四章 そういうのはいいから、もっと原理的な奴を頼む!

「めっちゃ美味いっす!」「あざっす! ほんとあざっす!」「こんなあったかい飯、しかも炭水化物、まじで久しぶりです!」




「……それは良かったですね」




 ロボ研部員の飛ばす賛辞に、ぶっきらぼうに彼女は答える。それがどうやら照れ隠しなんだろう事はわかってきた。


「ほんと、大変なお世話になってしまって。ありがとうございます、ビラレッリさん」


 彼女がこちらの全員に振る舞ってくれた、うどんに似た麺料理をありがたく頂きながら幹人も礼を言う。


「……別に。あと、呼ぶのは名前でいいですよ。かしこまった場でもないんですから」

「そういうもんですか。えっと、じゃあ、ザザさん」


 桜色の髪の彼女は、ザザ・ビラレッリという名らしい。ザザとは男性らしい響きに感じるが、それはこちらの感性なのだろう。現に、幹人が名乗った時に「ちょっと女っぽいですね」という感想が返ってきたりもした。



 ここは彼女の屋敷の一室である。街の北西部に位置し、庭も含めてかなりの大きさ。少なくとも、十二人全員とザザが余裕でゆったり食事を摂れるくらいの部屋がある。


「ザザでいいです。別に敬語もいりません」

「でもそっちは」

「お気になさらず、癖みたいなものですから。……それで、結局あなたたちは何なんですか? 見慣れない服を着ていますし、遠い異国からの人間とか森で言ってましたが」


 幹人はザザの向かいに座っている。受け答えをするのは基本的に幹人だからだ。

 彼女の問いに頷いて、答える。


「……うん、つうか、ええと、めちゃくちゃ変な話なんだけどさ」


 ちらりと隣の照治を伺えば、彼は首を縦に振った。

 言ってしまえというゴーサインである。


「二十日近く前、故郷でいつものようにとある建物に集まってちょっとした作業をしてて、そのまま夜を明かしたんだけど、目が覚めたらなんと建物ごと見知らぬ土地にいたんだ。それが、この街から南にある森の中。……や、冗談とかではなく」


 言葉にしてみると、これが呆れるほどに胡散臭い話だ。


「……へえ」


「俺たちがいたところは、こことは色々な事が違ってたんだ。例えば、太陽の数。俺たちはそれが一つである事が当たり前だったんだけど、こっちじゃ三つある。……多分、だから異国どころかもっと大きな枠で違ったところ、異世界と言うか、俺たちはそういうところから来た……と思う、んだけど」


 そこで言葉を切って、相手方の反応を待つ。一番最高な展開は『なんだそんな事、特に珍しくもない。帰る方法も教えましょう』というもの、逆に最悪なのは『怪しい事を言う異教徒ですね、殺す』あたりだろうか。


「……口は回るようですが」


 ザザは自らの柔らかそうな髪を軽くかき上げながら言う。


「肝心の作り話が下手ですね」

「いやあ……」


 どうやらまるで信用されていないようだった。とは言え、これが当たり前の反応か。


「まあ、別になんでも良いんですが。どうであれ、確かに冒険者登録をしたいというのはわかります。ひとまず身分証明になりますし、仕事も依頼を斡旋して貰える」

「あのー、ザザさんは冒険者さんなんですか?」

「私? うん、そう」


 さすがに咲がさん付けの敬語である事には特に何も言わないらしい。ザザはコクンと頷いた。


「だが、こんな立派な屋敷に住んでいるところを見るに、中々やんごとない身分なんじゃないのか?」

「一応は貴族です。ブレイディアのビラレッリ家と言えば、ひと昔前までならちょっとしたものでした」


 照治の問いに、ザザは少しぞんざいに答え、続ける。


「ですが、今では見る影もありません。なんとか一応まだ貴族ではありますが、持っていた土地の多くを国に返してしまっています。没落貴族ですよ」

「えーと、それは……」

「父親が散財を重ねまして。よくある話でしょう」


 さすがに、どうして? とは直裁に聞けず、幹人が言葉を選ぼうとしている間にザザはまたあっさりと事情を開陳。かなりあけすけだ。


「ザザさんはお一人でここに住んでるんですか? そのお父さんは……」

「待ってるんだけどね」


 問うてきた咲にザザは頭を小さく振った。散財で家を潰しかけるくらいだ、遊び歩いているのかもしれない。


「じゃあ実質ザザが当主みたいなもの? その若さで大変だ……って、ザザの歳は知らないけど」

「歳? 十七です」

「え!? 歳下!?」


 返ってきた答えに、思わず声を上げてしまう。こんなハリウッド女優よろしくのプロポーションと美貌を誇る女性が、十七?


