向かうは冒険者協会支部。日本の役所なら閉まっている時間だが、あそこは交代制で一日中開いている。食事を摂っていた広場はその裏手に位置するのでぐるっと回り込んで、入り口のある正面へ。


 逸る気持ちをそのままに、扉を開け放って中へ飛び込んだ。


「……ミキヒトさん? あれ、どうされたんですか?」


 受け付けカウンターの向こう、こちらの勢いに目を丸くしたのはリュッセリアだ。彼女の下へと一気にがぶり寄って、幹人は依頼書を差し出した。


「これ! 俺! 受けます!」

「……ず、ずいぶん張り切ってま、す、……ね、…………な、なに考えてるんですか!」


 紙片に書かれた内容を見て、リュッセリアはそのおっとりとした穏やかな眼を釣り上げた。


「これはミキヒトさんが受けるような依頼じゃありません!」

「でも受けられない依頼じゃない、そうでしょう?」


 その言葉にリュッセリアは一瞬ひるむ。その反応からおそらく、この無制限依頼については彼女の職務上、受けたいと言ってくる者を撥ね退ける事はできないのだろうと察せた。


「お願いします! ……あ、ここに署名するのか、よし」


 紙面にペンを走らせ、ある程度は覚えてきたこちらの文字で自分の名前を参加メンバーの欄へ書き込む。


「待って待って!……~~もう、なんで! なんでこんな自殺みたいな事! 死にたいんですか!?」

「死にたくない! そんで! 死んで欲しくないんです!」


 その言葉に、リュッセリアは正しく彼女を連想したのだろう。


「なにを、言って。これはザザさんが受けている任務なわけでもないですよっ!?」

「そういう事じゃない! 俺がザザと一緒に戦っても足手まといだ、だけど、俺は俺で、示せる事があるんです!」

「え、えと、ごめんなさい、意味が」


 リュッセリアは困惑顔だ。彼女にこんな風に喚いて伝わるものとも思わないが、それでも自分自身の気持ちを言葉にして固めるように、幹人は口を開き続ける。


「俺みたいな奴だから、あの娘に言える事がある! 俺みたいな奴がやるから、あの娘に伝わる事がある、はず! だから、その……だから、俺っ、」



「俺たち、です」


 脇からすっと伸びてきたのは、美しい声と細い腕だった。


「……え?」


 白い指は流麗に動き、突然の事に驚いた幹人の手から鮮やかにこの世界の主流らしい魔物の羽で出来たペンを奪って、依頼書の参加メンバー欄に自身の名前を書き込んだ。


「……みぃちゃん、先輩?」

「……みき君は、そうやって」


 いつのまにかすぐ隣に来ていたその女性は、長い前髪の奥に揺れない光を湛えている。


「すぐ人のために、すごく気を回して、……それで無理とかも、笑いながらしちゃって、だから心配で、……でも」


 走ってきたのだろう、元から吐息の多めな彼女の声は物理的には少し揺れがあり、だが、その芯には微塵のブレもなかった。


「私は、そんなみき君に、毎日を、すごくすごく、楽しくしてもらえた。そうしたら、起きるのが苦手でも、朝が好きになれた。それから、そんな自分の事も、ほんのちょっとだけ」


 その微笑には、呼吸をする事も忘れるくらい、魅入られた。


「ザザさんに、伝えたいのも、そういう事、なんだよね?」

「……うん」


 ペンを置いた彼女の手は、遠慮がちにこちらの袖を掴む。


「一緒に、やります。……て、天才、だ、から、頼りになる、かもしれないです、よ」

「……そこは堂々と言ってよ、大山高専開校以来の大天才」

「う、うう……いえ、その」


 彼女は結局、顔を伏せて。


(あーあ……ほんと、……めちゃくちゃ頼もしいんだよなあ)


 隣で自身の切った見栄に顔を赤くしている先輩、三峰魅依。

 恥ずかしいから直接言えた事はないけれど、三年ほど前にその技術を振るう姿を見て以来、彼女は雨ヶ谷幹人がこの世で一番憧れている人だった。


「……い、良い雰囲気ですけれど! 無茶なものは無茶ですよ!」

「リュッセリアさん、じゃ、さっそく魔物の詳しい情報を」

「渡しません! まだ依頼受託は認めていません! 良いですか! この魔物は一等級です! 一等冒険者が一対一で互角ってクラスです! それをですね……!」


 そこからはリュッセリアの独演会だ。いかにこちらが無謀な事をしようとしているのかを切々と語り上げ、なんとか思い留まらせようとしてくる。

 十分ほど聞いていてもそれは終わらなそうで、二十分も過ぎたあたりでこれはもう、一旦引いておいて、明日にでも別の職員が受け付けに立っている時に通してもらう方が良いんじゃないかなどという考えが頭をよぎり始めた。


「そもそも冒険者なりたて一人なってない一人の合計二人でなんていったいそれで、」


 さあどうするか、魅依と顔を合わせた時だった。


「人数はもっと増えるぞ、具体的に言えばあと十人」


 響いた声は、聞き慣れたもの。そして足音はぞろぞろと、何人分も。


「リュッセリアさん、その依頼、俺たちもメンバー追加だ」

「……照兄、みんな」


 入ってきたのは、咲まで加えた大山高専チームロボ研全メンバー。


「なんで……」

「何年の付き合いだ、お前の考えなんざわかる。全員で話し合ってきたんだよ」

「……照兄は、反対じゃないの? さっきは」

「お前が一人で抱え込むならそりゃなしだ。だが、皆で馬鹿やんなら話は別だろ」


 言いながら、こちらを押しのけて照治は紙面にすらすらと署名した。


「ま、アメちゃん、あれよ。これが俺たちのさ、今年のロボコペみたいなもんよ」「競技課題は魔物退治、っすね!」「もはやロボット、全然かんけーねーけどなあ」


 口々にそんな事を言いながら、他のメンバーも止める間もなく照治に続く。彼らは一人ひとり、通り過ぎざまに幹人の肩やら背中やらをパンパンと叩いていった。



 馬鹿ばかり、本当に、馬鹿ばかりだ。 


「……お、おかしいですよ。……あなたたち、ほんとに、常識がないんですか」


 もはや慄いたようにリュッセリアが言って、幹人は苦笑しながら返す。






「そういう生き物なんです、高専生っていう名前の」





 そして、意味がわからないと言うように首を振る彼女に、せめて誇らしく言い放つのだ。



「だからこそ、これをやる意味があるんです」

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