「まず、そもそもが俺たちの趣味じゃないんだよ」


 改めて、半円卓会議の姿勢を作り、メンバーの前で照治はそう言った。


「この世界の魔法というのは、魔力をエネルギーや物質に変換する事を意味する。しかしその手法はあやふやな感覚に頼った主観的なものと言わざるえないだろう。誰かから一通りのやり方を見せてもらって、それを自分の中で消化し、昇華して、何度も何度も練習を重ねる事で経験則からブラッシュアップ、より強力で高精度で効率的なものに変えていく」


 それが悪いとは言わないが。そう接穂を当てて彼は続ける。


「趣味じゃない。現代的じゃない。職人芸を否定はしないが、それを自動でやってくれるシステムを作る方に心血を注いでこそエンジニアだろう」


 朗々と語る彼の言葉には、自然と頷いてしまう力がある。

 一緒にやれるだけをやろう、そんな風に思わされる力がある。


「照兄、これから俺たちは具体的に何を?」

「おう。俺たちがこれから作るもの、それは……――魔法の杖さ。機械仕掛けの魔法の杖。ザザ曰く、この世界の魔法使いは特に杖っつーのを使う事はないらしいが、そんな常識に合わせてやる義理などなかろう」


 にやっと笑う彼が紡ぐ言葉には、浪漫がこれでもかというくらい載っている。


「魔法という感覚的なシステムは、しかし文字ベースで明確にコードとして表現・構成する事が出来るらしい。それを書き換え、こちらでプログラムを組み上げる事も上手くすればいけそうだ」

「だから、代わりにやってもらう? 俺たちの代わりに、魔法の構築を魔道具に?」

「そうさ。そうすりゃあ、必要ないだろう、長期間に渡る地道な鍛錬なんて。強力で高度な魔法だって撃てるかもしれん、そうなりゃ魔物もクソビッチももう目じゃねえ」

「いや、でも……」


 彼の論理に空いた穴が、やはり気になってしまう。


「人間に代わって魔法を構築してくれる、結局それって普通の魔道具じゃないの? なにがまずいってさ、戦闘に使えるほどの出力は出ないでしょ? ザザがそう言ってたし、実際、今まで俺たちがいじってきた魔道具みてもそうだと思うんだけど」

「いーい質問だ。ところがな、そうでもないんだよ」


 そう言って、部屋の隅に置いてあったバッグから照治は一つの円筒形シルエットを取り出した。


「引き寄せ器じゃん」

「そう。俺はこいつを昨日、魔法を教わった後、夜中までずうっといじってた。気になる事があってな。その成果はあったよ」


 バッグからさらに文庫本一冊を取り出した彼は、それを机の上に置き、少し離れた場所でカチリと引き寄せ器のスイッチを入れる。

 もう見慣れた光景になってしまったが、フワリと文庫本が浮いて引き寄せ器の先端に張り付いた。


「どうだ?」

「どうだ? って、普通の動作……」

「出来てるだろ? だが見ろ。この引き寄せ器、ちょっと改造がしてあってな」

「え? ……あ、なんか導線が」


 照治がかかげる円筒形の魔道具に眼を凝らすと、確かに違和感があった。脇に穴が開けられており、そこから一本の導線が出ているのだ。


「この中は今、コイン型の部品を取り去ってある。代わりにそこに繋がれていた導線を引っ張り出して握りこんで、俺がそこから魔力を中に注いでる」

「……え? え、そんなことできんの!? なんかさらっとすごい事言ってない!? ……そっか、でも同じ魔力だもんな……だから、ええ、でも……うん、そっか……」


 という事はコイン型部品が動力源なのだろう。そして言わば使用者がその代わりを果たしている状態だが、魔力は人間にも使えるわけだから、考えてみれば不思議な事ではない。


「多分、魔道具の出力の小ささってのは使える魔力の少なさなんだろう。経路が通ってから感じられるようになったんだが、細いんだよ、星から引き出す魔力の流れが」

「じゃあ、代わりに多量の魔力を引き出せる人間が動力源の役割を担ってやれば……」

「そう。人間の魔法と遜色のない出力が望めるはずだ。もちろん普通の魔道具では人間が引き出す大きな魔力に対応した作りにはなっていないだろうから、適切な設計をして適切なプログラムを書いて、一から作ればな」