「ああ、そうでしたか」

「そうみたい……ん、いや、ちょっと待てよ」


 頷きかけて、途中で止める。話はそう単純でもないかもしれない。


「気づいたか幹人。そうだ、こっちの一歳と俺たちの一歳、同じ長さとは限らんぞ」

「そうだよね、だって一年の長さが同じ保証なんてないんだから! ……あのさ、ザザ、つかぬことをお伺いするんだけど、一年っていうのは何日?」


 年齢の話が出てきたので一年という概念が存在しないという可能性は低いだろうが、その長さまで地球と同じとは全く限らない。この世界の一歳が地球で二歳相当の可能性だって十分あるのだ。


「妙な事を聞きますね。春夏秋冬それぞれ100日、合わせて400日でしょう」

「やっぱりそうだっ、365日のわけがない! しかし、キリの良い数字!」

「季節もあるんだな! 太陽群への公転面に対して地軸が傾いてるという事か!?」

「……なんの話ですか?」


 怪訝そうなザザの前、幹人はおもむろにつなぎの胸ポケットから愛用の関数電卓を取り出す。照治も同様だ。


「ごめん、ちょっと失礼。ええっと、地球は24時間で365日だから、1年は……8760時間」


「それに対してこっちは1日が21時間57分……あー直さなきゃいけねえのかめんどくせえ、だから、ええと、三分は0.05時間だから、21.95時間! で、400日だっつうから、……8780時間! おお! すげえなんか知らんがほとんど変わんねえ!」


「一年の長さはほぼ同じ! てことはこっちの十七歳は俺たちの十七歳とほぼ同じ! だからザザは十七歳!」

「だからそうだって言ってるじゃないですか……」


 こちらの興奮をよそに、呆れ顔で返されてしまった。彼女は怪訝な顔で咲に問う。


「この二人っていつもこんな調子なの? ご飯を出した時も器の表面仕上げがどうのこうのブツブツ言ってて変だなあと思ったけど」

「ごめんなさい、この人達はこういう生き物なんです……。二人というか、この部屋にいる私とザザさん以外はみんな……」

「……本当に、何なんですか、あなたたち」


 得体の知れない目で見られるが、そんな視線は地球に居た頃から慣れっこと言えば慣れっこである。


「咲は俺の妹って事で一緒に居るから例外なんだけど、それ以外はみんな……なんていうかな、ザザ、学校ってわかる?」

「ええ。この街にも小規模ですが一応ありますよ」

「そっか。俺たちは同じ学校に通ってる仲間なんだよ。俺たちの国だと基本、俺たちくらいの年齢だとみんな学校に行くんだ」

「へえ、それは悠長ですね。随分余裕だ」


 地球で見ても、確かに日本の環境は恵まれているだろう。ザザの反応はもっともだ。


「そうだね、だと思う。で、学校にも色々あってさ、中でも俺たちが通ってたのはよほどの物好きしかいかないような、一応頭はそれなりに良いんだけど、ちょっと普通の人とズレちゃってるっていうか、常識が身体から剥がれ落ちてしまったような人間が行くところで」


「……何というか、話す内容というかテンションというか、そういうの揃っておかしいと思いましたけど、似た人たちで集まったって事ですね? 変わり者は一箇所にって」

「そんなに間違ってないかも」


 悲しいかな、それなりに真理を突いている気がする。


「ああ、話が逸れた。ええと……そうそう、冒険者登録が出来たら良いんだけど、それが無理ならさ、どっかで俺らみたいなの雇ってもらえないかな?」

「あなたたちみたいな怪しい人を雇うなんて、まともなところではありえませんね」


 幹人の問いに、返答は振るわなかった。ハードな現実である。

 やはり森の中で果物と魚を採って暮らすしかないだろうか。しかし、それで何か進歩があるかと言えば疑問だ。あそこでやれる事は概ねやってしまった。元の世界に帰るためのきっかけ等々、掴むためには少なくとも街には出ておきたいという思いはある。


