異世界生活38日目昼、ビラレッリ邸にて
「いやいや、ちょっとほんとにさ、いい加減にしてくれよ」
「口に合わなかった?」
化学科三年・ギャルファッション女子、塚崎の言葉に、幹人は大きくため息を吐いた。
「違う。このままだと俺は本当に、塚崎さんの料理スキルなしじゃ生きていけなくなっちゃうじゃんって話だ。どうしてくれるんだ! 責任を取れるのかい!」
「そう言われても」
ビラレッリ邸、作業部屋。幹人の前には皿が一つ。そこには、薄くスライスした芋を油でパリパリに揚げた料理、ポテトチップが載っている。
「ジャガイモっぽいお芋が手に入ったから、作ってみようと思って」
「ん~……ほんっと毎回毎回色々ありがとおおおおおおおお!」
料理上手な塚崎は、市場から材料を仕入れては、こうして次からと次へと様々な料理を作ってくれる。
自分たちがウキウキしながら魔導杖を製作している事と同じく、彼女も料理を作るのがただただ楽しいのだろうが、ありがたい事には変わりない。
「この前も白い粉から死ぬほど美味しいグラ○ロバーガーを作ってたけど、塚崎さんはほんと、人を狂わせるブツを作らせたら天才的だぜ」
「ありがとう。ところで、他にもうちょっと言い方はなかった?」
「俺は事実を口にしただけだよポテ崎さん!」
「塚崎よ」
いつもテンションが低い彼女は、こうして突っ込みを入れてくる時も、あまり表情が変わらない。
塚崎の前で幹人はポテトチップをまた一枚、口へ運ぶ。広がる油の風味がひどく官能的だ。
「うんうん、こりゃ~美味すぎでしょ……よし! 塚崎さん、籍を入れよう。雨ケ谷さんになってくれ。必ず幸せにしてみせる。だから毎日俺にこれを作って欲しい」
「素敵な提案。でもごめんなさい、好きな人がいるの」
「ちえ~!」
幹人は部屋の端へと歩いて行き、窓に手を掛けガラリと開けた。
少し遠く、ビラレッリ邸の広い庭の中央辺りには、魔導杖の試作品をあれこれテストしている照治がいる。
「てるにいいいいいい! 塚崎さんがめえっちゃ美味いモン作ってくれたよおおおおおおお!」
「雨ケ谷くん!」
首根っこを思い切り引っ掴まれた。
振り向けば、とても珍しい事に、塚崎の頬に少しだけ赤が差している。
「別に、その、いいから……! わざわざ呼ばなくたって……!」
「だって塚崎さん、いっつも照兄が食べに来るとフイっとどっか行っちゃうし。こうやって差し入れで作ってくれるメニューは大抵、照兄が好きなやつなのに」
「……それは、あの」
「俺は、この美味しいおやつを作ってくれた塚崎さんに、せめてもの恩返しがしたかったんだ」
「……からかってるんじゃなくて?」
「まさか」
外見は派手めだけど、真面目で奥手なこの同学年の女の子の恋が、うまくいけばいいなあと幹人は心から思っている。
「……雨ケ谷くん」
「なに?」
「…………」
塚崎は少し時間をかけてから、小さな声で聞いてきた。
「………………どう思う、私と先輩って」
「塚崎さん、あのね、俺は照兄が大好きなんだ。最高の兄貴分だと思ってる。これでもかってくらい幸せになって欲しい」
顔立ちは端正で頭も良く、スラリと高身長。人を引っ張るカリスマもある。
だから照治は、高専と違って男女比の公平だった中学時代、実は女子から声を掛けられる事が多かった。
しかし、彼女たちの期待に、彼の個性的な内面はいつもそぐわなくて。
勝手に失望されては、時に都合よく悪者にされて、あの兄貴分は、女性関係であまり幸せな目にあって来なかった。
「塚崎さんは、ちゃんと照兄を見てくれてる気がする。少なくとも、照兄の照兄らしいめちゃ自由人なところを知らないって事はないじゃん。それでも好きなわけでしょ」
「…………それでも、じゃなくて、…………だから、かな」
「最高かよ。塚崎さんは大山高専で誰よりも男を見る目がある。俺が保証する……おっと」
そんな話をしている内に、照治が庭からこちらへ歩いて来ていた。まだ距離はあるので、さっきまでの会話は聞かれていないだろう。
「俺はさっさといなくなるから」
「い、いなくならなくて、いいから。そんな、別に」
見た目は派手なのに、本当に彼女は奥ゆかしい。
「おおい、美味いモンって何だ?」
やがて、照治がやって来た。
ちらりと塚崎の様子を窺えば、彼女は表情はもう平常そのもの。先ほどまで頬に浮かんでいた赤みは、どこにも見当たらない。
「見てくれよ照兄、俺たちのミラクルシェフ・塚崎さんがこんなヤバいブツ作ってくれたんだぜ」
窓枠越しにポテトチップの乗った皿を差し出せば、照治は眼を丸くした。
「うおおおお! マジでヤバいブツじゃねえか!」
「別にそんなにヤバくはないですよ。日本で食べてたものと比べるとやっぱり、色々違っちゃいましたし」
「謙遜するな塚崎! 作ろうという意思! そして実際に作り出すという行動! そこに宿るクリエイティビティこそが尊い!」
「それはどうも」
「食っていいか!?」
「どうぞ」
照治は幹人の見る限り、塚崎の気持ちにまったく気がついていないが、それは彼が鈍いというよりも塚崎が鉄壁過ぎるのだろう。
「……美味い! 油と芋のコンビは異世界でも極上だな!」
「そうですか。もっと味付け、濃くした方が良かったですか?」
濃くした方がいいのは、味付けじゃなくてアピールだと思う。
そんな言葉を言わずに飲み込んで、幹人はそっと二人のもとを離れた。
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