◇◆◇



「ザザ、ちょっといい?」


 様々な興味深い事があったウルテラの街の観光を終え、思いのほか夜遅くまで平気で走っているポッロ車での帰路の後。

 屋敷に戻り、食事を終えて、もう各々が部屋に引っ込んでいる時間帯。


「はい、どうぞ」


 彼女の返事を確認して、幹人はその部屋へ入った。

 丸いテーブルに一対の椅子。瓶に挿された花や少しの本が置かれた棚に、大きめのベッド。白を基調としたそれらはどれも美しい装飾でところどころが彩られていたが、華美さが鼻につく事はない。

 ここはビラレッリ家の屋敷、上品な調度品でまとめられているザザの個室だ。


「お邪魔します。ごめんね、こんな時間に」

「いえ。湯被りも終えたところですし、暇をしてました」


 言いながら、彼女は腰掛けていたベッドから身体を離した。


「座ってください」


 ザザは部屋の中央にあるテーブルに備え付けられた椅子へ座る。促されて、幹人も対面のものに腰を下ろした。

 ちなみに湯被りとは、魔法を使ってお湯を作り、それで髪や身体を流すというこの国で一般的な習慣だ。


 確かによく見れば、ザザの白い肌は微妙に上気しているようだった。彼女は湯に花から作った香を混ぜているらしく、少しだけ甘い香りがする。

 柔らかな素材で出来た寝間着に身を包んでいる事もあり、普段の冒険者然とした振る舞いとは違って、女性らしさが自然と前に出ている。


「……ところで、何度見ても不思議な服ですよね」


 油断するといつまでも視線を奪われてしまいそうなほど美しい少女は、こちらの格好を見てそんな事を言う。


「そう? 着心地いいんだよ、これ」


 幹人も今晩の湯被りはもう終えているので、寝間着に着替えている。この世界に来た際の荷物に入っていた、大山高専の誇り高きオフィシャル・ジャージだ。


「うーん、でも、ミキヒトさんたちのはまだしも、あの、……テルジさんたちのものは、ちょっと凄くないですか、色が」

「アレに関しては俺もそう思う」


 大山高専は一から五年まで学年によって、正確に言えばその入学年度によってジャージの色がそれぞれ異なる。

 現一年生が紺、現二年生が赤、幹人たち現三年生が水色、現四年生が緑。ここまでは比較的普通のカラーリングなのだが、なぜか現五年生、照治たちの世代は蛍光オレンジという非常に攻めたデザインとなっている。


 彼らがよく晴れた日に芝生の上で体育などをやっていると、芝の力強い緑と陽光を反射して光り輝くジャージのオレンジが強烈なコントラストを生み、傍から見ていると目がチカチカするので軽めの公害だと言う学生もいる。


「でも本人たち曰くね、アレが五色の中で一番イカしてるらしい」

「すごい感性です」


 ザザに言ったとおりその個性的な色味に対して、現五年生の当人たちはなぜか肯定的な事が多い。

 ジーパンを履いてTシャツを着込み、オレンジジャージを肩に羽織って颯爽と近くのジャ○コで買い物ができてこそ一人前……などと五年の建築科女子・横倉あたりは言っているが、幹人たちからすれば、あんなものを五年も着ていると少々脳味噌にも影響が出てしまうのかなという感じである。


「ミキヒトさんたちの国は不思議がいっぱいです」

「ザザ、あのね、ちょっとその話をしに来たんだ」

「……昼間、テルジさんが言っていた事ですか」

「うん」


 幹人は頷いて、この部屋に来た本題を始める。


「ザザ、改めて説明させてくれ。……俺たちは、こことは違う国から来たけれど、それだけじゃなくて多分、違う世界からやってきたんだ。国どころじゃなくて、もっと大きな意味で決定的に違うところだ。きっと本来は、お互い交わらないような」


