の威力も高い。これが俺たちの、杖を使った魔法」


 この、杖を使った魔法と精霊魔法には、似ている部分と違う部分があるのだ。

「精霊魔法も同じように、人間が直接、魔法を発動させるわけじゃない。神殿が魔法を発動させてくれるんだ」


「あ、『お祈り』すると精霊さんが出てくる!」

「そう、『お祈り』。人間が自力で精霊を作ってるんじゃなくて、精霊を作ってくれる神殿にお願いをする。それに応えて神殿が魔法を実行して、聖水と樹印に働きかけて、そこに精霊が出来る。……ただ、杖と違って、神殿は遠く離れてる」


 ここが自分たちが使っている魔導杖と、精霊魔法の大きな違いだ。


「離れた場所にある神殿とやりとりしなきゃいけない精霊魔法は、遠くまですごいスピードで飛んでくれる魔力波による通信が、とても重要になってくる。精霊魔法はネットに繋いでないと使えないアプリみたいなもんだ」

「ふむ~! なるほど~! なんかわかったような気がします!」


 咲がぴょいんと元気よくジャンプしながらそう言って。


(…………ん?)


 幹人の中に、少し引っかかるものがあった。

 なんだろう、自分の説明に、何か見落としている点があるような。なんとなく、腑に落ちない気持ち悪さがある。

 普通の魔法や杖を使った魔法と比べた、精霊魔法の仕組み。それについて、気づいていない重要な事があるような気がする。


「しっかし、誰が作ったんでしょうね、神殿って」


 部員の一人が、そんな事を言った。

 そこも気になるところで、そちらに幹人の思考は流れていく。


「ザザ、精霊魔法っていうのはいつ頃からあるの?」

「……ごめんなさい、わからないです。すごく昔からだとは思うんですけど」

「そっか。それは魔道具の出現よりも前?」


 連続した幹人の質問に、ザザは「それは、だと思います」頷いた。


「照兄、神殿の中ってやっぱ、魔道具と同じく回路が詰まってるのかな」

「俺には、だとしか思えんがな。しかし、魔道具の出現よりも以前……違う文明で作られたという事か? ううーん……」


 眉根にしわを寄せ、照治は腕を組んで唸っている。


「なんてったっけ? 魔道具作って流通させたっていう、今は行方不明の天才」


 犬塚の問いには、またザザが答えた。


「ジーリン・アッドクライムです」

「……そもそも、だ。ザザを疑うわけじゃないんだが、そのアッドクライムなる人物の話、俺はかなり眉唾だと思う。魔道具を一から一人で作ったというのはやはりどう考えても信じがたい。こんな技術体系が築けるか? たった一人で」


 難しい表情と声音のまま呟いた照治に幹人も続く。


「俺はパーツがきっちり規格化されてるっつうのが気になるんだよね……。そんな必要あるかなあ? 本当に自分だけで開発するんだったらさ」


 魔道具の内部パーツは、同じ大きさだったり同じ径だったり同じ形だったりという事が驚くほど多い。簡単に相互の交換が可能になっているのだ。

 一人の人間が単独で開発したというには行き過ぎた配慮に感じる。


「みぃちゃん先輩はどう思う?」

「え、ええと、そう、だね……私、は」


 天才の事は天才に聞いた方が良いだろう。

 問うた幹人に、その先輩は色々考えてくれているんだというのが伝わってくるほど時間を掛けて、やがて口を開いた。


「……繋がりを、感じます」

「繋がり?」


「う、うん……。開発機に、搭載されている、プログラミング言語には、ええと、その、色んな人と繋がっていこうっていう、思想、みたいなのが、強く、浮かんでいて。汎用性が、とても、高いんです。あれが、たった一人の考えだけを、反映して、たった一人のためだけに、作られたようには、思えなくて……」

「へえ……ああ、でも、俺がハードウェアの方から感じた事と方向性は同じか……うん、繋がり、……そうだね」


 自分だけがわかればいい、自分だけが弄るからいい、そういう思想が魔道具には薄いのだ。それを、魅依は繋がりを感じると表現したのだろう。


「アッドクライムは個人ではなく実は何らかの集団だった、もしくは集団どころじゃなく独自の文明だった、あたりかな。つまり、」

「私たちと、同じ事態に陥った、どこかの、異世界出身者……。地球じゃないにしても、同等以上の文化レベルを、持った」


 幹人に続いて魅依が言った言葉は、幹人たちの立場からすると明るい展望と暗い予想、どちらも同時に考えられるものだ。

 異世界出身の同類ならば、有意義な情報交換を行える可能性は高い。

 だが、アッドクライムがまだこの世界にいたのなら、それはかの人物も元の世界に帰る方法を見つけられていないという事かもしれないのだ。


「精霊システムも異世界出身者によるものだろうか……。アッドクライムとは別の。彼とは違うタイミング、年代でやってきた異世界出身者が遺していったものかもしれん」


 言いながら、むーんと照治ははっきりしない事実にずっと渋い表情だ。


「……ん、あれ、アッドクライムって彼でいいんだっけ? 彼女? ザザ、どっち?」


 照治は彼と言ったが、そう言えば聞いていなかった気がする。


「彼女、です。女性らしいですよ」

「へー、女の人なんだ」


 どちらだろうがそこは別にどうでもいいと言えばどうでもいいが、人物のイメージ像が少しだけ鮮明になった。


「まー、ともあれ、ともあれだ。話を進めるぞ」


 パン、パンと手を叩いて、照治が空気を入れ換える。




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次回更新は、3日後の5月18日(木)です。お楽しみに!


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