「~~っ」


 ゾクゾクする、そんな表現が適切だ。ロボ研部長、中久喜照治の言葉は幹人の背筋に電気を流し、脳髄を刺激してくるようだった。


「人間の大きな魔力を使って、魔道具がプログラムされた魔法を精確に構築する。だから魔法の杖、機械仕掛けの……」

「そうだ。やるぞ」


 力強く頷いた後、照治はすっと息を吸い込んで言う。


「分担だ! 三峰と俺たち電気科勢はあの開発機の仕様を把握し! プログラム作成をものにするぞ! 機械科勢は筐体作りの準備を頼む! 具体的にはまずガレージにあるフライス盤やら旋盤やらを異世界魔力動力式に改造する! 話はそっからだ!」


 おっしゃあ! 威勢のいい返事が室内の空気を揺らす。


 ロボコペには、出られなかったけれど。

 自分たちが熱を上げてやる事なんて結局、どこにいようが変わらないらしかった。






「だあああああ、あったま痛え……!」


 ガン、と大きな音。痛むらしいその頭を、向かいに座った先輩は机の上に額から落とした。

 余計痛くなってしまわないだろうか、それなりに勢いがあったので心配だ。


「頭、だ、大丈夫、ですか、部長……あっ、いえ、そ、そういう意味じゃなく!」

「小学校に上がる頃にはもう既にかなり大丈夫じゃなかったな。三峰、お前は?」

「……私も、高専に入って、それももう、四年目ですから」

「間違いなく大丈夫じゃないな」


 魅依の視界の中、机を挟んで反対側、一つ上の先輩である照治はそう言って笑った。


「……気がつけば、俺たち以外は脱落のようだ」


 ビラレッリ邸一階、右端から二つ目のこの部屋が現在、魅依と電気科勢の作業部屋だが状況はと言えばよろしくはない。


 時間は、もう真夜中。


 総勢五名中、三名がダウンして机に突っ伏したり床に身を預けたりして意識を闇に溶かしている。


「仕方ないがな、どうにもこれは……。地道な上にセンスも必要ときてる」

「はい、……なかなか、骨が、折れますね」


 ビラレッリ邸を探し回り、見つかった開発機は計三台。魅依の手元に一台、照治の手元に一台、ダウンした三名の前に一台。ディスプレイも起動状態で宙に浮いている。

 先の半円卓会議の通り、プログラムの組み方をなんとか会得しようとしているのだ。

 今日でこの作業に入ってもう四日が経つ。皆、その難しさに疲れてきている。


「……プログラムの書き換えも、書き込みも、それらしい事が出来るのはわかった。だが、……ううーん」


 魅依たちの開発機はケーブルでそれぞれ、適当な魔道具に繋がれている。そこから読みだした情報が、宙に浮くスクリーンには映し出されていた。

 動作プログラムの中身、すなわち、ソースコードだ。


「ソースコードに関しては、まったく素養のない文字での記述と正面からやり合わなきゃならん……。当て推量にも一苦労だ。しかも、この国の言語ですらねえっつのは予想外だったな」

「ですね……ザザさんにも、頼れません。音声での読み上げ機能、が、発見されなかったらと思うと、ぞっと、します」

「あれを見つけた井岡は本当にファインプレーをしてくれたもんだよ」


 電気科の学生のうちの一人がスクリーンリーダーと呼ばれる類の、画面の文字を読み上げてくれる機能を発見したのだ。

 魔道具が発するものでも、文字ではなく音声となってくれれば想話が発生し、意味が読み取れるようだった。辞書代わりとして現状、かなり頼れる機能だ。


「おかげでなんとか単語の意味は拾えるようになったが……しかしそもそも、どういう設計思想で作られたのか、どういう機能が用意されているのかまったく知らん、事前知識がまるでない状態で完全に初めて触るプログラミング言語っつーのは、本当にわけわからんのだよなあ……こんなにソースコードが読めない経験をすんのは、人生で初めてだよ」


