「みき君、これ……」

「……え? あ、ああっ、ありがとうみぃちゃん先輩」


 コトリ、と幹人の目の前に置かれた黒い金属製のプレートにはごろごろとした肉や野菜、それらと一緒に炒められた太い麺が乗っている。平たく言えば焼きうどんのようなメニューだ。


 大変にお気に入りの一品であり、適当に何か、という雑なリクエストだったのにも関わらずピンポイントでこれを選んできてくれた魅依は、こちらの隣に座る。少し量は控えめだが同じようなプレートに乗った料理を、彼女は自身の前にも置いた。


「食べよう? 冷めない、うちに」

「……そうだね」


 魅依に勧められ、幹人はフォークに似た食器をとりあえず握った。




 日が落ちて、夜。結局ザザはもう街のどこにもおらず、どうやら本当に依頼を果たしに出発してしまったらしい。

 ビラレッリ家に帰って路地裏でのザザとの顛末を皆に報告したはいいのだが、家主と気まずく別れたというのに彼女の屋敷で食事を作るのも食べるのもどこか座りが悪く、結局、メンバー全員で今日は外食をする事となった。



 やってきたのは冒険者協会裏手にある大きな広場。昼食時と夕食時になると中央部分に椅子とテーブルが雑多に用意され、それを囲うようにいくつもの屋台が並び、フードコートのような様相を呈する。

 ロボ研一同も何度か利用しているため勝手は知ったるもので、誰かがテーブルを確保している内にその他が各々、好みの店で料理を調達するというスタイルができ上がっている。


「……」


 いつもならがっつく、少し醤油に似た匂いのするソースが混ぜ込まれたその一皿に、しかしやはり手が伸びない。

 料理の調達を申し出てくれた魅依の言葉に甘え、テーブル確保係として呆けたように座っていたのも、自分で食べたいものを選ぶなんて事ができる気分ではなかったからだ。


「……ザザさんの、事?」

「……うん。……あの、さ。…………前に、哲学の講義でさ。……なんて言えば止められるかって授業をね、やったんだ。……自殺しようとしている人に、なんて言えば止められるか、って」


『だからね! ないんですよ! もう! 自殺しようとしてる人にね! それはいけない事だって止められるような絶対正しい理由なんて、社会的にも生物的にも法的にも宗教的にも! んなああああああああああんにも! ないのッ!!』


 キャラの濃さで有名だった哲学の担当教諭がそう叫んでいたのを、よく覚えている。


「自殺したらいけないなんて本来、誰もが誰にも言えない、って、先生は言ってて。俺はそれを聞いたときさ、……確かになあって思ったよ。死ぬ事を選ぶのも、その人の生き方だ」


「……私も、同じ授業受けた。……でも、先生、最後にこうも、言って、なかった? 『だから、君が死んだら俺が寂しいから止めてくれ、って言うしかないんだ』って。そうやって、ワガママを、言うしかないん、だって。それがきっと、友達なんだ、って」


「……友達、かな。俺たちと、ザザって」


 ぽつりと、テーブルを向いて零した言葉はいかにも情けなかった。



「利用し合うだけの、お互い都合が良かっただけの関係だろうって、言われたんだ。……ザザが俺たちみたいな怪しい奴らを家に受け入れたのって」

「あわよくば殺してもらおうと思ったんだろうな、それが俺たちと関わるあの娘側の利点だったわけだ」



 言いながら幹人たちの対面に座ったのは照治だった。シチューのようなものに細い麺が浸された料理をテーブルに置いて、彼は食事を開始した。

 お前もちゃんと食え、そうこちらへメッセージを送るように。

 見れば、他の部員たちもちらほらとテーブルにやってきては食事を始めている。


「望み通りにしてやるのも良いんじゃないか。むしろ、恩を返すならそれこそが俺たちのやるべき事だとすら思うぞ、俺は」

「……照兄、それは、俺たちがザザを殺すってこと?」


 部員たちは、こちらの会話を口を挟むでもなく伺う気配だ。


「そうだ」


 そんな空気の中で料理を食べながら、照治はなんでもないように頷く。なんでもないはずがないのにそう振る舞う姿に、彼なりの意思を感じる。


「無茶な依頼を受け続ければ、その内、例えば毒やら何やらでめちゃくちゃ苦しい死に方を迎えるかもしれない。または弱ったところをどっかの悪党に捕まって、むごたらしい目に遭う可能性だってある。だったらその前に、すっきり一思いに殺してやるっていうのも、死にたいっていう人間に対する選択肢としてはアリだろう。幹人、これはなにか間違っているか?」


