2巻 プロローグ

「これ、結構速度出てるよな?」

「速いよね。どれくらいだろう……体感はアテにならないからなんとも言えないんだよなあ。めっちゃ久しぶりにバイクに乗ると異様にスピード感じたりして」


 異世界の街道、そこをひた走る幌馬車のような乗り物の中。

 雨ケ谷幹人は、向かいに座る兄貴分の先輩・中久喜照治との会話に花を咲かせていた。


「単位時間あたりに車輪が何回転してるかわかればいいわけだろ? カウンター作って勝手に車輪の部分に付けたら怒られるかな?」

「さすがに怒られると思う」


 幹人が諌めると、照治は「怒られるかあ……じゃあどうバレないように付けるかの勝負だな……」などと小さく零している。


 幹人たちは高等専門学校に通う学生、高専生だ。

 機械や電気、情報に化学、土木、建築などそれぞれの専門分野についての知識と技術を磨きながら生きている人種である。

 幹人たち高専生十一人、そこに普通の中学生である幹人の妹を加えた計十二人がある日突然、謎の異世界に転移して、もう六十日を数える。

 一つ目の熊や凶暴な兎やどでかい蜥蜴と戦ってきたが、なんとか全員生きている。


「うーん、しかし、馬よりはるかにパワフルだなあ」


 木製の車体の中には、全部で六人の人間がいる。

 御者を背に乗せた一頭の大きな魔物がそれを引いてくれているのだが、魔物の足取りは幹人たちの知る馬とは比べ物にならないくらいに力強く、それでいて速い。

 リズミカルに動く足は六本。毛はふさふさで顔は鶏に似ており、体長は三から四メートルほどはあるだろうか。短い尻尾が時折揺れるのが可愛らしい。


「なんだっけ、こいつの名前」

「ポッロです。だからこの乗り物はポッロ車」


 幹人の問いに答えてくれたのは、右隣に座る桜色の髪を持つ女の子。彼女は、ザザ・ビラレッリという名の異世界の住人である。


「色んな土地の依頼を受けるので、私はこれを結構よく使うんです。ブレイディアからはこうして周囲の街へ行く定期便が毎日出ているんですよ」

「ビラレッリ子爵はうちのお得意様だよ。何度お乗せしてるか、もうわからんね」


 話を聞いていたのか、ポッロの上に乗る御者の中年男性が会話に入ってきた。


「兄ちゃんたちは初めて乗せるなあ。……なあ、噂のオオヤマコウセンってなあ、兄ちゃんたちの事かい?」

「はい、そうです。でも、噂の?」

「ああ、やっぱりそうか。ビラレッリ子爵と懇意で、妙ちくりんな格好してるって話だったからそうだと思った」


 御者の男性はそこでこちらを振り返り、にっと笑った。


「フォスキアを狩ってくれたんだろう? 助かったよ! 俺らみたいな商売してるとな、いつ襲われるかわかんねえもんだから」

「ええと……それは、はい、お役に立てたなら」

「いやあ、本当に助かったんだぜ。俺は幸運にも出くわした事はないが、フォスキアは特に動きが速い魔物なんだろ? だったら最悪だ。逃げ切れねえもんなあ。兄ちゃんたちに感謝してるポッロ車乗りは多いよ、大したもんだ、助かった」


 しみじみと、御者の男性はそう言った。


「照兄、俺たち人の役に立ったらしいよ。徳を積めたね」

「やったぜ、という事はいくらか悪行を働いてもプラマイゼロだな! よおし……」

「よおし、じゃない」


 相変わらず考え方の独特な兄貴分である。


「ところで、兄ちゃんたちはウルテラに何か用があるのかい?」

「用といいますか……ザザにくっついて、ちょっと見学に行こうかなと思いまして」

「ほお、見学」


 幹人たちが厄介になっているザザの屋敷は、ブレイディアという街にある。そこから北西方面に向かった先が目的地の街、ウルテラだ。


「……あの、ミキヒトさん。出発前にも言いましたが、私は依頼を果たしに行かなければいけませんから、ゆっくり案内もできなくて」


 申し訳なさそうにそう言うザザへ、幹人は手を横に振って返す。


「いやいや、こっちが勝手に付いて来たんだから気にしないでよ」


 話の始まりはつい昨日の事だ。

 ザザのもとへ冒険者協会から依頼の指名が届いた。ザザのような実力者は「この仕事を受けてくれないか」と名指しで頼まれる事がままあるらしい。

 依頼内容はウルテラの街の警備に加わる事。街の周辺に現れた魔物のうち、強力な何体かの討伐を手伝って欲しいという話だ。


「見聞を広めて情報を集めたいってだけだし、自分たちで適当に見て歩くから大丈夫」


 幹人たちの最大・最優先目標はもちろん、元の世界への帰還。

 そのためには、なるべく色々な場所に行って様々な情報を集めた方が良いだろうという話になり、依頼に出かけるザザにくっついていく事にしたのだ。


 ギルド・オオヤマコウセンの全メンバーで向かうのは一台のポッロ車の定員をオーバーしてしまうので、限界の人数である六人を選抜して今回は向かう事にしている。

 六人居ればそこそこ宿代も嵩むため、慌ただしいが日帰りだ。


「ていうかザザこそさ、これももう確認した事だけど、大丈夫なの? ザザからしたら危ない依頼じゃないってのは本当なんだよね?」

「……はい」


 一見すると冷たくも見える彼女の美貌に、ふっと柔らかく花が綻んだ。

 出会った頃よりも明確に、ザザの表情は豊かになった。手前味噌だが、それに貢献出来た事を幹人は誇りに思っている。


「大丈夫です。私にとっては、大して強くもない魔物ですから」

「特級冒険者の腕前を疑うわけじゃ、もちろんないんだけどさ」


 ましてや、彼女がまだ『死にたがり』のままなんじゃないのかなんて、考えているわけでもない。

 それでも、やはり心配なものは心配なのだ。


「ミキヒトさんは心配性ですね」

「そうなんだよ。だから無茶して欲しくない」

「しませんよ。少なくとも、ミキヒトさんたち以上の無茶は」


 それを言われてしまうとなかなか返す言葉は見つからない。

 五等とそれ未満の冒険者だけで一等級の魔物・フォスキアを相手取ったのは、つい数日前の事である。


「……では、安心できる情報を一つ公開しましょう。ミキヒトさん、私はですね、すごい事知ってるんです。魔物退治の大事なコツ。これさえ知っていれば、実は結構なんとかなっちゃうってヤツです。なんか、あんまり皆知らないみたいなんですけど」

「え、なになに、魔物に対するめっちゃ有効な戦法があるって事?」

「はい」

「マジか……!」


 極めて興味深い話題に前のめりになった幹人へ、自信あり気にザザは続ける。


「実は、魔物はですね……」

「うんうん……!」

「殴り続ければ大抵死ぬんです」

「うんうん、…………うん」

「しぶといな~って思っても、とりあえず何回も何回も叩いておけば、その内動かなくなります。倒せない、っていうのは大抵、殴り足りないだけなんです」


 巨大な得物を振り回しているとは思えない、ほっそりとした白魚のような手をグッと握って言い放つ彼女に、幹人は「なるほどね」と相槌を打って笑顔を作る以外、何もできなかった。


「ビラレッリ子爵は相変わらずですなあ。ウルテラのヤツらも子爵が来て下さるなら助かるでしょう。この時期、あいつらは忙しいから」

「忙しい? 何かあるんでしたっけ?」


 問い返したザザに、御者の男性はそのバリトンの声で言う。


「子爵、今は大精霊祭の時期ですよ」



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