「私も、です……」


 人間同士のやりとりで使われる言語は自然言語と言われるが、それに対し、人間が機械に指示を出すときのための言語をプログラミング言語と言う。

 プログラミング言語には、自然言語に日本語や英語があるように様々な種類が存在し、同じ指示を機械へ伝えるのにも、それぞれで書き方がまったく違ったりする。


 通常、プログラミング言語を学ぶときはその言語ではどんな文法で指示、つまりソースコードを書いていくのかをまず教本やらで知っていくものだが、残念ながら、当然ながら、魅依たちの手元にそんな便利なものは存在しない。


「こいつについて表紙に動物の絵が描いてあるシリーズの本があればと切に願うが、ないものねだりをしたっていかんな。幸い、実際に動作するコードはこうして目の前にあるんだ、ここからなんとか把握していくっきゃねえ」


 照治の言うとおり、すでに書いてあるソースコードから逆算して、文法を読み取っていく他ない。でなければ、自分たちでコードを書けるようには決してならないのだから。


 言わば、文字に馴染みのないロシア語の小説を文法を知らない状態から辞書を片手に解読して把握し、最終的に自分たちでも文章を書けるようにならなければいけないようなものである。


「とにかく、予想して、確かめて、修正して、予想して、確かめて、修正して……それで少しずつ知っていく、しか、なさそう、ですね」

「いつものようにトライアンドエラーだな、異世界だろうがやり方は変わらん」


 頬杖をつきながら、照治は言う。


「これに関しちゃ都合のいい魔法は存在してないようだしな。ゲームみてえに、こういうものを作りたいって条件を設定したら、ピカっと光って出来上がり! 的な」

「……でも、それ、あったとして、……なんか、ちょっと」

「嫌だな。つまらん」


 にやっと笑って彼は言う。魅依もそれには同感だった。一番美味しいところを省略して、それで一体何になる。 

 少なくともそんな事では、自分が作ったと胸を張れない。もし胸を張れる人間がいたのなら、その人はエンジニアではないのだろう。



 会話はそこで途切れ、お互い画面に集中する。

 コードを読み取り、キーを叩いて自分で書いてみて、推察した文法の使い方が合っているかどうかを繋いだ魔道具に動作をさせて確認。そんな作業に入り込んでいく。


(……組み込みだけど、アセンブラみたいな直接的な書き方じゃない。おそらくは素直な、でも高級な命令型言語。C++に近い感じかな。なんだかこのキューブ、Arduinoに似てるかも)


 いろいろと考えながらタイピング、キーの配列が頭に入りきっていないので、まだ辿々しい。ソフト屋としては情けのない姿だと少し自嘲する。


(そうだ、やっぱりこれが固体に対して運動エネルギーを加える処理。ここに受け渡される値はどこから……)


 手元のノートへわかったことを書きつけながら、眼光紙背に徹さんと浮いたディスプレイを食い入るように見やる。


(各関数をもっと細かく把握しよう、流れを読む以前の問題だ。今度はこっちの――)


 目の前に浮かぶ長方形の画面に意識がずぶずぶと沈み、自分の身体の感覚がだんだんなんとなく遠くなっていく。集中できているときは、いつもこうなる。


 集中、そう、集中だ。


 完全とは言わなくとも、少なくとも実用レベルにまでは必ず把握してみせる。それだけに、自分の全神経を注ぎ込む。

 検証のコードを書くためにひたすらキーを叩いて、異世界の文字が視界の中で次から次へと流れ、その裏にある設計者の思想が脳に飛び込んでくる。


 理解しろ、頭を回せ、焼けるほど。


 今、こんなにも自分を衝き動かすのは、知的好奇心やものづくりへの欲求だけではないという事は、自覚している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る