「………………」


 照治の言葉は極論のようでその実、ひどく現実的だった。返す言葉が出てこない。


「ザ、……ザザさんの、死を、願っているのは、確定している、人数で、ザザさん一人、だけです。でも、少なくとも、私たち、十二人は、彼女の死を、願ってはいない、はずです。部長だって」

「そうだな、死にたいのなら楽に逝って欲しいというだけだ」

「だ、だから、数の論理、では、彼女の命を奪う、というのは、誤りの、はずです」


 人に面と向かって反論を展開するのは性格上、魅依には極めてハードルが高い行為のはずだ。それでも彼女がそうしてくれているのは、自惚れでなく、俯いて黙ってしまっている自分のためなんだろう。


「それは、彼女が彼女の事について投じる意見の一票と、俺たちが彼女の事について投じる意見の一票を、同じ重さに揃えればな。その条件設定、俺は適切ではないと思う。当人と他人の意見が同じ重さのはずがない。お前らしくもない強引な論だ、三峰」

「……です、がっ」

「みぃちゃん先輩、いいんだ。ありがとう」


 俯く顔は上げられないけれど、いつまでも黙っているべきじゃないだろう。


「……昨日今日の話じゃなくって、三年間だ。三年も、ザザは殺されたくて、ただそれだけで危ない任務を受け続けてる。そんなあの娘に俺たちがなにかをできるんなら、それは照兄の言う通りの事だと思う」


 そこまで息を吐き出し続けるように一気に言って、最後に呟く。




「……でも、じゃあ、俺たちがあの娘に会ったのは、あの娘を殺すためって事になる」

「結果論では、そうなるな」

「……なんか、俺はそれが嫌なんだ。……俺は、勝手に、友達になれたと思ってて、この世界に来て初めての。……嫌なんだ。あの娘と会えたのがそんな理由だなんてのが」

「……出会いに理由、ロマンチシズムだなそれは」


 エゴイズムと切って捨てないあたりが、結局この兄貴分は弟分に甘いと思う。


「なにか、……なにかないのかな。俺たちがザザに、照兄が言うような事以外で、できる事って」


 照治は、コップに注がれた水をぐいっと呷った。


「……そうだな、なにかあればいいと俺も思う。これは本心だ、そう思ってる。……だが幹人、俺たちは心のケアのプロじゃない。適切な知識も技術も、道具も経験もない。……なあ、なにができる? そんなに重たい心の痛みに、ただの素人の俺たちが。……最悪、引きずられかねない、俺はそれが心配なんだ」


 照治の声は、だんだんと優しく諭すような口調になっていった。


「確かに、お前は抜きん出てコミュ力が高い。だが、だからこそ人に入れ込み過ぎる。良いところではあるんだが、特にこんな異世界なんつう何が起こるかわからん厳しい環境では、それは命取りに、」


「おーいんだよヘニャチン野郎じゃねえか! へいへい元気かあ!? まだ冒険者になれてねえんだってえ!?」


「……今は勘弁しろ。黙っててくれ」


 もはや表情すら変えずに、照治は彼の背後から響いた言葉に低い声で返した。


「あ? ンだよ?」


 これで会うのは三回目、自分たちと同じく夕食に来たのだろうそう言えば名前すら知らない口の悪い金髪の女冒険者は、照治から以前のようなトーンでの反撃が来ない事に眉を潜めた。