「……そうなんですよね。あなたたち、怪しいんですよね」


 考え込む幹人の前でぽつり、ザザが突然そう零した。

 そんなにしみじみ確認しなくても、そう言おうとした幹人の口は途中で縫い付いた。


「そう、……だったら」

「……ザザ?」


 下に視線を落として、しかしきっとどこにも瞳の焦点は合っていないように見える。なんだか、まるでその顔は能面のよう。


「あの……」

「提案があります」


 だが、ぱっと彼女が面を上げた時にはもう、その表情は消え去っていた。そこにあるのは今まで通りの、瞳の温度は低いがどこか迫力のある神秘的な魅力に溢れた美貌。


「一応、私はこうしてあなたたちに食事を提供しました」

「え? ああ、うん、本当に感謝してます。その前には命も救ってもらってるし」

「なら、恩返しをお願いしても?」

「俺たちに出来る事なら、もちろん」


 返せるのなら、恩はなるたけ返したい。人間としてそれくらいの当たり前は、一応自分たち高専生にも存在する。


「なら、掃除を。この家、こんな大きさでしょう? 今は住んでいるのも私一人で、冒険者稼業もありますし、行き届かないんです、色々」

「あー……使ってないと埃も溜まるしね」


 住環境というのは日々のメンテナンスをしなければ朽ちていく代物だ。縦幅横幅共に広く、二階建てのこの屋敷は見るからに一人で維持のできる規模ではない。


「そんな事ならお安い御用だ、ねえ照兄」

「おうよ。なんなら家の補修もやろう、出来る範囲でだが」


 日曜大工みたいなものを得意としている部員は多い、幹人も照治もそのクチである。


「そうですか、ではそれもお願いします。雨漏りなんかは一応してないとは思うんですが、せっかくなので入念に」

「おっけー、しっかりやるよ」

「お任せします。なので、……終わるまでは仕方ありません、ここに泊まって下さい」

「……えっ、ほんと!? それは助か……ん?」


 軽々しく礼を言おうとして、彼女が言っている事の意味に気がつく。

 念入りに頼む。終わるまでは泊まっていい。深読みでなければ、それは。


「……時間は掛けて構いません。どうせ使ってない部屋ばかりですから」

「それ、ほんとにいいの? ヘタしたら長いこと、」

「好きにして下さい」


 食い気味での肯定に、思わず照治と顔を見合わせる。





《……照兄、どう思う? ノーブレス・オブリージュ、とかかな》





《没落したって言ってるのにか? 俺はなにかの罠だと思うが……。男が大多数を占める見ず知らずの集団を家に長期で泊まらせるなど、正気の沙汰ではないだろう。何か裏があるとしか思えん》





 こういった内緒話をする時、想話は極めて便利だ。


《そうだよね……。いや、めっちゃ強いからそんな心配してないとか?》

《あー……俺たち全員でかかっても返り討ちにはなりそうだが、家に泊めるって不意打ち上等って事だろ? そんな常在戦場で生きてるだろうかな》


 こちらの常識をよく知らないので、ザザの言う事が特殊なものなのかどうかというのが今いち判断が付かない。

 しかし、いつまでも迷っているわけにはいかないだろう。結局、判断を下したのは当然、部長の照治だ。彼は頭を下げて言った。


「……すまない、では厄介にならせて頂きたい」

「はい」


「重ねて頼む、……もし夜な夜な解剖したりするつもりなら俺だけにしてくれ」

「はあ?」


 ザザは何をわけのわからない事を言っているんだという顔で、それが演技なのかどうかの判断はつかない。




 兄的存在の男らしい言葉に感動半分、それを口に出して言ってしまうのかという驚き半分な気持ちを抱えながら、どうかこの選択がひどい未来に繋がっていませんようにと祈る幹人だった。

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