「…………」


「おとぎ話のように聞こえると思う。でも、本当の事だ。この世界と俺たちの世界では、色んな事があまりに違う。太陽の数も、一日の長さも、魔法のあるなしも」


 この説明は異星と異世界がごっちゃになっているのだが、そこを正確に分けようとするとさらにややこしくなるので、今はこれでいいだろう。


「こことはものすごく遠く、そしてひどく深い隔たりがあるところから俺たちは来て、……いずれ、絶対に、そっちに帰るつもりだ。それが俺たちの最大目標」


 俺たちが俺たちの最大目標を叶えるまでで良かったら、喜んで受け入れさせてもらいたい。それが、照治が昼間、ザザに告げた返答。


「ごめんね。俺たちは君と、ずっと一緒にはいられない。いつかはここを去る時が来る」


 そしてこれが今、幹人が彼女に伝えにきた言葉だ。


「…………違う、世界、っていうのが、そうなんだとして」


 押し黙っていたザザは、絞り出すような声音で言う。


「別に、だって、帰ったって、また来たらいいじゃないですか……駄目なんですか、それじゃ」

「もちろん、そう出来たら素敵だ。……だけど、それはきっと簡単じゃない」


 帰る方法が見つかったら、もしかしたら案外普通に行き来ができるようになるかもしれない。だが、理論すらわからない世界間の移動などという事について、そんな楽観的な予想をするべきではないだろう。

 もぎ取れて、あと一回の片道切符。

 そう思っておくのが、妥当なところのはずだ。


「それについて、確かな約束ができない。できるだけの技術や知識、実績が、俺たちにはない」


 こんな風にせいぜいはっきりと言葉にするのが、示せるせめてもの誠実さだった。

 この世界に来た当初、怯える咲に、来られたんだから帰る方法だってあるに決まっていると、堂々とした嘘を吐いた事がある。

 自分は彼女の兄だ。血の繋がった家族として、これからも傍にいて彼女の人生に責任を持つ事ができる。

 あれは、だからこそ吐けた嘘だ。だからこそ吐いた嘘だ。


「……ごめん、ザザ」


 ザザ・ビラレッリは雨ケ谷幹人の、とても大切な友人だ。出会えてよかったと思っているし、もう既に一生ものの思い出が彼女との間にはいくつもある。

 それでも、本来的に、彼女はある面ではひどく遠い人だ。異世界の住民という、遠い遠い人だ。


 大切に思う事はできても、幹人はザザに責任が持てない。

 彼女に都合のいい嘘を吐いてその場限りの笑顔を引き出す事が出来たとしても、その後、やがてひどく傷つけてしまうかもしれない事に、責任が持てない。


「あ、………………謝らないで、ください」


 机の上で組まれた彼女の手に、きゅっと力が入る。


「……あの、違う世界って、いうのは、多分私、あんまりよくわかってないんですけど、でもとにかく、ミキヒトさんたちはそこに帰りたくって、帰ったらもう、こっちには来られないかもしれない、って事ですよね」


「……うん」


「……し、……仕方、ない、ですよね。だって、それは……あの、家族とか、皆さん、いらっしゃいますもんね。……家族は、なるべく、一緒にいなきゃ」


 彼女のその言葉に籠もる重さは、短い付き合いでもよく知っている。

 情けなく顔を強張らせたこちらに気を使ってくれたのだろう。ザザはそこで、声のトーンとペースを上げた。



「大丈夫です! ほら、私はもう、一人にも慣れてますし! ……あ、その、嫌味とかじゃないですよ! ほんとに、慣れちゃってて……いえ、一人じゃないですネーロもいます! ……あんまり帰ってきませんけど、夜はたまに一緒に寝るんですよ!」



 ネーロは黒い毛並みが特徴的な、ビラレッリ家の飼い猫だ。人懐っこいが猫らしい自由な気質で、この屋敷には帰ってきたり来なかったり。


「私、……ミキヒトさんたちに、変でいいって言ってもらえて、それで、……すごく、なんだか楽になって……。父様の事も、……父様が私を愛してくれてた事も、わかったし。だから、その、ミキヒトさんたちが帰った後だって、しっかりやっていけます!」


 可愛らしく握りこぶしを作って、彼女は笑顔でそんな言葉を積んでいく。

 屋敷の外では強い風が吹いていて、時折、窓をガタガタと揺らす。


「……そっか」

「はい! もう死にたがりじゃありませんから! かっこいいザザ・ビラレッリです!」

「うん」

「だから安心して、安心して、……その、安心して」


 故郷に、家族のところに。


 そう言った拍子、一粒ぽろりと雫が零れた。木製の机の上、落ちたそれは透明ながら確かに存在している。


「あ、……その」


 慌てて机をぬぐおうとしたザザの手の上に、続けていくつか同じものが落ちる。落ちていく。


 ポロポロ、ポロポロと。

 彼女の涙は止まらなかった。



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