 それはそれで気に食わない、と言ったところだろうか。


「どうしたどうしたマジで玉無しになったわけ? あーん?」

「なんでもいいからあっちに行ってろ。今はお前に構う空気でも気分でもない」


 していた話が話だけに、照治の対応は引き続きクールだ。ここらへん、さすがは部の中では最年長の人間らしい対応である――。


「ンだよ……だったらこんなど真ん中で飯なんか食ってんじゃねえっつの。雑魚の変人どもは隅っこで食え隅っこで」


「んだとてめええええこのクソビッチがあああああッ!」


「いやいや嘘だろ空気読んでよ部長……」「頼みますよマジで……」「ほんとマジで、今はそういう感じじゃないでしょ……」「気持ちはわかるけどさあ……」


 感心をした直後にこれだ、お約束じみた展開ですらある。部員たちからドン引きの言葉が漏れた。


「てめえこそ地中にでも埋まって飯食ってろやァ! さっきなんて言いやがったァ!」


「あんだてめえいきなりキレやがって! クソ雑魚なのは事実だろうが!」


「そこじゃねえ! 変人が弁えて隅っこに行けっつったか!? ああ!?」


 周りの呆れた雰囲気などどこ吹く風、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、実力ではこちらを遥かに勝るだろう女性をその長身で上から思い切り睨めつけて、照治は怒鳴る。


「ふっざけんな! 俺らは確かにド変人だがだから何だ!? 中央にいちゃ悪いのか!? まともな人間のが偉いのかああん!? 人の中学時代の担任みてえな事言いやがって!」


「い、意味わかんねえ事言ってんじゃねっつのなんなんだよ!」


 照治の中にある面倒な類の怒りスイッチを踏み付けてしまった女性は一瞬ひるんだが、そこは流石の勝ち気さで体勢を持ち直す。


「偉そうにアタシに意見すんな! 冒険者でもねえクセして!」

「明日にでもなってきてやんよ! 現にもう一人は立派に登録すましたっつの! おら、幹人見せてやれ!」

「わかったわかったよ……はい、これ」


 ツナギの内側ポケットに入れておいた冒険者証を見せれば、女性は渋い顔を作った。


「……マジ? …………いやいや、だからなんだ! 冒険者登録ができただけだろうが! 偉ぶんのはなあ!」


 彼女は腰元のバッグから数枚の紙片を取り出して、テーブルの上にバンと叩きつける。


「こういう魔物を狩れてからにしやがれ! どれもこれも一等・二等級のヤツらだ! そしたら少しは認めてやらねえでもねえけどなあ!」


「てめえなんぞに認めてもらわなくとも一向に構わんわボケが!」


「ああそう怖いのかあ~、まあそうだろうなあ~、おっ、こいつなんかどうだ? 今日出たばっかのやつ、無制限依頼扱いだからテメエらでも今から受注できるぞ? ま、おっ死んで終わりだろーがなぁ、イッヒャッヒャッヒャッヒャ!」


 女性は愉快そうな笑い声を上げ、照治は「おいどっかに塩ないか塩、撒くぞ清めるぞ」と苛立った様子で。


「……今の!」


 がばっ、と幹人は女性がテーブルへ置いた魔物討伐の依頼情報が書かれた紙へ飛びついていた。


稲妻のように閃いた考えに、そうさせられた。


「今の、本当? 強い魔物が対象でも……無制限依頼? なら俺でも受けられる? ランクとか関係ない?」

「あ、ああ? ンだ、知らねえのか? ランク関係ねえっつか、冒険者でなくとも受けられんだよ、それが無制限依頼だ。誰でもいいから早急に始末してくれってな。恩賞で減刑してやっから行ってこいって犯罪者にやらせるためにできた制度だとも聞くが」


「じゃあ受けられるんだね、俺でも……!」

「み、みき君、な、……なにを言ってるの?」


 心配そうな魅依の言葉も今は脳に入ってこない。おどろおどろしい姿の魔物の絵が書かれた依頼書をじいっと見つめながら、幹人の中にはカチリとピースのハマった感覚があった。



 これなら。

 これならば。



「……違うのが、出てくる。俺たちなんかとザザが」


 出会った理由が、これならばきっと。


「……おい待て幹人、お前、何を考えてる? いや、……予想は着いたが、待て」


「照兄、ごめん、これだ。これだわ。違う理由が、これなら出て来る。……いや、そういう事にするんだ、これから。そうしたいんだ。……ごめん、勝手をやってくる!」


「待て幹人っ! 幹人!」「みき君っ!?」「アメちゃん!?」「どこ行くんだよ!?」「ちょっと、雨ヶ谷先輩!」「落ち着きなさいって!」



 部員たちの声を置き去りに、幹人は全速力で駆け出した。

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